「結論から言えば、悠仁君。君は以前よりも著しく弱体化してる。何でか分かる?」
「弱く……なってる? 俺が?」
雪は復讐鬼になることを願う、虎杖に問う。
誘導するようにする彼女に割り込む乙骨。
「待ってよ空折さん。君は虎杖君に復讐を勧めるつもり?」
「それが悠仁君の目的だからね。ねぇ、先輩。先輩ってさ、目の前で自分が無力だったせいで、馬鹿だったせいで友達殺されたこと、ある?」
そう逆に言った。
何の権利があって止める。
お前は最期を託されただけだ。
尻拭いに文句があるなら聞こう。
それ以外、何を知って口を聞く?
「嫌なら良いよ。私がやる。悠仁君が断罪を望むならその首、ちゃんと終わらせてあげる。復讐はね、自分のためにやるんだよ。先輩自分で言ったじゃん。自分のために動く理由は分からないんでしょう? だったら黙っててよ。動機も、感情も、何もわからない癖に口出しするな」
あの特級相手に怯まず、雪は切り捨てる。
自分の中で其奴を許せない感情すら乙骨は理解できない。
なら、黙れ。理解をしようともせずに止める傲慢さを知れ。
善人ぶるな。呪術師が、憎しみで動いて何が悪い。
「確かに僕は分からないよ。否定は出来ない。でも、君は虎杖君を滅ぼす為に動くなら、僕は全力で君を止める」
なるほど。虎杖の願いを破滅とは理解しているのか。
で、一般論と正論で止めようって?
「邪魔しないでくれ、乙骨先輩。これは俺のケジメなんだ。俺の、無様に呪いに縋ってでも目の前で失って、自分で殺して。俺がこの手で順平を、友達を殺したんだ。その絶望が、無力を憎んだ気持ちが先輩に分かるかよ。特級のあんたに、無力って言葉の重みが、理解できるのかよ!?」
遂に怒鳴った虎杖。
騒ぎに気づく五条と七海。
そこには怒りで呪力が乱れている虎杖と、その剣幕に気圧される乙骨がいた。
事情は直ぐに五条は分かった。
七海から任務の報告は聞いた。
友達を、虎杖は殺されたことを。
踏まえて言う。
「悠仁、前に僕言ったよね。感情で戦うなって」
「先生……。悪いけど、もう俺は器じゃない。抑える理由が無いんだ。その言葉には、納得できない」
「……」
自分で仕向けた任務の結果が悪い方向に向かっている。
復讐を、望んでいること。五条は何を言うべきか、考える。
「虎杖君。私から言えることは、私情で戦う呪術師は、時に仲間を死なせます。その上で、行くつもりですか」
「ナナミン、俺はもう綺麗事は聞きたくない。正しい死とか、そんなもの今更どうしようもないんだ。人殺しのした時点で、俺はとっくに呪詛師と変わらない。だったらせめて。真人を殺す。これ以上の被害者を、第二の順平を出さないために。それが、俺の役目だ」
七海の言葉は綺麗事、そう切って聞く気を持たず。
このメンツで、彼の心情を理解できる存在は。
「悠仁君。復讐は、誰も共感も同情も、助けてもくれないよ。私以外はね」
唯一、呪術師という認識のフィルターを外せる雪だけだった。
「雪、悠仁に何聞いたの」
「知っているだけです。彼の、人の当たり前の怒りと絶望を。先生にも、覚えはあると思いますが。割り切れるほど、悠仁君は強くないんです」
ケロッと雪は答えた。
最強も、友を殺したことがある。
でもそれは、彼なりに割り切って生きている。
虎杖に同じ事を大人は強要する。
虎杖は原作にない、孤立をするわけだ。
「友達殺されたのは聞いてるよ。でもさ悠仁、呪術師ってのはいつ死ぬか分からない世界だよ」
「順平は呪術師じゃなかった!! ただの、利用されただけの、被害者だった! 俺の……『普通』の友達だったんだよ!! 俺が全てを差し出しても、助けることすら出来ずに、結局俺が自分で殺したんだ!! 畜生、畜生ッ!! 俺が弱いから……弱かったからッ!! 何にも出来なかった!! 手を差し伸べることすら……俺は……」
俯いて吐き出した悲しみと怒りと、虚無感。
……初めて聞いた、原作になかった虎杖の慟哭。
普通の友達。普通の関係。
此処は高専だから、呪術師しかいない。
呪術師の常識、呪術師の理屈で全員が語る。
それが、虎杖の普通の感性を、否定する。
「強くなりたい……ッ!! あいつを殺せるぐらいの力が欲しい……! その為なら、もう一度宿儺の指でも何でも食ってやるッ!!」
貪欲に復讐のために、立ち上がる虎杖。
それを見て、五条は己の失敗を解した。
(……普通の友達、か。呪術師じゃなくて、普通の繋がり。僕らにはない、僕の知らない関係だったみたいだな。それを宿儺とそのつぎはぎに遊ばれて、完全に歪んじゃったか。悠仁、僕が君に期待したのはその道じゃないよ。それじゃ……傑みたいになるだけだ)
