ガギン、と金属同士がぶつかる少し耳障りな音がフィールド内に響く。その衝突の勢いを利用して私は後ろへと下がり、お兄ちゃんはその反動を押し切って前に出た。
(引き離せないッ)
正面から戦っても勝てないのは知っている。だからこそ、距離を取ってこちらに有利な状況へ持ち込む。それが私が勝つために必要な条件だった。
しかし、たった一撃入れられただけで私の考えを見破ったお兄ちゃんは接近戦へ持ち込み、こちらの動きを制限する。更に時々、金棒を掠らせるように当ててくるため、少しずつ私のHPが減っていた。
このままではジリ貧。こちらから何か仕掛けなければ状況は変わらない。
(ちょっと早いけど――)
「――お兄ちゃん」
何度目かの鍔迫り合い。双剣をクロスさせて金棒を受け止めた私は彼に届くギリギリの声量で呼びかけた。
「な、んだ!」
「なんでチート使ったの?」
「はぁ!?」
金棒を押し付けながら返事をする彼に平然を装って問いかけると予想外の質問だったのか、目を見開いた。その隙に彼のお腹へ蹴りを入れて距離を取る。これで二発目。しかし、態勢が悪く彼の体を押し出すように蹴ったからか、HPバーはほとんど削れなかった。
「いきなり何言って――」
「――確かに私はかぐやを守るために力を貸して欲しいってお願いした」
私の目的はお兄ちゃんを倒すことじゃない。チートを使った理由を聞き出すこと。キョーダイ会議と称して彼の本心を暴く。そうすればこの停滞している炎上事件は動くはずだ。
(それがいい方に転がるか、より悪くなるかわからない。でも、動かなかったら絶対に駄目になる!)
だから、何が何でも話してもらう。そのためにこの戦い、簡単に負けるわけにはいかない。
「でも、それでお兄ちゃんが大変な目に遭うなんて聞いてない」
「俺が勝手にやったことだからな」
「ッ――」
そう息巻いていたのに突き放すようなことを言われ、気づけば私は手に持っていた双剣を地面に投げ捨て、かぐやのハンマーを取り出してお兄ちゃんへと突貫していた。遠心力を利用したスイングで横薙ぎに振るうが彼は重心を低くしてそれを金棒で受け止める。
「炎上するってわかってたんでしょ! こうなるって予想してたんでしょ! なら、なんでチートを使ったの!?」
「……」
すぐにハンマーを引いてもう一度、インパクト。しかし、お兄ちゃんの体はびくともしなかった。まるで、あの時、チートを使った彼が抱いていたであろう覚悟のように。
「なんとか言ったらどう!」
「……持てる力を全部出し切らなきゃ後悔してたからな」
「だからってお兄ちゃんたちが駄目になったら意味がない! どうしてそこまで――」
「――お前が笑ってたから」
「っ!?」
その短い言葉に私は思わず体を硬直させてしまった。金棒でハンマーを受け止めながら彼は真剣な眼差しをこちらに向けていたのだから。
「隙ありっ!」
だが、それはほんの束の間。お兄ちゃんはその場で足を振り上げ、驚いて動けなくなった私の手を蹴り上げた。蹴られた感触はないのに勝手に手が跳ね上げられてハンマーから手を放してしまう。その隙に金棒を乱暴に振るってハンマーが竹林の方へ吹っ飛ばされてしまった。
「ッ――」
咄嗟に私は後ろへ下がり、地面に転がっている双剣へと手を伸ばす。だが、あと一歩、というところで私の目の前に金棒が振り下ろされた。
「終わりだ」
顔を上げればいつの間にか私を追い抜いていたお兄ちゃんがこちらを見下ろしていた。その目に宿された感情は読めない。
「かぐやちゃんの卒業ライブよりもずっと動きが良くなってた。ハンマーの扱い方も練習したのか? ずいぶんと使いこなしてた……いや、かぐやちゃんみたいな使い方をしてた。一瞬だけ見間違えるぐらいにはな」
「……」
双剣はお兄ちゃんの後ろ。ハンマーは竹林の向こう側。完全なる詰み。そう判断して最後にアドバイスを口にするお兄ちゃん。
「最後に聞かせて」
