新世紀の星   作:サマエル

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その日、警報鳴り響く新世界に一人の巨人が立つ


第1話「巨人、立つ」~Re-start NEON GENESIS~

 

 

<第1話>

 

それは、まるで母に抱かれているかのように暖かい、光のゆりかごであった。

少しでも意識が緩めば、途端に眠りに落ちてしまいそうなほど、優しく、暖かい温もり。

 

「父さん……」

 

進み続けた。

諦めなければいつか必ず届くと。

父の言葉を胸に、何度も折れそうになった足を奮い立たせてただひたすらに前に進み続けてきた。

無限に広がる果て無き宇宙に向かって。

人智を遥かに超えた未知の脅威に向かって。

そして今、追い続けてきた背中が、会いたいと願い続けてきた横顔が、視界を僅かに滲ませる。

 

「!」

 

一瞬だけこちらを振り向いた父が、僅かに口端を上げ微笑んだ。

そしてすぐに正面に向き直る横顔に、自身も頷き正面を向く。

見えるのは眩い光。

何も見えないほど眩しい、それでいて何処か暖かい光。

そこに言葉は、必要なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……守って……」

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……守って……、どうか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……子供達を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2015年。

その年は、およそこの星に生きるほとんどの知的生命体にとって、何ら変わらぬ平凡な年であった。

これまで通りの平和が、これからも続く。

それが当然の事象と認識され、誰もがその常識を疑わなかった。

だからこそ今この瞬間の静寂が、果てしなく恐ろしい。

知っているからだ。

後数時間もしないうちに、下手をすれば後数分で……

 

『ほ、報告します!! 第一防衛ライン東南東およそ8キロ先の偵察機から、海底に警戒級の生命反応有!!』

 

ノイズの入り混じった無線機越しですら伝わってくるほどの、明らかに焦燥を孕んだ報告音声。

瞬間、心臓を握りつぶされるような重圧が全身を包み込みながらも、まるで本能が縋るかのように操縦桿を握る右腕に力が篭る。

勝たねば。

さもなければ……。

瞳をとじて自分自身に喝を入れ、決意と共に現実に相対する。

瞬間、見えたのは眩いばかりの閃光だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3新東京市の地下深く。

そこには予見された『ある災厄』に対抗するべく組織された特務機関がある。

その中枢に位置する作戦司令室の一角で一人の壮年の男が怒りを露に拳を机に叩きつけた。

拍子に灰皿いっぱいに積み重なった吸殻が飛び散るが男も、周囲もまるで意に介さない。

否、介する余裕がないのだ。

 

「無傷だとっ! 先頭の部隊は何をしていた!?」

 

深緑色の軍服と見せ付けるように胸に掲げた『戦略自衛隊』の名を冠した紅い勲章。

軍規に疎い素人であっても位の高い人物であることを容易に伺わせる出で立ちの男。

本来士官達に指示を出す立場の人間が冷静さを欠いてはならないことは周知の事実であるが、今この場でその理論を持って男を咎められる存在はいない。

無理もない。

今この瞬間、眼前で繰り広げられている惨状を目の当たりにすれば、寧ろそれが正常な反応だとさえ言えよう。

 

「航空部隊の一個大隊が瞬殺……。残存兵器は……」

 

隣に腰を下ろす別の男も、天井を見上げそう嘆息するのが精一杯だった。

まるで空母の甲板を想起させるような巨大な室内の天井に映し出された映像。

そこには怪獣映画でも見ているかのような凄惨な光景が広がっていたのだ。

ビル一つはあろうかという巨躯。

まるで仮面を被っているかのように感情を感じさせない頭部。

人間の骨を想起させるようなグロテスクな胴体。

そこから生えたカーテンのように漆黒に染められた四肢。

現代の生物学では到底説明し得ないような未曾有の怪物が、爆炎の中をジワジワと歩を進め続けていた。

周囲には墜落した戦闘機の煙がいくつも立ち上り、如何に激しい戦闘であったかが嫌でもうかがい知れる。

 

「クソッ! こうも簡単に上陸を許すとは……!!」

 

悔しげに拳を振り上げる将校たち。

対してその後ろに座する男の表情は僅かにも動くことは無かった。

理由は至極単純。

今この瞬間に起こる災厄そのものを、この男は知っていたからだ。

 

「……15年ぶりだな」

 

「ああ、間違いない。……使徒だ」

 

隣に立つ初老の男もまた、懐かしむように呟く。

両者に共通するのは唯一つ。

胸元に記された『NERV』の文字だ。

 

「海上防衛ラインの被害率98%! 対象を足止めできません!」

 

「残存1機だと!? これでは迎撃どころか全滅だ!」

 

考えうる中で最悪の戦況に、悔しげに歯を噛む将校達。

だが、ここで一人がある違和感に気づいた。

 

「ちょっと待て。撃墜は118機だと? ならば今攻撃しているのは何処の部隊だ?」

 

記憶の限り防衛ラインを形成していたのは自分達戦略自衛隊の中でも選りすぐりの精鋭118機。

報告に誤りが無ければ、既にその全機が墜落に追い込まれているはず。

だが今この瞬間、使途と呼ばれた怪物に対して攻撃を続行している者がいるという。

まさか地上の防衛部隊から逸脱したものがいるのか。

あれほど持ち場を死守せよと命じておいたというのに何処の命知らずだ。

事と次第では銃殺刑も辞さないと管理番号を確かめるべく映像をつなげた瞬間、将校達の表情は一変した。

 

「な、何だあれは!?」

 

「バカな! あんな兵器は見たこともないぞ!?」

 

将校達だけではない。

戦況を逐一報告していたオペレーターたちも、眼前の映像に一瞬言葉を失い釘付けになった。

映し出された戦場では、件の怪物に対して一機の戦闘機が激しい猛攻を加えていた。

だがその佇まいが異常だった。

赤と白でペイントされた戦闘機の頭部を切り取ったかのようなデザインのそれは、およそこちらの航空理論では説明のつかない小型且つ高性能のブースターを備え、信じられないスピードとコーナリングで怪物の周囲を旋回する。

更にはミサイルではなく視認出来るほどの光波熱線を繰り出しているではないか。

少なくとも今の戦略自衛隊の科学力では到底生み出せないシロモノだ。

 

「ほう……戦略自衛隊の隠し玉か?単機で突撃するとは……我々も予想しなかったな」

 

後方のNERVの男も感心したように眉を上げる。

が、隣で座したままの男は眉一つ動かさず吐き捨てた。

 

「構わん。無鉄砲な死人が一人増えただけだ」

 

言い終わらぬうちに怪物の腕が力任せに無鉄砲な戦闘機をなぎ払う。

不意を突いた一撃に回避が遅れた戦闘機は接触部から煙を上げながら映像の端へと消え失せて見えなくなった。

 

「こうなったら総力戦だ!! 地上部隊を全て投入しろ! 目標を何としても潰せ!!」

 

「……やはり『ATフィールド』か」

 

「ああ。使徒に対して通常兵器では役に立たんよ」

 

一瞬期待した未知の兵器すらも沈黙し半ば自棄になって叫ぶ将校と対照的に、彼らは何処までも冷静だった。

熟知していたからだ。

あの災厄に対して対抗できる手段はたった一つであること。

そして、それを行使できるのは自分達でしかありえないということ。

 

「冬月だ。・・・・・・ああ、そうだ。事が終わったらで構わん。あくまで念のためだ」

 

懐の通信機に、後方の男がそう告げる。

すると偶然か、将校達の側にも通信が飛んできた。

 

「……はい。……分かりました。予定通り発動いたします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日、12時30分。東海地方を中心とした、関東・中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の皆さんは、速やかに指定のシェルターに避難してください。繰り返しお伝えいたします。本日、12時30分。東海地方を中心とした、関東・中部全域に・・・・・・』

 