言えない。嘗ての唯一の理解者にすら、呪詛師に堕ちて立ち会ったときに、沈黙した五条には。
その方向では救いはないと否定しても、苦痛を与えるだけだと分かっても。
七海が口を開くのを腕で制する。
正論をぶつけるな。失った虎杖の絶望を加熱させる。
当事者である七海ですら、分かっている。
人のために怒れる程の良い人物が、この呪術師の世界で失ったモノが大きければ、呪いに翻弄されれば、答えはどんどんいびつになっていく。
分かるまい。今の悲痛な慟哭が全てだ。
誰も、何も言えない。
無力、その意味をもう皆が通り越えている。
「大丈夫。私に任せて。君が真人を殺せるようにしてあげる。憎んで良いよ。呪って良いよ。呪術師は呪い合うのが本質だもの。その、呪いを許さない気持ちを忘れないでね」
……このイレギュラーは、それすら肯定する。
眼帯の奥で、歪曲が見入る歪んだ呪力。
効率は悪いだろう。だが復讐者は憎しみを忘れることはない。
アヴェンジャー……まさか、そちらに堕ちるとは予想外。
自分を部品として生きていく覚悟の前に、もっと人間らしい、復讐者を虎杖は選んだ。
「雪、これも君の知ってる未来?」
五条が笑って背を押す彼女に聞く。
鬼神のような殺意を纏う弱者を見て、微笑む異物は答えた。
「いいえ先生。これは、私の知らない物語。彼がそれを望むなら、私は何処までも助けましょう。不幸を背負った人間に、反撃の牙を与えて。先生は、今の悠仁君をどう見ますか。呪術師として、間違いだと言いますか。だったら代わりに私が反論します。ならば呪術師は、先生を含めて全員が、狂っているんですよ。復讐者は当然の反撃を行う権利がある。彼は償いもすると言うのです。何がいけないのですか? 何処が間違っているんです?
呪術師の物差しで、悠仁君の絶望を、見ないで下さい。これが普通なんです。皆さんが忘れ去った、生の人間の姿なんです。当たり前の言動でしょう。復讐は、立派な動機。一々呪術師という枠にはめ込む理由など……果たして必要でしょうか?」
ケラケラ笑って虎杖の肩に手を置く。
五条の期待した新星は堕ちた。
これが歯車の前に分岐した、可能性の一つならば。
「空折! 頼む! 俺を、強くしてくれ!!」
顔を上げて必死に頼み込む、虎杖。
五条ですら、呪術師である以上頼れない。
この憎悪を掬い上げた彼女だけが、虎杖の理解者。
「んー……。じゃあ、姉妹校交流戦を利用しよう。丁度向こうも、先輩や私の存在を認知していないだろうし。手始めに、経験を積もうか」
利用できるモノは何でも使おう。
姉妹校交流戦。呪術師同士の切磋琢磨。
器で無い以上、暗殺計画が立たないから健全に行うはずだ。
「……この状態で悠仁を交流戦に出したくないな」
「でももう、向こうにもバレてますよ? これは五条先生の始めたストーリーであるなら、言いだしっぺは責任取りましょうよ」
珍しく、雪は五条に意見をする。
別に良くない? 動機が復讐で。
付き合うのは誰も居ないなら、それでも良い。
だって本来、復讐は個人の理由だから。
「悠仁君。私は君がどうして真人に勝てないか、後で教えてあげる。先生。今日、京都校の生徒が来るんですよね? だったらそろそろ迎えに行きましょう」
雪が意気込む虎杖を導きながら言う。
客人を待たせるのは良くないし、向こうも言いたいことはあるだろう。
「空折さん……。君は普通の人の気持ちが、まだ理解できるの?」
乙骨が向かい出す時に聞いた。
普通という言葉の意味を呪術師が分かるはずがない。
だって、そんなんじゃ直ぐに死ぬから。
「分かるよ。元々、正体不明でも私も普通の人だったから。悠仁君の絶望を、同じ目線で見ることが出来る。だって私、先生さえ生きていれば……別に全部どうでも良いもの」
呪術師に感化されない一般人。
この界隈で生き抜くには不利な感覚。
なのに。このイレギュラーは、微笑すら浮かべる。
普通の世界に生きてきた虎杖は、部品のようにブレずに覚悟を決めるのが後半。
ここで分岐した虎杖は、感情を燃やして戦うアヴェンジャー。呪術師失格の、烙印を押されても仕方ない。
「呪術師失格だと言うなら正解。付き合う必要は無いよ。憎んで憎んで、強くなった復讐者は……誰よりも呪いを吐き出す怪物になる。見せてあげる、先輩。悠仁君の、導き出した答えを」
憎しみで戦えば、多くの仲間を死なせる。
呪力は雑に凶暴に、戦法は力任せに、暴力に頼る。
それが悪いのか。勝てば良いだろう。
目的はハッキリしている。この交流戦で花御がくる。
……いや? 歪曲の魔眼で真人を見つけて、忍び込むのを、彼をぶつけるか?