「なんだ」
「なんで、私が笑ってたから全部出し切ろうって思ったの?」
「……」
「答えて」
追い込まれているはずなのに強気でいる私に彼は違和感を覚えたのだろうか。怪訝そうな表情を浮かべた後、小さくため息を吐いた。
「……今まで頼ろうとしてこなかった彩葉がかぐやちゃんのために俺たちを頼った。それに家にいる時よりも自然に笑えてた。それが、嬉しかったんだよ」
思い出すのはかぐやの卒業ライブ。月人と戦っている間に交わした短い会話。どうやら、私が思っていた以上にお兄ちゃんは私の心配をしていたらしい。
「俺はただ気を紛らわせてやることしかできなかった。でも、かぐやちゃんは違った」
彼の手に力が入ったのか、突きつけられている金棒が僅かに揺れる。その一瞬の隙に私は背中に右手を隠した。
「俺たちと戦ってる時、彩葉とかぐやちゃんは本当に楽しそうだった。ああ、彩葉を変えたのはこの子なんだってすぐにわかった」
「……」
「そんな子が彩葉の前からいなくなる。それだけは避けたかった」
「だからってチートを使うのは――」
「――たった一人の妹とその大切な人を守るのに手段なんか選んでおれんやろ」
不意に飛び出した京都弁に私は思わず言葉を詰まらせる。そうだ、この人はいつだってそうだった。サッカーを止めて、やんちゃだった性格が落ち着いて、お母さんとぶつかる度に守るようにゲームに誘ってきて――見捨てられたと思って避けていたけど、それでも彼はずっと私を見てくれていた。
「……シスコンすぎん?」
「そんなもんちゃう? 家族ってのは」
「……そうかもね」
何も難しい話ではなかった。『帝アキラ』にとって、『酒寄朝日』にとって、プロゲーマーの立場よりも私を変えてくれたかぐやを守る方が大事だっただけ。
「まぁ、かぐやちゃんのファンだったってのもあるけどな」
「……あんな、お兄ちゃん」
「なんだ?」
茶化すように笑うお兄ちゃんを見上げながら呼びかける。彼は話すことは話したからか、標準語に戻して首を傾げた。
「実はな、私がヤチヨを知ったきっかけってお兄ちゃんやねん」
「え? マジ?」
「お兄ちゃんがアキラって名前で活動しとるの知っとったからちょこちょこ見てたんよ。それでツクヨミで活動を始めて、その流れでヤチヨを知って――私は救われた」
もし、お兄ちゃんがプロになっていなかったらどうなっていただろう。
もし、私が変な意地を張ってお兄ちゃんの活動を追っていなければどうなっていただろう。
もし、ヤチヨの声が私の心に届いていなかったらどうなっていただろう。
そんな『if』を思い浮かべた後、呆れたように笑った。いくら考えたって無駄だ。結局、お兄ちゃんはプロになったし、私はその活動を密かに追って、ヤチヨに救われた。その事実は変わらない。
「……それならプロになった甲斐もあったな」
「うん、だから――ありがとな、自分の首を絞めてくれて」
「――は?」
私の言葉に驚くお兄ちゃん――帝アキラへ私は全力で左腕を横薙ぎに振るう。それと同時に右手で操作していたウィンドウが輝き、入力していたコマンドが完了した。
(行くよ、ヤチヨ!)
『いっけー、彩葉!』
聞こえるはずのない彼女の声と共に左手の中に出現する唐傘。そう、ヤチヨが使っている傘型の武器である。かぐやのハンマーを再現してもらったのと同時に彼女の傘も借りていたのだ。
「油断、大敵ッ!」
私の左手に出現した傘を見て目を見開く帝。その隙に私は彼の右腰にヤチヨの傘を叩き込んだ。
「ゴッ……」
傘でぶん殴られた帝のアバターは横に吹き飛んでいき、竹林の中へと消える。その隙に地面に落ちていた双剣を拾ってブーメランに変形させた。
「聞きたいことも聞けたし……本当のキョーダイ会議、やろっか。お兄ちゃん?」
「はっ……いいぜ、やってやろうじゃん」
竹林から出てきた帝はブーメランと傘を持つ私を見てギラリとした獰猛な笑みを浮かべた。