新世紀の星   作:サマエル

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諦めない、その信念が心に宿った時、少年の手に一球が宿る


第3話「眩き閃光の向こうに」~Winning Shot~

 

 

<第3話>

 

既に日付や時間の感覚すら、曖昧になっていた。

あの日、恐らくは初めて正面切って反抗された日から、只でさえ粗雑な私生活は原形を留めないほどに崩壊した。

日ごろの楽しみに溜め込んでいた缶ビールを文字通りこぼれるのも構わず浴びるように飲み荒らし、視界が揺れる感覚を最後に意識が途切れた。

 

「……うっ」

 

いつものクセで迎え酒をあおろうとしたところでアルコールの匂いに気持ち悪さを感じて中身の残った缶を放り出す。

転がった缶から漏れた飲み残しがフローリングを汚していくが、掃除する気にもならない。

 

「何よ……」

 

惨めだ。

もう29の大人が子供のように自棄になるなんて。

半分くらいの歳の子供にムキになって手まで上げて。

 

「……バカみたい。結局アイツも他の奴らと変わんないだけじゃない……」

 

あの時、どう足掻いても覆せるはずのない嘘で二人の友人を守ろうと詭弁を並べ立てる彼を目の当りにしたとき、それまで彼を包んでいた何かが音を立てて崩壊した。

同年代の子供より達観して恐怖を押し殺せる強い少年と思っていた。

一方で子供らしく気心の知れた大人のぬくもりを求める初心な少年と思っていた。

まさか自分に対してサードチルドレンという最強のカードを切ってまで楯突いてくるとは思っても見なかった。

それに気づかず一人勝手に保護者気分で舞い上がっていた自分が、どこまでも間抜けに思えて惨めだった。

父は自分達を省みなかったクセに今際の際でさも父親らしい振る舞いをしていなくなった。

かつて付き合った男の歯の浮くような求愛が信じられず自分から断ち切った。

そうして内面を見せずに羽のように柔らかい付き合いを続ければ傷つけられずに済む、そう思っていた。

 

「……ホント、バカみたい」

 

そんなこれまでの不安を初めて感じない少年だった。

こちらが感心してしまうほどに環境に順応し、順調に周囲ともコミュニケーションを取り、有事では人智を超えた怪物に臆する事無く立ち向かう胆力すらある。

その受容性の高さはこの共同生活でも遺憾なく発揮されていた。

私生活にだらしないこちらを責める事も呆れる事もなく、寧ろ率先して自分が職務に集中できるようサポートまでしてくれていた。

弟のような、相棒のような、言葉では言い表しにくい、そんな関係になれるかもしれないと一人舞い上がっていた。

彼はそんな事、言いだしたこともなければ了承を取ったことすらなかったのに。

一人で勝手に期待を膨らませ、一人で勝手に失望して。

そんな制御不能のの感情のジェットコースターは、最悪のタイミングで暴走してしまったのだ。

 

「うう……」

 

だるさに身を任せて机に突っ伏し目を閉じる。

何度も気持ち悪さに目覚めては、苦しさにまどろむ。

そういえば気の利く部下の一人が1週間ほど有給申請を代理で取ってくれていたとか言っていた。

今が何日目かも正直曖昧だし考える気もないが。

独房行きは2日と聞いていたが……、

 

「帰って……来るわけないか……」

 

流石にアルコールで頭が空回りしていてもそれくらいは分かる。

あんな子供染みたヒステリーを起こして、あまつさえ暴力を振るう大人の許に誰が戻るだろうか。

増してやそれが倫理的な義憤ではなく、ただ理想の男でなかった勝手な失望だというから救えない。

結局彼も……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一週間ぶりに開いた葛城邸の玄関は、地獄の門のようにすら見えた。

微かに開いた瞬間、途端に鼻を突くビールの匂い。

それもこれまでの生活で嗅ぐ物より高い濃度で充満している。

更に生ゴミの匂いからして弁当ガラも散らかっているに違いない。

 

「こりゃまた派手にやっちゃって……」

 

イメージのそれをはるかに超える荒れまくりの部屋に、さしもの碇シンジもそう呟かざるを得なかった。

足の踏み場もないほど散らかった食いかけの弁当ガラ。

散らばった缶ビールの空き缶と、明らかに毀れたであろうビールの染み。

この共同生活で築き上げつつあった清潔で衛生的な生活空間が見る影もない。

だがため息こそ漏れるもののこうなった住人を責めるつもりは毛頭ない。

寧ろこんな自棄酒を起こすほどショックを与えてしまった自身を反省するばかりだ。

 

「ミサトさん……起きてたら明日のこと伝えたかったけど……」

 

5日間の更正プログラムの後に2日間の懲罰刑を終えたシンジは、時間が時間であっただけにその足で学校へと直行した。

突然の欠席を心配する学級委員長や、未だに心の友と暑苦しく引っ付いてくる親友2名、そしてその間に復学していたレイと顔を合わせた。

そこで件の同居人が体調不良に伴う1週間の有給消化を部下の代理で申請したと連絡を貰い、今に至る。

 

「さてと……」

 

こんなことでチャラにしようとか、そんな事は思っていない。

ただ、意図せず傷つけてしまった彼女に対して何か返しておかないと自分自身納得できないと思った。

そして何より、イメージの存在を抜きにしてもこの共同生活を気に入っている自分自身にシンジは気づいていた。

少なくともミサトが嫌だというまではこの生活を続けていたい。

未だ自分には他に頼る宛ては無いし、父とは不可能に等しいだろう。

流し台にどっさり詰まれた汚れた食器とゴミの山を前に、シンジは袖をまくるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

ふと、香しい匂いに気づいて気だるげに目を開く。

あの吐き気を誘うビールの残り香はない。

だが同時に、机にしてはやけに肌触りが良いことに疑問を抱いて顔を起こす。

 

「え?」

 

そこは布団の上だった。

まさか病院に担ぎ込まれたのか。

だが体を起こすと、見覚えのある部屋が視界に広がる。

部屋の隅に乱雑に放り出された資料。

酔った勢いで蹴破った痕がいくつも見られる襖。

紛れもなく、この空間は自分の部屋だ。

 

「あら、起きたのね」

 

一人状況が分からず呆然としていると、唐突に襖が開かれ見知った顔が見えた。

 

「ショックだったのは分かるけど、仮にも使徒殲滅の作戦本部長がこんなに荒れてちゃダメよ。人間は年齢と共に肌も健康も弱っていくんだから」

 

「……そうね、今回ばかりはぐうの音も出ないわ。ごめんね後始末させちゃって」

 

明らかに帰宅時より片付いた部屋。

机で突っ伏したはずが布団に寝かされていた自分。

そして知らぬ間に部屋に訪問していたリツコ。

ここに至り、寝ぼけていた脳がひとつの結論に辿り着く。

彼女が自分を介抱して部屋を掃除してくれていたのだ。

更に襖の奥からは何やら若い男女の笑いあう声と共にまた鼻をくすぐる美味しそうな香りが漂ってくる。

もしや部屋の清掃の為に人を集めてくれたのか。

 

「あ、葛城さん。目が覚めたんですね」

 

ミサトから見てちょうど向かいの席に座っていた人物がこちらに気づき、笑顔を見せた。

日向マコト。

自身の直属の部下の一人で、今回の有給申請を代理してくれたのも彼だ。

 

「いやー、ホントは早く退散するはずだったんですけど、食欲には勝てないモンで、朝飯頂いてます」

 

振り返って香りの元であろう味噌汁に舌鼓を打っていたのは青葉シゲル。

彼も有事にはマコトと共に戦場の詳細をリアルタイムに伝えてくれる頼もしい部下である。

 

「集会場じゃないっつーの……。でもありがと、部屋酷かったでしょ?」

 

おぼろげながらも部屋を荒らした張本人なのだから記憶はある。

ただのゴミ掃除ならともかく料理できるほどに流し台を片付けたり毀れたビールなどで汚れた床掃除は簡単ではなかったはずだ。

が、返ってきたのは予想外の返事だった。

 

「全くと言いたいところだったけど、私達じゃないわ。先を越されちゃったのよ」

 

「は?」

 

思わず聞き返すも、リツコは肩をすくめつつ一枚の紙切れを手渡してきた。

瞬間、寝ぼけていた意識が覚醒する。

何故ならそこに書かれていたのは……、

 

「碇シンジ……、シンジ君……?」

 

 

 

 

 

