二色の魔眼と錬鉄の呪術師   作:lambdazero

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空隙の呪術師

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五条悟は調べていた。

 空折雪。この存在を。

 そして、驚愕の事実を知る。

 先ず、戸籍が存在しない。

 空折という名の名字がそもそも居ない。

 東京どころか全国を探しても、彼女の出身が、出自が、ない。

 偽名か? と思う。だが自分でそれを否定する。

 彼女は自身をこう、言う。

 イレギュラー。

 あらゆる因果、計画の全てを破綻させる、特異点。

 雪のあの両眼。

 右目の昏い瑠璃色、左目の鮮烈な螺旋の緑色。

 己の六眼を以てしても、理解できない術式ですらない、体質に似た『何か』。

 術式は別にあるのだろう。

 呪力の流れが根本的に回路としておかしい。

 通常の呪術師は呪力の発生源は腹である。

 逆に反転術式は脳で行う。

 なのに。彼女の呪力の発生源は全身だ。

 全身から湧き出るように発生している。

 六眼は呪力は使わない。

 これはあくまで、機能としては眼である。

 だが、魔眼。調べて解する、呪術と系譜の違う呪い。

 海外の方でよくあり、日本にも伝わってきてはいた。

 魔眼とは、所謂眼球を用いて行う呪いの一瞬。

 神話で有名なのはメデューサ。

 石化の魔眼を持つという怪物。

 太古からある、呪術よりも古い原始的な呪い。

 生得術式とは違う、体質に近い身体の一部。

(……でも、神話にも出てくる割りに無いな。石化、魅了、そういう類の呪いこそあれど。歪曲? 直死? 何だそれ)

 古今東西に魔眼という単語があることは知れた。

 体系の違う呪いの一種。

 海外の方の呪術、眼を使うオーソドックスな呪いの伝承。 

 だがそれにしたって。歪曲と直死?

(厄介だな。ミゲルあたりなら知ってるだろうけど……魔眼持ち。しかも二つ。挙げ句にアレ、歪曲の方は呪力消費しないで常時発動するみたいだ。天元様の結界、壊さずに捻じ曲げて侵入してるし。それっぽい残穢も無い。第二、第三の術式みたいなもんじゃん)

 イレギュラーというだけの事はある。

 どう見ても呪術的な解釈が出来ない。

 腑に落ちない。六眼を通して見える、異物。

 本人の呪力の総量は大体恵と同等。これは良い。

 呪術の知識も基礎的な操作も彼女は持っている。

 ただ、魔眼について生徒を通してミゲルという珍しい海外の呪術師に聞いた翌日。

 返答はこうだった。

 歪曲も直視も聞いたことがない。

 歪曲は単語的に空間作用だろう。

 万が一有り得るなら透視や千里眼の亜種か何かでは無いか?

 一応一般人も千里眼ぐらいの単語は知っている。

 千里眼。解釈は広義であれど遠くを見る、未来を見る、過去を見る、見えないモノを見る。

 魔眼の代表が千里眼らしい。

 直死については、ミゲル曰く。

 死を、視覚的に捉える魔眼の可能性が高い。

 危険すぎる。概念である『死』を視るとは、常人の精神では堪えられない。

 呪術師であっても無理と言い切った。

 早く封印しろ。本人が発狂する前に。

 そう言っていた。五条は念の為、海外に行かせた乙骨という生徒を急遽帰国させている。

 明日には高専に戻るはずだ。

 さて、では概念の死とは何か。

 造形の深い五条は分かった。

 恐らく、寿命。万象に必ずある終わりを視る魔眼。

 それを見て、どうするんだ?

 終わりが見えるだけの魔眼で、何が出来る?

 本人が言うには、虎杖の中にいる宿儺を殺せると言うが。

 彼女は全貌を話していない。

 目的は五条の守護という。

 虎杖のことも妙に哀れんでいた。

 何を見通したのかは聞いていないが。

 歪曲の魔眼が千里眼や透視を内包する仮説は成り立つ。

 未来を知ると初対面で言ったのだ。

 ならば、問題が浮上する。

 彼女は一体、何処から来た?

