我、忘却を恐れること勿れ   作:hbk(i)

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神はどこまでも

さきちゃんが倒れてから一週間。

さきちゃんは病院のベッドから目覚めないでいる。

お医者さんは主に疲労が原因だと言っていた。

後から、海鈴ちゃんが管理しているスケジュール表と私が知っているさきちゃんの予定を照らし合わせてみて唖然とした。

さきちゃんは私が思っていたよりも何倍もAve Mujicaの為に身を削っていた。

Ave Mujicaのリーダー、学生生活、それらすべてを手を抜かずにやり遂げるなんて普通は不可能と言い切ってもいい。

だからこそさきちゃんは自分の体調を生贄にした。

きっとそれしか方法がなかったんだ。

私たちがもっとさきちゃんの負担を減らせていれば。

私がさきちゃんの異変にもっと早く気づいていれば。

あの日、何もできなかった、動くことさえできなかった私が何を言っているんだろう。

誰もいなくなった教室に真っ赤な夕陽が差し込む。

いつもならAve Mujicaの練習だったり、さきちゃんと一緒に買い物に行ったりしてる時間。

でも、私は帰れない。

私しかいない部屋に帰るのはどうしても嫌だ。

さきちゃんがいない現実を突きつけられるのは怖い。

「さき、ちゃん」

教室に残った縋り付くような言葉。

届かない言葉。

そして一つの通知音。

ぼやける視界を拭き取って確認してみると、そこには救いのような言葉が綴られていた。

『お疲れ様です、三角さん。豊川さんが目覚めたそうです。』

 

「ウイコ、早かったね」

「三角さん、早かったですね」

到着した時、病室の扉の前にはにゃむちゃんと海鈴ちゃんが立っていた。

「うん、連絡みて、急いで、きちゃった。いてもたっても、いられな、くって」

「息上がってるじゃんウイコ、はいこれ」

そう言って、にゃむちゃんはペットボトルを差し出してきた。

けど、そんなことよりも今はさきちゃんだ。

一刻も早く、元気な姿をこの目で確かめたい。

「ありがとうにゃむちゃん。でも後でいいよ。今はとにかくさきちゃんに会いたいから」

ずっとずっと会いたかった、話したかった。

どれだけ胸が張り裂けそうになったか。

あなたがいない日常がどれだけ怖かったか。

やっと会える。

私たちの日常が戻ってくる。

「――ウイコは、やっぱりそうだよね。」

そう言ってにゃむちゃんは扉から離れた。

でも、海鈴ちゃんは相変わらず扉の前から退いてくれない。

「海鈴ちゃん?」

俯いたまま動かない。

どうしたんだろう。

しばらく沈黙が続くとようやく海鈴ちゃんは口を開いた。

「三角さん、実は、」

「ウミコ」

差し込まれるにゃむちゃんの声。

にゃむちゃんは海鈴ちゃんを見ながら首を振っている。

「――分かりました」

海鈴ちゃんは何やら言葉を飲み込んだふうに見える。

何を言おうとしたんだろう。

そうして扉の前から離れると今度はにゃむちゃんが声をかけてきた。

「ウイコ、私たちはここで待ってるから」

「わざわざ待ってもらわなくても大丈夫なのに」

「いいの、とにかくここで待ってるから」

 

病室の扉を開ける。

彼女はベッドから起き上がって窓の外を見ている。

さきちゃんだ。

「さきちゃん!」

その声で私に気づいてくれた。

その姿が嬉しくて駆け寄ると我慢できずに抱きついてしまった。

身体越しに温もりが伝わってくる。

生きている。

それだけで嬉しかった。

「よかった、もう、起きないんじゃないかって、本当に、本当に心配したんだよ」

涙でいっぱいになった視界でさきちゃんの顔を見る。

その表情からは困惑が感じられた。

「さきちゃん?」

「その、あの、」

「ああ、ごめんさきちゃん! 急に抱きついたりして」

やっちゃった。

いくらさきちゃんでも目覚めてすぐこんなテンションでこられたら困惑するよね。

少し落ち着かないと。

とにかく深呼吸。

「さきちゃん、体は大丈夫?」

「はい、体は何ともないとお医者様が」

「よかった。とにかく今はゆっくり休んでね」

「はい、」

さきちゃんは何か言い淀んでいる。

「さきちゃん? どうかした?」

「――いえ、大丈夫です。あなたの方こそ大丈夫ですの? 息が上がっているように見えますが……」

「大丈夫だよ。さきちゃんに会えると思って走ってきちゃった」

「そう……でしたのね」

なんだろう。

今、決定的な間違いがあった。

脳で警鐘が鳴り響く。

見えないヒビが広がっていく感覚。

これ以上は考えてはいけない。

「――やはり、隠せるわけありませんわね。あなたも私と仲が良かったみたいですから」

私の中の何かが壊れる。

これ以上は踏み込んではならない。

「もしかして、あなたが、三角、さん……?」

背筋が凍った。

まるで心臓を鷲掴みにされたような、そんな感覚に息が詰まる。

「いま、なんて、、」

違和感はあった。

歯車がほんの少し噛み合っていないような感覚。

病室に入る前の二人の様子。

私を見るさきちゃんの表情。

そして何より、名前を一度たりとも呼んでくれていない。

「さき、ちゃん」

さっきとは違う。

私の考え違いであることを祈るように、この出来事が全部夢だと祈るようにその名前を呼んだ。

神様に縋った。

けれど、祈りは届かない。

「あの、あなたも、」

忘却の神、オブリビオニスは、

「あなたも私の知り合い、なのですか?」

私たちのことを忘却していたのだから。

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