『ミサトさん この間はごめんなさい。友達を守りたい気持ちが強すぎてミサトさんに辛く当たってしまいました

 

本当は対面で直接話したかったけどお休みになっていたので手紙を残しておきます

 

具合が悪そうに見えたので、お部屋の布団に運びました。寝心地は悪いかもしれないけど、倫理的にマズイので着替えは出来ませんでした

 

部屋も出来る限り掃除してます。酔い覚ましにキノコの味噌汁を作っておきました。

 

後でリツコさん達も様子を見に来てくれるみたいなので、良かったら一緒に食べてください

 

僕はこれから、友達と約束があるので一度外出します。連休なのでキャンプで夜を明かして明朝帰ります。

 

最後に 手のかかる我侭な子供かもしれないけど、ミサトさんが嫌でさえなければ、これからもここで過ごしたいです

 

碇シンジ』

 

 

 

 

 

 

「懲罰刑が終わってすぐ、彼が私に相談しに来たのよ。部屋の片付けと食事の用意はこちらでするから、貴方のこと慰めてあげてほしいって」

 

「まあ元々、赤城博士や僕は言われなくても様子を見に来るつもりでしたけど」

 

「他ならぬ葛城一尉が中々の腕前と評する碇シンジ君のモーニングをいただけるとあっては来ないわけには行きませんからね」

 

衝撃だった。

同居していた女性のあんなヒステリーを見せられて、平手打ちまでされて。

そんな事をしておいて彼がここに戻ってくるはずがないと思っていて。

そうした自分が一番惨めで許せなくて。

だが実際はどうだ。

件の少年は酔いつぶれて酒臭かったであろう自分をわざわざ布団に寝かせて部屋を掃除して。

更に酔い覚ましに効く食事を用意して、自分が一人で寂しくないように気を遣って気心の知れたリツコにも来てもらうよう手配して。

そして……、一緒にまた暮らしたいと、言ってくれた。

 

「良かったわね。彼、貴方と一緒にいるの好きみたいよ?」

 

「……うう……!」

 

胸の奥に熱く、こみ上げるものを感じた。

そして……、盛大に床にぶちまけ異口同音の悲鳴が上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第三新東京市に訪れた人間は、一般人なら2度、ある程度社会的地位を持つ人間なら3度驚くことで有名だ。

まず、世界規模で見ても珍しいレベルの高水準で発展した都市の全景。

15年前のセカンドインパクトによって世界の半分が海の底に沈んだ現代において、発生前のような堅牢な建築物があることすら珍しいこの時代である。

物資、科学、人員が揃って初めて発展する都市の中で特殊合金や合成鉄筋など最先端の技術の粋を集めた建築物があるなど、信じられない人も少なくないだろう。

そして一部の人間が目の当りにする事が出来る、都市の地下に構築された近未来を思わせるほどにまで高められた科学力と軍事力。

巨大地下施設ジオフロントと、その中心にて来る未知の生命体に対抗する人類の砦『特務機関NERV』。

生態も目的も依然不明な『使徒』と呼ばれる侵略者に対抗するために都市全体を要塞化して昼夜人類の種の防衛に尽力している。

そこで改めて驚かされるのだ。

地上の建造物は全て仮の姿であり、本当はこの使徒迎撃用の兵器が無数に備えられているのだと。

そして何より使徒迎撃の肝となっている有人式の汎用人型決戦兵器『エヴァンゲリオン』。

世界でも類を見ない戦闘ロボットの全貌は未だ不透明のままであり、その解明を先走った国々による偵察はいずれも血なまぐさいヴェールに隠されているという。

 

「お~、こりゃまた絶景やな」

 

そしてこの都市を訪れた誰もが去り際に気づき驚愕する。

この史上空前の発展を遂げた世界有数の防塞都市は、広大な自然に囲まれているのだと。

人類誕生から今日に至るまで無数の科学者が繋いできた知識と計算の結晶を取り囲むのは、人類誕生より以前にこの星に生まれ種を繋いできた自然という存在であった。

それはこの地球という星において自分達人類という種族はどこまでも小さな存在なのだと再認識させるに至る。

自分達人類の英知の全てを結集したところで、それは46億年に及ぶこの星の生命全体の史実には到底及びもしないのだと。

 

「いいだろ。毎月ここで野営演習に興じてるんだ」

 

「凄いねケンスケ。テントもキャンプ道具も全部自腹なんでしょ?」

 

「まぁね。色々と伝があるのだよ碇君」

 

「隠し撮りの闇市よ。綾波さんの写真をこっそり撮影して売りさばいてるの」

 

その山間部の小高い丘の上に、碇シンジは友人らとキャンプの名目で訪れていた。

イメージでは傷心の挙句に家出した末に偶然ここに辿り着いて、居合わせたケンスケに一夜を明かさせてもらったのだ。

そのイメージを流用して、シンジはあるイベントを企画し、ケンスケに声をかけたのである。

目的は入院中に食の楽しみを知ったレイに『外でみんなとご飯を食べる』事の楽しみを知ってもらうためだ。

この話にトウジが面白そうやないかと二つ返事で快諾し、女の子一人で行かせられないとヒカリが相乗りしてくれたことで、中学生5名という大所帯になった。

先の弁当持参の件といい、色々とレイとの交流で助力してくれるヒカリには頭が上がらない。

 

「さて諸君。これから24時間のスーパーGUTS特別軍事演習を実施する! 改めて教官補佐を勤める相田ケンスケである!」

 

すっかり軍人になりきって胸を張るケンスケ。

その何ともハリボテ感漂う姿に若干の苦笑をこぼしつつ、今日だけはと合わせて背筋を正す。

 

「尚、今回の演習の目的は基礎体力作りと24時間の自給自足生活を通し、日々の暮らしへの感謝と尊さを再認識するものである!」

 

「何や、エライ気合いの入り様やなケンスケ」

 

「授業もこのくらい真面目だったら言うことないんだけど」

 

学校でのおちゃらけた普段を思い出したのか、顔を見合わせて笑いあうトウジとヒカリ。

確かにいくら好きだからとはいえ、誰に言われるでもなく自分で道具とスケジュールを用意して本番さながらの軍事演習に興じている中学生も早々見かけるものではない。

興味の無い事には必要最低限しか労力を費やさないが、反面自身が興味のある分野にはとことんのめりこむ性分なのだろう。

 

「相田教官」

 

ふと、レイが表情を変えぬまま手を上げた。

 

「先ほど教官補佐と言っていたけど、他に教官を務める人物がいるの?」

 

そういえばそうだ。

先ほどのケンスケの様子に引っ張られて聞き逃していたが、ケンスケはこのキャンプで教官補佐を自称していた。

つまりもう一人、教官を担当する人物がいることになるが、一体誰だと言うのか。

 

「良い質問だな綾波隊員。その通り、今回の演習にあたり、ある方に来ていただいている。どうぞ!!」

 

言うやケンスケは右手を横に伸ばした。

直後、その先の木々の間から人影が姿を見せる。

その瞬間、

 

「「……あああああぁぁぁぁぁ~~~~~っ!!」」

 

異口同音の絶叫が轟いた。

無理もない。

何故ならそこにいた人物は……、

 

「スーパーGUTS日本支部、小隊長アスカ=シンだ。みんな、今日一日よろしく頼むぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

会わせたい人がいる。

帰宅後に再会した後、そう興奮気味に語るケンスケに言われるまま、アスカ=シンは第3新東京市を見渡せる山の上に足を運んでいた。

曰く、毎月ケンスケが趣味で行っている野外演習キャンプに友達を招待したため、教官役として参加してほしいと。

その内の一人が鈴原トウジである事は予測できていたが、まさかこの世界で最初に出会った少年、碇シンジとこんな所で会えるとは思わなかった。

しかも彼を含めた3人が既に友人同士であるなど、何とも世界は狭いものである。

 

「いや~、しかしケンスケも人が悪いのぉ。アスカさんのこと知っとったんならこないにお礼が遅れることもなかってんで?」

 

「サプライズだよサプライズ。何せスーパーGUTSは機密性の高い特殊部隊なんだから、アスカさんの素性や名前はおいそれと明かせないんだ」

 

「それ本当? 碇君や綾波さんがエヴァのパイロットなのも全然実感沸かないのに、超法規的秘密部隊なんて……」

 

