新世紀の星   作:サマエル

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もがく者、笑う者、嘆く者、揺るがぬ者。
そのシナリオは、誰のもの?


第4話「滅びの脚本(シナリオ)」~Shadow of "S"~

 

<第4話>

 

 

 

 

 

 

始まりは、要領を得ないある諜報員からの救難信号だった。

 

『奴らは理解している』

 

『奴らは潜んでいる』

 

何らかのイレギュラーと遭遇したと思われる文面。

だが、

 

『取り込まれる』

 

の一文を残して完全に消息を絶った。

これまでの世界の影で生きてきた経験が告げていた。

この消え方は普通ではない。

こちらの制御不能な何かが蠢いているのだと。

 

「これは……」

 

辛うじて残されたアクセスポイントを辿って辿り着いたのは市街地から数十キロは離れた廃村の一角。

既に廃墟特有の腐敗した匂いの充満するこの場所に、僅かな人間の痕跡が残されていた。

痕跡というのは、最早それが人間の形を留めていない状態であることへの比喩である。

衣服だけを残し、まるで蒸気の様に肉体が消えうせたこの状況を、脳が理解し解析するのは時間を要するだろう。

だがそれが件の救難信号を発し失踪した諜報員のものであることは明らかだった。

何せ手元の端末には、入力しかけたままの状態で再起動が出来たからである。

 

『実験を中止せよ。奴らは使徒とd』

 

理解、潜入、取り込む……。

彼が残したであろう必要最低限のワードから最大限の分析を進めていく。

辿り着いたのは……、

 

「……どうやら、これは貴方の方が詳しいようです」

 

今一度、確かめる必要があるだろう。

恐らくはこの世界の、もう一人のイレギュラーに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人間とは良くも悪くも慣れる生き物だ。

進学、出世、結婚、子宝。

人生の幾つもの輝かしい記憶も次第に色褪せ、ある事が当たり前にしか感じなくなる。

その時は涙が出るほど喜ぶものであろうに、何と虚しい事か。

そして落第、失職、離婚……。

そうした暗い記憶にも人は蓋をし、夢を見ていただけだと自分に言い聞かせて忘れようとする。

それを悪とは思わない。

そうしなれけば人は生きていけないのだ。

かくいう自身もそうして忘れてきた人間なのだから。

既に人生の後半に差し掛かった今、そのような俯瞰した考えを持たずにはいられない。

 

若い世代を教え導こうと教鞭をとって早30年。

希望を胸に巣立って行った幾つもの未来は、その多くが大災害に飲み込まれ、もう知るべくもない。

それでも教壇を降りることをしなかったのは、ただ自分がすがりたかっただけなのかもしれない。

今や自分以外の教師も学舎から姿を消し、一つの部屋に収まるだけの離島の学校のような様相を呈する歪な空間で、私という時を止めた1人の人間が亡霊のように1年の授業を繰り返している。

故に今日も……

 

「……そうか。今日は三者面談でしたね」

 

 

少しだけ気持ちが高揚する。

それは停滞し切ったルーティンからの脱却への喜びか。

または久しぶりに教師らしい振る舞いができる事への安堵か。

いずれにしても大半の生徒の眠そうな視線に耐えながら繰り返しの授業をする必要がないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号1番、相田ケンスケ君。

常日頃から戦略自衛隊などの軍人や有事に機能する機関への憧れが強く見られる生徒だ。

ただその視線は国の防衛への充足感というより、テレビでしか見ないような非日常からの刺激を求めているようにも見える。

軍人の厳しい規律や命をかけた任務など、目には見えない現実を知らないまま虚構にだけ憧れを抱いてしまうのは、進路を考える上で少々懸念を孕むと言わざるを得ない。

また、行動力に優れるのも彼の長所だが、件のミリタリーグッズというものを買い揃えるためかクラスメイトの写真を撮っては売買しているというのも耳にしている。

一応モデルの生徒は許可を出しているため大きな問題にはなっていないが、自身の目的のあまり倫理観に欠けた行動を取りがちなのは懸念点である。

 

「……俺、フリーのジャーナリストを目指してます」

 

それだけに、開口一番彼が放った言葉に少々驚いてしまった。

てっきり戦自に入ってプラモデルを買うほど大好きな戦闘機に乗ってみたいなど、子供らしいビジョンに終始しているかと思い、それを傷つけぬよう諭す準備もひっそりと進めてはいた。

だが予想に反し、少年の目はまっすぐこちらを、ひいてはその先の現実を見つめていた。

 

「今まで、俺はただ戦闘機が戦ってるのがかっこいいとか、そんな子供みたいな気持ちしか持ってませんでした。でも、現実は違う。たまたま会った軍の経験者も、今も戦ってる知り合いも…みんないつ死んでしまうかも分からない世界で、体も心もすり減らして戦ってる…。それに憧れだけ持つなんて、とても無責任で恥ずかしいと思いました」

 

「なるほど…では、ジャーナリストを目指す事も、その知り合いを守ることに繋がるんですね?」

 

「俺、気づいたんです。命懸けの現場でその人達の命を守るのは、『情報』だって。俺は戦闘機に乗って怪物に挑むような勇気も、誰かのために命をかけて戦えるような覚悟もない。だから、誰にも縛られない形で誰よりも確実な情報を集めて、それを届ける…。それが、俺の誰かの守り方だと思ってます…!」

 

数ヶ月前の戦闘機に瞳を輝かせていた頃とは別人のような逞しさに、思わず感慨深いものを感じた。

もうそれは少年の夢ではなく、若者の目標に変わっている。

その実感を得られた事が、子を思う親のように嬉しかった。

 

「…では、今すぐでなくて良い。君自身の身を守る力をつけておきなさい。情報は時に封じ込めにかかる事がある。それは人命に関わる方法を取られる事があるかもしれません。その時に君が君自身の命を守れる事…これも君の目標を実現するために必要な要素でしょう」

 

返ってきたのは、力強い返事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号4番、綾波レイさん。

ここだけの話、彼女ほど個性を感じない生徒を見た事がなかった。

人生の大半を教師生活に捧げてきた私でも、彼女が何を思い、何を志すか窺い知る術を持たなかった。

出自、本籍、住所…彼女個人に関わるそのほとんどの情報は封鎖され、一切の漏洩を許さない。

まるで目に見えない壁に四方を囲まれる様子は守られるというより閉じ込められているようにすら見える。

 

「友達を……増やしたい……」

 

そんな彼女が変化に乏しい表情のまま告げた言葉は、あどけない幼女のようなささやかな願い事だった。

 

「友達…ですか。それは何故でしょう?」

 

敢えて反復しつつ、問いかける。

将来の進路に対する答えにはなっていない。

だがそれ以上に、彼女が友達という存在を望む理由を知りたい自身がいた。

これまで何事に対しても興味を示さず、無表情のまま何処かを見つめるだけで全てを謎に包んでいた彼女が、初めて彼女なりの言葉で胸の内を明かそうとしているのだ。

教師としても、眼前の少女の心の内を推し図るまたとない好機である。

 

「碇君……洞木さん……鈴原君……相田君……、みんな、私の友達……」

 

口をついて出てきた名前に、やはり転校生の名があった。

碇シンジ君。

彼が来てから、明らかに彼女にも変化があった。

それまで誰とも話そうとしなかった彼女が、碇君を介して他の人とも少しずつだが話すようになった。

先日も、相田君が主催して近くの丘でキャンプを楽しんだという。

これまでの彼女からは考えられない積極さと言えるだろう。

 

「友達は、大切……傷つくのは、怖くて、寒い……」

 

何か心に傷を負う出来事があったのか、一瞬思い返すように俯く。

だが、

 

「でも、嫌じゃない……美味しいと、嬉しいを、教えてくれた……そんな友達を……増やしたい……」

 

その顔は、歳不相応な程にあどけなく、純粋に見えた。

長年の教師生活からくる第六感が告げていた。

もしや眼前の少女は感情に乏しいのではなく、感情の表し方そのものを知らなかったに過ぎないのではないか。

おおよそこの歳までに家族生活で形成されるコミュニケーション能力が、彼女だけは特異な環境に身を置いたなどの理由で形成されないまま今に至るのではないか。

だとすれば、それはとても危ういと同時に、こうしてそれを遅まきながらも身につけ始めている事が喜ばしい。

将来の進路が具体化していないなど、些事である。

 

「そうですね。友達というのは、人生の中でとても大切な繋がりです。綾波さんにとって、友達が傷つくかもしれないと思う事は怖いことかもしれませんね。でもそれは、貴女が友達の痛みを分かち合い、癒してあげられる事でもあります」

 