 戸籍の無い自称15歳の白髪の少女は、何者なのだ?

(……厄災ネタが転がってきたな。上が気付いて茶々入れてきてる。僕への嫌がらせか)

 呪術師界隈の腐敗は今に始まったことでは無い。

 だが、その腐りきった連中を雪が知るや、言い切った。

「皆殺しにしましょう先生。頭を挿げ替えるだけで、意味があるんですよ」

 上層部の皆殺し。居場所ももう知っている。

 許可さえ出せば、つまり五条が望むなら率先して殺しておくと。

 進言で良いなら今のうちに内通者を始末するから、やらせて欲しいと。

 誰の、何の内通者かは言わない。

 そこが厄介で、雪は五条を優先する。

 忙しい最強の代行をしても良いと。

 ぽっと出の、空隙の呪術師。

 過去が無い、正体不明の少女。

 実力は五条が見るに。

(明らかに今の悠仁よりも強い。術式を隠して使わず、魔眼だけで残穢無しに侵入して隠蔽、暗殺から破壊工作まで出来る。……昔を思い出すな。あの天与呪縛にそっくりだ)

 嘗て五条を瀕死に追いやった天与呪縛の暴君。

 その怪物には一度こそ敗北したが、その再来。

 低く見積もって特級。乙骨と同等か、それ以上。

 京都校の生徒で言えば東堂が食い付けるかどうか。

 御三家なら禪院の次期当主の直哉がワンチャンあるかどうか。

 飛来した怪物が自分を盲目的に慕ってくる。

(僕を守る、か。……うぅん、どうにも分からないな。僕は最強だ。分かってくれる親友はもういない。彼女が僕を超える呪術師だとでも言うなら、同等とも言えるかもしれないけど。あの子は次世代の呪術師……いや、違うか。あの子は未来を、変えるつもりだ。今ですら、通過点に過ぎない。彼女は、僕にとって何だ? 対等の呪術師? いや、特級だよ僕。九十九さんなら兎も角、教え子に対等の子は居ないよね。憂太だって次世代の呪術師。悠仁もそう。……でも、あの子は違う)

 困った。扱いに困る。

 まるで実力が同等の部下が出来た気分だ。

 五条悟は自他共に認める最強。一人居れば、十分。

 そこにもう一人、魔眼の呪術師が現れた。

 実力は未知数。全貌を見えない謎の多い子供。

(雪は、子供扱いして良いのか? 憂太みたいに、目的があって高専に来て、自分を変えたのなら良かった。でも彼女の言動多分、偏愛と憐憫で、相手は僕と悠仁だ。変わることが先ず、ない。僕に最強であることを強いるのは他の呪術師と同じ。だけどあの感じ、完全に僕を盲信してるよな。未だに甚爾を推す直哉みたいに。僕のファンじゃなくて、厄介オタクだよこれじゃ……)

 扱いと、立場。困るのはこれだ。

 呪詛師として処分する気は上も無い。

 正体不明の呪術師なだけで、規定違反はしていない。

 危険だとは言っているが、利用しようとしている。

 五条に対するカウンターに。それも雪は気付いているし、邪魔なら殺すとハッキリ言っている。

 どう接すれば良い? 教え子? 厄介オタクに?

 長らく最強の立場にいるので、孤独には慣れている。

 去年、理解者を殺したのは五条本人だ。

 それも加味して、考える。

 雪をどうすれば良い? 全貌を隠す空隙の呪術師を。

 今までならまあ良いかの気軽で済んでいたが。

 こればかりは無視できない。

 宿儺を虎杖を無傷のまま、殺せると言い切る。

 実現可能ならば、大きく未来は変わるだろう。

 宿儺の指を完全に食わせる必要も無くなる。

 つまり虎杖の秘匿死刑の判決がひっくり返る。

 宿儺が死ねば、彼は自由だ。

 要は、雪があの魔眼で宿儺だけ殺すとする。

 そうすると、虎杖は判決がひっくり返るからフリーになる。

 突き詰めると、呪術師に公的になれるわけだ。

(悪くないな……。指を食わせるだけって言うけど、ぶっちゃけ探しても見つからないし。同一人物の受肉体が一度に複数現れることは理論上、有り得ない。今、宿儺を完全に殺しても、次の宿儺がどのタイミングで誕生するかわからないって事じゃん。悠仁が生きている以上、また見つかったら悠仁で指は処理すれば良い。一旦、宿儺を殺した方が良いか……?)

