呪いの王、宿儺の処刑は終えた。
信じられない、と総監部は雪を評する。
あの最悪の災いを、封印した状態とはいえ、五条悟の助力だけで祓った。
しかも五条悟曰く、単独で完封したらしい。
宿儺の強さは結局、知識と経験と才能と状況。
知識、経験だけの状態なら雪でも殺せる。
伏黒の肉体に鞍替えせず、状況が十種影法術に至らず切るだけの御厨子なら。
奥義を使う前に手足をもいでしまえばいい。
莫大な呪力があっても、残念ながら虎杖悠仁の檻に入って指も少数、初期の頃ならまだ完全とは言い難い。
要点を纏めると、時期が圧倒的に雪に有利な初期の宿儺。
強さで言えば特級とは言え、呪力もまだ十分とも言えず、檻に繋がった状態で速攻で四肢をもいで精神を揺さぶり、勝てないと悟らせる。
魔眼などという原始的な呪いを、宿儺が知るわけがない。
そもそも千年の歴史の前提において、海外の呪いの知識を現代の虎杖の記憶から読み取っても『呪術的』に解釈しようと必ずする。
その時点で詰みだ。
呪術的解釈において、判断をしようにも過去に直死も歪曲も魔眼が存在しない。出来ないのである。
イレギュラーの強み、原作無視。
歪曲の魔眼は千里眼と透視も混じった、空間把握力に加えて霊視というまあ呪術師なら当然の呪霊が見え、遮蔽物を無視して相手を位置を見通し、相手の呪力すら見ようと思えば見れる。
そこに歪曲で捻じ曲げて、呪力の供給を断ち切る。
つまり、宿儺は何度も反転術式で治癒を繰り返すうちにその回路というか、通り道を歪曲で圧壊のように潰されていたのだ。
通路がないなら治せば良い。
治すなら捻じ切って印も結べずだるまにして、潰す。
ちなみに四肢だけの完全再生なら宿儺でも効率が良く再生するが、歪曲の魔眼で『呪力を纏った四肢』を捻じ切られたので、纏っていた呪力も一緒に大きく削られた。
この辺は雪も気付いていなかったが、歪曲の魔眼は呪力を帯びた物体を捻じ切るとその呪力も捻じ切るみたいだった。
纏っていた分、ゴッソリと総量から引き算される。
強度や速度など無関係に範囲内を大雑把に捻じ切った。
高速の飛来する解を見通し捻じ切り切り伏せて、本人の分厚い呪力も貫通するから削れ、消耗する。
宿儺ほどの高出力で纏ってさえ居なければもう少し再生は出来ただろうが、効率の良い状態でも何度も呪力を纏って再生をして抉られてを繰り返し、四肢を根元から捻じ切られていては呪力も練れなくなる。
即死させる火力を繰り返し使用するほどのしぶとい相手には、内部なら呪力操作もぐちゃぐちゃに捻るという副産物が実は歪曲の魔眼には付与されていると初めて雪は自覚した。
だから足の再生が出来なかったのか。
おかしいと思ったのだ。剰りにも呆気なくて。
腕みたいに再生するかと思った。
なのにしなかったのは、宿儺本人も自覚無しに操作を捻られていたから。
歪曲の魔眼の火力は飛んでくる解の比では無い。
即死級の攻撃を、レンジ無視、防御不能、広範囲、呪力無しで行う。
これは術式ではない。混合しない、魔眼単体の能力。
ただの魔眼の機能だから、普通に呪力なしの超能力に分類される。六眼と一緒だ。
六眼でも見えないと五条は言った。
呪力がない速すぎて、広すぎて見えない面の制圧。
カテゴリーは物理攻撃の銃弾と一緒という、マジモノの超常現象。
そこに表に出てきて浮上したせいで浮き彫りになる魂の輪郭。
己の魂に大きく亀裂が入っているとは、宿儺も思うまい。
直死に見える万死の裂け目は、これも魔眼の機能だから呪力無し。
ただ、直死には弱点がある。
釈魂刀のような、硬度を無視する武器でないと先ず斬れない。
あと、斬るという性質上接近する。
白兵戦でしか使えない。
逆手にとって、飛来する攻撃を咄嗟に切り払うことで殺して、文字通り相殺するという芸当は出来るが。
あと、釈魂刀がデカすぎて取り回しが悪い。
原作では甚爾が万里ノ鎖に繋いでぶん回して雑に使っていたがあんな風に使えるほど直死の魔眼は便利じゃない。
何分、縛りで対象以外の線と点を除外して見ている為に性能が底上げしている。
線をなぞる、点を突く。
この動作がないと殺せない。
重たい釈魂刀では小柄な雪には大きすぎた。
不意打ちも歪曲で察知した時点で対象になるので自動的に見えるようになる。