地平線に夕日が半分沈んだ頃、一同はケンスケ主導で準備したキャンプフャイヤーを囲み手分けして作った炊き込みご飯と味噌汁に舌鼓を打っていた。

演習と言っても、やることは軽めの走りこみと反射神経と瞬発力のトレーニングと称したノック練習といった、よくある少年野球クラブの延長のようなものだ。

トウジやシンジ以外のケンスケの旧友は初めて見るが、皆軽口を交えながら優しく笑い合えている。

使徒という未知の怪物の脅威に晒され、多くの人たちが疎開で離れている現状で互いにこうして心を開きあえる関係というのは時に他に代え難い程に尊い絆を生む事がある。

そうした意味では、今の逆境が彼らの結束を生んだのかもしれない。

 

「綾波、美味しい?」

 

「ええ、美味しい……」

 

中でもシンが驚いたのは、今こうして一緒に鍋を囲んでいる一組の少年少女が、あのエヴァンゲリオンなる兵器のパイロットだということだ。

一人はシンジ。

シンが初めてこの世界に来て、使徒の攻撃から守った少年だ。

多くの住民が避難した状況下で彼が何故地上にいたのか長らく疑問であったが、その後に初号機で使徒と対峙するために呼びつけられていたと推測すると辻褄が合う。

そしてもう一人が、シンジの隣で味噌汁を少しずつ啜っては美味しいと連呼している綾波レイという少女。

青い髪色と病的なまでに青白い肌、そして血のように赤い瞳。

表情に乏しいその佇まいは感情の見えないミステリアスな感覚を覚えるが、こうして隣でシンジに言われるまま瞳を輝かせておずおずとご飯を頬張るところは年下の妹のようにも見える。

そんな彼女が美味しいというたびに、残る3人も微笑ましい様子で見守っている様子に、見ているこちらも心が温かくなる感覚を覚える。

 

「しかし俺も驚いたな。あのロボットは俺も見た事あるけど、まさかこんな小さな子供が乗ってたなんて……」

 

「それどころか都市部の高層ビルのほとんどがNERVの使徒迎撃戦用の兵器のカモフラージュだって言うんだから。今まで半信半疑だったけど、今月の使徒襲来ですっかり慣れちゃったよ」

 

「せやな。最初はシンジや綾波がエヴァのパイロットやなんて言われてもすぐには飲み込めへんかったで」

 

「でも理由が分かって良かったわ。綾波さん、不定期的に何日も休んだり復帰したと思ったらケガしてるときもあったから心配で……」

 

その辺りの顛末は、夕飯の準備中にシンジから掻い摘んで説明を受けた。

シンジがこの町に来るまではレイがパイロットとして零号機、初号機とのシンクロ実験を行っていたそうだ。

使徒に対抗できる兵器とはいえ超科学的なエヴァンゲリオンの運用は不安定な側面も大きく、実験は長時間に及び、時には入院を擁するほどの負傷を負ってしまう事もあったという。

その情景を想像するだけで胸が痛くなるが、当の本人は苦には感じていないようであった。

 

「何故?」

 

ふと、味噌汁を飲む手を止めレイが表情を変えぬまま尋ねた。

 

「何故……洞木さんが心配するの?」

 

一瞬、会話が途切れる。

今のレイの発言は、通常であれば拒絶の意味と捉えるのが普通だろう。

貴方に心配してもらう必要はない。

煩わしいからやめてくれ。

そういった不干渉を求める拒絶の意味を孕んでいる。

が、それが杞憂であることを示したのは隣に座るシンジの反応だった。

 

「綾波……、それは洞木さんが綾波と友達でいたいからだよ」

 

「友達でいたい……、でも、私が怪我をしても……」

 

「確かに洞木さんは直接エヴァやNERVと関係があるわけじゃない。綾波が休んだりケガをしたことで直接影響があるわけじゃない。でもね、友達だから心配するんだ」

 

「友達だから?」

 

「そう。友達には元気でいてほしいって思うんだ。だから友達の綾波が休んでいたり、怪我をしていたら痛い思いをしていないかって不安になるんだよ」

 

「……だったら、ごめんなさい」

 

レイは僅かに沈んだような顔で味噌汁の入ったカップに視線を落とした。

 

「私が友達になったから……心配をさせてしまったのね……」

 

「綾波、間違えないでね。無意味に心配をさせるのは良くないけど、だからって友達にならなければ良かったなんてことはないんだ」

 

「せや。ワシら仲良しになれたから、シンジや綾波がエヴァに乗って戦っとることも分かったし、無事で帰って来てくれって思えるようになったんや」

 

「見舞いのときに俺達が持っていった弁当を美味しいって食べてくれたときも、すっごく嬉しかったんだぜ? これも俺達が友達になったから出来たことなんだから」

 

「鈴原君……相田君も……私と友達になって……良かったって……思う?」

 

恐る恐る尋ねるレイに、二人は満面の笑顔でピースサインを返す。

彼らのやり取りを見ていると、こちらまで笑顔になってくる。

無表情で近寄りがたい第一印象だったレイも、こうしてみると周りに世話をされて少しずつ遅れた感情を取り戻そうとしているように見えて、言葉は悪いが小さな子供が少しずつ成長しているようで微笑ましい。

 

「綾波さん。私はこれからも貴方と友達でいたいと思ってるわ。だから友達になってごめんなさいと謝られるより、友達になってくれてありがとうって言ってくれると嬉しいな」

 

「……あ、ありが……とう……?」

 

見開いた眼をパチパチさせてヒカリを見つめるレイに、満面の笑顔を返すヒカリ。

それにつられてか、レイも僅かに口端を上げて不器用ながら小さな笑顔を返した。

 

「あ……ありがとう……」

 

誰からともなく微笑みあう。

そんな暖かな雰囲気に包まれたまま、気づけば鍋は空っぽになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に入ってきたのは、妙に現実離れした俄かには信じがたい一報だった。

15年ぶりに出現した使徒に対し突如特攻を仕掛けた謎のテクノロジーを満載した出自不明の戦闘機。

これまでの使徒殲滅戦で二度、いずれも非戦闘員を救助した網目状のドームを形成する謎の光線。

そして使徒とエヴァの戦闘に介入する形で出現し、決まって使徒に対してのみ敵対を続ける謎の巨人。

 

かの少年の声を借りるなら、ウルトラマンダイナ。

 

その姿は奇跡を具現化したかのような光の如く。

2度に渡る乱入によっていずれも使徒を撃滅するに至っており、その決まり手となった光波熱線はおよそ地球上に存在する物質では説明できないシロモノである。

主成分となっているのは水素、それも発火点ギリギリの温度をキープしたまま陽子線でコーティングして目標に着弾するまで誤爆しないように計算されている。

それを視認できるほどの超高濃度で弾丸の如く発射し、着弾箇所から体内に断続的に爆発させて対象に致命傷を与えるもの。

そしてそれを莫大なエネルギーの源泉で包み込み、寸分の狂いなく目標に着弾させるという高い殺傷能力を誇る大技だ。

まるで体内に太陽を内包するかのような神秘さえたたえたその一撃。

 

言うなれば、ソルジェント光線。

 

さらに同様のエネルギーを様々な形状に変化させ、熱や爆発以外にも斬撃や刺突など多彩な方法で相手にダメージを与えていく。

生態も、その目的も一切が不明。

唯一つ明らかになっているのは、件の巨人はあくまで使徒に対してのみ敵対の意志を示し人類に対しては友好的に接している。

味方か、それともそれを装った敵か。

だがひとつだけ、その謎に迫る上で有益な情報が入っていた。

 

「……なるほど。こりゃとんだ人違いだな」

 

つい先ほど、連れの少女が久しぶりの連絡に喚きながら受話器を叩き付けてシャワーに向かってしまったところである。

一体何の地雷を踏んだのかと思ったが、見た事も聞いたこともないチルドレンのお仲間に連絡を取れるはずもなかろうに。

 

「とりあえずどちらもマーク……ってところか。だが……」

 

職業柄、十人十色の人間を見てきたものだが、得体の知れないものを見たときの人間の反応というのは概ね忌避か懐柔、もしくは無力化の3種に分類される。

特に今やかの大災害を生き残った人類の多くが秘密裏にデータ管理されている時代だ。

その網にも箸にもかからない存在はそれだけで摘み取るべきエラーであり、確保すべき重要人物ということになる。

だが……、

 

「俺にも、そう簡単に覆されたくないプライドってものがあってな……」

 

柄ではないが、得体の知れない存在を気心の知れた近くに置いておく事はあまり心穏やかなものではない。

それがこれまで見てきた人種と明らかに一線を画するものならば尚のことである。

 

