定時退社の守護者 〜ギルド受付嬢は、残業を許さない〜   作:can'tPayPay

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基本アリナとオリ主しか出ないのし、本編にもあまり絡みはないです
2人がイチャイチャする小説です


第二話:定時の死神と甘い報酬

翌朝。イフールの空は、今日も昨日と変わらず容赦のない青空を広げていた。しかし、アリナ・クローバーにとっては、それが「今日も地獄の労働が始まる」という合図に過ぎない。

 ギルドの受付窓口に立ち、昨日と同じ完璧な微笑みを浮かべる。しかし、その内側にある心臓は、すでに「定時」という目的地へ向けてカウントダウンを始めていた。

(……はぁ。またか。また五番クエストのパーティーが、ダンジョン入り口で装備の確認をしてる。……ねえ、ダンジョンに入る前に装備を確認するなんて、幼稚園児でもできるわよ。なんであんたたちは、その単純なことに十時間もかけるの?)

 アリナは内心で毒づきながら、目の前の冒険者に事務的な説明を繰り返す。

「はい、その装備の重量ですと、深層階層での機動性に支障が出る恐れがございます。……ええ、アドバイスです。冒険者様のためを思って言っているんですよ?」

(嘘よ。あんたが重装備のせいで足が遅くなって、ボスの攻略時間が延びるのが嫌なだけよ。一分一秒でも早くボスを倒して、さっさと帰ってきなさい。この鈍足パーティー!)

 アリナの笑顔は、もはや美術品のように精巧で、そして冷たかった。隣でカイが、そんな彼女の様子を面白そうに眺めている。

「よう、アリナちゃん。今日も張り切ってるねぇ」

「……カイ。あんたね、さっきのパーティー、昨日私が「もう少し機動性を上げろ」って言ったのに、無視したわよ。あのパーティーが全滅して報告書が遅れる夢まで見たわ。呪ってやろうかしら」

 カイは吹き出した。彼女の怨念が籠もった呟きが、妙に心地よい。

「相変わらずだな。でもまぁ、安心しろ。今日の午前中のダンジョン状況は平和そのものだ。今のところ、残業フラグは立ってない」

「……平和? そんなの信じないわ。イフールのダンジョンで「平和」なんて言葉は、嘘つきの代名詞よ。必ずどこかで、無能な誰かがボスに絡まれて、私の帰宅時間を奪うに決まってる」

 アリナの表情は崩さないが、その瞳の奥には確固たる殺意が宿っている。彼女にとって、この街の冒険者たちは、自分の人生を奪いに来る「時間泥棒」以外の何者でもないのだ。

 午前十時。案の定、不穏な影が水晶玉に映し出された。

(ほら、やっぱり。第十二階層で迷子? 地図くらい買ってから潜りなさいよ。……もういいわ。このままじゃ確実に残業になる。カイ、準備よ)

 アリナは即座に立ち上がった。周囲の視線を完璧にスルーし、休憩室へと向かうふりをする。廊下の角を曲がったところで、彼女はローブを羽織り、カイが用意したゲートへと飛び込んだ。

 ダンジョンの奥深く。迷子になったパーティーが、中ボスに囲まれて悲鳴を上げている。アリナは隠し通路から姿を現し、身の丈を超えるウォーハンマー『巨神の妬鏡(ディア・ドレイン)』を握りしめた。

 言葉は発さない。彼女の戦いに、会話などという贅沢な時間は必要ないのだ。

(……消えて)

 ただ、その一念。彼女の振るう一撃は、ボスの頭蓋を容易く砕き、通路そのものを破壊した。圧倒的な物理の暴力。ボスは悲鳴を上げる間もなく、霧となって消えた。

 アリナは即座にゲートへ戻る。ローブを脱ぎ捨て、荒い息を整えて事務室へ。

 戻ったアリナを迎えたのは、カイの淹れたてのコーヒーと、どこか楽しげな彼の視線だった。

「お疲れ。今日も完璧だったな」

「……うるさい。息が切れたわ。このままじゃ、午後の事務処理に支障が出る」

 彼女は自分に言い聞かせるように呟く。だが、心の中では確実な「勝利」を噛みしめていた。

(よし。これで障害物は排除した。あとは報告書を処理するだけ。今日は、間違いなく定時で上がれるわ)

 アリナは書類にペンを走らせる。その姿を見つめるカイは、彼女の不器用な情熱を、いつの間にか自分自身のものとして受け入れ始めていた。

(最初はただ、面白い女だと思っただけだった。残業を嫌うあまりに最強の処刑人になるなんて、これ以上ないほど最高にイカれた理由だからな。でも今は……)

