定時退社の守護者 〜ギルド受付嬢は、残業を許さない〜   作:can'tPayPay

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また、甘ったるいイチャイチャ小説書いてきます!
糖尿病に注意、
コーヒーがないと見れないよww


第一話:終業の鐘は定時に鳴る

大都市イフール。巨大な城壁に守られ、冒険者たちの熱気と金貨の音が絶え間なく響くこの街で、冒険者ギルドは24時間365日、休むことを知らない巨大な心臓のように鼓動を続けていた。

 その心臓の受付窓口で、ひときわ目を引く女性がいる。アリナ・クローバー。彼女の対応は完璧という言葉だけでは足りない。どんなに無礼な冒険者にも、どれほど理不尽なクエスト変更にも、彼女は一切の感情を顔に出すことなく、涼しげな微笑みと淀みのない敬語で応対する。

「お客様、討伐証明書の提出は期限内にお願いいたします。……ええ、もちろん、次からはお気をつけくださいませ」

 完璧な所作。非の打ち所のない事務処理。イフールの冒険者たちは皆、彼女を「ギルドの良心」と呼び、密かに憧れを抱いていた。

 だが、その完璧な仮面の下——アリナの心の中は、常に凄まじい嵐が吹き荒れていた。

(……はぁ。この馬鹿、またボスの手前でポーションの確認をしてる。いい加減にしなさいよ。ポーションなんて戦闘前に確認しておくのが常識でしょう? あんたがその確認に費やしている三十秒のせいで、私の退社時間が一分遅れるのよ。この無能。消えてしまえ)

 彼女は優雅に微笑みながら、心の中で罵詈雑言を並べ立てる。冒険者がカウンターを離れると、アリナは手元のペンを恐ろしい速さで走らせる。彼女にとって、事務作業とは労働ではない。それは、定時という聖域を守るための防衛戦争である。

 しかし、現実は残酷だ。イフールのギルドは慢性的な人手不足に加え、この街の冒険者たちは総じて「迷子」になりやすく「ボス戦で無駄な会話」を好む傾向がある。報告書が受理されない限り、アリナの帰宅は許されない。

(……また、深層階層が滞留してるわね)

 アリナは手元の水晶玉を睨む。そこには、深層階層のボス部屋で、ボスの攻撃を回避するだけで精一杯になっている情けないパーティーの姿があった。

(終わらない。このままだと、今日中に帰れない。私のお気に入りの紅茶を淹れる時間は? 明日の朝食のパンを買う時間は? 全部、こいつらのせいで消えていくの? 許さない。絶対に、許さない。副業禁止なんていうふざけた規定さえなければ、私が直接行って……!)

 彼女の心の中に、マグマのような殺意が渦巻く。しかし、表情筋一つ動かさず、彼女は隣のカウンターの男にだけ聞こえる音量で呟いた。

「……少し離席します。あとはお願いしますね」

 隣で自分のクエスト報酬を整理していた男、カイは、悪戯っぽい笑みを浮かべて頷いた。彼は軽い。とにかく軽い。だが、その軽さの中に、奇妙なほど深い洞察力が潜んでいることをアリナは知っている。

「あいよ、お疲れ様。裏口の『抜け道』、今日も空けておいたぜ」

 アリナは立ち上がる。周囲からは「忙しそうな受付嬢の、短い休憩」としか見えない。彼女はトイレへと向かうふりをして、人目のない倉庫の陰へ滑り込み、カイが展開したワープゲートへと足を踏み入れた。

            *

 カイはカウンターの影で、軽く肩をすくめた。

(今日も今日とて、定時退社のための聖戦か……。本当に、この人は面白い)

 カイにとって、アリナはただの「受付嬢」ではない。このイフールで一番、命を懸ける動機が奇妙で、それでいて愛らしい女だ。初めて彼女の二重生活——「処刑人」としての顔を目撃したのは、数ヶ月前のことだ。ボスの討伐が遅れ、ギルドが閉まらないことに耐えかねたアリナが、魔物のようにハンマーを振り回す姿を見てしまったのだ。

 あの時、死闘の中で彼女が一言も発さず、ただ殺意を体現してボスを粉砕し終えた瞬間、ふと見せたのは、ようやく終わった……という強烈な疲労と安堵の表情だった。恐怖を感じるどころか、カイの胸を打ったのは「この人は、なんて真っ直ぐに残業を憎んでいるんだ」という、奇妙な感動だった。

(バレたらクビなのに、普通に帰るためだけに命を懸けるなんて、最高の理由だろ)

 カイは冒険者として、アリナがどれだけギルドの業務を一人で背負い込んでいるかを知っている。そして、その苦悩の源泉が「残業への怨念」というあまりに個人的で切実なものであることに、たまらなく惹かれていた。