「昔の好って奴だ。……ちょっとばかし付き合ってくれよ?」

 

無機質なSOUND ONLYと記された端末の画面に向かって、意地悪そうに口端を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あまり慣れない感覚であった。

簡素な布一枚に隔たれた先から感じる、夜風に揺れる草の擦れる音と虫の微かな鳴き声と、夕飯の水を拝借した川のせせらぎ。

およそ普段の就寝時と比較すると快適とは言いがたい環境ながら、不思議と嫌な感じはしない。

むしろ普段触れることのない、或いは意識することのない大自然の中で一夜を過ごせることに、何ともいえない高揚感すら感じる自身を、碇シンジは自覚した、

 

「……こんな感じ、だったのかな……?」

 

ふと、一人脳内に過ぎるイメージに語りかける。

微かに見える同じテントの中には、人類防衛の要を見下ろす草原で友人と共に一夜を明かす自身と同姓同名の少年がいた。

違いがあるとするならば、同居人に帰宅をあらかじめ伝えていないこと。

 

「……上手く……、行ってるのかな……」

 

左右から聞こえる異口同音のいびきを耳で確かめつつ、思考を巡らせる。

あの突然の父からの手紙……とは言いがたい文言を皮切りに、幾度となく自身の脳内のスクリーンを不定期に占拠しては上映されるどこかの世界の光景。

何の因果か、どういった経緯かは全く以って不明だが、唯一つ確かなのは、この一連の映像は全て、他ならぬ自身が一度経験した内容であることだった。

最初の使徒襲撃、初号機の暴走、それによるトウジとの確執、その全てから逃げるように身を隠した碇シンジ少年はここで僅かな平穏の夢を見て、現実を突きつけられる。

そうしてこの町を離れる決断までして最後の最後で、やっと碇シンジ少年は勇気を出してここに残ることを決めるのだ。

対して現在、自身を取り巻く世界はイメージとは大きくかけ離れた姿へと変貌を遂げていた。

初陣と初号機の暴走を変えることこそ出来なかったが、幸いにしてトウジの妹は負傷する事無く和解。

ケンスケやヒカリを交えてレイとも改めて交流を深めることが出来た。

イメージの中では感情に乏しい、共に戦うパイロットの一人でしかなかった彼女。

それが今や、こうして共にキャンプを過ごせる様にまでなった。

これはやはり、ヒカリの存在が少なからず大きいだろう。

いくら仲良くなれたといっても、レイは女の子である。

自身を含め男しかいない状況では色々とやりにくいこともあるだろうし、年頃の女の子でなければ共有できない事柄もあるに違いない。

そこでシンジが人知れず巻き込む形で協力してもらったのが、クラスを取りまとめる委員長でもありトウジの幼馴染でもある洞木ヒカリだった。

彼女に白羽の矢を立てたのはイメージの残照にもう一人、これから現れるであろう少女と無二の親友となっていたヒカリを見たからである。

委員長という立場も手伝って誰にでも分け隔てなく接する生真面目さと包容力。

そして長年トウジと対等に付き合ってきた男相手でも物怖じしない胆力とコミュニケーション力。

今後レイを含めてこのコミュニティで仲良くやっていくために彼女の存在が重要だと思っていたが、予想以上の効果を実感している。

だが、それ以上の異質な存在が、幾度となくフラッシュバックを繰り返していた。

 

「……、……ダイナ……」

 

2度に渡る使徒との戦闘で何の前触れも無く出現し、あくまで使徒と敵対し続けこちらに味方した、すべてが謎に包まれた巨人。

そしてこれまでの自身のイメージの中に、陰も形も存在しない未知の存在。

同様に今回予期せぬ再会を果たした自称特殊部隊隊員を名乗る青年の存在と合わせ、シンジの本能は謎に包まれたその存在に無意識に警戒を強めていた。

幸いにして現段階でのあの巨人への信頼度は、決して低いものではない。

あくまで使徒にのみ敵対する様子を見せ、特に2度目の戦闘ではこちらを庇って自身の限界まで戦い抜いたほどである。

これ程の事実を持ってそれはそれと疑心を持ち続けるというのは、恩を仇でというわけではないが心象としては大変心苦しい。

心苦しいからこそ、確固たる確信を碇シンジの深層心理は欲していた。

彼に全幅の信頼を注ぎたい。

共にイメージに過ぎる最悪の光景を回避するための戦友として受け入れたい。

そしてそれは、今回思わぬ形で再会を果たしたあの青年にも向けられていた。

アスカ=シン。

イメージの未来どおりなら、これから自分が共に戦うであろうもう一人の少女とよく似た名前の青年。

自称特殊部隊に身を置くという彼は快活で直情的な、自身とは対極に近いタイプの人間だった。

かくいう自分でもイメージによる未来視のガイドがなければこんなに逞しい立ち振る舞いを貫くことなど出来なかっただろう。

逃げない。

絶対に諦めない。

明らかに自分にはないものを当たり前のように持って、特殊部隊という特異な環境に身をおいている彼の半生に、僅かな興味をくすぐられずにはいられない。

 

「……ん?」

 

そこまで思考をめぐらせたとき、ふと外で何かが動くような物音がした。

そういえば、とここで初めて彼の姿がないことに気づく。

もしやと思い身を起こすと、暗がりの中で就寝中の友の邪魔にならぬよう注意を払いつつシンジはテントを潜った。

途端にボリュームを増す虫の羽音と、柔らかい月光に照らされた草原。

その上を彩る、満天の星。

 

「よっ」

 

あまりに軽い声に視線を移すと、件の人物が思ったとおりの明るい顔でこちらに笑いかけていた。

 

「眠れないのか?」

 

「ええ……、アスカさんも?」

 

「うーん、何ていうか……クセで野外で寝るときはどうしても熟睡できないんだ。職業病って奴だな」

 

そう言って笑ってみせる彼に、こちらも釣られて笑う。

本当に裏表のない人だ。

 

「……アスカさんは、何で戦うんですか?」

 

どちらからともなくその場に並んで腰を下ろし、シンジは率直に尋ねた。

理由を知りたかった。

無鉄砲でハチャメチャだが、理論だけでなく心で使徒の引き起こす災害に立ち向かおうとする。

そんな情熱で動く人間を、シンジは他に見た事がない。

だから、知りたかった。

 

「理由か……。正直なくてもあの使徒とか言う奴らの好きになんてさせたくないってのもあるけど……、頼まれたからな。『守ってくれ』って」

 

「頼まれたって……誰に?」

 

「さあな」

 

さも当然のような返しに、二の句が告げなかった。

理解が追いつかない。

誰かも分からない頼みごとをされたから。

たったそれだけの理由で、彼はこの人智を超えた恐ろしい存在から人類を防衛する戦いに身一つで挑んでいるというのか。

 

「俺にとって、それが誰の頼みなのかは重要じゃない。その人が困って、助けを求めているのなら助ける。そう決めてるんだ」

 

「怖く、ないんですか……?」

 

思わず、無礼を承知で尋ねる。

やはりこの人は、無鉄砲だ。

戦自という国内最強クラスの軍隊で歯が立たず、エヴァを擁してようやくまともに戦える使徒を相手にするなど、命がいくつあっても足りない。

そんな恐ろしい相手から守ってほしいという抽象的な頼みだけで、自身の命を顧みず挑みかかるなんて、正気の沙汰とは思えない。

脳裏を過ぎるのは、同様に自身の命を全く省みていなかった少女の残像。

彼もまたそうした感情が欠落していたのだろうか。

が、それは直後の青年の返答ですぐに杞憂だと安堵することになった。

 

「……怖いさ。空を飛ぶことも、怪物に立ち向かうことも。一歩間違えれば自分が死ぬかもしれない環境なんだ。情けないけど、今でも怖い」

 

でも、とシンは続ける。

 

「決めてるんだ。必ず帰ってくる。どんな危険が目の前にあっても、絶対に逃げない、諦めないってな」

 

「どうして……?」

 

「親父が、そうだったからさ」

 

そこから、シンは幼い頃に父に教えられた、飛ぶ勇気を語ってくれた。

アスカ=カズマ。

アスカ=シンという無鉄砲ながら物怖じしない、心で向き合う人間のルーツとなった人物。

シン以上に無鉄砲且つ型破りで破天荒ながら、全幅の信頼を寄せられていたパイロット。

そして、シンが幼い頃に遠い宇宙のどこかで消息を立っていた事。

 