なので術式、無限の剣製で釈魂刀を改造する。
刀剣類から槍、斧、その他雪も前世で分類できない武具。
英雄王の財宝には負けるが、それでも呪術廻戦の世界ではこの備蓄の貯蔵量は群を抜く。
しかも増やせる。改造できる。無限に。
盾、鎧も一応出来るが燃費が悪い。
原作では不可能だった神の領域の武具すら作れる。
所謂最高ランクの宝具と言う奴だ。
雪が出来る理由は全容を既知であること、転生者故に設定を知っていること、用途も理解している事で無限の剣製で複製できた。
今行っている作業は、登録された武具を弄くる。
自分の中でもっと便利に、使いやすく。
結果釈魂刀と同じ効力を持つ無銘のナイフが出来た。
これなら軽いし小さいから小回りも効く。
最後に、雪は最強ではない。
出来ないことがある。
反転術式、術式の反転。極の番。
反転術式に関してはこれから小細工をして克服する。
奥義と反転は出来ない。
あと性格的に殴り合いは嫌い。
あくまで呪術廻戦であって、術式の駆け引きが重要。
物理的なアクションに見応えを求めてフィジカルで戦うのは嫌だ。
戦い方はアーチャーみたいに遠距離で援護をしたい。
呪術廻戦に遠距離強い奴居ないし。
迎撃に普段は封印している魔眼を使う。
割りとワガママなイレギュラーはこうして、原作に合流する。
宿儺を殺した、翌日。
「ねえ、先生。そろそろ俺も皆の場所に戻らなくて良いの?」
「どうしようかな、うん」
高専の敷地内の建物。昼頃。
そのロビーでソファーに座って五条が同僚と話している所に雪はいた。
そこにはなんと、この時期には居ないはずの乙骨がいるではないか。
いきなり五条に呼び戻されたと少し前に聞いた。
「五条先生から聞いてる。君が宿儺を殺してくれたんだって? 突然ゴメンね。僕は乙骨憂太。よろしく」
「……ええ、どうも」
雪は大して興味も無く、握手しておく。
第二の主役。リカを率いる特級。
温和な雰囲気と、虎杖と同じ人の良さが溢れている。
「ありがとう。君のおかげで、虎杖君は救われた。僕からもお礼を言わせて欲しい」
「いいよ。私の目的を一個叶えただけ」
いきなり用意された高専の制服を着た雪が言う。
白い制服。特別の証。興味も無い。
最初は総監部が五条のでっち上げだと思っていたのか、先程諜報部? らしき原作にいなかった連中が押しかけてきた。
地下室で虎杖と一緒に寝泊まりした雪。
帰るのが面倒だったので、そのまま泊まった。
虎杖が、ソファー貸してくれるというので借りた。
本人は床で直に寝ていたが、良かったのか。
で、朝っぱらから押しかけてきた連中が虎杖をあれこれ調べた。
結論、マジで宿儺死んでる。空っぽの状態。
雪が殺したと五条が再度いうと、雪の存在を総監部は呪術師として認定するに相応しい功績だという旨が二時間もしたら連絡が来た。
ぽっと出の正体不明の雪を、総監部は正式に高専の一年生に認定した。
急遽決まった飛び入りの転校生。階級は一級。
特級に値すると総監部が言ったが、雪が最強の座を奪うのが嫌で拒否した。
だから今日から一年生。五条の教え子。
「……良いんですか五条さん。虎杖君が彼女によって執行されたとはいえ、高専の生徒達や京都校の面々は事情を知りません。楽巌寺学長には先程、通達が行ったようですが」
同じく腰掛けて新聞を読む呪術師、七海建人が五条に聞く。
いきなり実は生きてました、でも宿儺は執行済みですと言っても彼等はどう動くか。
「んー? 良いんじゃ無い? 交流戦には憂太も出るし。金次も折角だから呼び戻そうとしたら向こうが拒否ってきた。高専の連中の顔は見たくないってさ」
五条はコーヒー片手に呑気に言う。
ああ、これでこそ最強の日常。
雪が両眼の眼帯で嬉しそうに彼の背中を見ている。
「……相変わらず適当ですね。で、空折さん。貴方も今日から高専の生徒です。宿儺を殺した呪術師としても立場もイレギュラーも程がある貴方ですが、本来存在し得ない呪術師という自覚を持って下さい」
「絵に描いたような大人が何か言ってるよ。私に指示をして言うことを聞くと思う?」
雪は七海に知ったことか、とバッサリ切る。
頭痛がするようにこめかみを押さえる七海。
こいつは五条の厄介オタクと五条本人から聞いていたが、本当に厄介だった。
