「にゃむさん、なんで止めたんですか」
「ん、何の話?」
ウイコが病室に入って少ししてウミコが問いかけてきた。
「さっきですよ。初華さんに話そうとしたとき私を止めたじゃないですか」
「ああ、あれね」
私がさっき横やりを入れたやつか。
「なんで止めたんですか」
「わかんない」
「なら、!」
「わかんない、けど、」
私はそのままの思いを口にした。
「ウイコのためにならないと思ったんだよね」
「初華さんのためにって、初華さんは耐えられないかもしれませんよ。祥子さんが倒れたときのこと忘れたんですか?」
「忘れるわけないじゃん」
サキコが倒れたとき。
壊れてしまいそうな顔をしていた。
いや、実際、何が壊れていたのかもしれない。
「ウミコさ、ウイコとサキコのこと何となく察しはついてるでしょ? ウミコ、人間関係とか敏感そうだし」
「――はい……なんとなくは……」
「なら、ウイコはサキコのこと受け止めないと。そこに他人の横やりなんてダメ」
「……。」
ウミコは何も返事してくれなかった。
気持ちはよく分かる。
Ave Mujicaは歪なバランスで成り立ってるバンドだ。
誰か1人でも欠けてしまうと崩れる。
ただでさえサキコがあんな状態なのに、ウイコまで何かあったら終わりかもしれない。
だからと言って、サキコのことを隠し続けるなんてそんなの無理に決まってる。
「それに、サキコだってそんなのきっと望んでない」
不安と諦めの混じった小さな呟きはだれにも届くことなく消えていった。
世界はどこまで意地悪なんだろう。
私はさきちゃんとの日常さえあればそれで充分だったのに。
そんなことさえ拒まれてる。
「先ほどの方々と同じくあなたも知り合いだと感じましたの。もしかして間違いでしたか?」
「え、あ、」
「?」
口籠る私を見てさきちゃんが不安な表情を覗かせる。
皮肉なことに記憶が無くなってもその仕草の一つひとつが私を魅了して離さない。
「大丈夫。さきちゃんは間違ったこと言ってないよ」
「やっぱりそうでしたのね!」
精一杯に強がった。
強がるしかできなかった。
「それで、お名前はなんと」
「三角、」
そこまで言って止まってしまった。
私とさきちゃんの秘密。
2人だけの隠し事。
大切なもの。
そんな重荷、今のさきちゃんに伝えていいのだろうか。
何も知らないさきちゃんに背負わせてしまっていいのだろうか。
――ダメに、決まってる。
なら、答えはひとつしかない。
「三角、初華、だよ」
「三角、初華、さん。素敵なお名前ですわね」
偽りの仮面を付ける。
ダメだよさきちゃん、偽物なんかに騙されちゃ。
あなたが褒めた美しさは偽物なんだから。
「では、初華さん、とお呼びしてもよろしくて?」
「……。呼び捨てでいいよ」
「なら、」
しまった、と思った。
いつもみたいに無意識で言ってしてしまった。
やめて、さきちゃん。
止まって。
それだけは言わないで。
どうかその言葉だけは。
「初華」
「――ッ!」
パリン。
限界がきた。
何かが壊れる音がする。
今の私に、その言葉に耐えられるだけの余力なんてものはあるはずなかった。
「初華? どうしましたの?」
「さきちゃんごめん、今日はもう、帰るね」
「そう、ですの」
「――ごめんね」
さきちゃんに背を向けて病室の扉へと向かった。
「また、またいらしてください。あなたとは、もっとたくさんのことをお話ししたいですわ」
優しい言葉が心に響く。
私は返事することなく、病室を後にした。