「友達の痛みを……癒す……私が……?」

 

表情を大きく変えぬまま、されど確かに目が見開かれる。

 

「これから貴女も、そして碇君達も長い人生で色んな壁に悩み、苦しい思いをする事があるでしょう。そんな時に、貴女がそれを怖いと思える事は、友達を助けたいと思える事……とても大切な気持ちです」

 

「友達を、助ける……」

 

「だから、これから社会に出る前に、どうすれば友達が傷ついている時に助けられるのか、その方法を学んでいきましょう。そして友達でない人も助けてあげられるような人になれると、それはとても素敵な人生になるかもしれませんね」

 

この時間に感謝しなければならない。

さもなければ眼前の純粋な瞳の少女を人形のような無機質で感情のない人間と誤解していたに違いないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号5番、碇シンジ君。

先程の綾波さんの直後で話題にも上がっただけあり、自身の中でも彼の存在感は大きいものだった。

前の在籍していた学校での評価は中の中。

学業も身体能力も、飛び抜けて非凡な才を持たない極々普通の14歳。

だが転校初日から多方面で多くの生徒と交流を持ち、先の綾波さんに至っては初めて心を開いたであろう少年。

その胸の内はどんな将来像を描くのか密かに楽しみにしていたが、彼の言葉はその斜め上を遥かに通り過ぎていたものだった。

 

「……世界を、変えたいです」

 

恥ずかしながら一瞬、言葉の意味を理解できなかった。

世界を変えるとは実に抽象的で壮大な話だ。

国を支える公務員か、あるいは総理大臣だと言うならまだ分からなくもないが、一体全体何がどうしてそんな理想が生まれるに至ったのか。

 

「僕の知ってる子は目を逸らして、逃げ続けて、大切なものを失いました。…そんな子が、もう出てこなくていいような世界に変えたいです」

 

その目は、およそ世界を知らない14歳の少年が見せるものではなかった。

何か取り返しのつかない光景を見て、二度とそれを起こさせないと誓う決意の目だった。

彼の身に一体何が起きたのか問う事は憚られる。

しかしそれが世界そのものを変えなければ果たせない決意であると推測する事は容易かった。

 

「……それは、簡単な道ではなさそうですよ?」

 

そう念を押すも、少年の答えはおおよその予想がついていた。

横に座る妙齢の女性は、彼の父が勤務する職場の部下であり、同居人であるという。

綾波さんと同様詳細がわからないと言う事は「そういう組織」である事の証左に他ならない。

つまり碇君もまた、普段なら見えない世界の何かを垣間見、決意に至ったのだろう。

そんな少年に道の険しさを聞いたところで、釈迦に説法を教えるようなものである。

事実、少年の決意の瞳は強固な壁の如く、わずかも揺らぐ事はなかった。

 

「分かってます。でもある素敵な人に教えられたんです。必ず届くと信じて、絶対に諦めない。その魂が、決め球になるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号11番、鈴原トウジ君。

少々粗雑で荒っぽい言動が目立つものの、他者への義理人情は絶対に果たそうとする正義感を持った少年。

その原動力も、ご両親の代わりに幼い妹さんを守るという誰かを頼れない立場だったことに由来するのは想像に難くない。

だからこそ周囲に弱みを見せられない、不器用で危うさを孕んだ気の強さが形成されたように思う。

 

「……ワシは、強くならなアカンのです」

 

その全てが、第一声に集約されていた。

 

「細かいことは話せへんのですけど、ワシの知り合いに、ワシとそう歳も変わらんのに命張っとる奴を知っとんですわ。ソイツが必死に戦っとる中、ワシはただ声が届きもせん所で、声を張って応援しとる振りしか出来ひんかった。それが、どこまでももどかしゅうて、堪らんのですわ」

 

それまでの自身の強がりだけでは跳ね返せない現実を見たのだろう。

人というのは、弱い。

体も心も、社会的にも一人きりではとても生きていけない。

だからこそ誰もが誰かとつながりを持ち、支えあいながら補い合いながら生きている。

その事実を受け入れ、自らに出来ることを理解し、高めることができればそのジレンマを力に変えることが出来るだろう。

 

「せやからワシ、強くならなアカンのです。心も体も……、もうワシの大事な奴らにちょっかいかけられへんように、この手で守れるようになるて決めたんですわ」

 

「……そのためには、どうしたら良いと思いますか?」

 

「もちろん体を鍛えることや! オトンみたいにNERV……は頭が足らんかも知れんけど、それなら戦自でとことん鍛えてもらう! 今度こそ、ワシの拳で誰かを守れるようになるんや!」

 

そう拳を握り締め、力強く宣言する姿に、それ以上の懸念は蛇足だと感じる他なかった。

彼は彼なりに、強さと逞しさを得ようともがいている。

自身に足りないもの、得手不得手を理解したうえで、それを克服しようと懸命に抗っている。

ならば、その決意の背中をそっと押してあげるのが大人というものではなかろうか。

 

「鈴原君。貴方のその渇望は、偏に貴方の大切な人の痛みや苦しみを分かち合える優しさ故のもの。どうか大切にしてください」

 

ただ、と前置きして指を立てた。

 

「貴方の大切な人たちも、同じ思いである事を忘れてはいけません。貴方が回りの誰にも傷ついてほしくないように、貴方の周りの人たちも貴方に傷ついてほしくないのです」

 

「みんなが、ワシに……?」

 

「もしも貴方が誰かのために戦うとき……、貴方はその人を守る事に全身全霊を尽くすでしょう。でもその時、守り抜くものにあなた自身を含めることを忘れないで下さい。……貴方に万一の事があれば、せっかく助かったその人も、心に傷を負ってしまうから」

 

この言葉が、いつか彼が命を駆けたときの命綱になることを祈りながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出席番号18番、洞木ヒカリさん。

入学当初から勤勉で他者への気配りも欠かさない、模範生の名を形にしたような子だ。

1年生のときからクラス委員を歴任し、男子相手にも物怖じしない強さと誰にでも分け隔てなく接することの出来る誠実さ。

学内でも彼女の信頼は生徒教師問わず厚く、かくいう私も恥ずかしながら彼女に学業で助けられたことも少なくない。

 

「私は、料理の分野に進もうと思ってます」

 

それだけに彼女の進路希望の結論は、ある種我々教壇に立つ側からすれば最も具体的且つ理想的なものだった。

にも関わらず、どことなく物足りなさを感じてしまうのはそれまでのインパクトが強すぎるからだろうか。

 

「料理ってすごいんです。それまで全然接点が無かった人とも、深い所まで心が繋がって…それに、強くなりたいっていう知り合いがいて、栄養で支えられたらって…」

 

その言葉に、先ほどの相田君の話がふと蘇る。

そういえば彼女も相田君主催のキャンプに参加していたそうだ。

綾波さんとも料理を通じて親睦を深められたと聞くし、繋がりを深める重要な手段の一つとして、料理の道を考えるのは自然だろう。

そして後半で模範生の顔からやや歳相応な少女らしい表情になったところを見るに、他の目的もあるようだ。

何処の誰かは分からないが、彼女にここまで支えたいと想われる少年はきっと果報者に違いないだろう。

 

「自分に出来ること、伸ばせることを分析していて素晴らしいと思います。先ほどの鈴原君も、NERVは学力的に厳しくとも戦自で鍛えると意気込んでいましたからね」

 

そのときだった。

ふと、目の前の少女の顔が貼り付けた能面のように温度を無くす。

何か不用意なことでも言ってしまったのだろうか。

 

「……分かりました」

 

変わらず微笑んだまま、声色だけが別人のように冷たい。

心なしか、何かに酷く怒っているように見えなくもない。

 

「アイツにだけは手心は加えません。嫌でもNERVに行けるほど鍛え上げて見せます」

 

廊下のほうで何やらくしゃみのような声が聞こえたのは、忘れることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「身体もそうだけど頭も鍛えなさい」

 

「ぬかせ。男は拳や。身体が資本なんやで!」

 

廊下の方から聞こえてくる小競り合いを尻目に、碇シンジは早々にカバンを片付け始めた。

久しぶりに見えたイメージ。

そこには経緯は不明だが巨大な機械を初号機に乗って食い止める光景が見えた。

だとしたら、近いうちに緊急で出撃を要する瞬間があるかもしれない。

 

「碇、今日はもう帰るのか?」

 

「うん、ちょっとNERVに用があってね」

 

敢えてぼかすような言い方で誘いをかわす。

放課後にこうして用事の有無を聞いてくるときは、何かしらケンスケの用事に付き合わされるときだ。

いつもなら使徒との戦いの間の良い息抜きとして是非同行するところだが、タイミングの都合上仕方ない。

 