敬語もないのはいいが、無礼というか。
興味ないのか、現状を理解していない。
「組織は上に従うのが基本です」
「腐ったミカンに従うほど、馬鹿じゃないし」
やっぱり五条と同じ方向の奴だったと七海は思う。
「五条さん、彼女に担任として言って下さい」
「雪ー、七海の言うことは素直に聞きな。七海は僕が信頼する、貴重な呪術師だ。無下にしないように」
「分かりました。……そう言えば、七海建人と言えば超好人物でしたね。実力、人格共に無欠だったハズ。五条先生の信頼する相手でしたら」
「極端すぎませんか彼女」
五条が言えば従う。評価も変える。
苦笑する乙骨が言う。
こう言う女の子は慕う相手には盲目だから、と。
「君が言うと重みが違いますね、乙骨君」
「ええ、まあ。何か雰囲気が生前の里香ちゃんに似てるんですよね、空折さん」
嘗ての相手に重ねるか。
雪も反応する。
「否定はしないよ先輩。私も、先輩といるその人と、多分一緒」
「……五条先生から聞いてるけど、それが例の魔眼?」
眼帯で縛りをつけても尚、雪にも見える。
後ろに背後霊のように、隠れた異物が常にくっついて空間を歪めている。
これがリカ。原作で見た、呪いの女王。
その彼女の残留した意識か。
「先に言っておくよ、先輩の隣の人。私は先輩に興味は無い。だから安心して良いよ。虚仮にもしないし、手も出さない。ただ、一緒に戦う理由は同じだと思う。交流戦、お願いね」
これから来るであろう、交流戦。
こっちの最大戦力が、乙骨と雪だ。
「僕からリカは出さないし、交流戦には嫌な思い出があるから自分からも出てこないよ」
「東堂さんが居ても?」
その名を聞くと、見たことの無い渋い顔になる乙骨。
「あぁ、そうか。今年はこっちに来るよね東堂さん……。絶対にリカを出せって言うんだよなぁ……参ったなぁ」
……あれ? 乙骨のライバルって自称してた変質者、本人が凄い顔しているぞ。
「誰それ?」
「京都校の最高戦力。多分、先輩とやり合えるガチの人」
虎杖の疑問に敢えてそっちを強調する。
魂の兄弟になるかは、乙骨の帰還で見えないから。
「あー……すっごいザックリ言うと、空折さんを男にしてドルオタにした俺様系自己中呪術師?」
「私に何か恨みでも?」
何で東堂と同じにされる。
本人が困ったように言う。
言いようが無い。強いのはそうだが、基本的に周囲から嫌われているし本人も嫌っている不仲。
「東堂君ですか。彼はまあ、そうでしょうね。人格は五条さんぐらい悪いのも事実です」
七海にすら言われるって。
「七海さ、僕ちょくちょくディスるの止めよう? 確かに多少性格悪いけど言うほど?」
「その通りでしょう。虎杖君が尊敬しているから、空折さんが尊敬しているから他もすると思っているのがおかしいんです」
大人の七海がキッパリ言った。
言動がアレな呪術師、東堂葵。
「僕も正直言うと、あの人押しが強いから若干苦手なんだよね東堂さん」
「マジで先輩?」
劇中、乙骨出せって言ってたのも理由も、ライバル発言も、もしかしてあいつ特有の存在しない記憶説……?
「ちょっと待った。何か違うよ空折さん。東堂さん、ああ見えて僕には割りと好意的なんだよ。ただ本気で押しが強いから。奢るって言ってアイドルの布教してきたり」
「そっちか」
高田ちゃん方面だったか。
推しというか、女なら既に居る乙骨は例外らしい。
「気をつけてね、虎杖君。東堂さん、変人だから」
「変人?」
「初対面で女の趣味を聞いてくる。気に入らないと勝手に見限る」
「それは変人だわ」
だろうな。経験者が語る。
雪の理想は五条だが、乙骨に聞いた。
こう言ったらどう思われる?
「多分共感……はされないけど、推しって意味では失望はされないと思う」
「まだマシって事か……」
酷いもんである。伊達に続編でも徹底して嫌われていない。
ちなみに今日が、京都校のメンツがこっちに来る当日。
明日から交流戦であった。
……襲撃は来るか、わからない。
少なくとも宿儺を始末したことで、此処で指の回収が意味を成さなくなる。
ただ、脹相という意味で、襲撃はあるだろう。
戦力差が広がっているから増強すると思う。
後は……。
(メカ丸の始末。内通者だって、今のうちに言っておく方が良いかな……?)
