あの日を境に私の心は閉じこもってしまった。
薄暗い部屋。
照らす光は窓から差し込む月明かりだけ。
月明かりに少し目が眩んだからカーテンを閉めようとした時、空には星が浮かんでいた。
どんなことがあっても星はいつも変わらない。
つい目を奪われて魅入ってしまう。
今日の夜空は幼い頃にさきちゃんと見た景色に少し似ていた。
木のベンチで二人で見た星空。
三角初華ではなく三角初音の唯一の想い出。
そして、三角初華が三角初音として認めてもらえた大切な想い出。
さきちゃんが私を追ってきてくれたあの日、一緒に暮らすと宣言してくれたあの日、ほんの少しだけ幸せになれると思ってしまった。
けれどそんなことは間違いで、さきちゃんは私たちのために無理を重ね、そして壊れてしまった。
私が止められなかったから、気づいてあげれなかったから。
全部、私のせい。
また、不幸が起きた。
私がいるせいで不幸が寄ってくる。
こんな不幸な存在はさきちゃんの近くにいてはいけない。
近づけてはいけない。
もうこれ以上は耐えられない。
幸い、今のさきちゃんには私の記憶が無い。
私とさきちゃんの想い出も何もかも、今は私の中にしかない。
朝、コーヒーを飲みながら2人でおしゃべりをした。2人で公園を散歩した。お揃いのマグカップを買った。雨の日に2人で小説を読んだ。2人で洗濯物を干した。2人で夜ご飯の準備をした。暖かい日差しに2人でまどろんだ。遅い時間に帰ってきたさきちゃんにおかえりと言った。2人でお互いの髪を乾かしあった。夜、眠る前におやすみと言い合った。
1人で暮らしていた時には考えられなかったこと。
私が得るはずのなかった幸せな時間。
ひとときだけの夢。
たとえ夢であっても夢のような時間を過ごせただけで幸せだった。
身に余るものだった。
そんな幸せな時間ももうおしまい。
今度こそさきちゃんから離れよう。
あの時とは違って逃げるわけじゃない。
私は明確な意思を持ってさきちゃんから離れる。
三角初華という偽物を本来の人生に戻すために。
三角初華という偽物で豊川祥子の人生を狂わせないようにするために。
荷物をまとめる。
荷物はリュックサック1つにすべて収まってしまった。
少し笑いが出た。
三角初華の物はたくさんあったのに、三角初音の人生はこれだけしかなかったのか。
扉を開ける。
「――お待ちなさい」
いや、扉が開いた。
声の主は堂々とそこに立っていた。
「また勝手にいなくなるなんて、今度は許しませんわよ」