「……なぜ?今日は、シンクロテストはないわ…」

 

「この前の使徒の残骸を分析研究するらしいんだ。ちょっと興味がわいてね」

 

予想通り疑問を口にするレイにも答えは用意してきた。

先のヤシマ作戦・改によって辛くも撃破した使徒だが、想わぬ副産物を残していた。

これまでダイナの光波熱線で焼き尽くされたことで塵も残さず消滅した使徒であったが、今回の使徒に関しては違う。

ポジトロンライフルの一撃で大破し殲滅こそしたものの、大部分が死骸として残されているのだ。

かくしてNERV初の使徒解剖分解が実施されることになり、これに同席するという大義名分を得てイメージの来る初号機緊急出撃に備えようというのである。

 

「使徒の分析……なら、私も……」

 

「綾波隊員!! こうしてはいられない!! 直ちにスーパーGUTS日本支部の物資調達に向かわなければ!!」

 

何か言いかけるレイを半ば強引に引っ張っていくケンスケ。

あの様子からして恐らく使徒解剖研究をジャミングか、後々データを閲覧するための物資調達に急いでいるのだろう。

 

「……ミサトさん……」

 

ふと、先ほどまで面談に同席してくれた同居人に思いを馳せる。

今日の為にわざわざ車を飛ばして学校に駆けつけ、生徒たちの好奇の目を尻目に保護者代わりとして面談に来てくれたのだ。

そして、それが終わるや重要な会合があるからとまたしても車を飛ばしていってしまった。

その会合こそ、人工巨大ロボットの暴走と、それを食い止めるために体を張るミサトのイメージの源である。

身一つで無謀にもロボットの内部に侵入し、あわや爆発に巻き込まれるかというところで難を逃れる光景に、今も冷や汗をかきそうになる。

本当はそんな危険を冒してほしくないが、こんな突拍子も無い話を信じてもらえるはずも無いだろうし、何より正義感の強い彼女が引き下がるとは思えない。

だから少しでもこちらが早く動けるように体制を整え、万全の状態で助けに行く。

それが、今の碇シンジが導き出せる最適解であった。

 

「(本当は、何も起きてほしくないんだけど……)」

 

「かつて」のイメージの中の碇シンジ少年は、同居人に余り良い感情を持っていなかった。

保護者を自称する割に奔放で自堕落で、家事はこちらに押し付ける始末でお世辞にも理想的な大人とは程遠い印象が強く、内心軽蔑心すら抱いてしまったほどである。

だが今の彼女は違う。

作戦でも使徒殲滅よりパイロットの安全を何よりも重視するようになり、そのために必要な準備には余念が無い。

そしてそれは私生活でも顕著に現れており、今では週に2回はミサトが自らこちらに師事して料理を覚えたいと申し出てきた。

初めて一緒に作ったキノコ汁は今や彼女の十八番のレシピになり、着々とその幅を広げつつある。

彼女なりに本当の意味で自分たちの保護者になろうと一生懸命なのだと思うと、危機が迫っているかもしれないのに直接届ける術が無い事がもどかしい。

せめてこれが杞憂であったなら。

何事も無く一緒に夕飯を囲むことが出来たなら。

そう願わずに入られなかった。

 

だがこのとき、シンジは知る由もなかった。

 

彼を、引いては世界を取り巻く自称の全ては、何者かの悪意ある「脚本」に沿って進められているということに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3新東京市から北東へ海を越えること90キロ。

そこにはかつてこの日ノ本の国の首都と呼ばれた「かつて東京と呼ばれた場所」が存在する。

セカンドインパクトの余波に伴う海面上昇で海底に沈んだ日本の玄関口には、その昔ベースボールに熱狂したドームが静かに鎮座している。

その隣に併設された30階建ての高層ビル。

見れば眼下には、幾つもの色違いのヘリが綺麗に揃い、さながらショーケースのように並んでいた。

その中でも一際目を引くのが、つい先ほど遅れてショーケースにおさまったねずみ色のヘリだった。

この素晴らしき式典において最も歓迎するべき、そして最も反応を楽しみにしていたゲストの登場に、僅かに高揚する感覚を時田シロウは自覚していた。

 

「本日はご多忙のところ、我が日本重化学工業共同体の完成品披露会にご参加くださいまして、誠にありがとうございます」

 

思えば長い雌伏の時であった。

14年前の大災害以降、この国の科学と技術のほぼ全てを掌握した組織は、まるで日本の支配者の如く吸い上げた資金を湯水の如く消費しては目的も理屈も分からない怪しげな実験ばかりを繰り返している。

しかも少なくない事故を起こしておきながら超法規的措置によって何ら責を問われることすらないと来たものだ。

ならばと声をあげ、何も無いかつての首都から再起を誓い早数年。

金もノウハウも人間も無いが、こちらには生半可な壁では怯まぬ覚悟がある。

志を共にする多くの零細企業たちを巻き込んだ技術者たちの夢は、遂に結実の日を迎えることとなった。

気づけば国防や国政の一部までもがこの思いを共有し、秘密裏に多くの情報や技術、開発資金を提供してくれて今に至る。

蓋を開けてみれば件の汎用人型決戦兵器とやらは初陣で暴走。

素性も正体も一切が不明な謎の巨人に助けられた薄氷の勝利だというからたまったものではない。

こんな両腕に爆弾をつけられた状態で油田の上でボクシングでもするかのような危ない橋を渡りながら国防などと語られては防衛組織の名折れである。

その歪んだ世界の防衛線に一石を投じるべく生み出されたのが、自分達日本の真の技術者の努力の結晶、「ジェットアローン」である。

動力に核分裂型の原子炉を採用し、その駆動時間は連続150日。

遠隔操作による無人運用を想定することから内部の環境に配慮する必要が無く、外部も防御力重視の重装甲を組むことで飛躍的に耐久性の向上に成功。

最新の実験ではN2地雷の直撃でも耐えうる鉄壁の防御性能を獲得するに至る。

未だパイロット操作による件の汎用人型決戦兵器と比較すると攻撃性能に関しては劣っている感は否めないが、こと敵の攻撃をせき止める壁としてはこの上ない戦力になることは太鼓判を押せる。

 

「この後は、滑走路にて実際に完成品の公開起動試験をご覧頂く予定ですが、ご質問などある方は今からでも是非どうぞ」

 

「はい」

 

数秒の間をおき、予想通りの人物が手を上げた。

釣り針にかかった魚のようだと、表情に出さずにほくそ笑む。

 

「これはこれは、日本が誇る防衛組織NERVの作戦本部長葛城ミサト一尉。日々日本の平和のためにご尽力されている方にご参加いただけるとは感無量の極みですな」

 

「お褒め頂き光栄です。……早速ですが、パイロットを有しない無人操作というのは、安全性はどのように担保されているのですか?」

 

今この場にいるはずだったもう一人の招待客がキャンセルになったことが内心悔やまれる。

彼女と同じくNERVの科学部門の権威たる赤木リツコ博士。

半ば彼女らの権威の象徴たるエヴァンゲリオンなる兵器を真正面からこき下ろすような開発をしたのだから、当然何かしらの屁理屈で噛み付いてくると思って招待したのだが。

まさか先日撃退したとか言う敵生命体の解剖研究と日程が重なってしまうとは残念だ。

最ももう一人の魚は良く跳ねてくれそうだと顔にこそ出さずに時田は嗤う。

 

「簡単な引き算です。内部に操縦者が存在することは、少なからず暴走を引き起こす危険を孕んでいる。例え兵器の中に身を潜めていたとしても、敵が直接牙を剥いてくるわけです。これに恐怖しない人間などいないでしょう。それが原因で暴走なんていう事態に陥ったどこかの決戦兵器も、なるべくして起きたヒューマンエラーというべきです」

 

反論は無い。

元から当てつけの様に中央にポツンと座らせ、それを取り囲むように協力業者の重役達で360度奇異の目に晒した状態だ。

これ程惨めな環境は無いであろう。

そして如何なる反論を持ってこようとも、こちらには理解ある国防関係者から渡された極秘資料の山がある。

何を言われようが皮肉のリボンを結んで返してやろう。

そう思っていた時田にとって、直後の魚の反応は、予想外の一言に尽きた。

 

「……全く以って、耳に痛い言葉です。今のご指摘、何一つ間違いではありません」

 

「ええそうでしょう。何一つ間違……へ?」

 

鸚鵡返ししかけ、思わずとぼけた声を出してしまった。

赤木博士ほどでないにしろ何かと反論や気分を害した反応をするとばかり思っていた件の作戦本部長は、憂いの表情でこちらの言葉を全面的に肯定したのだ。

 