あいつの存在。与幸吉。
メカ丸と呼ばれて、ただ同級生に会いたいが故に真人に協力していた。
動機は分かっている。どうでも良い。
……でも。早期に宿儺の始末と、虎杖の救済を終えたからか。
無関心だった二極化の雪も、変化する。
幸吉の存在で事情を知って向こうは今焦っているだろう。
幸吉をリークすれば、脹相達の存在が消える。
脹相……。終盤の、虎杖のある意味の兄貴。
次のエピソードも破綻した今、彼等が誕生するかも怪しい。
だが彼には、こっち側に早々に来て欲しい。
渋谷事変の時の争いを無くしたい。
だったら……。
(敢えて黙ろう。宿儺が死んで、花御も交流戦で祓われる可能性が大きいから)
花御。星のために人類に敵対する特級。
奴も五条に雑草と呼ばれて渋谷事変で殺される。
でも。勿体ないと、思わないか?
あいつも、領域展開が出来るという。
原作で不発だったそれを、させてやるぐらいの余裕はある。
(悪くない。五条先生は最強だから、もう宿儺がいない事で死ぬことはない。獄門疆は天元に会えば裏門を直死で殺せる。要は、最大の山場の死滅回游が起こる条件がもう壊れた。私が居るから)
そう。交流戦、橋のエピソード、渋谷事変、死滅回游、新宿魔境。
全部、壊れた。この時点で、あいつがどう動いても、雪が獄門疆を裏門から殺せる。封印が解ける。
死滅回游が、成り立たない。五条悟が健在だから。
「……フフッ」
思わず笑う。やった。こんなに簡単だったんだ。
じゃあ、折角壊れた物語。
五条悟の俺様無双に変えてしまおう?
交流戦の時点で、壊れた奴の計画は、取り繕う程度ではもう、修正は不可能だったと。
「どうした空折?」
虎杖の問いに、笑って言ってしまう。
「悠仁君の成長が全部台無しになったって思ってね。良いよ、呪霊に恨みがあるのは知っている。でも今の悠仁君じゃ勝てないよ。宿儺が消えたことで、君は優位性を失った。交流戦で活路を見出すか、私を頼るか。五条先生に消し飛ばしてもらうか。好きにしていい」
「……!」
真人を知っていると暗に言うと、俯いて昏い顔になる虎杖。
お人好しの好青年が見せる、憎悪と怒りを浮かべて。
「空折」
「なに?」
その問いは、予想外だった。
元々あまりにも不幸を背負っていて悲惨で痛々しいから救おうと思った。
だから反撃の狼煙を上げても良いと思う。
だけど。
「お前も協力してくれないか。あいつを、真人を殺す方法を、知ってるなら。俺に、教えてくれ」
本当に復讐心を抱くとは思わなかった。
……あぁ、そうか。吉野順平というあの犠牲者は。
彼の、友達だったんだ。
呪術師ではなく、純粋な友達。
その、復讐をするんだと。
「敢えて、自分で殺すんだね? あいつじゃ、死ぬよ?」
「……いいよ。俺が殺すって決めたんだ。そして、殺人の罪は、真人を殺したら、この命で償う」
改造人間を殺した事を殺人と言うのか。
やっぱり、痛々しい。
「……未来に先輩が言ったセリフを、言うよ。君は、悪くない」
「止めてくれ。俺を許すな、空折。俺は宿儺の器を終えた。なら残った罪を、俺は贖罪する」
殺人を、復讐と自分の命で断罪とする。
乙骨も聞いていて、言った。
「自分のために動く理由は、僕にはよくわからない。でも虎杖君、それは……破滅の道だ。行かない方が良い」
「先輩。頼む、否定しないで欲しいんだ。これは、俺に託された言葉を超える罪。俺は、真人を、殺す。そして……乙骨先輩。嘗ての王の残骸を、その後の俺を、もしも先輩が看過出来ないと判断したら。その時は、俺の本来の死刑を、断罪として執行してくれ」
「……」
それでも選ぶ、復讐鬼。
神妙に黙る乙骨と、能天気に七海と何か企む五条。
七海は嫌な顔をする。
「良い物語になりそう。私は私の、君は君の目的を目指して、行こう。悠仁君」
微笑む異物と、有り得なかった復讐鬼。
その憎悪が、次第に、苛烈に、燃え広がる。