無感情な男性の声で流れるアナウンスが街全体を包む。

まるで戦争でも始まるかのような物々しい文言が並べられる町の中に、人の気配はない。

唯一夏を感じさせるセミの鳴き声だけが日常の延長線上に残るばかりの、死んだかのような広大な都市。

その中で、アスカ=シンは懸命に走っていた。

 

「ハァ……、ハァ……、くそっ! 一体何がどうなってるんだ!?」

 

あの光に包まれた瞬間、耳に届いたのは聞き馴染みのない女性の声だった。

子供達を守ってという、まるで母が子を案じるかのような懇願の声。

それを認識した瞬間、シンは自身の愛機毎この見たことのない世界に存在していた。

メトロポリスとは程遠い、幾つもの建造物が海に沈んだ荒廃した世界。

そこで無数の戦闘機を物ともせず突き進む謎の怪物を視認し攻撃を試みるも、まるで歯が立たず撃墜。

辛うじてリジェクトに成功し、未だ進撃を続ける怪物による被害を食い止めようと今に至る。

 

「このっ!!」

 

ようやく怪物に追いつき、懐のガッツブラスターを発射する。

だが先ほどのαスペリオルの砲撃と同様に効果が見られない。

ダメージがないというより、そもそも意に介していないという事は、怪物の無意識下で何かに防がれているということか。

あの怪物は何だ。

またスフィアの陰謀か。

止めるにはどうしたら良い。

そもそもこの世界は何だ。

ここはメトロポリスではないのか。

自分の知る地球ではないのか。

何一つとして理解が追いつかないまま、ただひたすらに眼前に迫り来る脅威に立ち向かわんと駆けるシン。

その視界が、今また怪物の攻撃で墜落する戦闘機を捉えた。

コックピットが刺し貫かれ、煙を上げながら墜ちて行く。

あれでは搭乗者の生存は絶望的だ。

 

「……あれは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『特別非常事態宣言発令のため、現在全ての通常回線は不通となっております……』

 

「……ダメか。やっぱり来るんじゃなかったな」

 

無慈悲な自動音声に嘆息すると、碇シンジは公衆電話の受話器を戻した。

顔も声もほとんど覚えていない両親の元を離れて10年以上。

世話になった知人宅に、突如として実父からの手紙が届いたことから全ては始まった。

 

『来い』

 

10年振りとも言うべき実の家族からの手紙に若干緊張して封を開けたシンジは、その文面に落胆どころか失笑してしまった。

感動も内容も何もない。

最早手紙と呼ぶかも怪しいそれを見て、それでも実父だからと行くことを決めた自分も何処かおかしいのかもしれない。

自分にとって記憶にもほとんど残っていない父。

向こうにとっても自分の記憶や存在などは同様に大したものではなかったのかもしれない。

それに、何となく素っ気無い内容なのだろうと予想はついていた。

最もこんな口下手の極みとも言うべき内容とは思わなかったが。

 

「……待ち合わせは無理そうだな」

 

そう呟き、手紙に同封されていた写真に視線を落とす。

そこには露出の高いミニデニムを履いて胸元を強調したポーズで微笑む妙齢の女性が移っていた。

ご丁寧に注目するよう矢印をつけている辺り、プロポーションにかなり自信を持っているらしい。

本当なら一つ先の駅で待ってくれているはずだったのだが、折り悪く発令された非常事態宣言のせいで電車は運行中止。

かくして人っ子一人いない陸の孤島に取り残され、その旨を伝える手段すら断たれてしまったのである。

 

「仕方ない。シェルターに行こう」

 

このまま立ち尽くしていてはどんな災害に巻き込まれるか分かったものではない。

できれば彼女にも無事でいてもらいたいが、連絡が取れない以上どうしようもない。

こちらの身の安全を確保して、その他の事は非常事態が解除されてから考えれば良い。

というより、彼女とは何となく無事に出会えそうな、そんな小さな予感がしていた。

 

「ん?」

 

そのときだった。

照りつける陽光の陽炎の先。

人がいなくなったはずの車道に、人影が見えた。

青い髪の、物静かな様子の、同い年くらいの女の子。

瞬間、脳裏に何かの声が過ぎる。

 

「(……た、……れ……)」

 

「(わ…………る……の……)」

 

「(何だ……? 誰だ……?)」

 

思わず目を閉じ、頭を押さえる。

見覚えのないはずの顔。

聞き覚えのないはずの声。

だがその二つが、脳内で密接にリンクしていた。

何故だ。

見た事も聞いたこともないはずのそれを、何故克明にイメージできる。

まさか、自分はあるのか。

その声を聞いたことが。

その顔を見たことが。

 

「あれ……?」

 

確かめようと眼を開いた瞬間、見開く。

いない。

先ほど確かに見たはずの少女の姿が、幻のように忽然と消えていた。

どういうことだ。

あれはやはり幻なのか。

そう思えば全て片付くのに、脳内のシナプスはその伝達を無意識に拒絶する。

確かに彼女はここにいたのだと、自身に訴えかけてくるかのように。

 

「!?」

 

瞬間、周囲の空気が僅かに震えた。

同時に全身を悪寒が包み込む。

本能が警告していた。

一刻も早くここを離れなければと。

何故なら……、

 

「うわあああっ!?」

 

突然の轟音と閃光、そして爆風が襲い掛かった。

たまらず尻餅をついて見上げると、そこには上空を飛びまわり絶え間なく攻撃を続ける無数の戦闘機。

そしてその先から、周囲の建物をなぎ倒しながらズシズシと音を立てて歩を進める巨大な怪物の姿が見えた。

今まで見たことも聞いたこともない巨躯に戦慄し、声も出ない。

だがその一方で、奇妙な既視感を碇シンジは認識していた。

バカな。

あんな映画でも見ないような怪物を、自分が見たことあるわけがない。

ないはずなのに……。

 

「あっ……!!」

 

怪物が伸ばした腕から紫色の光が弾丸の如く伸び、戦闘機の一つを槍のように刺し貫いた。

たちまち飛行能力を失った巨大な金属の塊が、音を立ててこちらへ落ちてくる。

尻餅をついたまま立ち上がることも叶わず、眼前に迫るそれに両手で顔を庇うことしかできない。

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「危ねえええぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

後方から聞こえてきた若い男の声。

直後に襲い来るはずの戦闘機の残骸の重さが感じられないことに疑問を抱き、恐る恐る眼を開く。

 

「え……!?」

 

今度こそシンジは絶句した。

自分ひとりは軽く潰してしまう大きさと重量の戦闘機が、青い網状の何かによって搦め取られていたからである。

 

「ほら、こっちだ!!」

 

振り返る間もなく背中のリュックごと後方へ引っ張られ、地面に勢いよく押し付けられる。

直後、燃料に引火したのか巨大な金属の固まりは大爆発を起こして爆炎へと姿を変えた。

声の主に庇ってもらわなければ、最悪命は無かっただろう。

 

「間一髪だったな。立てるか?」

 

「は、はい……。ありがとうございます……」

 

声の主に礼を述べて、膝を突いて差し出された手を掴む。

そこには赤と白の派手な軍服に身を包んだ茶髪の青年が、微笑みながらこちらを見下ろしていた。

もう片方の手には、何やら奇怪な形の拳銃のようなものが握られている。

戦略自衛隊の人だろうか。

 

「あの様子じゃ奴は止まりそうにねぇな……。自分で逃げられるか?」

 

怪物を憎憎しげに見上げつつ、厳しい表情で問いかけてくる青年。

正直土地勘はないが、今はそんな事を言っている場合ではない。

事前にシェルターの場所はおおよその位置を確かめてあるし、何よりこの段階で避難できていない自分に非がある。

これ以上迷惑をかけて足手まといになってはいけない。

そう思ったシンジは無意識のうちに頷いていた。

 

「そっか。じゃあ、気をつけてな」

 

「えっ!? あ、あの……!!」

 

こちらが逃げられると判断した青年は、力強く頷いて駆け出そうとした。

思わず呼び止めてしまう。

このまま行かせてはいけない。

助けてくれたあの人を死なせてしまう。

そんな不安が過ぎった。

 

