突如として私の部屋に舞い降りた電子の歌姫。月見ヤチヨ。彼女は僅かに開いたカーテンから射し込む月光を背に私を見つめていた。
「どうして、ここに?」
『ARモード。前にFUSHIを追いかけた時、使ったでしょ』
「あっ」
彼女の言葉で付けたスマコンがいつの間にARモードになっていることに気づき、声を漏らしてしまう。スマコンも電子機器なので遠隔で設定を変更したのだ。
『直接、触れないけど……タブレットとかスマホから話すとどうしても壁を感じちゃうから』
「ヤチヨ……」
そう言った彼女は苦笑いを浮かべた。しかし、私には泣いているように見えてしまい、彼女の名前を零してしまう。
『明日はお休み! もしよかったらヤッチョと夜更かししない?』
「なにそれ……いいよ」
ヤチヨの言うとおり、明日は土曜日。バイトも休みを入れているため、時間に余裕はある。多少、寝坊してもいいだろう。
『やったー! じゃあ、こっちおいで~』
その場でピョンピョンと跳ねた後、彼女は私を手招きする。ずっと壁に寄りかかっているわけにもいかず、素直に布団の上に座った。
『さぁ、始まりました! 出張ヤチヨお悩み相談所!』
「は?」
そして、いきなり配信のようなノリで両手を振り上げて叫んだ彼女に目を白黒してしまう。そんな私を無視してヤチヨはニコニコと笑っていた。
『悩める神々の相談をヤチヨが答えちゃうこのコーナー! でもぉ? 今日は特別版! なんと彩葉だけのためにヤッチョ、全力でお悩みに答えちゃうよ~☆』
それはよく彼女がやっているお悩み相談だった。普段はリスナーからお便りを募集してその中からランダムにヤチヨが選び、その悩みに答えていく、というもの。
『さぁ、彩葉。考えてること、教えて。八千年の叡智の結晶であるこの月見ヤチヨがバッチリ解決しちゃう!』
「え、配信してない、よね?」
『もー、疑いすぎ……って、
「あ、いや、そんなつもりじゃ――」
『――でもでもぉ? さっすがに彩葉のプライベートなお悩みは神々のみんなに聞かせられないにゃ~』
そんな適当な言い草なのにその目は少しだけ不安そうにしている。本当にこの子は八千年の時を経て色々と隠すのが上手くなった。私みたいに。
『さ、そんなこんなで! 今のヤッチョは彩葉だけのシスター! 悩める子羊よ、あなただけのヤチヨに全てをぶちまけるのです』
「言い方ぁ……じゃあ、話、聞いてくれる?」
『ヤッチョにおまかせあれ!』
それから私はヤチヨに『かぐや』のことで気になっていた点を話した。最初はうんうんと頷きながら聞いていた彼女だったが、次第に困惑したような表情を浮かべ始める。
『ん-、彩葉。念のために聞きたいんだけど……』
「うん、何?」
『彩葉の悩みって多分、半分くらい杞憂っていうか、すぐに解決できちゃうと思うんだよね』
「え?」
私の悩みは主に四つ。時間、ライバーに対する熱意、お金、ヤチヨのファンの反応である。その中の半分とはどれのことだろうか。
『……うん、やっぱり。今、彩葉のふじゅ~の残高見たんだけど』
「おい、勝手に見んな」
あまりにも自然に残高を見られたからか、思わずツッコんでしまう。目の前にいるヤチヨがかぐやなのはわかっているのだが、やはり、なかなか今までと同じように、とはいかない。それだけ私の中で『月見ヤチヨ』の存在が大きすぎるのだ。
『ほら、これ』
そう言いながらヤチヨはウィンドウを開いて私の前に移動させる。そこには彼女の言っていた私のふじゅ~の残高、が――。
「……あ」
そこには数字の桁数を数えるのを拒絶してしまいそうになるほどの金額が表示されていた。そう、かぐやが月に帰る前に私に送ってきたお金がそのまま残っているのである。
『これを使えばお金の問題はひとまず解決するでしょ? それにお金に余裕ができればアルバイトをする必要もなくなるからこれまで以上に時間に余裕ができちゃう!』
「それは、そうだけど……」
ヤチヨの言っていることはわかる。しかし、これはかぐやがライバー活動をしてリスナーたちの心を動かした証。それを私が勝手に使っていいわけがない。だって、私はこんなに人の心を動かすことはできないから。
『彩葉』
渋っている私を見たヤチヨは優しく微笑んだ。そして、いつの間にか握りしめていた私の手に重ねるように半透明なそれを置いた。
『私、少しだけ嘘ついちゃった』
「え?」
『実は彩葉が抱えてる悩み、ヤッチョは何も心配してないんだよね。時間も、お金も……ライバーとして上手くできるか、とか。私のファンがどんな反応をするか、とか』
「……」
ゆっくりと私の手を摩るように腕を動かすヤチヨ。彼女はAR。温もりも、彼女の白い肌の柔らかさも、何も感じない。そのはずなのに、どうして
『だって、彩葉はいつだってすごかったもん。ヤチヨカップの時だって、卒業ライブの時だって、さっきの帝と戦った時だって』
「あれは……」
違う。私がすごいのではない。あれはかぐやが傍にいてくれたから。ヤチヨが見守っていてくれたからできたことだ。きっと、私一人では何も――。
『また一人でやろうとしてる?』
「え?」
『それは彩葉の悪い癖! 不安なこともたくさんあるし、酷いことも言われちゃうかもしれない。でも、きっと私たちが一緒にいれば大丈夫! だから、安心してヤッチョを頼って?』
「ッ……」
竹取合戦の時にも言われたその言葉に思わず息を呑んでしまう。ああ、そうか。また、一人でやろうとしていたのか、私は。
「……ヤチヨ」
『なぁに?』
「このお金、使ってもいい? 絶対に無駄にはしないから」
『ふふーん! むしろ、使ってくれなきゃ泣いちゃうぞ~☆』
「あー、それは駄目だ」
袖を使ってくすくすと笑いながら器用に泣く真似をするヤチヨに苦笑を浮かべた。自分のせいで推しが泣いてしまうなど、ファンとしてあってはならないことだ。
「それじゃ、やろうか。ハッピーエンドのために」
覚悟は決まった。やるべきことは見えた。なら、あとは前に進むだけ。
私は自然と口元を緩ませ、目潰しでもするように手をじゃんけんのチョキの形にしてヤチヨに差し出す。
『ッ……私たちのハッピーエンドのために!』
一瞬、目を見開いた後、彼女も同じようにチョキを作った。そして、指先をくっつけてから挟み合う。それからキツネのキス。かぐや考案の仲良しのやつだ。
(さぁ、始めよう)
誰にも知られない、私たちだけの大作戦。不安はたくさんあるけど、きっと大丈夫。だって、私にはヤチヨがいるのだから。