「はぁ……」
時は過ぎてお昼時、私はぐぅぐぅと鳴るお腹を庇いながら校内を徘徊していた。普通に昼食の用意を忘れたのである。
思えばこの三日間、ヤチヨの話を聞いたり八千年の記憶を見たり、とバタバタしていたため、ろくな食事を取っていない。今日の朝も遅刻ギリギリだったため、コンビニに寄る時間もなかった。
なお、ヤチヨはスマホの中にいるが校内であるため、声が出せずそわそわしている。私も話をしたいのだが、空腹で思考がまとまらず、ふらふらと当てもなく歩き続けるしかなかった。
「いーろはっ」
「おっぐ」
そんな私の背中に突如として襲い掛かる衝撃。思わず、前のめりに倒れ込みそうになるが何とか気合で踏ん張る。こんな廊下のど真ん中で倒れてたまるか。
「ま、真実?」
「やっほー、フラフラとどこに行くんかねー?」
「お昼一緒に食べよ」
「芦花も……」
私の背中に乗ってきたのは真実。そして、その隣に立っていた芦花が手にお弁当が入った巾着袋を掲げて誘ってきた。朝の時点で色々と話をしたかったのだが、私が遅刻寸前で教室に飛び込んだため、午前中はあまり話せなかったのである。
「うん、もちろん……と言いたいところだけ生憎、お昼ご飯を忘れちゃって……」
「今日の授業中もぼーっとしてたし、具合悪い?」
「歴史の授業の時も頓珍漢な答え言ってたもんね」
「うっ……」
芦花の指摘に私は思わず、顔を引きつらせてしまう。ヤチヨの八千年の記憶の中にドンピシャで今日の授業の話に出てきたものがあったのだ。それで、思わずそのまま答えてしまって――教科書が違うんだよ! ヤチヨが正しい! 私は悪くない!
「あ、なら、私の菓子パン分けてあげるー」
「え、いいの?」
「その代わり……この数日で何があったのか、教えてよね~?」
「それは……」
真実からの提案に一瞬、思考を巡らせる。そして、チラリと右手に持っていたスマホへと視線を落とし、その中にいるヤチヨを見た。
『……』
彼女は嬉しそうに微笑みながらコクリと頷く。かぐやが来てから芦花と真実とも接する機会はあったものの、正面から話をしたというわけではない。ヤチヨだってまた二人と話をしたいはずだ。
「……わかった」
「じゃあ、菓子パン持ってくるから先に行っててー」
「はーい、彩葉、いこっ」
真実は踵を返して教室へ。それを見届けた後、芦花が私の手を取って廊下を進み始める。どうやら、あらかじめ食べる場所を決めてあるらしい。
「あ、できれば人の少ないところで……」
「大丈夫大丈夫」
ヤチヨのことを話すにはスマホを見てもらった方が早い。だが、人の目があるところだとそれができないため、要望を出したのだがそれすらも把握されていたのか、芦花は気にする様子もなく、ずんずんと前へ進んでいく。
「ここだよ」
「ここって……」
芦花の案内で辿り着いたのは普段、使われていない空き教室だった。どうしてこんなところに、と私の手を掴んだままの彼女に視線を送る。
「先生に許可もらっておいたの。多分、大事な話になりそうだからって」
「そっか……でも、どうして?」
「今日の彩葉、どこかすっきりした顔してるから。何かあったんだろうなって」
そう言って笑った芦花はポケットから借りたであろう鍵を取り出して空き教室の扉を開ける。そして、そのまま私を連れて中に入った。
「誰も使ってない空き教室ってなんか特別感あるよねー。でも、ちょっと埃っぽいから窓、開けるね」
「じゃあ、机とか運んでおく」
「ん、お願い」
芦花が窓を開けている間に私は机と椅子を運んでおく。そして、それが終わった頃に菓子パンと私のためにお茶を買ってきてくれた真実も到着してそれぞれの椅子に腰かけた。
(……久しぶり)
ヤチヨの八千年の記憶を度外視にしてもこうして三人でお昼を食べるのは久しぶりだった。それこそかぐやが月に帰ってからは私がまともに学校に来られる状態ではなかったし、芦花たちも気を利かせてあまり話しかけてこなかったのもある。
「じゃあ、いただきまーす」
「いただきます」
「……いただきます」
真実からもらった(ちゃんとお金は払った)菓子パンを一口。もらったのはメロンパン。サクサクとしたクッキー生地とパンの甘い風味が口に広がっていく。
「美味しい」
「でしょ~? そのメロンパン、お気に入りなんだー」
「へぇ、どこで売ってるの?」
「えっとねー」
それから少しの間、昼食を食べながら他愛のない話をする。それがどこか懐かしくて、かけがえのないもののように感じて胸の奥から何かが込み上げてきた。
「……実は、さ」
だからだろうか。メロンパンを半分ほど食べたところ、私は自然と二人に話しかけていた。私の声のトーンで察したのか、真実も芦花も食べる手を止めてこちらへ視線を向ける。
「えっと……」
しかし、上手く話がまとまらず、私の口からなかなか続きの言葉が出てこなかった。だって、ヤチヨはかぐやで、八千年の時を過ごして、やっと数日前にそれが判明して、ついでにヤチヨの八千年の記憶も見ました、などと簡単に説明できるわけがない。
『……もー、仕方ないなぁ』
そんな私を見かねたのか、ずっと様子を見てくれていたヤチヨが突然、声を漏らした。
「え? 何?」
「ヤチヨの声? 配信でも見てるの?」
「……はぁ」
もちろん、二人もそれに気づき、驚いた様子で私のスマホへと視線を向ける。画面を見られないように裏側にして机に置いていたのだが、私は観念してそれを表にした。
「あ、やっぱ、配信見てたの?」
『配信じゃないよー。芦花、真実、久しぶりー☆』
「……は?」
スマホの画面内で手を振って笑うヤチヨ。そんな彼女に名前を呼ばれた二人は目を見開き、言葉を失っていた。
「ヤチヨ、二人が驚いてるよ」
『いやぁ、こういうのはお約束かなって。ほら、彩葉、説明よろー☆』
「この空気でどうやってやれ……」
「え、ええ!? なんで彩葉のスマホにヤチヨがいるの!?」
「それにすっごい仲良くなってる!」
私のため息をかき消すように二人は質問をぶつけてくる。それから手短に話をしたのだが、ヤチヨはかぐやだった、という部分だけなんとか飲み込ませたところで時間切れのチャイムが鳴ってしまった。