「い、一緒に避難しませんか?戦闘機でも勝てないのに、生身で勝てるわけ……」

 

本当はただ自分が安心したかっただけなのかもしれない。

自分を助けてくれた目の前の青年が無事でいることに。

みすみす死にに行かせるようなことをして、後から自己嫌悪に陥りたくなかっただけなのかもしれない。

それでも、目の前の人に死んでほしくなかった。

今ここで止めないと、この人は例え死ぬと分かっていても突っ込んでいってしまいそうな。

そんな危うさを感じてならなかったから。

 

「……ありがとう。でも俺は行く。あんな得体の知れない怪物に、人の未来を好き勝手させるわけにはいかないから」

 

「で、でも……」

 

「諦めない。どんな困難が相手でも、どんなに可能性が低くても、絶対に諦めない。……それが、俺のポリシーだから」

 

静かに、だが力強く青年は告げた。

初めてだった。

状況が分かっていないわけではない。

無数の戦闘機で激しい攻撃を加えても傷一つつけられない相手に生身で戦いを挑むなど、無謀以外の何者でもない。

勝てる確立が存在したとしても、それは天文学的数値を遥かに下回るであろう事は想像に難くない。

それだけの事実を前に、尚も眼前の青年は挑むことを諦めないと言い切って見せた。

根拠も理論も何も無いのに、何処か安堵してしまう自身を碇シンジは自覚した。

諦めない。

その言葉だけで、本当にこの人は無事に生きて帰ってくるかもしれない。

そんな根拠のない希望を抱かせてしまうほど、彼の言葉は力強かった。

 

「……あ、あの!」

 

だからだろう。

背中を向けた彼に反射的に飛び出したのは、

 

「無事でいてください! どうか……死なないで……!!」

 

奇跡的な生還を信じ、送り出す言葉だった。

 

「ラジャー!!」

 

振り向く事無く、駆け出す足を止める事無く、青年は応えた。

握った左手の親指を力強く空に向け、確かに応えた。

初めてだった。

あんな恐ろしいバケモノに微塵も臆する事無く、勝利を信じて挑むような大人を見たのは。

諦めない。

その根性だけで絶望的な戦いに身を投じるような大人を見たのは。

だからだろうか。

彼の決意の眼差しが、決意の言葉が、何度も脳内をリフレインする。

 

「……『ASUKA』……」

 

青年の背中には、紅い縁取りに白い文字でそう書かれていた。

彼の名前だろうか。

徐々に小さくなっていく背中から、シンジは目を離すことができなかった。

 

「ごめ~ん、お待たせ!」

 

激しいドリフト音と共に若い女性の声が聞こえたのは、その背中が完全に見えなくなったときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉっ!?」

 

何度目かも分からない衝撃に、またつまづきそうになった。

あの少年は無事に逃げられているだろうか。

機械音声ではシェルターに避難しろとしきりに呼びかけていたことを踏まえると、恐らく地下にそういった施設があるのだろう。

だが同時にシンの胸中には不安が蠢いていた。

あの少年のように避難が遅れ、未だ地上に取り残されている人がいるのではないだろうか。

怪物を黙らせることができれば万事解決なのだが、生憎相手は止まる気配が全くない。

こちらも合間合間にガッツブラスターで攻撃を試みるが、手ごたえはまるでない。

やがて攻撃続行が不可能と判断したのか、戦闘機たちは蜘蛛の子を散らすように離れてしまった。

 

「くっそぉ……、どうすりゃいいんだ……!」

 

いよいよ手詰まりに追い込まれ、足を止めて思考を巡らせるシン。

だがその時、微かな泣き声のようなものが耳に留まった。

 

「……誰かいるのか?」

 

先ほどまでの激しい戦闘中では掻き消されていたであろうか細い泣き声だった。

もしかしたら逃げ遅れてしまったのかもしれない。

意を決して問いかけると、

 

「だ、だれ……?」

 

反応があった。

声色からして幼い女の子だ。

細いビルの隙間に体を潜らせ先へ進むと、そこには崩れた木箱の山。

その真下に、腰から下を木箱に押さえ込まれた泣き声の主が蹲っていた。

 

「お嬢ちゃん、大丈夫か!?」

 

「か、堪忍して……。この子が……」

 

そう言って少女は胸元に抱え込んでいた何かを見せる。

それは小さな子ネコだった。

なるほど、子ネコを保護しようとして避難が遅れ、崩れた木箱の下敷きになってしまったのだ。

 

「その子を守ってあげたんだな。待ってろ、今お兄ちゃんが助けて……」

 

安心させるように優しく頭を撫で、手近な木箱に手をかける。

だがその瞬間、後方から桁違いに眩い閃光が視界を覆い尽くした。

まさか……、

 

「危ねぇっ!!」

 

反射的に少女と子ネコを庇うように押さえ込むシン。

直後、けたたましい轟音と振動が、都市全体を激しく揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……残念ながら、君達の出番は無かったようだな?」

 

遮断されたモニターが砂嵐に覆われる中、将校の一人が勝ち誇ったように後ろを振り返った。

戦闘機部隊による海上防衛線、そして戦車部隊による陸上防衛線を突破された戦略自衛隊であったが、彼らには切り札があった。

N2地雷。

およそ地雷の名を関して良い規模ではない威力を誇る核爆弾である。

周辺の地域一帯諸共標的を消し去る、文字通り彼らの最終兵器。

その威力と衝撃は、遠く離れた地下のNERV本部にも伝わってくる辺りからうかがい知れる。

余波でモニター用のカメラも破損してしまい映像は確認できないが、あの規模の爆発だ。

到底生きてはいまい。

誰もがそう確信する中、伝えられたのは衝撃の報告だった。

 

「ば、爆心地中心部に高エネルギー反応!!」

 

「なっ……!?」

 

将校たちは今度こそ言葉を失った。

聞き間違いではないかと思考を巡らせる間もなく、追い討ちをかけるように回復したモニターには、

 

「わ、我々の切り札を以ってしても……」

 

未だ立ち上る爆炎の中、何事も無かったかのように佇む使徒の映像。

僅かに体表に大小の傷は見えるものの、致命傷には程遠い。

町一つを犠牲にするレベルの攻撃でこれでは、歯が立たないどころの話ではない。

 

「……認めよう、碇司令」

 

年配の将校が、インカムを外しつつ力のない声で後ろを振り返った。

名を呼ばれた男は、徐に立ち上がり無表情のまま将校を見下ろす。

半透明のサングラス越しに、鋭い視線が将校に突き刺さった。

 

「我々の兵器では使徒に対し有効な効果は発揮できなかった。現時点を以って、この作戦の全指揮権を君に譲渡する」

 

「分かりました」

 

「勝てるのだな碇くん? 我々戦略自衛隊の総力を結集して傷一つつけられない相手を、君達なら」

 

念を押すような問いただしに、返されたのは不敵な笑みだった。

 

「無論。そのためのNERVですから」

 

当然といわんばかりの返事に、言葉を返す人間はいなかった。

将校たちは手短に全員撤退を命じ、作戦司令室を後にする。

 

「多少のイレギュラーは入ったようだが、どうするつもりだ?」

 

肩を落とした背中を見送った後、冬月は司令と呼ばれた男に問いかける。

男は当然のように応えた。

 

「初号機を起動させる」

 

「初号機を? パイロットがいないぞ」

 

「問題ない」

 

その視線が、脇の小さなモニターを捉える。

この施設の入り口に入ったばかりの青い車。

その助手席に座る少年に、また笑みを浮かべた。

 

「たった今、予備が届いたところだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さっきはありがとう。おかげで車が吹っ飛ばずに済んだわ」

 