(……ダメ。今の悠仁君は戦えば無為転変で即死する。それじゃあ、意味が無い。憎しみは、加熱させてこそ、殺すだけの燃料になる)
時期尚早。まだだ。
実っていない憎しみでは返り討ちが良いところ。
死んだら意味が無くなる。
圧倒的不利を覆す、武器なら用意できる。
未熟を成長させる事は出来る。
その為なら応援するとも。復讐者の虎杖悠仁。
「……色々言いたいことはあるけど。悠仁、普通に行く?」
「うん、悪いけど……そういう気分じゃないんだ」
五条が問うと、虎杖は悪乗りを拒否した。
それよりも強くなれる機会が欲しい。
焦りだしている。見て取れる焦燥感。
「雪、君が悠仁をどうしたいかは聞かない」
「私は彼の意思を汲んだだけです。先生は気に入らないでしょう。呪術師失格ですからね」
拳を握り締める虎杖を見て、五条は言った。
殺気立つ虎杖は、呪術師には最早向いていない。
七海とは別れて、建物を出る。
正門の方に向かって、移動する一行。
道中、先に行く乙骨と五条を追いかけるようにして並んで歩く雪に聞く。
何故、弱くなったのかを。
「君は先ず、宿儺を失ったことで全体的にスペックが下がってる。あいつは中身として、君の能力を底上げしていた部分があるんだ。今の悠仁君は抜け殻。呪力も総量が減って操作も癖がある。逕庭拳、だよね? アレは現状ダメだよ。一回で二発って言うけど、意味ないよね。奇襲には向いてるけど全然コントロール出来てないじゃん。暴発してるし。分かりやすいのが弱くなった親子愛」
「お前もしかしてポ○モン好き?」
「好きだけど」
一々分かりやすい説明に納得する虎杖。
つまり、一発目で殴ってたほうがまだ良い。
オマケの逕庭拳を武器にするには技量が足りない。
「あと真人の特性。あいつ、魂を固定化して物理攻撃を無効化してる。知ってるでしょ?」
「……そういえば、魂をどうとか言ってたな」
真人は魂を固定化して、普通の攻撃に耐性がある。
効きにくいなら良い方で、大概は効いてない。
「今までの悠仁君は、宿儺がいたから魂を知覚……って言うか、勝手に身体が魂を直にぶん殴る事が出来ていた。でも今は出来ない。もう毒気の抜けた君じゃ、ただの効かない殴打にしかならないね」
攻撃が通用したのは宿儺のおかげ。
器が終えた以上、もう身体が覚えていない。
「更に真人の術式。これがまあ、最大の理由かな。無為転変って言う、相手も自分も魂を弄くる術式。触れたら死ぬよ。改造人間、見たと思うけどね。相手には掌で触れる事が条件だけど、自分なら好きに出来る。戦って分かってるよね?」
「あぁ。強かった」
好き勝手に変形して武器になるわ、形状変わるわで無法の術式。
最後に。
「向こうが宿儺をビビって積極的に攻めてこなかった。つまり宿儺って言う爆弾に君は皮肉なことに守られていたんだよね。その恩恵が全部消えた。悠仁君、一回真人の領域展開に侵入したよね。その時、真人いきなりダメージ受けたの、何でか分かってる?」
魔眼でその事は見通したとでっち上げて、原作知識を振りかざす。ネタバレしていても良いだろう。
理由は分からない……と思ったが。
「無為転変ってのが魂を弄くる……。領域展開は術式の必中。まさか、宿儺にあの一瞬で触れたのか!?」
「おっ、察しが良いね。そういう事。宿儺がキレて反撃したんだよ。魂に触れたせいで、本来檻の中じゃ使えない御厨子でね」
やはり頭の回転が速い。
戦闘IQは元より高いと思っていたが断片のパーツだけで答えを出せるか。悪くない。
「んで、要点だけ纏めるね。真人の術式は即死、最悪領域展開を使ってくる。君は術式を使えず、基礎的な操作すら覚束ない素人。攻撃も通じない。悪癖の逕庭拳が良い証拠」