「過去3回の敵生命体との戦闘では、いずれも被害の程度の差はあれど、搭乗したパイロットは生命の危機に瀕しました。彼らの苦悶に満ちたうめき声は、今でも鮮明に思い出します。そんな彼らの苦しみを知っていて戦場に送り出さなければならない事が、ひたすらに無力で悔しかった」

 

「……それは、貴方一人の責任ではないでしょう。彼らとて、覚悟の上で搭乗したと思いますよ?」

 

「そう言って頂けると、少しだけ心が軽くなります。……でも私に出来ることは、ひたすらに作戦の精度を上げて、ただ彼らの生存率を確保することだけ。作戦が始まれば、彼らが生きて返ってくることを願うことしか出来ない。それが歯がゆかった……」

 

その一瞬、俯きかけた彼女の目尻に光るものが見えたのは、果たして錯覚だったのだろうか。

 

「だから今、こうして新たな希望が誕生したことにとても安堵しているんです。もしかしたらこれから、無人操作が台頭することで、あの子達の負担も減らしてあげられるのではないかと……」

 

「……まさか、貴女からそのような最大級の賛辞をいただけるとは、少々意外でした」

 

待ち望んでいた瞬間のはずだった。

金と権力に物を言わせ、この国の科学を牛耳る巨大組織の鼻を明かしてやるつもりだった。

だが実際はどうだ。

目の前の晒し者にされた件の組織の代表は、こちらの皮肉に怒るどころか胸の内を吐露してまでこちらに希望を抱いてくれた。

仲間の命すら消耗品のように捨て去る鬼軍曹かと思っていたが、本当に肩書きが無ければ歳若いパイロットを慮る繊細なか弱い女性ではないか。

これでは弱いものいじめをしたみたいでこちらが気まずくなるというものだ。

 

「(理論っぽく屁理屈捏ねたりキレて蹴っ飛ばしてくる奴らかと思っていたが…超法規的組織NERVも中身はまともじゃないか…)」

 

どんな精巧に見える機械であっても、蓋を外して基盤を見なければ実態は見えない。

組織も同様に、評判ばかりに気を取られて肝心の人間を見なければ真価を見失う。

未だ時田の心理からNERVという超法規的組織への疑念は消えない。

だが眼前で涙ぐみながら感謝を述べた彼女だけは、人間として信頼しうるのではないか。

何より一技術者として、時田はそう思わずにいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、NERV本部の作戦司令室は有事でないにも関わらず警戒体制と遜色ない緊張感が漂っていた。

モニターに映るのは去る半月前に二子山にて殲滅した5番目の使徒(使徒出現情報漏洩防止のため、仮称:ラミエルと命名)。

ガラス板のような背面を8枚繋げた正八面体というおよそ生物とは思えない風貌だが、内部反応は確かにこれまでの使徒と同義である。

 

『現地解析結果、表示します』

 

今回、初めて原型を保ったまま殲滅に成功した使徒は、生体研究サンプルとしてこの上なく有用であった。

体組織の特徴や分子構成パターンをわずかでも把握できれば、その後の対使徒殲滅用の新たな兵器開発や作戦要素に組み込めるからである。

 

「……それにしても」

 

その最前線で現地から手当たり次第に送り込まれるデータを振り分けながら、日向マコトは感心した様子で口を開く。

 

「シンジ君はホントに勤勉だなぁ。まさか使徒残骸の分析に同席したいだなんて」

 

「まだ14だぜ?その頃の俺たちとか遊び呆けてただろ」

 

マコトの誰にいうでもない一言に横の青葉シゲルも反応する。

無駄口を叩きつつも端末操作の手を一切緩めていないところは流石最前線のオペレーターといったところか。

 

「でもやるならもう少しスケジュールに猶予を持ってほしいですよね…」

 

そう零しつつ、伊吹マヤはデスクの隣に乱雑に運び込まれた古いモニターに目をやる。

つい朝方、今回の使徒分析に合わせて追加用意されたデータ保管用の端末だ。

こっちは解析データの仕分けで手一杯だというのに、人使いの粗いものである。

彼らがこうして普段よりやや軽めに業務にあたれる事には、ある理由があった。

この日、総司令は副司令を連れて会合で国外へ。

作戦本部長は別件で市外へ。

そしてこの解析作業を指揮する開発責任者は自室の更にややこしいデスクでこの仕分けて尚膨大な量の情報を処理しているのである。

鬼の居ぬ間になんとやら…とはよく言ったものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の有事対応の口実としてこの分析作業に参加を申し出たシンジは、招かれた部屋に少々戸惑いを隠せなかった。

E計画開発室。

そう書かれた部屋の扉を開けるや、シンジは眼前に広がる光景に圧倒される。

四方八方が無数のモニターに囲まれ、空いたスペースにはいつ置いたか分からないような書類の山が乱雑に放り出されていた。

いかにも寝食を忘れて研究に没頭する人のそれである。

 

「……どうですか?分析の方は」

 

軽い挨拶もそこそこに分析に集中しているのか一言も声を発さないリツコに、おずおずと声をかける。

返事はない。

聞こえていないのだろうか。

そう思った直後、置物のように微動だにしなかったリツコが嘆息と共にこちらに振り向いた。

 

「……ダメね。あらゆる細胞片と疑わしいカケラを拡大比較しても、既存の分子構成とは結びつかない。人類の科学はまだ発展途上ということよ」

 

「……はぁ」

 

要するに何も分からなかったのだろうと、ここにミサトがいれば笑っていただろう。

だがシンジにそのような茶化しをするつもりはない。

それに口実とはいえ彼自身も使徒の生態系に対しては若干の興味があった。

使徒を生物的な理解できれば、未だイメージの中で襲いくる幾つもの使徒への対抗手段を増やせるかもしれないという狙いもある。

最も、それは些か勇み足だったという他なさそうだが。

 

「ごめんなさいね。折角来てくれたのに、芳しい情報は提供できそうにないわ」

 

「いえ、そんな事……。僕が言い出したんですから気にしないでください」

 

「貴方の夢のため、かしら? ミサトに聞いたわ。壮大な夢を抱いてるようね」

 

「え、ええ…」

 

つい先ほどの面談内容がもう伝わっているのだろうか。

直轄の諜報部の存在と言い、情報が早いものであると驚かざるを得ない。

 

「意外だわ。元から子供離れして現実を見てると思ってたら、こんな現実離れした夢を語るんだもの」

 

「……決めましたから」

 

「絶対に諦めない…だったかしら? 例のキャンプで得た経験が大きいようね?」

 

瞬間、心臓が跳ねるような感覚が全身を震わせる。

レイを伴ったアウトドアの情報が掴まれる事は予想していた。

だが、今のは明らかにそこで交流を深めたある人物を連想させる言葉である。

それは脳裏にひとつのシグナルを鳴らし始める。

まさか、あの人が別れの挨拶も無く姿をくらませたのは……、

 

「貴方がこの街に来た時から、不可解な事象は続いていたわ。戦自に紛れて使徒に突撃する、「イルメナイト」で無酸素状態の空間にも対応した戦闘機。巨大な鉄の塊から人間を守り切れる未知の物質で生み出したレーザーネット。そして第3の使徒出現を皮切りに、まるで申し合わせたかのように現れた謎の巨人。貴方の友達の言葉を借りるなら、『ウルトラマンダイナ』」

 

「……それは、僕に聞かれても……」

 

次々と並べられる疑念の種に、沈黙を以って返すほか無い。

下手な反論には即座に潰せるだけの情報と確信を向こうは持っている。

子供心にもそれは充分に推察できた。

 

「そしてその全てと同じタイミングで、複数回チルドレンとその周囲に接触した、管轄外の人物がいる」

 

「……そうなんですね」

 

「行動・目的・経緯……その全てがまったくの謎。 唯一つ言えるのは……」

 

「……」

 

「その全てが常識破りの無鉄砲。随分と非論理的な思考の持ち主というか、我が強すぎるのね、アスカは」

 

「…っ、やめてください!彼はそんな人じゃ……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『彼』って、誰のことかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、自身を射抜くリツコの眼光が獲物を見つけた猛禽の如く鋭いものに変わった。

 

「私が言ったのは『惣流・アスカ・ラングレー』。まだ貴方が見たことも聞いたこともないはずのセカンドチルドレン」

 

「!?」

 

「じゃあ……貴方の知ってる『アスカ』は、どんな男性なのかしらね?」

 

しまった。

先ほどまでの状況証拠の列挙は、この無意識下でのミスリードを誘っていたのか。

それに今の発言をトリガーに、より鮮明にイメージに映し出される美麗な少女。

まさか、彼女がそのセカンドチルドレンなのか。

 

