「すぅ……はぁ……」
呼吸を整える。それでもやっぱり、心臓は激しく鼓動を打ち、落ち着く様子はない。
「彩葉、準備はいい?」
そんな私を見かねたのか、隣で浮遊しているヤチヨが心配そうに声をかけてきた。今日、彼女は基本的に裏方。この先、どうなるかは私にかかっている。
「――任せて」
「っ……あはっ」
こんなところで怖気づいている場合ではない。私は意識を切り替えて小さく頷いた。それを見たヤチヨは息を呑んでいつもの優しい笑みを浮かべる。
「うん、こっちのことは私が何とかするから思う存分、やっちゃって!」
そう言い残して彼女はどこかへ転移した。一人になったからか、私はゆっくりを周囲を見渡す。
ここはツクヨミ内で遊べるゲーム『SETSUNA』のフィールド。PvPかつ一対一というタイマンで戦う格ゲーみたいなシステムだ。
今はカスタムモードであり、パスワードを知っている人しか入れないため、このフィールドにいるのは私一人。そして、その時は唐突にやってきた。
「……彩葉?」
事前に知らされていたパスワードを使用してフィールドに入ってきたのは赤い髪と黒い二本の角が特徴的な『Black onyX』のリーダー、『帝アキラ』。そう、お兄ちゃんである。
「ヤチヨちゃんから休止中に『SETSUNA』の新モードを試すついでに話があるって来たんだけど……どういうことだ?」
「ヤチヨに頼んで呼んでもらったの」
「……わりぃ、今、色々とバタバタしてるから話はまた今度にしてくれ」
話す気分ではなかったのか、予想通りにフィールドから出ようとするお兄ちゃんだったがすぐに眉間にしわを寄せた。
「出れないでしょ」
「……ヤチヨちゃんか。この二週間ぐらいでずいぶんと仲良くなったんだな」
ヤチヨはツクヨミの管理者だ。あまり褒められた行為ではないが、お兄ちゃんをこのフィールドから出さないようにプロテクトすることぐらい容易い。もちろん、ログアウトそのものは防げないため、それをされたら全ての計画がおじゃんとなる。
「……話ってのは?」
しかし、私がここまでして話そうとすることが気になったのか、彼はログアウトせずにどこか居心地が悪そうにしながらもこちらへ視線を向けた。
「その前にさ……キョーダイ会議しない?」
「は?」
「実はヤチヨが言ってた新モードのテストプレイっていうのもあながち間違いじゃないんだよね」
と、いう方便を何食わぬ顔で口にしながら私はウィンドウを操作しながら笑う。そして、お兄ちゃんに一通のメールを送った。
「『SETSUNA』ってタイマンでしょ? だから、武器の相性で勝敗が決まることが多いんだって」
「それは……まぁ、確かに?」
「だから、そういった運ゲーを少しでも減らすために複数の武器を戦闘中に切り替えたり、同時に使用できるようにしたんだって」
「なるほど……ん? 待て、俺は他の武器なんて用意してないぞ」
メールに書かれているのは新モードの詳細をそれっぽく書いた仕様書。それを感心したように読んでいたお兄ちゃんだったが他の武器を用意してほしいとは言われていないため、驚いたように顔を上げた。
「うん、知ってる。だから、ハンデね」
「はぁ?」
「そっちはプロゲーマーなんだよ? ただの一般人の妹相手に本気で戦うの?」
「いや、一般人って……わかった。お前は複数の武器を使う。そのサンドバックになればいいんだな」
「素直に殴られるつもりはないんでしょ」
そんな私の言葉にお兄ちゃんはニヒルに笑っていつもの金棒を出現させる。炎上中であり、その対応に追われて疲れているはずなのにどこか楽しそうなのは生粋のゲーマーだからだろう。
「でも、勘違いすんなよ」
そして、笑っていたはずなのに空気を一変させて真面目な表情を浮かべた。仮想空間にいるはずなのにお兄ちゃんから放たれる威圧に思わず息を呑んだ。
「武器が増えたからって強くなれるわけじゃねぇ。むしろ、使い慣れていない武器に振り回されて足を引っ張るだろうさ」
「……」
「じゃあ、やろうか。キョーダイ会議」
そう言った後、お兄ちゃん――『Black onyX』のリーダー、『帝アキラ』はニヤリと笑い、その口から鋭い牙を私に見せつけた。