 カイは彼女の隣で、さりげなく魔力を微調整する。彼女のペン先が止まらないように、集中力を削ぐようなノイズを魔法で消去し、最も効率的なルートで事務作業をこなせるようにサポートする。

(彼女が必死に定時に帰ろうとする姿、最高に可愛いからな。俺の人生も、彼女の日常を守るくらいには意味があるだろ)

 そう。最初は「動機」が面白いと思っただけだった。だが、今のカイにとって、アリナが定時を勝ち取り、勝利の凱歌を上げて帰宅する姿を見ることが、何よりも代えがたい「冒険」になっていた。

 午後五時。刻々と迫る定時の瞬間。

「……今日という一日は、私のものよ」

 アリナが最後の書類にハンコを押す。その瞬間、ギルドの時計が六時を刻んだ。

「お疲れ様! これにて本日の業務、すべて終了!」

 アリナは満面の笑みを浮かべ、カウンターを飛び出す。その表情には、処刑人の冷徹さも、受付嬢の仮面もない。ただ純粋に、「定時」という戦いに勝利した英雄の誇りだけがあった。

「いくわよ、カイ! ケーキが逃げちゃう!」

「はいはい、わかってるよ。今日は一番高いやつにしようぜ」

 二人は夕闇の街を駆け抜ける。ギルドという名の戦場を離れ、二人の影は重なり合いながら、夜の街へと消えていく。

(……明日もまた、戦いは続くわ。でも……)

 アリナはカイの腕に、自分の腕を絡める。その温もりは、何よりも確かな「報酬」だった。

(……明日もまた、この人が隣でゲートを開いてくれるなら。この馬鹿な冒険者たちの相手も、もう少しだけ耐えてあげてもいいわ)

 最強の受付嬢は、心の中でそっと自分自身に微笑んだ。彼女の「定時退社」という名の聖戦は、これからも続く。だが、少なくとも今夜だけは、彼女は誰よりも幸せな勝利者として、街の夜を歩く権利があるのだ。

 星空の下、二人の足取りは軽かった。まるで、世界そのものが彼女たちの定時を祝っているかのように。イフールの街に吹く風は、今日も彼女たちの秘密を優しく包み込み、次の日の戦いへと繋いでいく。

 明日にはまた、新しい書類の山と、新しい迷子たちが待っているだろう。だが、そんなことは今の二人にとって、取るに足らない些事(さじ)に過ぎない。

 勝利のあとのケーキは、どんな甘味よりも甘く、そして、どんな報酬よりも価値がある。彼女たちは知っている。定時退社こそが、この過酷な異世界における、最強の魔法であることを。

 二人の背中は、夜の闇に溶け込みながらも、どこまでも凛としていた。最強の受付嬢と、彼女を支える冒険者の物語は、始まったばかりなのだから。

 街の灯りが、二人の帰り道を優しく照らす。彼女たちは明日もまた、何事もなかったかのようにギルドの窓口へ立つだろう。そして、心の中で殺意を抱きながらも、完璧な微笑みで冒険者たちを迎え入れるのだ。

 それが、彼女の誇りであり、彼女の戦い方だった。

 夜の帳が降りる中、二人は並んで歩く。街の賑わいは遠ざかり、静かな時間が二人を包み込む。明日がどうなろうとも、今夜だけは、このささやかな勝利を分かち合っていたい。そう願いながら。

 最強の受付嬢と、彼女を影から支える冒険者の、秘密に満ちた、あまりにも愛しい日常は、これからも続いていく。彼女たちが「定時」という名の勝利を掴み続ける限り、この街の平和は守られ……そして、二人の距離もまた、少しずつ、けれど確実に縮まっていくのだ。

 イフールの鐘が、静かに夜の終わりを告げる。

 それは、二人の勝利の凱歌のように、どこまでも高く、美しく響き渡った。

(さあ、また明日も勝つわよ。……誰にも、私の退社時間は邪魔させない)

 アリナの決意は、夜空の星よりも強く、静かに輝いていた。

 二人の影は、街の路地裏へと消え、その姿は見えなくなっていく。だが、明日になればまた、彼女は完璧な受付嬢としてギルドに立ち、カイは彼女の隣で魔法を準備するだろう。

 定時退社のための戦い。それは、彼女たちの青春そのものだった。

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