『き、緊急事態発生! 緊急事態発生!!』

 

『所内職員は至急第一種戦闘配置へ!! 繰り返す!! 所内職員は至急……』

 

「……今回はここまでのようね」

 

そう残して早々に部屋を後にするリツコ。

痛々しいまでの沈黙から一転してのけたたましく鳴り響く警報が、まるで今の自分を表しているようにさえ思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間は、何の前触れも無く訪れた。

分析中の使徒の残骸から微かなエネルギー反応が感じられた瞬間、現実の物理法則ではありえない出来事が起きた。

残骸と化したはずの使徒の体組織が発光と共に分裂と再構成を繰り返し、ものの数分もしないうちに四肢を持ったガラスの破片をつなぎ合わせたような怪物へと変貌を遂げてしまったのだ。

 

『未確認生命体の体組織、解析終了』

 

『98・91%の確率で使徒ラミエルの体組織構造と一致しました』

 

「……事前に聞かされていなければ、とても変異体とは思えないわね」

 

かつての自立型AIを搭載した機械要塞の様相を呈していた使徒から生まれたとは思えない継ぎ接ぎの規則性の無い禍々しい生命体に、そう毒づく。

間違いなくポジトロンライフルの一撃で沈めたはずの使徒が、どういう理屈で生命活動を開始したというのか。

 

「生きた要塞が、汎用決戦向けに進化でもしたのかしらね」

 

「それではエヴァンゲリオンならぬグラミリオンとでも呼んであげましょうか?」

 

不幸中の幸いとしては、得体の知れない破壊システムだった前回と異なり容姿的にも反応的にも生物然とした行動を取るようになったことだろうか。

 

「パイロットの状況は?」

 

「初号機・零号機、共にパイロット出撃準備完了しています!」

 

こうなるとサードチルドレンはともかくファーストチルドレンも早期に体制を整えられたことは好条件だ。

話に聞けば偶然か学友と次回のキャンプの物資の買出しに行っていたという。

敵生命体の出現地近くだというのに、良く無事でいたものだ。

あとは……、

 

「作戦本部長に緊急通信、繋がりました!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう。分かったわ、すぐに急行します。まずはダミーバルーンで射程を確認して。間違ってもエヴァ本体をぶつけないように」

 

緊急連絡が入ってすぐ。

ミサトは件の代表者との次回のアポイントメントもそこそこに作戦本部長としてその場での初期対応を求められた。

通話音声のみの要領を得ない環境では状況を理解するのも一苦労だったが、辛うじて分かったことは以下の3点。

まず、調査中だった使徒の残骸が突如として生命活動を再開し、四肢を持った異形の怪物に再生進化したということ。

肝心要のパイロット2名は幸運にも即時出撃対応可能であること。

そして再生進化した生命体の腹部に新たなコアと思しい発光するエネルギー体の存在が確認できたこと。

まさか念願叶った使徒の残骸からの生態研究がこんな二次災害を生み出すことになってしまうとは。

 

「何か、トラブルですかな?」

 

つい先ほどまで穏やかに談笑していた取引相手が、何かを悟ったように声をかけてきた。

そうだ。

先ほどの説明の通りなら……

 

「確かこの後、実際に歩行テストを予定していましたね?……変更にはいくら掛かります?」

 

瞬間、話の意図が理解できなかったのか目をぱちくりさせる取引相手。

だが次の瞬間には、頼もしい限りの笑みを以って答えた。

 

「空輸手段さえご用意頂ければ。あなた方の希望となりましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、日本の金属工業の権威たる日本重化学工業共同体の新開発品完成披露会は予想だにしない形で波乱を呼ぶことになった。

国内外からの著名人や各界の重鎮を招いた催しは大成功の極みと言ってよく、最後の実演歩行テストを以って多くの喝采を浴びる予定であった。

だがその予定を、同法人代表たる時田シロウは緊急事態への対処という名目でキャンセルに追い込んだ。

そうして訝しむゲストを返したその足で、時田はNERVが用意した空輸機に同乗。

要請された緊急事態の現場へと文字通り光の速さで向かっていた。

 

「……提供いただいた可粒子砲の質量・密度・放射時間を検証した結果、現状装備で理論上、15分は耐久可能という計算結果を得ました」

 

手元の端末を慌しく操作しつつ、頼もしい言葉を返す時田にこちらも重々しく頷く。

作戦はこうだ。

ダミーバルーンを視覚的に敵と認識した敵生命体(グラミリオンと呼称する)は口部から可粒子砲を発射する砲台を展開し、概ね中距離から敵を狙撃する傾向にある。

そこでアンビリカルケーブルを接続した状態の初号機と零号機はグラミリオンに対し物陰に隠れて牽制を続けて注意を引き付け続け、JA輸送完了まで待機。

グラミリオンの可粒子砲射程ギリギリである正面500メートル地点に空中からJAを投下し、遠隔操作にて接近。

胸部装甲で敵の可粒子砲を受け続けて無効化させ、その隙にコアと思しい箇所を2機のエヴァで追撃し殲滅を狙うというものだ。

 

「……ああ失礼。……これはこれは共同代表。本日は会合の真っ最中では?」

 

その最中、ひっきりなしに時田の手元の電話には着信が耐えない。

大方の会話の内容は返答だけで想像がつく。

何せこのJAの開発に携わっていたのはこの日本の金属加工のスペシャリストだけではない。

日本政府高官、戦略自衛隊幹部、更には国外の原子力開発機関まで名を連ねる一大プロジェクトだ。

その希望の象徴たる遠隔操作戦闘機が歩行テストをすっ飛ばして使徒なる未知の生命体からの人類救命の最前線に投入されようというのである。

それを知った瞬間、無責任な組織のトップどもは口を揃えたのである。

 

『実戦運用など早まるな』

 

『こちらの責任問題になる』

 

『今からでも白紙に戻して引き返せ』

 

自らの地位と利権を守る事にはとかく必死なくせに、眼前の脅威を見てみぬ振りとは恐れ入る。

だが怒りはない。

その気持ちは全て眼前の人物が代弁してくれていたからだ。

 

「……ですから、何度も申し上げている通り理論上は食い止められる攻撃です! たとえダメージがあろうと、遠隔操作なら人的被害のリスクは少ない! ……でしたら結構。有事の際に志を共に出来ない仲間など願い下げです」

 

恐らくは国内指折りの立場の人間を相手に一歩も引く事無く最前線の指揮官の意地を突きつける時田。

自分たちの血と汗の結晶を人類の希望と宣言するだけの矜持を垣間見、ミサトもまた沈黙を持って返す。

今はそんな愚者共の相手に心を砕く瞬間すら惜しいのだ。

 

『時田代表! 葛城一尉! 間もなく作戦区域です!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その存在は、あまりに異質というほか無かった。

突如変異した5番目の使徒。

マコトの言葉を借りるなら、グラミリオンと称されたあの怪物は、こともあろうかあの可粒子砲の脅威をそのままに生物的な四肢を持った怪物としてこの都市部のど真ん中に現れたというのだ。

おかげで出撃準備を整えている間に都市防衛システムの三分の一は沈黙。

遠距離戦の要とも言うべきパレットライフルの予備がかなり削られた不利な戦局での戦いとなった。

こうなれば、作戦内容が殲滅ではなく陽動であることが何よりの救いである。

 

「何なんだアイツは……」

 

さしもの碇シンジも、そうつぶやくのが精一杯だった。

無理からぬ話であった。

いくら記憶の欠片を探っても、あのような怪物は陰も形も見当たらない。

ならば考えられる可能性は一つ。

今回のことで使徒が更なる脅威を手に入れたか。

またはかの巨人と同様に世界を作り変えるような異物が混入したか。

 

『輸送班より連絡! T-56ポイントに到達! 降下準備に入ります!!』

 

「待たせたわねシンちゃん! レイ!」

 

作戦司令室からの報告に被せるように、通信先のミサトががなる。

事前に聞いていたときは思わず耳を疑った。

イメージでは随分と仲が悪そうにしていた商売敵と何がどうしてか団結してこちらに加勢しにやってきたというのだ。

現状頼もしいことこの上ないが、それでも一抹の不安は拭えない。

何故なら僅かによぎるイメージではかの無人歩行ロボットは途中で制御不能に陥る。

ミサトの命がけの行動で静止出来たようだが、今回はどうなるか分からない。

 

『目標地点到達! ジェットアローン、リフトオフ!!』

 