巨大な立体駐車場を思わせる堅牢な車路に入ったところで、運転席に座る葛城ミサトは助手席に座る少年に礼を述べた。

待ち合わせの駅に着く前に電車が運行中止になるトラブルに見舞われ、最短ルートで飛ばそうとしたところで待ったをかけてきたこの少年。

止められたときは聞こえないフリをして強引に突っ込もうとしたが、戦闘の余波が来ては危ないという言葉に思いとどまり、山間部を背にした迂回ルートを選んだのだ。

果たして彼の予想は的中。

功を焦った戦自のアホ共はあろうことか都心部のど真ん中でN2地雷投下に踏み切り、最短ルートを消滅させるに至った。

もし巻き込まれていたら、車も自分達もただではすまなかっただろう。

結果として当初の予定より15分のタイムロスこそ起きたものの無傷でこのNERV本部までたどり着くことが出来たのだ。

 

「いえ、急がば回れって言いますから……。それにあんな怪物やっつけようと考えるなら、なりふり構ってられなくなるかなって……」

 

「へー、若いのに難しい言葉知ってるじゃん」

 

「またまた、葛城さんだってお若いじゃないですか」

 

「あらお上手ね、アリガト。ミサトで良いわよ? 私もシンジ君って呼ぶから」

 

長い車路の退屈しのぎに軽口を交わしつつ、隣に座る少年を改めて注視する。

碇シンジ。

今回の作戦に必要不可欠なキーパーソンとして最重要保護対象であると同時に、自身が所属する組織のトップの実子。

無論彼が最重要保護対象とされる理由は他にあるのだが、とても当人が知りえる余地はないだろう。

情報を見る限り、学業は可もなく不可もない平凡を絵に描いたような少年だと聞いている。

だがあまり感情を表に出さない様子は、意識せずともあの無表情の司令の顔を想起せずに入られない。

それどころか、使徒と戦自の戦闘を潜り抜けるという極限状態でパニックにもならず、こちらを気遣う余裕まで見せた。

年頃の平凡な少年という情報から逸脱した、何処か底知れぬ不気味さ。

そういった意味では、親子らしいというべきなのだろうか。

 

「あ、あとこれを……」

 

「あら気が利くわね。アリガト」

 

そう言って、シンジがこちらにカードを手渡してきた。

司令が手紙と一緒に送付していたIDカードだ。

とはいえあの司令が使い方までご丁寧に教えているわけがない。

まさかこれも予見していたというのだろうか。

 

「(まあでも、ここから先を見たら流石に腰抜かすだろうけど)」

 

その時は果たして隣の少年はどんな顔をしてるのか。

想像を膨らませつつ、真新しいレベル1のカードがスラッシュされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『技術局一課、E計画担当の赤木リツコ博士、赤木リツコ博士。作戦部第一課、葛城ミサト一尉がお待ちです。8番エレベータまでお越し下さい……』

 

予想外の連絡が飛んできたのは、最終調整の確認で潜っている最中だった。

昔からガサツで大雑把なところは良く知っている。

だから到着予定時刻を裕に30分は遅れてくると見越していたが、どういう風の吹き回しか。

 

「あーら遅かったじゃない赤木博士。こちとら時間も人間も足りてないのよ~?」

 

「ごめんなさいね葛城一尉。今日の貴方には優秀な案内役がいることを忘れていたわ」

 

予想通りこちらの決まり文句を真似してくる腐れ縁の友人をカマかけついでに軽くいなすと、写真で見た通りの少年に向き直る。

なるほど、表情に乏しい顔は父親似のようだ。

 

「碇シンジ君ね。よろしく」

 

「よろしくお願いします、赤城博士」

 

ここに来るまでにきちんと資料は読み込んでいるようだ。

ミサトに口頭説明を任せていてはほとんど忘れているだろうと踏んで資料を渡すよう言っておいたが、自発的に眼を通してくれているなら説明の手間が省けて助かる。

 

『総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意。繰り返す、総員第一種戦闘配置……』

 

「……これは一大事ね」

 

およそ子供には聞かせられない物々しい文言に、少年をリラックスさせようと軽口をこぼす。

だが意外にも、ミサトが乗っかるより前に件の少年が反応した。

 

「地上では、まだ戦略自衛隊の人が戦ってるんですか?」

 

「……それなら良かったんだけどね。最強兵器でも効かないからって逃げてしまったわ」

 

「大丈夫よシンジ君、寧ろ本丸は私達の方だから」

 

安心させるように笑いかけるミサトに苦笑だけを返し、先ほどから感じる妙な違和感に思考を集中させる。

不思議だ。

情報で知る限り、マルドゥック機関の選出したサードチルドレンは務めて平凡な何処にでもいるような内向的な少年だった。

学業も身体能力も人並み程度で突出した才能は何もなし。

正直、件の少年の何が理由でこの役目が任されたのか、納得が理解に追いつかない。

だからこそ、今の反応に一つの推察が出来る。

この少年は、学業も身体能力も平均値ながら、周囲を察する観察眼と行動力を持っているのではないか。

恐らく説明も無く渡されただけの資料を自分に会うまでに大凡把握し、予備知識として活用できている。

エレベーターで名乗ってもいないのにこちらの名前を把握していることや、恐らく迷子になるであろうミサトをエレベーターまでアシストしていること。

ともすれば……

 

「着いたわ」

 

機密保持のため自身のみ開錠と点灯が許された巨大プールを起動させる。

そこには自身らの英知の結晶が、黙したまま子供達を待っていた。

 

「これは……」

 

「人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器、『人造人間エヴァンゲリオン』。これはその初号機よ」

 

「あらあら、眼見開いちゃってぇ~。流石のシンジ君もこれは予想できなかったかな~?」

 

さすがに買いかぶりすぎたか。

まあ無理もない。

感情に乏しいとは感情が無い事ではないのだ。

増してやこんな現実離れした巨大ロボットを前に驚かないほうがおかしい。

 

「葛城一尉、理解に苦しむジョークは止めていただけるかしら?」

 

「だぁってぇ~、この子ったらジオフロント見ても全然驚かなかったのよ?もう張り合いがないったら……」

 

「あ、あの……」

 

だからこそ。

この直後の彼の言葉に耳を疑った。

 

「僕が……、これに乗るんですか?」

 

「!」

 

瞬間、僅かな間をおいて脳内のシナプスが急激に演算を始める。

何故分かった。

エヴァンゲリオンに搭乗者が必要なこと。

それが彼であること。

何一つ現段階では話していない筈。

まさかと思い横目で幼馴染を盗み見るが、自分以上に驚きで口をあんぐり開けている様子から漏洩したとは思えない。

信じられない。

本当に信じられないが、今までの会話の流れだけで予想していたとでも言うつもりか。

 

「父さんがわざわざ僕を呼んだのは……、戦わせるためなんですよね……、あの外で暴れている怪物と……」

 

比較的心理的なプレッシャーを与えないようどう伝えようか悩ましかった内容を、一言一句違わず言い当てて見せた。

それだけではない。

目の前の少年は今口にした事実を、受け入れようとしているのだ。

自分がエヴァンゲリオンのパイロットとして、人智を超えた脅威である使徒の命がけの戦いに身を投じる立場にあるのだと。

 

「シンジ君……」

 

僅かに震える肩に見かねたミサトが手を置き、務めて優しく語り掛け……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ。理解が早くて助かる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か頭上から聞こえた声に顔を上げる。

そこには、バックライトを背にこちらを見下ろす男の姿があった。

逆光で表情は見えないが、おぼろげな記憶の顔と一致した。

 

「……父さん」

 

「久しぶりだな、シンジ」

 

本来なら感動の涙の一つでもこみ上げるはずの、家族の再会。

しかし鉄仮面のように眉一つ動かすことのない父の表情に、それを期待するのは無駄だと悟る。

 

「こんな状況じゃなかったら、近況の一つでも話したかったね」

 

「ならば任務を全うしろ。……出撃」

 

これ以上会話する気はないようだ。

だが不思議と嫌な気持ちはわいてこない。

父ならこんな対応だろうと、心のどこかで諦めがついていた。

寧ろこうしてここまで顔を合わせに来てくれた事に喜ぶべきなのかもしれない。

 