「俺は信じてるんだ。親父は今も、遠い宙のどこかを飛び続けている。それを信じて飛び続けていれば、いつか俺も追いつけるってな」

 

真っ直ぐ夜空の星星を見据えた力強い言葉に、シンジは圧倒された。

まるで今でも目の前にいるかのような存在感。

遠く離れていても心と心が繋がっているかのような、強い信頼。

明らかに今の自分にない、そして手にすることも永劫無いであろうその輝きは、何処までも眩しく見えた。

 

「……うらやましいな、アスカさんは。そんな素敵なお父さんがいたなんて……」

 

「……親父さんと、上手くいってないのか?」

 

「ええ……。父は、僕を見てはくれませんから……」

 

「……そっか。親父さん、NERVの司令官なんだってな」

 

「はい。だから……僕のことは息子じゃなくてエヴァを動かすためのパーツにしか思ってないんです」

 

かねてより自分に対して父親としてではなく、パイロットに対する総司令官という立場でしか関わってこなかった父であるはずの人物。

その視線が、心が自分に向けられた瞬間がただのひとつも無い事は委細承知の上だが、それはイメージの映像でも塵ほども動くことは無かった。

全てが無に帰すその瞬間まで、ひたすらに自分を拒み続けた父というにも憚られる男に、もう期待するだけ無駄だと感じているのに、心のどこかで諦めきれないのは腐っても自分が息子であるが故だろうか。

 

「でもさ」

 

だからだろうか。

直後に返ってきた言葉が、何よりも心を打った。

 

「お互いに曝け出せ合えるようになれば、意外と上手くいくかもしれないぜ?」

 

「……曝け出す?」

 

「そう。お互いの目を見て自分の心を偽り無くぶつける。お互いがサインを隠しあってちゃストライクは取れない。魂でぶつかっていくんだ」

 

それは、これまで父とのコミュニケーションを絶望視してきた自分にとって、この上ない光に見えた。

そうだ。

これまで自分は父が自分を見てくれないことが全ての原因だと断じてきた。

自分は父に見てもらえない被害者で、悪いのは全て自分を息子として見ない父にあると思っていた。

だが彼の言ったとおり、はたして自分は父に対して全身全霊をぶつけていたのか。

試みようとしたことはあった。

だがそれも、思い返せば父の都合を無視した自己中心的な子供のわがままではなかったか。

ならば、父と息子はダメでも、男同士対等な目線に立てれば……。

もしかしたら……、本当にもしかしたら、こちらの言葉に耳を傾けてくれるかもしれない。

 

「……出来るでしょうか。今までほとんど言葉も交わしたことが無い、僕と父さんが……」

 

「届くさ。必ず届くと信じて、諦めなければ必ず届く」

 

ストライクを宣言するピッチャーを思わせるモーションを加え、こちらを真っ直ぐ見据えたシンが重々しく頷いた。

 

「魂と信念が籠ったその一球を、『決め球』って呼ぶんだぜ」

 

瞬間、納得する。

この人は、明言するとおり絶対に諦めない。

どんなに絶望的な状況でも、可能性が僅かでも、必ず成し遂げ、生還できると心の底から信じている。

だから、確固たる信念を持ってこちらの背中を押せるのだ。

 

「……やってみます。すぐには難しいかもしれないけど……受け止めてもらえるまで、何度でも投げて見せます」

 

帰ってきたのは、力強いサムズアップだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陰に潜むものは、その心を知られてはならない。

それは、自身の心情という『情報』の漏洩を守る上で貫徹しなければならない鉄則である。

その一点において、この組織内で自身の素質は5本の指に入ると自負していた男がいる。

剣崎キョウヤ。

諜報員らしからぬフィジカルと柔軟な即時対応力からNERV諜報員の中でも群を抜いた信頼を獲得した人物である。

数あるエージェントの中で、こと『情報』を武器と戦場にする諜報部隊の中において彼の存在は頭一つ抜けているといわれていた。

だが今、その彼が恐らく初めてと言ってよい程に驚愕を感じていた。

理由は単純。

諜報において絶対不可欠と言われる偵察時の気配の抹消。

これまで背後に立ったとしても一切気づかれることのなかった技術の粋を持って、剣崎はとある人物の依頼でターゲットの動向を追っていた。

幸い場所は自然に囲まれた草原で周囲には身を隠す木々もある。

尚且つ陣屋の静かな時間帯は不用意に接近せずとも対象の会話を聞き取ることも読み取ることも容易だった。

だからこそ、その相手が去ってすぐに出てきた言葉が信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご覧の通り子供達はお休み中だ。騒がしくしないでくれよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、眼前で視認していなければとても同一人物が放ったとは思えない殺気に満ちた警告だった。

お前の存在は察知している。

荒立てたくなければ姿を見せろ。

姿も、恐らく人数も把握していないこの状況で、こちらの存在を察して牽制を仕掛けてくるとは。

だがこちらとて排除に動くわけには行かない。

何せ依頼内容が『チルドレンに接触した監視外の人物への接触・場合によっては牽制』である。

先ほどの会話内容から少なくともサードチルドレンの心証が良いであろうことを考慮すると、排除対象とするのはあまりに拙速だ。

 

「貴方が全面的にご協力頂ければ、容易な事です」

 

故に、剣崎は敢えて自ら返答し、対象の前に身を晒した。

そうしなければ穏便に話は進まない。

それだけの殺気と常識破りの行動力が、対象からは感じられた。

 

「子供の後を尾けて回るなんて、中々良い趣味してるじゃねえか」

 

「パイロット及びそれに準ずる人物にたいしては、不用意な外的接触がないように配慮されております」

 

「それは保護者の観点か?それとも実験結果を守りたい研究者の観点か?」

 

「貴方の出自と詳細を明かしていただければ、何ら問題はないかと思いますが」

 

「悪いが獲物を忍ばせておいて協力なんて言ってくる奴は信用できねぇな」

 

瞬間、剣崎を纏う空気が一気に凍りつく。

見抜いている。

眼前の男はそれまでの様子を読み取る限り、「スーパーGUTS」なるいかにも子供が考えたような陰も形も存在しない秘密組織を公言して軍人を気取ったマニアックな趣味の若者にしか見えない。

だがこの瞬間でそれは覆った。

自分達諜報の最前線にいる人間は時として対象を誰にも気取られること無く抹消することも求められる。

その際は一切の音も気配も殺し、周囲は勿論対象本人にも気づかれぬよう細心の注意を払う。

今回もそのつもりで、剣崎はおよそ自信の持ちうる技術のすべてで以って、返答次第では眼前の対象を『処理』が可能な状況に持っていくつもりだった。

それが、あろうことか見抜かれていた。

ハッタリではない。

現に相手の視線は完全にサイレンサーガンのトリガーに指が触れた自身の左手を射抜いている。

瞬間、剣崎キョウヤは理解する。

眼前で相対するこの人物は、『本物』であると。

 

「……貴方は、チルドレンに何をしようとしている?」

 

一瞬の思案の後出てきたのは、核心を突く問いだった。

依頼人には悪いが、もし子供達に何らかの害悪が疑われる存在ならば、容赦することは出来ない。

何せ相手は管理外の一般人ではなく、状況によってはこちらと渡り合えるほどの能力を有した危険因子になりうる存在だ。

もしチルドレンに物理的、心理的に使徒殲滅における悪影響を及ぼす恐れが僅かでもあるのなら、それは一刻を争うレベルで排除に動かなければならない。

 

「決まってんだろ」

 

だからこそ、その危険因子の口にした返答を、一瞬理解することが出来なかった。

 

「守ってやるのさ。使徒とかいう奴らと、戦いを強いるこの世界から」

 

予想外だった。

これまでの経験上、チルドレンへの水面下での接触を画策した人間は決して少ない数ではない。

だがそれらはいずれも使徒殲滅計画に対する便乗や、NERVの科学的技術の流出の為に無垢な子供を利用しようとする計画が大半であり、その因果の巡る様を剣崎自身も何度も目にしてきた。

だからこそ、今回のように隠すこともなく表立ってチルドレンと交流を深め、あまつさえその目的が一切の打算なく「子供達を守る」という発言が、未だ経験し得ない相手であることに剣崎は少なからず混乱していた。

まさか、とても信じられないが、目の前の男は本当に子供達の良き友人として振舞っているだけだというのか。

だとすれば……

 

「……伝言をお伝えしておきましょう。『直球勝負のスタンドプレーは暴投を招く』」

 