連結した翼から切り離された無人ロボットが、微動だにしないままその巨体を遠慮なくアスファルトに叩きつけた。

それこそロボットアニメで見るようなド派手な登場の仕方。

ケンスケがこの場にいたら嬉々としてカメラを回していただろうか。

 

「二人とも、作戦は話した通りよ!」

 

通常ならこんな敵の真正面に戦力を放り出すなんてことはしない。

あるとすれば、

 

「これよりJAで敵生命体の可粒子砲発射を誘発。その後JAが前進して敵生命体の捕縛にかかる。動きを止めた隙に左右からプログナイフで仕留めて」

 

今回のような囮作戦くらいだ。

 

『敵生命体、JAを捕捉!』

 

『体内のエネルギー収束率、上昇しています』

 

予想通りグラミリオンは真正面に現れた巨大な壁を壊しにかかった。

大きな口をかっ開き、展開された砲台の中心に視認できるほどの光が収束する。

 

『可粒子砲、来ます!!』

 

忘れようにも忘れられない、破滅の閃光が一瞬世界を支配する。

轟く轟音。

迸る灼熱。

万物を焼き尽くす天使の裁き。

だが、今回は違った。

 

「……耐えてる!!」

 

緻密な計算は実証された。

エヴァですら直撃すれば致命傷を免れない高圧縮の一撃をまともに浴びながら、人類のもうひとつの希望は敢然と対峙していた。

 

「よし、JA前進開始!!」

 

聞き慣れぬ、おそらく先方の開発者と思しい男の声と同時に、JAはゆっくりと足を進める。

未だ装甲は熱を持って赤く光る程度。

その質量を受けておきながら、ゆっくりと、だが確実にJAはグラミリオンに迫っていく。

改めてシンジは驚く。

自分達以外にも、使徒やそれに準ずる未知の生命体相手にここまで戦える人たちがいたということに。

 

「JA、間もなく作戦予定距離に到達します!!」

 

こうなるとグラミリオンの思考能力がそこまで高くなかったことが幸いした。

もし人間のような柔軟な思考能力を持っていた場合、このJAを真正面に配置して囮に使う戦法など簡単に見破られていただろう。

しかし件の異形進化生命体は眼前のロボットの進撃を止めることに躍起になってレーザーを発射し続けている。

いくら一撃必殺級の大技といえど、通じないのなら封じられていることと変わりない。

そして進化したために視覚に頼っており、不意を突けば間違いなく隙が生まれる。

そのときが勝負だ。

 

「作戦予定距離、到達!!」

 

「よし! JA、捕縛アーム展開しろ!!」

 

聞くところ無人操作タイプであるJAには、使徒またはそれに準ずる人類の脅威に対して有効な攻撃手段は用意されていない。

代わりに通常なら用意し得ない鉄壁の防御を持って敵の攻撃を押さえ込む『動く盾』として活用する。

これが自分達の汎用人型決戦兵器と共闘する際の最適解として示されていた。

かくして両腕に位置するベルト状の腕が大きく伸び、怪物の四肢を包み込んで身動きを封じ込める。

そしてこのまま自分達が左右から挟撃してコアを破壊すれば殲滅完了。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

の、はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……き、緊急報告! JA内部の原子炉が急激に温度を上昇!!」

 

「なんだと!?」

 

それまで安堵しかけていた空気が一気に張り詰めたものに変わる。

異常が起きたのは恐らくJA。

見れば、後方のハリネズミのように突き立った幾つものパイプのような機関から上記が絶え間なく噴出している。

皮肉にもその瞬間こそが、イメージのそれと一致した瞬間だった。

イメージの中のJAは、暴走を起こした。

制御不能に陥り、操作は全く効かず、ミサトが中に乗り込んで人力でパスコードを入力した。

だが、今回は状況が違いすぎる。

あの時はただ前進するだけのJAを初号機で押さえ、中に入り込むというだけの作戦だった。

眼前のように人智を超えた生命体との戦闘の真っ只中で、そんな芸当など出来るものか。

 

『敵生命体の右腕、JA装甲を貫通!』

 

ここで動いたのは、グラミリオンだった。

生気を感じなかった双眸が獲物を見つけた猛禽のようにギラリと光り、鋭い刃物のような爪を制御不能となったロボットの肩に突き立てたのだ。

生物由来の闘争本能によるものか。

だがその仮設は、直後の分析結果によって否定された。

 

『敵生命体の内部エネルギー、高速で充填!』

 

『JAの熱エネルギーを、自身のエネルギーに変換しています!!』

 

ここに来て最悪の展開が引き起こされた。

JAの無尽蔵の原子力エネルギーを、あろうことか自身のエネルギーとして吸収できるなど計算外どころではない。

 

「エヴァ2体での先手を打っての攻撃は!?」

 

「無理よ! JA周辺の温度は300℃以上……パイロットの活動限界範囲を超えてしまうわ!」

 

僅かな開発者の望みもミサトが首を振った。

何ということだ。

鉄壁の防御力を持つ人類の盾が、ここに来て破られるとは。

そして……、

 

『敵生命体、再度可粒子砲充填開始!』

 

『圧縮率、先ほどの比率632%!』

 

「来るわ! 衝撃に備えて!!」

 

言い終わらぬうちに、これまでとは比較にならない光量の一撃が容赦なく放たれた。

視界が奪われること数秒。

戻ってきた世界は、変わり果てていた。

 

「……なんてこと……」

 

通信先のミサトの掠れかけた声が、すべてを物語っていた。

グラミリオンの正面には、文字通り『何も残っていなかった』。

眼前のJAはおろか、その後方に存在していた建造物の一切が、跡形も無く吹き飛ばされていたのだ。

 

「これ以上の作戦は危険よ! 直ちにエヴァ2体の撤退ルートを……」

 

『ないわ。今の一撃で、退避可能なルートは全損。加えてケーブルもやられている。……この上なくマズイ状況よ』

 

言いかけたミサトに、リツコから最悪な返答が返ってきた。

何ということだ。

今の一撃でJAが消滅したばかりか、自分達が撤退する手段まで失われてしまった。

その上頼みの綱のアンビリカルケーブルまで失い、持久戦に持ち込むことすら不可能。

つまりこの圧倒的不利な状況下で、自分達だけで殲滅しなければならないというのだ。

 

「……碇君」

 

ふと、反対側に身を潜めたままのレイが不安げに声をかけて来る。

分かっている。

レイも怖がっているのだ。

たった一手でこれまで順調に進んでいた作戦を無に帰し、こちらの敗北に王手をかけている恐るべき相手に。

大丈夫だ。

僕がついている。

生きて帰ろう。

かけてあげるべき言葉が浮かんでは空虚に消える。

分かっている。

こんな気休めの言葉など何の慰めにもならないということを。

 

「僕が上手く陽動する。綾波、隙を狙える?」

 

「……了解」

 

危険だがやるしかない。

覚悟を決めたシンジは意識を集中し、初号機の巨体をビルからビルの間へ滑らせパレットライフルを数発放つ。

吐き出された弾丸はグラミリオンの背後にある傾きかけたビルの根元を直撃し、かの怪物の後頭部を打ち据えた。

その一瞬こそが、碇シンジが辛うじて生み出した最後の勝機だった。

 

「綾波っ!!」

 

零号機が動いた。

ビルに押しつぶされた怪物の背後からナイフを振りかぶり……、

 

「なっ!?」

 

その一瞬、何が起きたのか分からなかった。

零号機のナイフがコアと思しき発光体を捉えたと思った瞬間、グラミリオンの姿が幻のように掻き消えたのだ。

どこにいったと周囲を見渡す。

だが左右を見ても敵の姿は確認できない。

そして次の瞬間、

 

「綾波っ!!」

 

何と視認出来ないほどのスピードと瞬発力で、異形生命体は零号機の背後を取っていた。

振りかぶられた豪腕の一撃が、不意を突かれた零号機を豪快に殴り飛ばす。

まるで紙くずのように吹き飛ばされた零号機を見た瞬間、初号機は動いていた。

ナイフを突きの体勢で構え、弾丸の如くグラミリオンに突っ込む。

 

だが、

 

「ぐあっ!?」

 

見えなかった。

信じられない反応速度で、初号機は胸元から踏み潰された。

まるでビル一棟が圧し掛かるかのような質量に、僅かも動けない。

 

「碇君っ!」

 

「綾波っ、ダメだ!」

 

視界の端に見えたこちらに駆け出す零号機に、思わず叫ぶ。

だが初号機を、シンジを助けることに集中したレイは制止の声を聞き入れない。

初号機と同様、ナイフを構えての正面からの突撃。

だが無垢な少女の健気な勇気すら、怪物は一笑に付した。

零号機の首を難なく掴み上げ、空高く持ち上げる。

その口元が、醜く笑った気がした。

 