「……マジなの?レイでさえ半年以上かかったのよ」

 

「他に道はないわ。今は使徒撃滅が最優先事項です」

 

ただ、少しだけ足掻いてみたい。

 

「……ところで父さん」

 

無駄だと理解していても。

 

「僕が乗りたくないなんてわがまま言って拒否したら、どうするつもりだったの?」

 

「お前には関係の無い事だ」

 

「……別の人を乗せて戦わせるつもり、だったりして?」

 

瞬間、周囲の空気が張り詰めたように凍りついた。

禁断の聖域に土足で足を踏み入れた大罪のような、針の筵のような突き刺さる感覚。

それを、仮面のような微笑みで容易く跳ね返す。

 

「なんてね。……サングラス、よく似合ってるよ」

 

思いつく限り最大限の皮肉をぶつけて、横に立つ専門家に案内を促す。

不思議だ。

目の前に聳える巨大ロボット。

理解の追いつかない科学の粋を尽くされた空間。

そんな得体の知れないものに入り込んであの得体の知れない怪物と戦うなど、正気の沙汰ではない。

頭ではそう理解しているはずなのに、その心は壊れたかのように落ち着いていた。

理由も、経緯も何一つ分からない。

だがたった一つ、確かな核心を碇シンジは抱いていた。

 

「(そうだ……僕は知っている……。僕がこれに乗って……戦うんだって……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『エントリープラグ固定、終了』

 

『第1次接続、開始』

 

「……これは……」

 

「安心して。LCLで肺が満たされれば、直接血液に酸素を送り込めるわ」

 

瞬く間に内部を満たす橙色の液体に、言われるままに息を吐いて眼一杯吸い込む。

何処か鉄臭い感覚に、少しだけ顔をしかめた。

 

「初めてにしては上出来よ。その内慣れるわ」

 

「流石のシンジ君の第六感も、こればっかりは予想外だったみたいね」

 

瞬間、脳裏に浮かぶイメージは慌てふためき誤飲して涙目になる少年に我慢しろと檄を飛ばす姿だった。

それならせめてもう少し早く過ぎってほしかったが、贅沢は言っていられない。

本当に大変なのは、寧ろここからなのだから。

 

『これより第2次接続に入ります』

 

『A10神経異常なし』

 

『思考形態は日本語を基礎言語としてフィックス』

 

『初期コンタクト、全て問題なし』

 

『双方向回線、開きます』

 

聞いた事もない専門用語が次々と飛び交い、あれよあれよという間に周囲の空間がガラス張りになったかのように透明になる。

カメラが起動した、というよりロボットの目が自分のそれとリンクしているかのようだ。

だとしたら、次に飛び出すのは……

 

『……シンクロ率、78.1%。ハーモニクス、全て正常。暴走はありません』

 

『信じられない……! 理論値以上よ』

 

「……え……?」

 

思わず自分でも呆けた声を漏らしてしまった。

イメージの中の自分の耳に聞こえてきたのは、エヴァンゲリオンなるロボットとの神経の調和の精密性。

即ち操作の生命線となるであろうシンクロ率。

だがここに来て初めて記憶の残像と大きな齟齬が生じていた。

脳裏を過ぎったその数値は41.3%。

これに辛うじて動かせると判断されて出撃に至るというイメージだった。

だが現実に聞こえてきた数値は、その前例を大きく引き離す高水準。

心なしかスピーカー越しに聞こえる赤木博士の声色が興奮と緊張を帯びているのが伝わってきた。

とはいえ、これはこちらに有利な嬉しい誤算だ。

 

『発進準備!!』

 

先ほどまでの気さくな様子を微塵も感じさせない覇気を纏った声と共に、静寂に包まれていた周囲がざわつき始めた。

 

『第1ロックボルト解除』

 

『アンミリカルブリッジ、移動開始』

 

最初の違和感は、何の前触れも無く突きつけられた実の父親からの手紙だった。

 

『第2ロックボルト解除』

 

『第1拘束具、除去』

 

『同じく第2拘束具、除去』

 

感動もへったくれもない粗末なそれに、落胆を通り越して失笑したものの、その実知人から心配されるほど冷静な自身を自覚していた。

 

『1番から15番までの安全装置、全て解除』

 

『内部電源、充電完了』

 

『内部電源用コンセント、異常なし』

 

こうして勝手も分からぬ町に引っ張りだされ、得体の知れない怪物に襲われ、あの写真の女性-葛城ミサトと合流し……

資料にも載っていないこのロボットのパイロットだと明かされ、再会した父に出撃を強要され……

尚も拒否する自分の良心につけ込む為に、『彼女』を……

 

『EVA初号機、射出口へ』

 

『進路クリア、オールグリーン』

 

『発進準備、完了』

 

記憶の断片の中に見た、全身を包帯に巻かれて尚戦うことを強要されていた、薄幸の少女。

それが記憶の中の幻想か否か、あの半透明のグラスの奥に見開かれた眼が全てを物語っていた。

 

『発進!!』

 

不思議な感覚だった。

まるで残像が過ぎったかのように、脳内を瞬間的に駆け抜ける割れたガラス片のようなイメージの破片。

だがそれをなぞるように言葉や行動でトレースすると、全てにおいて現実の何らかの事象に大なり小なりリンクしていく。

難解なパズルのピースを鮮やかに解いていくかのような小さな快感は、14歳の脳を激しく刺激した。

その思考が、その行動こそが正解だと、世界が認めるかのような、そんな感覚だった。

 

「(分からない……分からないけど……)」

 

相変わらず一連の事象に対する解答は導き出せない。

だがたった一つだけ、確かな事が分かっていた。

 

『(気…………い……)』

 

血のように紅い海。

色を失い閉ざされた空。

時折記憶の断片の中から不意に顔を覗かせる、破滅の色の染められた身の毛もよだつ光景。

誰かも分からぬ失望と侮蔑に塗れた吐き捨てるようなその言葉。

見たこともない情景と聞いた事のない声色が、心の臓を異常なまでに震えさせる。

自己の本能がその瞬間に耐えがたく恐怖しているかのように。

もしも、もしもそれがこの世界を待ち受ける破滅の運命だというのならば……、

 

「(止めるんだ……、僕がこの手で……!!)」

 

決意を孕んだ双眸が、夜の闇に聳え立つ脅威と真正面から対峙した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に陽は落ち、辺りは夜の闇が静寂と共に街を覆い尽くしていた。

N2地雷の投下作戦から地球防衛軍と思しい戦闘機は全て撤退。

人々の戻らぬその町を、謎に包まれた怪物は我が物顔でのし歩く。

その絶望の巨躯を遠く眺める町の郊外を、アスカ=シンは重い足取りで歩き続けていた。

 

「くっそぉ……、シェルターなんて何処にあるんだよ……」

 

背中におぶった少女の言われるままに地下シェルターなるものを探して歩き回ること数時間。

当初こそこれだけ設備の整った町ならすぐにでも見つかるだろうと高を括っていた。

だが探せども探せども入り口と思しいところすら見つからない。

主要な道路は先ほどの大爆発で損壊して通行不能。

舗装されていない山道を渡って怪物の手の届かない所まで少女を連れてくるしかなかった。

 

「お兄さん戦自の人ちゃうんです? シェルターの場所なんて子供でも常識ですのに」

 

「生憎お兄ちゃんは他所の部隊でね、この町は詳しくないの」

 

幸いにもあの大爆発を、少女と子ネコは無傷で生き延びた。

だがそれ以前に落下した木箱の下敷きになった際に、少女は足を捻挫していた。

流石に未だ怪物が闊歩する戦場に置き去りにすることは出来ないと、シンは少女をシェルターか安全な離れた場所まで連れて行くことに決めたのだ。

 

「お嬢ちゃんこそ、そのシェルターは何処にあるんだい?常識なんだろ?」

 

「しゃあないやないですか。知ってる道路は全部ないなってもうたんですから。それにウチはお嬢ちゃんやあらへん。『鈴原サクラ』ちゅう立派な名前があります」

 