「だったらソイツに伝えとけ。俺を取りたきゃストレートで来いってな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明け、シンジは友人達と別れ帰路に着いていた。

未だかつて無い友人達とのレジャー体験。

それはこの14年間の人生の中でも経験したことのない充実したものであった。

が、その余韻も冷めない帰り道でのシンジの表情には、僅かなかげりが残されていた。

理由は、早朝のテントに残された置手紙であった。

 

「急遽任務が発生した。最後まで一緒にいられなくてすまない。でも約束する。俺は必ず帰ってくる」

 

昨夜の思いがけない再会を果たした青年との会話をまだ鮮明に思い出せる最中での、突然の別れであった。

だが無理からぬ話だと思う。

少なくとも自分やトウジの妹を助けた実績と、他ならぬウルトラマンダイナの存在を知っていた彼は、間違いなく一般人ではない。

そして自分やレイはエヴァパイロットとして常にNERV側からの監視の目があることは避けられない状況にある。

そこへNERVの管理外の人間が接触してきたとなれば、警戒が強まらずにはいられないだろう。

幸いなのは、他ならぬケンスケ自身がそれをやむを得ぬことと肯定的に受け止めてくれていたことだ。

必ず元気な顔を見せてくれる。

何の根拠も無い言葉だが、不思議と彼の言葉は無意識下で信頼できた。

例え使徒の攻撃に晒されても、NERVの諜報部にかぎつけられても、何事も無かったようにひょっこり現れるような、不思議な予感がしていた。

 

「ただいま!」

 

慣れた動作で合鍵を回し、開口一番元気に帰還を伝える。

件の同居人は、ちょうど朝のシャワーを終えたばかりのようなバスローブ姿のまま固まっていたが、

 

「……お帰りなさい」

 

とすぐに目尻に涙を溜めて迎えてくれた。

掃除後の顛末はマコトから聞いているが、幸い回復できたようで安心する。

 

「キャンプ楽しかった?」

 

「ええ、最高の思い出でした」

 

今でも過ぎるイメージの中では、互いに自身を重ねて嫌悪と同情を重ねるばかりであった。

 

「逞しくなってるもんね」

 

「え、分かります?」

 

互いの変化に目を向けることも無く、自分に都合が良いかどうかでしか相手を見ない歪な関係。

それは、ただ一緒にいるだけで関係が深まるわけではないことの証左でもある。

 

「キノコ汁、お口に合いました?」

 

「うん。……ねえシンちゃん」

 

だからこそ、こうして互いを見詰め合える関係に、

 

「もし良かったら……、今度私にも……そのレシピ教えて……?」

 

『家族になりたい』と、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『本日、9時30分。東海地方を中心とした、関東・中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の皆さんは、速やかに指定のシェルターに避難してください。繰り返しお伝えいたします。本日、9時30分。東海地方を中心とした、関東・中部全域に・・・・・・』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キャンプから戻ってすぐに緊急事態だなんて……綾波さん達、大丈夫かしら……」

 

「相手はこっちの都合なんか考えへんやろうしな。こればっかりはシンジ達を信じて大人しくしとくしかあらへん」

 

非常事態に伴う避難命令も、3度目ともなると流石に混乱無く完了できるものである。

その一角で地上にいるであろう友人達と早朝に顔も合わせられぬまま離れ離れになった恩人を思い返す。

正義感の塊のような彼のことだ。

きっと今回の使徒に対しても果敢に挑みかかることだろう。

シンジもレイも、彼の身を案じつつもエヴァに乗って挑まなければならないのだから、その心労は如何ばかりか。

 

「おいケンスケ。おのれ間違っても外に出ようやら考えんなよ!?」

 

前回の反省を踏まえ、事前に相棒に釘を刺すトウジ。

だが当の本人は、満面の笑みで端末を操作する手を止めて振り返った。

 

「フッ、その必要はないさトウジ。何故なら地上の様子はキャプチャー済みだからね」

 

そう言って端末に移されたのは、地上の都市部に備え付けられているであろう監視カメラのライブ映像。

何をどうやったのかはちんぷんかんぷんだが、この少年は無謀にもNERVや戦自で運用しているであろうカメラに1台にハッキングを仕掛けてまんまと地上の使徒侵攻の様子を生放送していたのである。

 

「これ、見せられた私達も共犯になるの……?」

 

「……アカン。コイツはそういう奴やったわ」

 

もしもNERVにバレればどんな処分が下されるか分かったものではないというのに、舌の根も乾かぬうちにこんな大それた真似が出来るとは悪い意味で尊敬しかない。

そんな呆れ顔の旧友二人の視線など露知らず、無謀な少年ハッカーは映像に接近した飛行物体に釘付けになった。

 

「おおっ!! 来た来た来た! こいつが今回の使徒みたいだぜ?」

 

本来なら友人としても倫理的に見ても止めるべきところなのだが、流石に友達がこれから戦う相手というのは気にならないといえば嘘になる。

一瞬互いの目を見合わせ、トウジとヒカリは恐る恐る後ろから映像を覗き見た。

 

「……何これ、水晶?」

 

「何やラーラー歌っとるのぉ」

 

カメラの端から移りこんできたのは、宙に浮いた生物とも機械ともつかない謎の浮遊物体だった。

鏡のような三角の板を上下に4枚貼り付けたような正八面体。

トウジの言うとおり何やら高音でコーラスのような音を出しながら、一方で着実にこのジオフロントに向かって進行している。

映像を見ただけでは、事前情報が無ければとても使徒とは発想が追いつかないだろう。

 

「おおっ! 来たか初号機!!」

 

使徒の進行方向の道路からカタパルトが出現し、勢い良く現れたのは紫色が特徴のエヴァンゲリオン初号機。

だとすれば、搭乗者はシンジか。

 

「碇君だけ? 綾波さんは出ないのかしら?」

 

「様子見って所じゃないか? 何せ綾波はついこの間シンクロテストが起動域に入ったばっかりだろ?」

 

「いつもいつも何でそんな詳しいんじゃおのれは」

 

相変わらず何処から仕入れてきたのか見当もつかない情報で補足するケンスケがその内情報管理の面で酷い目に遭わないか不安になるトウジ。

だがここで、予想外の映像が流れ込んできた。

 

「な、何? あの使徒……の真ん中のところ!」

 

最初に気づいたヒカリが使徒を指差す。

正八面体の上下の三角部分のつなぎ目の位置。

僅かに開き黒色の器官が辛うじて見える内部空間に、基盤を思わせる青白い光の筋が幾重にも走っていく。

やがてそれは光量を増していき、遂には肉眼での視認が困難なレベルの閃光が八面体の鋭角のひとつに集約される。

 

「な、何やアイツ! この距離で何をするつもりや!?」

 

「……マズイ! 逃げろ碇!!」

 

訳が分からず困惑するトウジと、何かに気づき血相を変えたケンスケが叫んだその時。

眩い閃光が轟音と共に撃ち出され、一帯を白に染め上げた。

思わず目を閉じる3人。

視覚と聴覚を封じられること数秒。

辛うじて見えた光景に、3人は絶句した。

 

「う、嘘……!」

 

「遠距離からの狙撃……! カタパルトが、消滅……」

 

「シ、シンジイイイィィィーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵、可粒子砲命中。初号機バルーン蒸発」

 

「喰らっていたら、パイロットもプラグごとやられていたわね……」

 

先ほどの攻撃の解析が進むにつれ、作戦司令室の誰もが安堵に胸を撫で下ろす。

使徒と思しき未確認飛行物体の接近を聞き付けたNERVは直ちに第一種警戒態勢に突入。

この時点で敵はジオフロント付近の芦ノ湖上空にまで接近しており、通常ならば既に戦力として手堅い初号機なりを出撃させて波状攻撃で出方を見るところであった。

だが他ならぬ作戦本部長がこれに待ったをかけ、敢えてダミーバルーンを用意して敵の出方を先に確認しようと言い出したのだ。

確かに使徒の攻撃パターンを読むためにそうした囮を用意する準備は整っていたが、血気盛んなこれまでの作戦本部長ならぬ冷静な状況把握に彼女を知るもののほとんどは驚く。

そして事実、敵の遠距離からでも超威力の一撃が発動可能という事実が、その判断が間違い出なかったことを裏付ける。

敵の反応から発射までの時間は僅か10秒足らず。

もし出撃直後の無防備な状態で狙い撃ちされでもしたら、リツコの言うとおり装甲に大ダメージどころかパイロットは生死の境を彷徨っても不思議ではないだろう。

 

