「……」
翌日、いつもより遅い時間に目が覚めた私は冷蔵庫に入っていた食材を使って適当な朝ご飯を作って食べていた。かぐやが月に帰ってから久しぶりのゆっくりとした朝食だが、どこか味気がなく、もそもそと口を動かしながら小さくため息を吐く。
(まぁ、かぐやが来る前よりは遥かにマシなんだけど……)
こうやって自分で朝食を作って食べてわかるのが、かぐやの料理スキルの高さだ。同じ食材を使っているのにどうしてこんなに違うのだろう。そんなことを考えながら眠気覚ましのコーヒーを啜った時だった。
『いーろはッ!』
「ぶふっ!?」
その時、かぐやが奮発して買った大型テレビが勝手についてヤチヨの顔がドアップで映る。突然の推しの顔面に口に含んでいたコーヒーを勢いよく噴いてしまった。
『わっ、彩葉、大丈夫?』
「ゲホ、へ、変なとこ入った」
『もー、ご飯は落ち着いて食べなきゃ駄目だぞ☆』
「誰のせいだと……」
そう言ってウインクするヤチヨに思わずジト目を向けてしまう。最近の彼女はどこかテンションが高く、今までのお姉さんっぽい雰囲気からやんちゃ盛りなお嬢様、みたいな言動が多い。
『あ、そうそう! これを見てほしいの!』
むせている私を置いて話を進めたヤチヨはウィンドウを操作。すると、テーブルの上に置いていたスマホが震えた。手に取って画面を見れば一人でにブラウザが開き、一つのネットニュースが表示される。
「これって……」
それは『Black onyX』のチート使用騒動の続報だった。昨日の配信のリンクが貼られており、その下に私とかぐやのためにチートを使ったこと。あの卒業ライブで行われた戦いは単なる余興ではなく、かぐやの実家との賭けの一つだったことが簡潔にまとめられていた。
「ファンたちの反応は?」
『概ね良好! やっぱり、家族のために立場を捨てようとしたところが美談になってる感じかなー。さすがに契約を切ったスポンサーは戻ってこないけどこれ以上は酷くならないと思う』
「そっか」
ひとまず、お兄ちゃんの方は大丈夫そうだ。そう思ってブラウザを閉じるとメッセージが来ていることに気づいた。送り主は――お兄ちゃんだ。
「……」
『彩葉?』
「あ、ごめん。お兄ちゃんからメッセ来てたから」
『帝はなんて?』
「色々ありがとうだって。それに……もう大丈夫そうだけど何かあったら遠慮なく頼ってくれってさ」
昨日のタイマンは正直、必要のないものだった。それでも全力で戦ったのはお兄ちゃんに証明したかったから。この文面から察するに伝わったらしい。
『そっか、よかった……あ、もう一つ、いい報告があるのです!』
「いい報告?」
『ほら、これ!』
そう言ってヤチヨの頭上に何かが浮かんだ。それはツクヨミの仮想ウィンドウ。そこには――『かぐやいろPチャンネル』のトップページが表示されていた。
「チャンネルがどうしたの?」
『ほら、見てよ! チャンネル登録者数!』
「え? でも、かぐやが卒業して何も活動してないから……は?」
私たちのチャンネルの登録者数が明らかに増えている。更にヤチヨがページを更新すると先ほどよりも数万規模で増加していた。え、何これ。何もしていないのに増えるってどうして?
「や、ヤチヨ……これは?」
『昨日の戦い! いろPVS帝の兄妹対決が大バズりしてるの!!』
「はぁ!?」
彼女の言葉にガタンと立ち上がり、手に持っていたスマホでSNSを開く。そして、トレンドに『いろP』、『帝アキラ』、『兄妹対決』、『いろかぐヤチてぇてぇ』などの明らかに私たち関連だと思われる単語がトレンド入りしていた。いや、最後の何!?」
『彩葉が帝を追い詰めた時の技? 作戦? まぁ、いっか! それがオタクたちにめっちゃ刺さったみたい! それに私たちの武器を使ってたのも!』
「オタク言うな! いや、そんなことよりどうしよ、これ!」
『切り抜き動画も軒並み再生数爆増! 今やいろPは時の人! 乗るしかない、このビックウェーブに!』
「乗らんでいい!」
確かにライバー活動はしようと思っていたがこんなバズっている時に配信すれば視聴者やコメント数がとんでもないことになるのは目に見えている。そんな中で雑談とか絶対にできない!
『あ、ついで公式として『かぐやいろPチャンネル』にも昨日の戦いの彩葉視点ダイジェスト動画投稿しておいたよ♪ あっはー、数時間前に投稿したばかりなのに再生数が数万超えてる! コメント欄もお祭り騒ぎだぁ!』
「ぎゃあああああ!」
ダイジェスト動画のコメント欄を眺めているヤチヨは笑いながら嬉しそうにピョンピョンと跳ね始めた。駄目だ、完全に暴走している。でも、推しが幸せそうに笑っているせいで私のオタクが喜んでしまい、強く叱れない! 『も~、ヤチヨってば悪戯好きなんだからぁ』ぐらいにしか思えない!
(でも、何とかしないとこのままじゃ……)
かぐやの時は現実の方で振り回されることが多かったから私自身にフォーカスが向かなかった。しかし、ヤチヨの場合、電子の世界で過ごしているため、私を振り回す方向が配信や動画に直結することが多い。今回の兄妹対決も彼女の提案だった。
「……まさか、これを狙って!?」
『え? ううん、全然。普通に彩葉のかっこいい姿を見たかっただけ。とっても、かっこよかったよ、い・ろ・は♡』
「そ、そう……」
なんだよ、照れるじゃん。いやいや、そうじゃない。とにかく、私としてはもう少しゆっくり知名度を上げていく予定だったのだ。
『んー、どうにしろ。帝の件をどうにかしようとした時点で手遅れじゃないかなぁ』
「どうして?」
『だって、チートを使用した理由を神々のみんなに伝えるためには『かぐやの実家』の話はしなきゃでしょ?』
「それは、まぁ」
なんというか、嫌な予感がする。私の心の平穏を保つため、ここで話題を変えた方がいいような。
『なら、自動的にいろPはかぐやを実家に帰さないために友達やお兄ちゃんに頭を下げて全力で戦ったことになるよね? 配信だとあんなにかぐやを邪険に扱ってたのに、本心はかぐやの大好きじゃん、ってオタクたち、大盛り上がりだよ』
「……」
『そもそも? 『かぐやいろPチャンネル』が一気に盛り上がったのってかぐやの破天荒っぷりもそうだけど彩葉のツッコミとかツンデレとかも面白かったからだし……なにより、あの竹取合戦で魅せた二人の関係がエモエモのエモ左衛門ってことでチャンネル登録者数が爆発的に増えたんだよ?』
「……はひゅ」
じゃあ、つまり? 今の私は口では嫌と言いながらかぐやのことが大好きなツンデレ女の子であり、かぐやのハンマーとヤチヨの傘を使って帝と戦い、絶体絶命にまで追い詰められたけど、格上相手に諦めることなく立ち上がって最後の最後で三人同時攻撃で勝ったエモエモのエモ左衛門ってこと?
「そんなのオタクたち大好きじゃん!!」
『オタク言うな~?』
その場で膝から崩れ落ちた私の絶叫にヤチヨは楽しそうに真似っこをした。