「ハハハ……、元気だねぇサクラちゃん」

 

ふと脳裏に過ぎった気の強い同僚の顔を思い出し、苦笑するシン。

すると遥か前方から、何やら土煙を上げて黒い影がこちらへ一直線に迫ってくる。

 

「な、何だ!?」

 

あまりの勢いに思わず後ずさるシン。

だが次第にこちらに近づいて大きくなってきたその姿に、頭上の少女は歓喜の声を上げた。

 

「あ、お兄ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サアアアァァァクウウウゥゥゥラアアアァァァ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは中学生くらいのジャージに身を包んだ活発な印象の少年だった。

 

「ゼェ……ゼェ……ゼェ……」

 

「だ、大丈夫かい?」

 

こちらに辿り着くなり、少年は両手を膝について激しく肩を上下させる。

余程急いできたのだろう。

全身汗だくだ。

 

「こんのドアホッ!! 今まで散々心配させよってからに!! どこをほっつき歩いとったんじゃワレ!!」

 

「もうやかましいわお兄ちゃん。この子が怖がってまうやろ」

 

白目を剥いて般若の形相で怒鳴りつける少年。

対するサクラは気圧されるどころか意にも介さぬ様子で手元の子ネコの頭をなでる。

怪物が暴れまわる異常事態の中、何時間も安否が分からなかったのだ。

恐らく心配の裏返しだろう。

 

「君、サクラちゃんのご家族かな?」

 

「はい! ワシ『鈴原トウジ』言います! この度はウチのじゃじゃ馬がドエライ迷惑を……!」

 

シンが問いかけるや、トウジと名乗った少年は見事な90度のお辞儀を見せる。

何処か突き抜けた不器用さと実直さが、何故かコミカルに見えてしまうのは自分だけだろうか。

 

「俺なら大丈夫さ。良かったらサクラちゃんをシェルターまで送ってあげてくれないか?サクラちゃん、子ネコを庇って足をひねってるみたいなんだ」

 

「な、何やて!? ほれ見た事かいな!! 動物好きも大概にせえ!」

 

そう毒づきながら妹を受け取って背中におぶる。

サクラには見えていないだろうが、安堵の表情は隠しきれていない。

 

「覚悟しとけよ! シェルターに戻ったらオトンのカミナリやからな」

 

「は~い」

 

分かっているのかいないのか、兄の首に手を回してのんきに応えるサクラ。

心を許しあった家族の様子に微笑み、シンは災厄に視線を戻す。

 

「お兄さん?」

 

ふと、サクラが不安げにシンに声をかける。

 

「お兄さんは一緒に逃げへんの? まだお礼も出来てへんのに……」

 

「ありがとう。でも、俺は戦わなきゃ」

 

「せやかて、もう戦自も敵わんで引き上げてもうたんやろ?無茶どころの話ちゃうで」

 

「それでも行く。絶対にあきらめないっていうのが、俺のポリシーだから」

 

そう言って右手の親指を力強く突き出すと、来た道を急ぎ駆け戻る。

その背中に、幼い声が飛んだ。

 

「お兄さぁ~ん! 死んだらアカンよ~! ぜ~ったい帰って来て~! 約束よ~!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未だ歩みを止めることのない悪夢の眼前に、それは突如として現れた。

2車線のアスファルトが怪獣の巨大な口のように開かれると、そこからせり上がったレールに沿って巨大な影がミサイルのような速さで地表へ飛び出してきたのだ。

 

『最終安全装置、解除!』

 

『エヴァンゲリオン初号機、リフトオフ!!』

 

幾重にも厳重に守られていた金属の鎧が取り払われ、遂に人類の希望たる人造人間が大地に降り立つ。

不思議を通り越して一種の快感すら感じた。

こんな非日常の極みのような瞬間など体験したことなど無いはずなのに、脳内には眼前の使徒なる怪物と相対した紫色の巨大ロボットの姿が鮮明に映し出される。

まるで一度ならず何度も、この命がけの戦いを経験し続けてきたかのように。

これが世に言う『デジャヴ』というものなのだろうか。

 

『いいシンジ君。まずは歩くことだけを考えて』

 

思わず笑みが漏れる。

ここまで記憶の残像と一言一句違わぬと、一気に現実味を失ってしまう。

まるで体験済みの高度なバーチャルゲームでもプレイしているかのようだ。

僅か2歩で転倒し、敢え無く使徒に捕まる初号機。

されるがまま痛めつけられ、遂には沈黙する醜態。

そして……、

 

「(シンクロ……動きのイメージをこのロボットに伝えるんだ……!)」

 

眼前に迫る怪物にわきあがる恐怖を隠し切ることも出来ぬまま、壊れた人形のように歩く事を念じていた気弱な少年はまともにこのロボットを動かすことも出来なかった。

だが、今この人造人間の中枢に居座る自分ならば……

 

『初号機、シンクロ率2.1%上昇!』

 

僅かに膝を曲げてかがみこむ。

あの怪物は掌から光線を槍のように変えて放ったり、仮面のような顔から熱線を放ってくる。

だがそのイメージは全て単調。

つまり……、

 

『使徒の攻撃、来ます!!』

 

『シンジ君、よけて!!』

 

切羽詰った通信が聞こえるより先に、かがんだ両足に力を込めるよう念じる。

するとどうだろう。

数千トンはあろうかという巨体が地面を砕いて地を蹴り、夜の空へと飛び上がったのだ。

突きつけられた掌から放たれた青い槍上の光は標的を失って砕かれた地面にめり込み、爆ぜる。

直後、華麗に宙を舞っていた紫色の巨人が星の重力に身を委ねてその巨体を地面に叩き付ける。

それは、かの使徒と呼ばれる怪物の背後だった。

 

「うおおおおおっ!!」

 

これまでの人生で上げた事のない獣のような叫びと共に、握り締めた右拳を容赦なく叩き付ける。

まるで風船に拳をめり込ませたかのように漆黒の巨体が大きく歪み、数秒の間をおいて弾丸のように吹き飛ばされた。

完全に虚を突いた一撃に巨体は何度も地面をバウンドし、遂にビル4軒を巻き添えにしてうつ伏せに倒れこむ。

起き上がるチャンスなどやるものか。

このままトドメをさしてやる。

 

「このっ! このっ! このっ!!」

 

地面に突いた両手を支えに起き上がろうとする怪物の背中に馬乗りになり、そのまま体重をかけて地面に押しつぶす。

そのまま近くにあった鋭そうなビルの残骸を掴んで、怪物の背中や頭に幾度と無く振り下ろす。

何度も、何度も、何度も、何度も……、

 

『……まずい、シンジ君!!』

 

だからだろう。

不意に入ってきた通信の音声を理解するまで、

 

『使徒のエネルギー反応、地下数メートルで急速に拡大!!』

 

『後ろよ、シンジ君!!』

 

これが敵の罠だと、

 

「え……?」

 

気づくことすら出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……う、うああああああぁぁぁっぁぁぁぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

沈黙を破ったのは、喉を引きちぎらんばかりの絶叫だった。

その一瞬、背後の地中から伸びた怪物の手から放たれた光の槍によって、後ろから頭部を刺し貫かれた。

なんということだ。

完全に敵の背後を突いたはずだったのに。

背後を突かれたのは、こちらの方だったのだ。

 

『初号機、頭部損傷!!』

 

『制御神経、断絶!!』

 

『パイロット、反応ありません!』

 

「くっ……!!」

 

次々に飛び交う言葉の一つ一つが、現段階の劣勢を如実に物語る。

作戦開始直後、初号機は想像以上の軽やかな動きで使徒を翻弄し、一方的な攻撃を仕掛けることに成功した。

EVAとシンクロに成功するだけでも、ましてや動かすだけでも驚愕に値するというのに、この結果はその斜め上を超えてきた。

完全に油断していた。

常識では考えられない高いシンクロ率とそれまでの卓越した観察眼で、すっかり節穴になっていた。

あの少年は、若干14歳でこの世界の命運を双肩に押し付けられたことすら受け入れ勇敢にも戦った少年は、まだ運命すら知らぬいたいけな子供に過ぎなかったのだと。

ここまでか。

 