「それにしても意外ね。今までの貴女ならいの一番で出撃させていたと思うけど」

 

「腐っても作戦本部長よ……と言いたいとこだけど、受け売りよ」

 

そう答え、ミサトはこの初動の功労者に視線を移す。

 

「ありがとうシンジ君。貴方の発案がなければ、私はきっと貴方かレイを出撃させて……危険に晒すところだったわ」

 

「そんな事……ミサトさんが聞き入れてくれたおかげですよ」

 

そうやって笑いあうのも一瞬の間だけ。

ミサトはすぐに本部長の顔に戻り情報精査に入った。

 

「敵のATフィールドは?」

 

「健在です。肉眼で視認出来るレベルの高濃度で展開」

 

「可粒子砲の反応速度から、意識的に反応するというより自動的に一定範囲の敵を捕捉するようです」

 

「敵は現在第3新東京市0エリアに到達。下部よりシールドを展開し、ジオフロントに向けて掘削を開始しました」

 

「装甲板の耐久値を換算すると、ジオフロント到達まで、およそ10時間」

 

鉄壁の防御。

ほぼ脊髄反射で敵を捕捉する攻防一体の迎撃システム。

加えて本部到達まで10時間というタイムリミット。

聞けば聞くほど絶望的な状況の連続だというのに、ミサトの顔には僅かの恐れも無い。

 

「さて、どう対処する? 作戦本部長さん?」

 

「それなんだけど、ちょっちアイデアがあるみたいなのよ。ね、シンジ君」

 

向けられた眼差しに、件の少年は力強く頷いて返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから8時間が経過した17時30分。

決戦の舞台となった双子山山頂より使徒を超遠距離から狙撃する一大作戦、通称「ヤシマ作戦」の準備が完了を迎えつつあった。

発案者のシンジが提案したのは、接近戦が難しいなら使徒でも視認が困難なレベルで距離を取ってATフィールドを一点突破するべきというものだった。

だがこれだけではMAGIの演算による勝率は10%以下。

ここで動いたのが作戦本部長だった。

使徒が誤認すると確認できたダミーバルーンを時間が許す限り大幅に増産し、作戦区域周辺に対地砲撃システムと共に配置。

自動的に照準を合わせるなら数の暴力で混乱させればよいという逆転の発想である。

そしてここでシンジがひとつの妙案を思いついた。

更に当初1丁の予定だったポジトロンライフルを2丁に増やし、一人が囮役として射撃し使徒にATフィールドを展開させ、その隙を突いてもう一人が本命の一撃を撃ち込むという連続射撃方式だ。

敵があくまで機械的にこちらの攻撃を処理するというなら、誤作動を起こしてやればよい。

さらにこれなら当初の予定だった片方のエヴァが盾を装備して身を挺して守るという危険を孕んだ守りに走る必要はなく、撹乱戦法で身を守りながら闘うことが出来る。

これらの改良により、現時点のMAGIの導き出した勝率は31%にまで上昇。

未だ勝率3割というのは心もとない数字だが、元の作戦を考えるとかなりの改良である。

かくして、「ヤシマ作戦・改」が形になり、いよいよ作戦準備に入ろうとしていた。

 

「外せない一球のために囮の見せ球とは、考えたわねシンちゃん」

 

作戦決行を前に、2台のエヴァが並び立つ双子山山頂に足を運んだミサトは緊張をほぐすかのように優しく声をかける。

 

「ミサトさんだって、こんなにダミーや2丁目のライフルを準備するのも大変だったでしょう……?」

 

「貴方達が少しでも安全になるように、全力を尽くすのは当然よ。……それでレイ、いいのね?」

 

瞬間、シンジの表情が曇る。

作戦地点移動前、唐突に二人のパイロットの意見が衝突する瞬間があった。

どちらが囮役を担うか。

当初シンジが申し出ていたこのポジションに、レイが異議を唱えたのである。

 

「この作戦の最重要点は本命の射撃性能。シンクロ率50%の私より、80%台をキープしている初号機が担当するほうが精度が上がります」

 

「綾波、その……今からでも考え直してよ」

 

射撃精度と直結するシンクロ率の差からおよそ正論を述べるレイに、尚もシンジが食い下がる。

それには、理由があった。

 

「囮役には使徒からの攻撃が考えられる。綾波に危険が行くリスクが高いんだ」

 

「確かに囮役には危険が伴う。……けど、それは碇君に代わっても同じ」

 

「でもそれじゃ、綾波が危ない……」

 

「碇君」

 

ふと、レイが真っ直ぐシンジを見据えた。

普段向けない強い視線に、シンジは言葉を飲み込む。

 

「碇君は、私の…友達…。友達は、大切…無事で、いて欲しい………碇君は、私が守る…」

 

「綾波……」

 

「だから…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

碇君も…私を、守ってくれる…?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……綾波!」

 

瞬間、シンジは驚いたようにレイを見つめ返していた。

意外だった。

少なくともミサトが知る限りのレイは表情に乏しく、強いてあげるならば司令に対してしか反応を示さない、心を閉じた子のように思えていた。

それが碇シンジという少年が関わり始めた途端、別人のように感情が露になり始めた。

曰く、味を楽しむ食事は、楽しい。

曰く、友達は大切だから守るし、守ってほしい。

恐らくシンジがレイを頑なに囮役から外そうとしていたのも、そんな彼女を身を挺してでも守りたいという心理が働いていたのだろう。

所謂保護者目線という奴だ。

だが肝心のレイはそれを良しとしない。

レイさえ守れればシンジは傷ついていいのかと言うと否だからだ。

互いに大事な友達だから守るし、守られたい。

即席とはいえ中々強固なバッテリーが組めたものである。

 

「そうだね。綾波、頼りにしてるよ」

 

「……、ええ……!」

 

「ポジションは固まったようね。作戦決行は予定通り30分後の18時。……それまでは、私たち大人が全力を尽くすわ」

 

「ありがとうございます、ミサトさん。……必ず勝ちます」

 

未だ劣勢であるにも拘らず、頼もしすぎる力強い返事に思わず抱きしめたくなる。

だが、それは望んでいた100%の答えではない。

 

「ダメよそれじゃ」

 

彼らに限ってまさかとは思うが、念のために釘を刺しておく。

この戦いは勝てばいいだけの作戦ではない。

これから命を駆けて戦う子供達が、無事に生きて戻ってくること。

それが両立できていなければ作戦とは呼べない。

もう彼らを自分の分身のように見てはならない。

だって彼らは彼らであって、自分の代行者ではないのだから。

 

「……帰ってきなさい、まだレシピ教えてもらってないんだから」

 

ヤシマ作戦・改決行まで、残り25分……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「第1次送電開始!」

 

作戦決行時間の18時。

それまでの静寂を破る作戦開始の合図と共に、双子山に集結した仮設送電システムが一斉起動を開始した。

実に日本中から集められた送電力は1億8000万キロワット。

その内1割を囮に預け、残る9割は本命の初号機が握る巨大ポジトロンライフルに流しこむ。

勿論その間に敵に感づかれては水の泡だ。

 

「零号機ポジトロンライフル、充電完了!」

 

「初号機ポジトロンライフル、充電34%!」

 

今のところは順調だ。

あとは敵が狙い通り引っかかってくれれば……

 

「ダミーバルーン、一斉展開!!」

 

その声を合図に双子山全体に仕込んでおいた初号機を模したバルーンが一斉に展開されていく。

これで敵の自動標準が即発されれば、敵はバルーンを順番に対処しなければならず、確実に隙が生まれる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

「……使徒頭頂部分に高エネルギー反応!!」

 

「何ですって!?」

 

予想外の挙動に、現地作戦本部がどよめいた。

これまで使徒の可粒子砲は先端部からの発射のみのはず。

そこから一匹ずつバルーンを潰すのではなかったのか。

 

「まさか……!?」

 

リツコが言い終わらぬうちに、使徒の頭頂部分から一本の光が空高く放たれる。

何かと思った次の瞬間、それははじけた花火のように無数の流星群が如き雨霰となり、双子山一帯に容赦なく降り注いできた。

冗談ではない。

こんな銃弾爆撃のような広範囲攻撃が出来るとは予想外だ。

 

「バルーン及び対地砲郡全滅!!」

 

「遮蔽物損壊! 零号機、敵射程範囲内です!」

 