 一種のパラドックスだ。

 人間は基本的にその世界に一人しか居ない。

 言い換えれば、宿儺は受肉体で今存在する。

 その状態で他の誰かが指を食っても宿儺は宿らない。

 存在しているからだ。

 20もある指はそのまま、受肉体にならずに死ぬだけ。

 でも殺したあと、虎杖が無事なら?

 残った指の処理を彼が行えば、一度受肉体になっている以上、二度目の受肉体になるとも思えない。

 肉体がただ慣れて、処理するだけのゴミ箱になる。

 名案だった。今のうちに宿儺を殺そう。

 雪の言動を信用するに値したのは、あの魔眼だ。

 直死の魔眼。歪曲の魔眼。

 この二つなら、可能性はあると思う。

 これで虎杖を解放してしまえば。

 史上最悪の呪いの王を、始末できる。

 彼女の思惑通りになれば協力するだろうし。

 何より。

(僕にとっても、都合が良い。悠仁が呪術師を名乗れる。十分な対価だ。宿儺のパラドックスを証明するって名目なら、上も黙るしか無い。死ねば御の字、悪くなっても悠仁は生きているならチャンスは何度でも来る。処分問題も解決できる。……うん、空折雪。悪いけど、僕性格悪いんだよね。だから、君を試そう。本当に僕を守りたいなら、この提案……断らないよね?)

 雪の真意を確かめる事にも使える。

 だからそう決まれば、早速行動開始だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ええ、分かりました。今すぐ宿儺を殺すことに反論はありません。さっさと善人にへばりつく澱は浄化しましょう」

 その日の夜。

 有言実行でゲストハウスで寝ていた雪を起こす。

 本当に宿儺を殺そうというなら今すぐで良いよね? という他だったら絶句する内容でも知っているように雪は頷いた。

 上層部には、宿儺を殺せるチャンスが来た。

 宿儺だけを殺す死刑を執行すると言うと、混乱の声が返ってくる。

 意味不明な、どうやるんだと。

 一部は制止の声が聞こえたが無視。

 文句は無いだろう。

 元々宿儺を殺せと言ったのはお前らだ。

 だから方法を用意してんだ、言うとおりにしてやると言ったら黙った。

「服装はそれでいいのかな、雪」

「夏ですから。薄着の方が涼しくて良いです」

 黒いバッククロスのキャミソールに、白いミニスカート。

 夜風が白髪を撫でるように吹いた。

 覆うように白い眼帯をつけた両眼。

「目隠ししてるのに見えるのそれ?」

 五条は目隠ししてても普通に見える。

 敢えての質問に、雪は見えると言った。

 左目だけだが空間は何処でも構造が見えている。

 特に問題は無い。

(案の定、歪曲の魔眼が千里眼と透視を内包するのか。初めて会ったときに無かった、普段は余計な情報を制限するって言う縛りで、魔眼の密度を上げている……。もう、自分の魔眼の特性を理解してるあたり、この子は悠仁や憂太どころか、僕に匹敵する器用さもあるな……)

 ついて行く高専の廊下。

 足音だけが響く、薄暗い通路。

 その端にある壁を見て、雪は言う。

「五条先生、ちょっと結界の封印が雑です。これじゃ破魔の武具で解除されますよ」

「僕の結界にダメ押しする子は君が初めてだよ。これでも結界にも自信あるけどなぁ」

 最強の呪術師の結界に雑と言える技量。

 自信家では無く、ただの事実として彼女は指摘する。

「キッチリ張ってないから線がそこら中に走ってる。適当に切れば、私だって侵入できますよ」

「……線を、切る?」

 どういう意味か。分からないことを言う雪。

「見てて下さい。言うより、実践の方が速いでしょうから」

 そう言うと右手を虚空にあげる。

 呪力の上昇を感じる。

 これが、彼女の秘匿する術式か?