「作戦中止! パイロット保護を最優先! プラグを強制射出して!!」

 

そう判断した作戦部第一課一尉の判断は迅速且つ的確だった。

だが、今回は状況が異常すぎた。

 

「……ダメです! 信号拒絶! 完全に制御不能です!!」

 

「何ですって!?」

 

遂に焦燥を抑えていた理性の仮面が剥がれ落ちた。

この間にも初号機を標的に変更した使徒の攻撃は続いていた。

動かなくなった頭部をつかみ、ゼロ距離から幾度と無く光の槍を打ち込んでいく。

何度も、何度も、何度も、何度も……、

 

『初号機頭部損傷率、60%以上!!』

 

「パイロットの生死、依然不明のままです!!」

 

それは、まるで人類に対する嘲笑だった。

科学と英知の全てを結集し、およそ起こりうる全ての奇跡を味方につけて挑んだ存亡の戦い。

それを、向こうは嘲笑っているのだ。

こんな程度の力で、運命を変えることなどできはしないと。

 

『使徒中心部に高エネルギー反応!』

 

「……まずい……、これほどの損傷を受けた初号機の装甲では……!!」

 

「シンジ君!!」

 

思わずその名を叫ぶ。

まだこの世界に迫る危機の全容すらも知らされぬまま、言われるままに戦いに赴かされた少年の末路がこれなのか。

その何一つ報われぬ悲惨な未来を、ただ突きつけられるしかないのか。

だが、いくら悔しさに歯を噛み締めても、肩を震わせても、立ち向かう力を持つものはない。

エヴァンゲリオンとそれに認められたチルドレンでなければ、使徒の脅威に対抗することは出来ないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、この世界では。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あそこか!!」

 

崩壊したアスファルトの残骸を掻い潜って舞い戻った都市の中枢部。

そこには遠目からでも十二分に分かるほどの激しい戦闘の爪あとが生々しく残されていた。

果たして人類はかの脅威に立ち向かうことが出来たのか。

それは中心部に立つ姿を見れば一目瞭然だった。

 

「くっそぉ……まるで積み木みたいにメチャクチャにしやがって……」

 

喜怒哀楽の感情すら仮面の奥深くに封じ込め、まるでこれが当然であると言わんばかりに足元の人型巨大ロボットと思しい残骸を踏みにじる怪物。

それを目の当りにした瞬間、激しい義憤が全身の血管をみるみる沸騰させていく。

 

「どこのどいつだか知らないが、そんなのどうだっていい!! 本当の戦いは、ここからだ!!」

 

懐から取り出したのは、若葉を思わせる彫刻。

それを遥か夜天に掲げ、力の限り叫ぶ。

諦めない。

その意志を形に昇華させるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイナアアアアアァァァァァ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『戦闘区域内に高エネルギー反応を確認!!』

 

始まりは、今正に初号機にトドメの一撃を加えようと使徒がその背中を踏みつけ、光の槍を高らかに掲げたその瞬間だった。

 

「使徒!? まさか新手!?」

 

『いいえ! パターンは未だ不明!!』

 

『映像、出ます!!』

 

考えうる限り最悪の事態を想定したが、もしも使徒ならこの段階でデータ照合結果が確定しているはず。

ならば一体何だ。

現時点で使徒と同等のエネルギー反応を認められるものと言えば、それはエヴァンゲリオンにおいて他ならない。

依然として混迷を極める作戦司令室に件の映像が映し出されたのは、その時だった。

 

「こ、これは……!?」

 

瞬間、その場の誰もが驚愕に眼を見開き、混乱に言葉を失った。

ミサトも、リツコも、オペレーターたちも。

そして一番奥で黙したまま戦況を見ていたはずの、総司令すらも。

 

「……巨人……!?」

 

無理もない。

映像に映し出されていたのは夜の闇を昼間のような閃光。

そしてその中から拳を突き出し現れた、見た事のない巨人だったからだ。

銀をベースとした体色と、それを彩る赤と青のライン。

胸部を保護する簡素なプロテクターと、その中心に輝く空色のタイマー。

大きな乳白色の瞳と額に輝く巨大なクリスタル。

遥か遠い世界で人類の夢と未来、希望を守り続けてきた不屈の光の巨人。

 

『シュワッ!!』

 

ウルトラマンダイナの再臨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『デュアッ!!』

 

閃光を伴った派手な登場に意識が向いた使徒目掛け、巨人は低い姿勢から強烈なタックルを仕掛けた。

そのまま強引に前進し、いくつものビルをなぎ倒しながら使徒の巨体を押し倒す。

更にそこから使徒を担ぎ上げ、投げっぱなしジャーマンの要領で豪快に投げ飛ばした。

つい先ほどまでの絶望的な状況が、最早怪獣プロレスである。

 

「何なのあの巨人……、味方なの……?」

 

「どうかしらね。動かない相手を敵と見做さないだけかもしれないわよ」

 

突然現れるや初号機には眼もくれずひたすら使徒に攻撃を続ける謎の巨人。

そこにエヴァンゲリオンのような人工的な要素は見られない。

まさか、あんな生物が実在するとでも言うのか。

 

「予想していたシナリオと大分乖離しているようだな?」

 

「構わん。じきにそのときが来る」

 

『シュワッ!!』

 

巨人が使徒目掛け、片腕を水平に突き出した。

直後、白色の光弾が弾丸の如く放たれる。

だが、苛烈ながら神秘的な美しさを孕んだその一撃は、使徒の前面に展開されたバリアによって阻まれてしまった。

 

「ATフィールド……! やはりあれを破らない限り、使徒に有効な攻撃は加えられない!」

 

お返しとばかりに使徒が仮面から熱線を放つ。

だが今度こそ驚くべきことが起きた。

 

『クッ!!』

 

巨人が両手の掌を向けて全面に突き出す。

瞬間、色違いのバリアが展開され熱線を完全に防ぎきってしまったのだ。

 

「ちょっ、マジで!?」

 

「ATフィールド!? 向こうも使えるというの!?」

 

およそ人類では未だ到達し得ない神秘の極地同士が繰り広げる一進一退の凄まじい能力戦。

その拮抗を破ったのは、やはり人類に牙を向く煉獄の使者であった。

 

『クッ!』

 

使徒が両手の掌からそれぞれ光の槍を練成する。

対して巨人は両手を外側から大きく回して胸の前で交差させ、力を集中させる。

 

『シュワッ!!』

 

果たして、放たれた二本の槍目掛けて突き出された巨人の両手から、無数の光刃が生み出された。

万物に等しき死を齎してきたはずの使徒の殺意を、まるでシュレッダーのように粉みじんに切り刻む。

それまで片手で放ってきたこの技を同時に両手で発動できることにも驚いたが、同時に立証された現実も驚愕に値した。

今人類に終焉を告げんと現れた使徒は、対峙する巨人に焦燥を抱いている。

それこそ、持ちうる手札を全て切らざるを得ないほどに。

 

『クゥゥゥ……!!』

 

今度は巨人が反撃に出た。

華を作るように両手を合わせて開き、腹部に当ててエネルギーを集中させる。

果たして数秒の間をおいて圧縮されたエネルギーは視認出来るほどの光量と質量を持って唸りを上げる。

 

『デュアッ!!』

 

勢いよく突き出された両手から眩い光弾が弾丸の如く放たれた。

真正面から飛び込んできた光弾に、使徒はやはりフィールドを展開して押さえ込む。

だが、これこそが巨人の狙いだった。

 

『シュワッ!!』

 