『敵生命体の筋肥大率、作戦開始前の420%!』

 

『まさか、先ほどのエネルギーを肉体にも……!?』

 

考えうる限り最悪の状況が、通信越しに伝わってくる。

JAは消滅。

エヴァ2体でもスペックの面で上回られ、殲滅どころかまともな抵抗さえ叶わない。

こんな未来……、イメージにもなかった。

万事休す。

人類のもてるすべてを尽くしても、この未知の怪物には遠く及ばない。

そう世界に突きつけられているような気分だ。

 

「(ダメだ……こんな所で……終われない……!!)」

 

これが例え、世界を変えると宣言した自身への世界の答えだとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ダイナアアアァァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

誰かの叫びと共に、それはまたしても現れた。

巨大な光の柱。

至近距離からのそれはかの異形生命体の顎にアッパーカットを食らわせるかのように吹き飛ばし、衝撃でネックハンキングされていた零号機が宙に解放され、同時に初号機を押さえつけていた重量が消えうせる。

やがて光の柱が徐々に消えていくと、いた。

右拳を点に突き上げた、銀色の巨人。

 

「……ダイナ……」

 

この世界のイメージに存在しないもう一つの存在。

人の枠を外れた存在でありながら人の側に立ち、脅威から守り抜かんとする光の巨人。

ウルトラマンダイナが立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やはり。

遠目に見える戦局に、剣崎キョウヤは自身と、そして依頼人の勘が改めて的中していた事を実感した。

第3の使徒の襲撃に乱入した所属不明の未知のテクノロジーを内蔵した戦闘機。

同じく初号機沈黙と同時に現れ、使徒にのみ敵対行動を見せ続ける巨人ウルトラマンダイナ。

それらの全てが、様々な変遷を遂げながらも最後は1人の男に辿り着く。

未知の力と接し、かつチルドレンの精神に影響を与えつつあるその存在をNERVが危惧するのは、ある種当然の帰結と言うべきなのかもしれない。

ただ、今回の件で大分動きは鎮静化されるだろう。

今この危機的状況を引き起こした原因は、間違いなく「シナリオ」側にあるのだから。

 

「…ええ、貴方の予想通りでしたよ」

 

故にこの状況で、剣崎キョウヤが依頼人の意図を汲み取って起こした行動は一つ。

件の人間に、その場所を指し示す事。

その結果は、長年の経験に培われてきた諜報員の第六感に一つの確信を与える。

「彼」は、比喩などではなく本当に、この世界のシナリオをひっくり返す力を秘めていると言う事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その出現は、作戦司令室と地上の少年少女達にとって何よりも頼もしい援軍だった。

 

「クッ!」

 

地面に手をついて上半身を起こした初号機に、ダイナが手を差し伸べる。

躊躇う事なくその手を取り、隣に立ち上がる姿ほど、心強い光景はない。

その横に零号機も駆け並ぶ。

 

「シュワッ!」

 

起き上がる怪物に、構える巨人と決戦兵器。

視覚的に負ける気がしないほどの勇ましさでありながら、周囲に飛び交う数字は悉く劣勢の現実を突きつける。

 

「シンちゃん、レイ…絶対に…」

 

故に、作戦本部長が口にできた言葉は一つだけだった。

 

「絶対に、生きて帰ってきなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「綾波! ダイナ!」

 

「ええ」

 

「シュワッ!!」

 

シンジの声に頷きあい、3つの巨大な影が一斉に動いた。

真正面からの小手先もへったくれもないダイナのタックル。

勢いを殺された怪物に、左右から2台のエヴァが押さえ込む。

 

「喰らえ……!!」

 

既に内部電源に切り替わってしまった今、短期決戦でケリをつけるしか勝機は無い。

シンジは強引な攻め方は承知の上で敵のコアと思しい発光体にナイフを振り下ろす。

だが……、

 

「なっ!?」

 

刺さったと思った一瞬、視認出来ない謎の障害物がその勝機を乗せた刃先を無情にもせき止めた。

そんなバカな。

ATフィールドなら中和できるように展開していたはず。

なのに何故、コアを守るようにここまで強固なフィールドを展開できるのだ。

いや、あれはそもそも本当にATフィールドなのか。

 

「くっ……!」

 

それでも歯を食いしばって、なけなしの力のすべてを操縦桿に込める。

だが異常なまでに肥大化したグラミリオンは、想像を絶する怪力を持って希望の光を振り払って見せた。

 

「デュアッ!!」

 

負けじとビームスライサーを撃ち込むダイナ。

だが肥大化した肉の鎧が分厚すぎるのか、過去の使徒には有効だとして機能していた攻撃が、僅かに煙を上げただけの小火に終わる。

その間にも初号機と零号機は果敢に肉薄するものの、残像さえ残すほどの瞬発力の前に翻弄され、反撃によるダメージばかりが積みあがっていく。

そのたびに苦悶を表情に浮かべ、呻きを口から漏らし、それでも幾度も立ち上がり、向かっていく決戦兵器。

だが……、

 

『内部電源、枯渇! エヴァ2機活動限界です!』

 

「……、そんな!!」

 

現実は何処までも非情だった。

完全に地に倒れ伏したまま、指一本動かすことすらも叶わないエヴァンゲリオン。

数的優位の状況を道のスペックだけでいとも簡単に覆して見せたグラミリオンの底知れぬ恐ろしさに驚くことすらなくなってしまう。

 

「クッ……!」

 

最早戦場に残された人類の最期の希望と呼べる存在、ウルトラマンダイナですらもグラミリオンを前に僅かにたじろぐ。

だがそれは一瞬で、意を決したように両の拳をつき合わせると上下に大きく開き、膨大なエネルギーを集約する。

瞬間、作戦司令室に緊張が走る。

 

『巨人のエネルギー、高濃度で圧縮』

 

『左腕及び右腕に集中しています!』

 

『間違いない……、これはあのときの……』

 

2度目の使徒との戦いで見せた、決死の光波熱線がその場の全員の脳裏を過ぎる。

巨人の全エネルギーを以って使徒という高次元生命体ですら抹消せしめる裁きが如き奇跡の一撃。

 

「デュアアアアッ!!」

 

裂帛の気合と共に、十字に組まれたダイナの腕から直視できない光量を誇る一撃が放たれる。

いくら常識の通じない怪物であろうとこの直撃をまともに受ければ無事では済むまい。

誰もがそう信じて疑わなかった。

 

「え……!?」

 

だからこそ、眼前の光景が信じられなかった。

グラミリオンは、笑っていた。

鋭利な牙が並んだ口角を明らかに上げ、眼前の巨人の決死の一撃を嘲笑を持って見下ろしていた。

その眼前に眩い光波熱線が殺到したその瞬間、大きく開け放たれた怪物の口から巨大な砲台がせり出てくる。

そして、

 

「グアアッ!!」

 

それは、あまりにも易々と巨人の決死の一撃を、勝利の可能性を押し戻した。

グラミリオンの口部の砲台が放つ可粒子砲。

しかも一切のチャージを要しない速射型。

これに巨人の全力の一撃が、いとも容易く押し返され、押し負けた。

こちらの戦力は活動限界に追い込まれたエヴァンゲリオ2体と、既にカラータイマーが点滅を開始したダイナ。

対してグラミリオンは僅かの傷も無ければ疲れた様子さえ見せない。

人智を超えた、人類では抵抗もままならない、強大な牙城とも言うべき怪物は、未だ余裕の笑みすら浮かべているのだ。

 

「そんな……、ダイナでも、手も足も出ないなんて……」

 

『勝てない……。奇跡でも起こらない限り……』

 

違う場所でのミサトとリツコの希望が消えかけた呟きが重なったとき、グラミリオンはトドメとばかりに口内の砲身にエネルギーを充填し始める。

最早これまでか。

誰もがそう思った、その時だった。

 

「クッ!」

 

片膝をついたまま、ダイナが両腕を胸の前で交差させる。

瞬間、額のクリスタルが深い海を思わせる蒼に輝いた。

 

『……巨人頭部の発光体より、謎の光量粒子を観測!』

 

『巨人本体の生体組織構造を分解! 再構築を繰り返しています!』

 

その光景は、肉眼でも容易に確認できた。

ダイナの額でその存在感を示す菱形のクリスタル。

その輝きが青く変わった時、ダイナの身体にこれまでにない異変が起きた。

クリスタルの青い輝きが全身を包んだ瞬間、その巨体が一瞬ガラスのように透明に透き通ったかと思うと、その輝きを纏ったかのようなしなやかな青い体色へと変化したのである。