(彼女が必死に定時に帰ろうとする姿、最高に可愛いからな。俺の人生も、彼女の日常を守るくらいには意味があるだろ)

 ギルドの喧騒の中、カイは誰にも気づかれないように魔力を練る。空間を歪め、ボス部屋の裏口と、アリナの帰還地点を正確に繋ぐ。これは彼なりの、アリナに対する恋文のようなものだった。

 やがて、ダンジョンの深層から、物理法則を捻じ曲げるような凄まじい衝撃音が響いた。この階層のボスが一撃で粉砕された音だ。

(……終わったな。仕事が早いね、アリナちゃん)

 カイはゲートを維持しつつ、アリナが戻ってくるのを待つ。程なくして、ゲートから舞い戻ってきた彼女は、ローブを脱ぎ捨て、荒い息を整えていた。首筋に少しだけついたダンジョンの埃を、カイはさりげなく近くにあった資料を落とすふりをして、風を起こして払った。

 事務室に戻ったアリナは、何事もなかったかのように椅子に座る。呼吸を整え、表情を作り、再び完璧な受付嬢に戻る。その、あまりにも完璧な切り替えに、カイは胸が締め付けられるような愛おしさを覚える。

            

 椅子に座ったアリナは、心臓の鼓動を鎮めるように深く息を吐いた。

(……よし。これでボスは消えた。報告書も受理できる。定時まであと十分。今日という一日を無事に終えるために、私は戦うのよ)

 隣でカイが、さりげなく彼女の膨大な事務作業を、魔法と機転でサポートし始める。彼の指先から放たれる微かな魔力が、散乱していた書類を整理していく。

(……この人、本当に軽薄よね。なんでいつもヘラヘラしてるのかしら。私の秘密を分かっていながら、いつもこうやって茶化すように手伝って。……私、どうして彼にだけは、こんなにも心拍数が上がるのかしら。処刑人の姿も、残業を憎む歪んだ心も全部知っているのに、なぜそんなに優しく笑うのよ。……呆れればいいのに。ずるい人……)

 不満と好意が混ざり合い、言葉にならずに喉の奥で詰まる。

「ねえ、カイ」

 ペンを止めずに、アリナが小さく呟く。

「今日は帰りに、あそこの店でケーキを買っていこうと思うの。……あんたの分も、買ってあげてもいいわよ」

 それは彼女なりの、精一杯の好意の表出だった。顔を真っ赤にして、わざと事務的な口調で告げる彼女の横顔を、カイは慈しむように見つめる。

「お、ラッキー。甘いものには目がないんだよ。楽しみにしてるぜ」

「……っ、別に期待しないでよね! ただ、私一人で食べるのが面倒なだけだから!」

 ツンとそっぽを向くアリナの耳は、夕日に照らされている以上に赤く染まっている。そんな彼女を「可愛い」と思わずにはいられない。

「さて、処理完了。定時まであと十分ね」

 アリナは達成感に満ちた笑顔で、山積みの書類を「完了」の箱へ放り込んだ。最強の受付嬢と、彼女を影から支える冒険者。二人の日常は、今日も誰にも気づかれることなく、定時退社という名の戦いを勝利で飾ろうとしていた。

 外にはもう、街の灯りがともり始めている。明日の地獄を予感させつつも、今の二人にとって、この瞬間だけは、どんな高価な宝石よりも輝く「平和な時間」だった。

「……帰ろう、カイ。ケーキ、売り切れる前に」

 アリナはカウンターからひらりと飛び出し、カイの腕に遠慮がちに、しかししっかりと自分の腕を絡めた。

「ああ、そうだな。今日はどんなケーキにする? 一番高いやつか?」

「……あんたが奢るわけじゃないんだから、私の好きなものに決まってるでしょ」

 二人は喧騒を背に、手を取り合ってギルドの出口へと向かう。最強の処刑人と、彼女を愛する冒険者の、秘密に満ちた、あまりにもささやかで、あまりにも愛しい日常が、街の闇の中に溶けていった。明日もまた、書類の山とボス討伐が彼らを待っているとしても、今の二人には関係のないことだった。

 ただ、今日という一日を、定時に終えられたという事実だけが、今の二人には何よりも尊い勝利だったのだ。

 ギルドの柱時計が、午後六時を告げる鐘を打ち鳴らす。

 アリナはその音を聞きながら、心の中で小さく勝利の凱歌を上げた。

(勝ったわ。今日も、私の完全勝利よ。……そして、この人が隣にいてくれるなら、明日もまた、戦える気がするわ)

 二人の影は、夕闇の中で重なり合いながら、夜の街へと消えていった。最強の受付嬢の、秘密に満ちた、愛らしい日常は、まだまだこれからも続いていく。彼女たちの「定時」という聖戦は、決して終わることがないのだから。

 

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