完全に裏をかかれた。

これまでの機械的挙動から相手は自動照準に頼って一体ずつバルーンを順番に攻撃することしか出来ないと思っていた。

だがどんなに空中要塞の様相を呈していたとしても相手は生きた生命体である。

当然こちらの手の内を読んで学習することなど分かりきっていたことではないか。

 

「初号機のライフル充電は!?」

 

「現在68%! 臨界点到達まで残りおよそ13秒!!」

 

「くっ……、レイ!!」

 

「了解」

 

射程範囲に入ってしまっては仕方ない。

指示を受けたレイが先手を打って囮の一撃を放った。

だが本来囮はこのタイミングで撃つものではなかった。

初号機のチャージまでバルーンで凌ぎ、準備が整ってからほぼ連続で撃ち込む予定だったのだ。

だがバルーンが一瞬で潰され、零号機が身を隠すことすら出来なくなってしまった現状では話が別だ。

先に敵に狙い撃ちされては防ぎようが無い。

こうなっては賭けだが、零号機の攻撃でATフィールドを展開している間に初号機がチャージを完了できれば……、

 

「……使徒先端部にエネルギー反応!!」

 

「なっ!?」

 

ここに来て更に上を行かれた。

使徒の挙動はATフィールド展開ではなく、チャージなしの可粒子砲を放ってきた。

元より囮の一撃では対抗できず、難なく勢いを殺されてしまう。

何と使徒はATフィールド展開による防御ではなく、囮と同程度のエネルギーによる可粒子砲発射による相殺という手段をとってきたのだ。

 

「(そんな……綾波……!!)」

 

危険を冒して先手を打った零号機の攻撃が完全に攻略されていた。

このような使徒の挙動はイメージに無い。

いや、そもそもイメージの作戦ではこちらが射撃で零号機そのものが盾となっていたために使徒がこのような動きをする必要が無かったのだ。

 

「(頼む……早く……早く……!!)」

 

本来ならATフィールドを引き出せていない時点で本命の一撃も当たるかどうか分からない。

だが今のシンジにそんな事を考えている余裕などなかった。

一刻も早く撃ち込んで少しでも敵の意識をレイから逸らす。

さもなければ、零号機は、レイは……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「無茶よ!現状で初号機の一撃が届く保証は……!」

 

 

 

「子供達が私達を信じて命張ってんのよ?私達が信じないでどうすんの!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「撃ちなさいシンジ君!私は、見てるわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……来た!!」

 

臨界点到達の緑色のランプが転倒した瞬間、初号機はトリガーを引いていた。

囮の零号機のものとは比較にならない巨大なレーザー砲が一直線に正八面体に殺到する。

だが……、

 

「使徒、Aフィールド展開!!」

 

「やはり……本命を見抜かれていたのね……!!」

 

苦々しく歯をかむリツコ。

だがこれ以外に方法は無い。

本命が撃ち込む前に囮がやられてしまってもこの作戦は失敗なのだ。

ならばATフィールド毎使徒を打ち抜くほかに無い。

 

「行けっ……!! 行けっ……!!」

 

最大出力のまま、激しい反動に耐えながら必死に撃鉄を引き続けるシンジ。

だがそれを嘲笑うかのように、閃光は使徒に届かない。

それどころか……、

 

「使徒内部の可粒子砲、圧力上昇!!」

 

「まさか、零号機を……!?」

 

何と使徒は本命の一撃を受け止めたと判断するや、零号機にトドメを誘うと発射中の可粒子砲の勢いを一気に高め始めたのだ。

見る見る押し返されていく零号機のレーザー。

もしこれが直撃すれば、レイは……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾波さん……碇くん……!」

 

 

 

 

 

諦めない……

 

 

 

 

 

 

 

「かましたれ、シンジ!」

 

 

 

 

 

 

僕も……!

 

 

 

 

 

 

「残り8.7秒……、間に合え……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

諦めない!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「届けえええーーー!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウオオオオオォォォォォ……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、世界は白一面に塗りつぶされた。

目が眩まんばかりの閃光。

全身を焼き尽くさんばかりの高熱。

それらが自身に向けられた殺意であることを自覚したとき、

 

「碇君……」

 

かの少年の顔が脳裏に浮かんだ。

共に守ると約束したのに。

この直撃を食らえば、自分は……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

来るはずの灼熱も激痛もないまま、徐々に引いていく閃光。

やがて世界が本来の色を取り戻したとき、思わず声を失った。

 

『初号機、使徒のATフィールド侵食に成功! 目標沈黙!!』

 

生い茂った木々を寸断するかのような、レーザーの焼け跡。

その延長線上には、夕日に照らされて燈色一食に染められた使徒。

正八面体の一角には巨大な風穴が開き、煙が噴出していた。

まさか、初号機が……、

 

「碇君……!?」

 

振り向きかけ、見えた光景に、今度こそ絶句した。

初号機は、ライフルを構えたままの姿勢で倒れ伏していた。

全身から吹き上がる蒸気。

まさか、発射後の熱抵抗で……、

 

「……碇……君……?」

 

恐る恐る、通信マイクに呼びかける。

反応は、ない。

 

「……碇君……、碇君……!」

 

聞こえないのかと声を強める。

それでも反応は無い。

通信事態は繋がっている。

ということは……、

 

「碇君っ!!」

 

そう認識した瞬間、言いようのない悪寒を感じてレイはエントリープラグを飛び出していた。

一言だけでよかった。

名前を読んで、ただ返事だけ聞こえれば、それだけで良かった。

だが、未だ返答が無い。

いや、返答も出来ない状態になっているのではないか。

そう思った瞬間、レイは居ても立ってもいられなくなった。

シンジが無事でいることを、目でも耳でも何でも良い。

今すぐ確かめたい。安心したい。

それが出来ない今が、恐ろしくて仕方が無い。

 

「碇君っ! 碇君っ! 碇君っ!!」

 

初号機に駆け寄るや緊急射出のコードを入力してプラグを排出させる。

本部から何か通信が入ったようだがどうでもいい。

 

「碇君っ!!」

 

ハッチの奥に見えた彼は、眠るように倒れこんでいた。

瞬間、心の奥底に湧き上がる恐怖は跳ね上がり、視界を滲ませる。

 

「……、綾……波……?」

 

その時、弱弱しい声が確かに自分を呼んだ。

見ると、うっすら目を開けたシンジがこちらを見ていた。

 

「い……碇……君……!!」

 

良かった。

生きていた。

彼は死んではいなかった。

そう思った瞬間、恐怖が消えると同時に胸が締められるような感覚が湧き上がる。

 

「ごめ……なさい……。私…守るって…約束…したのに…」

 

守れなかった。

自分が囮として敵を引き付けるはずだったのに。

友達は守らないといけないのに。

 

「…綾波は……、守って……くれたよ」

 

そう微笑みかけ、シンジはこちらに右手を伸ばし、何かを拭った。

指が濡れている。

これは、私の……

 

「……涙……? 私……泣いて……?」

 

初めてだった。

信じられなかった。

こんなに、涙が出るくらい気持ちが高ぶるなんて。

彼が傷つけられたと思うことがこんなに怖いなんて。

彼が苦しんでいたと思うことがこんなに痛いなんて。

彼が無事だったことがこんなに嬉しいなんて。

 

「泣いて…くれるんだね…僕のために…」

 

「碇君!!」

 

もう限界だった。

この抑えようの無い気持ちの激流を、受け止めてほしくて仕方なかった。

気づけばレイは、シンジの胸に飛び込んでひたすら声を上げて泣いていた。

救護班が駆けつけて彼を搬送するまで、ひたすらに泣き続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

双子山山頂からパイロット2名が搬送されて程なく、アスカ・シンは一部始終を見下ろせる渓谷から担架に乗せられたシンジを遠目で眺めていた。

避難命令が発せられた後、必要があれば自身とダイナの力で阻止するつもりであったが、杞憂に終わったようだ。

 

「……ナイスボール。シンジ……」

 

時に西暦2015年08月16日

この日、人類は初めて謎の巨人の介入なくして使徒殲滅に成功した。

人がその手で、未来を掴み取った瞬間だった。

 

<To be continued……>

 




<次回予告>

イメージに無い青年との一日の触れ合いは子供達の心を大きく変えた。

それぞれが未来を思い描き、確かな覚悟で一歩を歩み始める。

同時に世界に潜む者達の、暗躍が始まろうとしていた。

次回、新世紀の星。

『滅びの脚本(シナリオ)』

あいつらは……、人類の敵だ……!!
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