間髪いれずに突き出した右手の先から光弾が連続発射され、遂に使徒の仮面を突き刺した。

着弾箇所から四方八方に亀裂が入り、漆黒の巨体が大きく仰け反る。

最初の光弾を囮に敵のATフィールド展開を誘い、その隙を突いて本命の一撃を敵の急所にぶつける。

この僅かな戦闘時間の間に確実に使徒という存在を攻略しつつある巨人の技巧に、ミサトやリツコも顔に出さぬまま舌を巻く。

 

 

 

 

 

……だが、

 

 

 

 

 

「……使徒中心部に高エネルギー反応確認!」

 

「……まさか!!」

 

最初に気づいたリツコが思わず叫ぶが、既に使徒の反撃は成功していた。

仰け反った体を戻した瞬間に、またしても胸部からの熱線で巨人を狙い撃ったのだ。

 

『グアッ!?』

 

完全に不意を突かれた巨人はATフィールドを張る間もなく熱線の一撃に吹き飛ばされた。

背後のビルを巻き込んで叩きつけられた40メートルはあろうかという巨体が土煙と共にアスファルトに沈む。

 

『クッ!?』

 

それだけではない。

先ほど初号機を痛めつけていたときのように稲妻のような速さで巨人に接近すると、その胸部を踏みつけて押さえ込んだのだ。

心なしか巨人の攻撃でひび割れた仮面は、件の巨人を憤怒の形相で睨んでいるようにさえ見える。

 

だが、この使徒の怒涛の反撃は、誰もが予想しない形で終わりを告げることとなる。

 

『……しょ、初号機、再起動!!』

 

「なっ、何ですって!?」

 

始まりは一人のオペレーターが齎した信じられない報告だった。

ありえない。

接続した神経伝いにショック死してもおかしくない致命傷を負わされパイロットは生死不明。

そんな状態でEVAが動けるはずが……、

 

「!?」

 

『グアッ!?』

 

だがそんな推論は、眼前の光景が跡形も無く打ち砕いた。

沈黙していたはずの初号機が猛然と突っ込み、使徒を巨人諸共吹き飛ばしたのだ。

そんなバカな。

先ほど悲痛なまでの絶叫と共に返事も返さない少年が、覚醒したとでも言うのか。

 

「……まさか……」

 

そこまで思考をめぐらせたとき、技術局一課博士の脳裏に一つの回答が導き出される。

ひとつだけある。

パイロットが意識喪失に陥り、生命の危険に瀕したとき、調和していた神経伝達のベクトルが逆転することがある。

通常ならパイロットからEVAへ向けられる伝達信号。

これが逆転し、EVAからパイロットへ信号が向けられることがあるのだ。

即ち……、

 

「暴走……!!」

 

纏めて吹き飛ばされた巨人を尻目に、再度使徒へ襲い掛かる初号機。

その滑らかながら肉食獣のように獰猛で荒々しい動きは、とても知的生命体のそれではない。

 

『ウォォォォォォォォォォォ……!!』

 

ATフィールドを展開して進撃を阻止しようとする使徒に対し、獣のような咆哮を上げて尚も体を叩き付けるように距離をつめる。

突破できるわけがない。

戦自の数多の通常兵器どころか、先の謎の巨人の攻撃ですらほとんど通じていなかった使徒の鉄壁の根源たるATフィールドを、物理的に突破することなど……、

 

「初号機、ATフィールドを展開! 位相空間を中和しています!!」

 

使徒の張ったATフィールドの中心に、千手のように両手を突き刺しこじ開けるように左右に広げていく。

ありえない。

ATフィールドで対抗しようというのは理解できるが、まさか相手のバリアを物理的に破壊してしまうとは。

これでは中和というより『侵食』だ。

 

「!? 使徒内部の高エネルギー反応が増大!!」

 

「マズい!!」

 

こじ開けられた隙間から、使徒が熱線を浴びせた。

あの巨人ですらも不意打ちに耐えられなかった苛烈な攻撃。

だが初号機は、その全身を灼熱に焼かれて煙を上げながら、尚も咆哮を上げて亀裂を割り広げていく。

 

「初号機の胸部損傷率、70%突破!!」

 

「あと10秒でエントリープラグに直撃します!」

 

「そんな、シンジ君!!」

 

ミサトの悲痛な叫びが空しく響く。

何故沈黙したはずの初号機が突然暴走したのか、それ以前に乱入した巨人は何者なのか。

そんな事はもうどうでも良い。

こんな形で、僅かに生存の希望を見出した少年の命が容易く踏み折られてしまうというのか。

 

『シュワッ!!』

 

だが、それを許さぬ存在があった。

初号機の後ろに回った巨人が両腕を十字に組んだかと思うと、眩い光波熱線が発射されたのだ。

アルゴリズムのようなサインカーブを織り交ぜた神秘的な輝きを放つその一撃は、寸分違わず初号機の生み出した亀裂を滑り込み、使徒の仮面を直撃した。

完全に不意を突いた強烈なカウンターに、今度こそ使徒の仮面が粉砕され、全身を激しいスパークが包み込む。

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『回路接続』

 

『システム回復。グラフ正常位置』

 

『パイロットの生存を確認』

 

『機体回収班、急いで!』

 

『パイロット保護を最優先に!』

 

最初に聞こえてきたのは、またしてもイメージどおりの文言だった。

使徒にいいようにやられてしまった自分。

一度は沈黙し、その後何らかの原因で異常をきたした初号機。

最終的に訳の分からぬまま、使徒は初号機の手によって蹂躙され、理不尽と苦痛に満ちた初陣は終焉を迎える。

目の前の状況はほぼそのイメージに即した戦場の跡だった。

 

「え……?」

 

だが一つ、たった一つ、イメージとは全く異なる光景が目に留まった。

 

「……」

 

無残に破壊されつくしたビル郡の中に、使徒に匹敵する巨躯を持ったそれは佇んでいた。

およそ生物の進化論から逸脱した銀色の体を縁取る赤と青の体色。

乳白色の大きな瞳と額の大きなクリスタル。

その口元は、心なしか微かに笑っているように見えた。

何だ、あれは。

知らない。

あんなものはイメージにはない。

誰だ。

あれは、誰だ。

敵か。

味方か。

それとも……、

 

「!?」

 

ふと、横を向いていた巨人がこちらに振り返った。

思わず体が強張る。

もしもあの巨人が敵だったら、逃れる術はない。

ただ、身動きの取れない状況で恐怖に震えていることしか出来ない。

そんな内なる恐怖を知ってか知らずか、巨人は徐に片手を向ける。

 

「……え……?」

 

思わず声が出てしまった。

先ほどの使徒との戦闘がフラッシュバックし、何かの攻撃が来るのかと身構えてしまった。

だが巨人の取った行動は、予想の斜め上を超えてきた。

 

「……ガッツ……ポーズ……?」

 

巨人はこちらに向けた手で拳を作り、親指を力強く立てサムズアップを見せたのだ。

瞬間、脳裏にある瞬間が過ぎる。

 

「(諦めない)」

 

「(どんな困難が相手でも、どんなに可能性が低くても、絶対に諦めない)」

 

「(それが、俺のポリシーだから)」

 

『シュワッ!!』

 

脳裏にリフレインした力強い言葉を、肯定するかのように巨人もまた力強く頷く。

大丈夫。

自分にそう言い聞かせてくれるように。

 

「……そっか」

 

そして理解する。

詳細は分からないし根拠もないが、ただ一つ確信できる。

 

「君が……助けてくれたんだ……」

 

目の前の巨人は、味方なのだと。

 

「……ありがとう……」

 

安堵と共に押し寄せてきた疲労と心地よさ。

奔流のように自身を飲み込んだそれは、抗いようのない眠気へと自身を誘う。

だが、不思議と悪い気はしなかった。

 

<To be continued……>




<次回予告>

謎の巨人の介入により、窮地を脱したシンジ。

脳裏を過ぎる残像を頼りに、彼は少女と接触を図る。

そして彼の知らないところで、世界は確かに変わりつつあった。

次回、新世紀の星。

『その名は、ダイナ』

君は、僕達の味方なの……?


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