「――I am the bone of my sword.」

 一節、詠唱する。

 ジジジ……と空間が軋む。

 一瞬、六眼には構築術式に映った。

 だが直ぐさま撤回する。

 構築術式とは一線を画する、精製の速度と密度。

(……この流れ。構築じゃない、まるで引き出すような……)

 ゼロから構築する術式は悪燃費、応用範囲の無さ、実務性皆無で不遇で使えない術式と呪術師の中では認知される。

 これは……違う。構築してはいない。

 どちらかというと、複製。

 知っているオリジナルの贋作を低燃費で高密度に高速で再現して持ってきた、という風に六眼は捉えた。

(構築術式……いや、違う。この子の術式、金次と同じでデフォルトで領域展開が入ってる。その領域から呪具を取り出した。そう言う理屈か)

 なるほど、分かった。五条は彼女の秘密を一つ知る。

 この子の術式は、領域展開がデフォルトで内包する。

 その領域展開は、どうやら武具の貯蔵と複製を大量に行えるらしい。

 この詠唱一節は、領域から呪具を取り出すだけ。

 だからここまで異常に低燃費で高密度かつ高速で精製できる。

 つまり、呪具の贋作の量産。

「見えましたか? これが私の術式、無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)。私の知り得るあらゆる武具を理解、複製、経験を含めて模倣する」

 そして、取り出した武器を見て五条は顔を顰めた。

 過去に自分に振るわれた武器だったから。

「釈魂刀……。なるほど、宿儺の魂を強引に悠仁から切り離すって魂胆ね」

 読めた。全ての筋書きが。

 彼女の直死の魔眼が宿儺の魂の死を捉えて、歪曲の魔眼がそれを補佐して、釈魂刀で切り裂く。

 この方法は言うなれば、あの弁護士の処刑人の剣に似ている。

 あれは魂を判別して死刑を執行する。

 その方法を、雪なりに真似た結果がこれだ。

 生憎と術式である処刑人の剣は複製できない。

 ならば、釈魂刀なら直死の魔眼で魂さえ刻めば。

 哀れな運命を背負う主人公を、救える。

「見ていて下さい。これが、直死の魔眼です」

 重たいそれを両手で持つと、右目を細める。

 結界の表面に雑多に交わる、線の数々。

 赤と白の切り口をなぞるように、釈魂刀を振るう。

「生きているのなら、呪いの王だって殺してみせる」

 そう、言い切り。線を、全て絶つ。

 途端、結界がヒビ割れて一瞬で粉々に吹き飛んだ。

「……わぉ。こういう意味か、直死の魔眼って」

 仰天の五条。結界の強度など最早関係ない。

 釈魂刀は魂すら切り裂く特級の呪具だ。

 それを加味しても、結界など普通は切れまい。

 終焉のある物体、命、魂、概念、事象。

 全てを断ち切り全てに死を与える魔眼。

 これが、直死の魔眼か。

「縛りの制限をかけても切れるんじゃ、結界としての精度が足りないのでは?」

「いや、チート持ってきてその発言は無いよ雪」

 粉砕された結界の向こう。扉が見える。

 招くように開く五条。

「さぁ、入って。君の目的の人が居るよ」

 そう言われて、釈魂刀を肩に担いで入る。

 少し地下室になっていた室内。

 夜分だというのに、明かりがついていた。

 奥から笑い声。テレビか何かのようだ。

 進んでいくと……。

「……」

 テレビを垂れ流しにして、対面するソファーに俯いて座る一人の少年がいた。

 膝の上には人形が置いてある。

 その纏う空気は、淀んでいた。

「やっぱり、救えなかったんだね。悠仁君、貴方には悪意しか残らない。呪いに縋っても、返されるのは嘲笑いだけだったでしょ?」

「……お前、誰だ?」

 声をかけると、顔を上げる少年。

 浮かれない、落ち込んだ表情で。

 同情するような微笑みで、雪は言う。

「私は空折雪。呪いの王を殺して、君の枷を壊す……全ての破壊者」

 そう、名乗った。

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