いや、報告の通りなら色が変わっただけではない。

全身の細胞組織そのものに作用し、遺伝子レベルで自身の身体を再構築したということになる。

 

「フッ」

 

眼前に突きつけられた殺意の閃光を前に、ダイナは右手の人差し指と中指をそろえて相手に突きつける。

容赦なく眼前に放たれる万物を破壊する蹂躙の一撃。

直後の轟音に最悪の想像をするものは少なくなかった。

だからこそ、信じられなかった。

 

「な、何これ!?」

 

『嘘……』

 

さしものリツコも、そうつぶやくのが精一杯だった。

無理も無い。

ダイナが突き出した二本の指を軽く上に曲げてやった。

たったそれだけで、確かにダイナを狙っていたはずの殺意の閃光が、かの巨人の頭上を飛んでいってしまったからだ。

これは一体何だ。

ダイナは何をしたのだ。

まさか、本当に奇跡でも起こしたというのか。

 

「デュアッ!!」

 

瞬間、今度はダイナが動いた。

全く目で追えない、まるで身体を半分霧状に変えたかのような軽やかな動きで迫り来る豪腕の一撃を軽々とかわし、すれ違いザマに豪快な回し蹴りを決める。

グラミリオンが再度豪腕を背後に振りぬくも、ダイナはまるで宙を舞うかのようにそれを簡単に回避する。

動き、質量、その全てがこちらの持ちうる法則のこと如くを無視して動いている。

 

「巨人の周囲に、瞬間的虚数空間が展開!空気の摩擦抵抗や干渉を一切無視しています!」

 

「併せて巨人周辺の空間湾曲を確認。同時に重力干渉の痕跡!」

 

信じられない。

人類が何世紀を欠けてなお到達できない重力を初めとして物理法則の数々。

その全ての先を、巨人は易々と超えて見せた。

一撃で相手を消滅させる死の閃光をまるで子供の玩具のように手玉に取り、これまで人類が一歩ずつ築き上げてきた演算を、真っ向から否定して見せたのである。

 

「シュワッ!!」

 

右手を額に翳した一瞬、より強い閃光が圧縮されたエネルギーとなって右手に集まる。

それを突きの姿勢で放った瞬間、信じられない事が起きた。

 

「敵生命体の全身を、反重力作用の未確認粒子が包囲しています!」

 

「……まるでエスパーね」

 

徐々に空中へと持ち上げられていくその光景に、さしものNERVの頭脳というべきリツコを以ってして、そうつぶやくのが精一杯だった。

対象に触れる事無く、空間を歪めて干渉する、常識の通じない戦法。

それは一見歯が立たない強大な生命体を、容易く翻弄するまでに至る。

つい先ほどまでダイナ自身を含め誰も手も足も出なかったグラミリオンが、一撃も有効打を当てられないまま手も足も出ていないのだから。

 

「……敵生命体、再度可粒子砲充填開始!」

 

だがここにきて、敵も最後の足掻きを見せた。

身体の自由を奪われて空中に捕えられた状態で尚も、巨大な口を開いて最終兵器を繰り出した。

その砲身は眼下の巨人を尚も睨む。

まさか、この状態で最大出力で撃ち込むつもりか。

 

「クッ」

 

だが、またしても降りかかる都市滅亡級の一撃に、巨人の常識を超えた青い力は予想だにしない形で答えて見せた。

 

「あれは……!?」

 

「ATフィールド……!?」

 

最初に気づいたのは、至近距離でこの戦いを見ることしか出来なくなった二人のパイロットだった。

万物を焼き尽くす閃光が迫ったその一瞬、ダイナは残された掌を張り、瞬間的にATフィールドを展開する。

これまでの経験や先の作戦の理論で行くなら、JAを消滅させるほどの一撃をATフィールドのみで耐え切ることなど不可能だ。

だが、ダイナの張ったフィールドは予想外の効果を及ぼした。

 

「巨人の左手から、ATフィールドが展開!」

 

「接触した可粒子砲のベクトルが散開!ATフィールドに結合していきます!!」

 

「これって、まさか……」

 

「防御でも回避でもない……、吸収……!!」

 

ダイナの狙いは敵の可粒子砲を防ぐことではなかった。

相手の膨大なまでの質量を伴った一撃を逆手に取り、逆用することだったのだ。

 

「シュワッ!」

 

完全に撃ちつくされた可粒子の一撃がその左手に圧縮されたとき、直視できないほどの輝きを持ったその左手をダイナが高々と掲げる。

そして、

 

「デュアアアッ!!」

 

お返しとばかりに突き出された左手から、極限まで圧縮されたエネルギーが打ち返された。

グラミリオンは咄嗟に発光体を守るつもりかATフィールドを展開するも、この質量を止められるはずも無く金属バットに殴られたガラスのように砕け奥の発光体を直撃。

そのまま怪物の胴を貫いた閃光は果て無き宇宙へと突き抜けて見えなくなった。

 

「敵生命体、発光体消失!」

 

「内部エネルギー沈静化!無力化しています」

 

「クッ」

 

報告と同時にダイナは念力を解除。

司令塔である頭脳を失った生命体であったものの残骸が、地上へと叩き付けられる。

 

「クゥゥゥ……」

 

ダイナは両腕を交差させ、右手にエネルギーを集中させた。

視認できるほどの膨大な質量のエネルギーが圧縮され、渦を巻く。

 

「シュワッ!!」

 

放たれたエネルギーが倒れ伏す残骸に直撃した瞬間。

その後方に渦巻く亜空間が展開され、残骸が圧縮しながら飲み込まれていく。

最終的にグラミリオンの存在を示すものは、何一つ残っていなかった。

決着を確かめて重々しく頷き、空へと飛び去るダイナ。

僅か数分前まで奇跡でも起こらない限り有り得なかった未来の静寂が、現実になった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ええ、もちろん存じていますとも。今回の損害額と資材調達と再設計までの人工計算と各方面への顧客への説明責任。……もう終わり?とんでもない!今回の結果はJAに足りなかったエネルギー逆用の危険性と、防御性能に重点を置きすぎたことによる反撃手段の欠如という弱点が露呈したに過ぎません!何回だろうと何百回だろうとやり直せばいいんです!あんな子供達が最前線で懸命に命を張っているのに、我々が簡単に諦めてどうする!!」

 

感情のままに言葉をぶつけ、受話器を叩き付ける。

今回の一連の事態で、少なくとも自分を含めた日本重化学工業共同体の未来は暗礁に乗り上げたといっても過言ではないだろう。

かの汎用人型決戦兵器に対抗しうる性能を秘めた可能性が、未知の敵に相対した際にその力を発揮するどころか逆用されて敗れ去ったのである。

元々高い期待をもたれていた反動で失望の声は関係各所からひっきりなしに届き、これまで半生をかけて積み上げてきた人脈も信頼もほぼ白紙に帰す事態となった。

だが、それだけの現状を前にして尚、時田シロウの目に僅かの陰りもなかった。

結果こそ散々たるものだ。

だがそれ以上に、時田の目に焼きついていたのはこの世界と人類を脅かす脅威の大きさ、それに立ち向かう超法規的組織の現実。

そしてその最前線に立たされているパイロットの真実だった。

 

作戦が始まれば、彼らが生きて返ってくることを願うことしか出来ない。

 

そう口にした彼女の表情が脳裏を過ぎる。

あの時はパイロットに感情移入しすぎているだけかと思っていた。

だが実際はどうだ。

効けばまだ14歳。

自分の年齢からすれば子供に他ならない、若いどころか幼い少年少女が、文字通り恐怖を押し殺して戦場に出ているのだ。

 

「……そうだ。私は何も知らなかった」

 

使徒と呼ばれる未知の生命体に挑むというのがどれ程無謀で人智を超えた戦いであるのか。

それに身命を賭して挑むNERVと、そのパイロットたちがどれ程の覚悟で戦っているか。

文字通り人類の未来を守るために全力を尽くしているのだ。

それが達成できているのなら、多少の副作用に超法規的措置で介入することなど些事ではないか。

故に技術者は一人誓う。

もうこれ以上、あんな幼い子供達への苦しみを軽くしてあげられるように、代わってあげられるように。

自分たちの技術研究に更なる磨きをかけて、いずれ力になって見せると。

 

<To be continued……>




<次回予告>

突然変異を起こした使徒の殲滅から数日。

予期せぬ戦いの余波は確実にその先の未来を蝕み、歪めていく。

そのうねりを止められぬまま、世界は尚も動き続ける。

次回、新世紀の星。

『遅れてきたもの』

信じない……!

これが……、これが私の未来だなんて……!
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