どれだけ不利か言っておくと、こう聞いた。
「宿儺の指、また食えば良いんじゃねえかな?」
「んなもん、総監部がさせないよ。権力で阻止される」
無駄だ。食ったところでただの処理に過ぎない。
毒気の抜けた今の虎杖が真人に勝つ方法は、鍛えることと武装することだ。
「……武装って。先生が、俺は武器使うより殴る蹴るのほうが強いって言ってたぞ」
「じゃあ殴る蹴るでやればいいじゃない。必要な武器なら私が用意できるよ。悠仁君専用の武器をね」
徒手空拳を補佐する小手でも具足でも使えば武装になろう。
何も乙骨のように剣術使えと言う気は無い。
そもそも真人にその手の手段は効かない。
「用意? もしかして、空折の領域展開で見えた、あの領域は……」
無限の剣製はもう見ている虎杖は勘付く。
錬鉄の術式か、と。
「大正解。私の術式は無限の剣製って言ってね、ザックリ言うと武具の複製とか改造を無限に出来る領域が術式。あと、この両眼が私の武器」
「……魔眼だっけ? それって、ゲームに出てくるあの魔眼だよな?」
一方的に宿儺を葬った双眸。
歪曲と直死の魔眼。
この眼帯は五条の真似であり、縛りなのだと言っておく。
現代人なら魔眼ぐらい聞いたことがある。
呪術師はそれを自分らの土台で考えるから詰みになる。
もっとシンプルに見れない。
超能力のような、体質だ。
「そうだね。大体あってるよ」
軽く肯定しておく。
ここまで聞いて質問があるかと確認。
虎杖は言う。雪は、真人を殺せるのか。
「魔眼の縛り解除して、近距離なら私が一方的に勝つ。やらないけど」
殺せるけどそれは虎杖の役目だ。
立ち位置は虎杖のサポーターに過ぎないつもり。
遠距離援護で、道具屋で、理解者。
味方だと、しっかり言った。
「お前、こんなに強いのに……何で、俺の味方するんだ? 先輩や先生、ナナミンみたいに俺を否定」
「しないよ」
途中で割り込む。悪いが、それ以上は聞かない。
「私は見ての通り、イレギュラー。前もって言うけど、私は呪術師の思考や理屈、判断を一切しない。自分の目的が第一。それは私情まみれの自分勝手。何なら呪術師名乗らなくても良いんだ。ただ、私の唯一さえ、無事なら」
「……先生のことか」
何だ、見え見えか。
首肯する彼女に、虎杖はぼやく。
「お前、やっぱり怖えよ。俺のこと、同情で助けたのはそれぐらい俺だって分かる。お前のやりたいことは、先生の自由の確保だろ。最強の先生を、お前は崇める。絶対視する。なぁ、空折。良いのか? 俺に付き合ってもお前は。目的からズレた寄り道だぞ」
「気にしない気にしない。とりあえずの種は摘み取った。余裕があるから、一緒に行っていい」
片道切符を自覚しているのか、聞く虎杖。
雪は途中下車などする気が無いとだけ告げる。
「私は既に全体を知っている。君が違う選択肢を選んだこの先に、興味もある。あぁ、ちなみにこれって割りと最低な興味本位だからさ。遠慮無く頼ってよ。私はどっかのメロンパンより二極化してる自分勝手。君に手を貸す、それに異論は無いから。私は、悠仁君の……そうだね、後方腕組み鍛冶部でいいよ」
「何処の常に進化してる教官だよお前」
そう言うと、前方で声が聞こえる。
「ほぉ、元気そうだな乙骨。さて、では早速やろうか」
「東堂さん!? いきなりですか!?」
……案の定、あいつの矛先は乙骨か。
バディは、雪がやるしか無さそうだ。
勿体ないけど、仕方ない。
「あのドレッドヘアの強面……。ぱっと見でも隙がねえ。京都校の先輩か」
虎杖も気付いた。
本来なら虎杖の魂の兄弟だが、このアヴェンジャーの彼なら下らないで切り捨てるだけだろう。
そう、その時はまだそう思っていた雪だった。