定時退社の守護者 〜ギルド受付嬢は、残業を許さない〜   作:can'tPayPay

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違うシリーズになると、前のシリーズの関係じゃできないことができて、どんどん書けてしまう


第三話:聖域外の休日と、空っぽのカウンター(アリナ視点)

冒険者ギルドの休日。それは街全体が休息の泥に沈む日だが、僕、カイにとっての休日とは「アリナという名の難攻不落の城」を外から眺める日でもある。

 カフェの窓からギルドの方角をぼんやりと見つめる。アリナは今日、非番ではない。年中無休のギルドにおいて、彼女にとっての休日は存在しない。むしろ、祝日は無能な冒険者が浮かれてダンジョンへ向かうため、書類仕事が倍増する「残業確定の魔境」だ。

「……あいつ、今頃は何をしているかな」

 カップに残ったコーヒーを飲み干す。普段ならカウンターの隣で彼女の張り詰めた気配を感じられる。それが遠いと思うと、休日というものがこれほど退屈なものかと溜息が出る。

 アリナは「定時」を何よりも愛しているのに、その完璧すぎる処理能力のせいで、周囲から「もっと仕事が回せる」と勘違いされている。だからこそ、彼女は時にダンジョンへ潜り、物理的にクエストを消去するという極端な解決策を選ぶ。

 僕は骨董品店へ向かい、昨日彼女がこぼした「茶葉が切れた」という言葉を思い出し、一番香りの高い茶葉を選んだ。これを渡せば、彼女は少しだけ毒気を抜いてくれるだろうか。

(……行くか)

 僕はギルド裏手の路地へ向かう。そこは僕が魔力を流し込み、アリナの「帰還地点」を確保している聖域。休日で交代制の職員が増えていても、彼女の戦場を守るのが僕の役目だ。

            *

 カウンターの向こう側で、私はひたすらにペンを走らせていた。

(……もう、死ぬ。本当に死ぬ。祝日だからって、なんでこんなに依頼書が持ち込まれるのよ。みんな、家で大人しくしてなさいよ。どうせ深層階層で全滅するくせに……!)

 私の心の中は、絶叫と呪詛で満ちている。それでも表情筋は一切動かさず、完璧な受付嬢の仮面を貼り付ける。

「承知いたしました。では、こちらの受理印を……ええ、そうですね。死なない程度に頑張ってくださいませ」

(もう二度と帰ってくるな、この役立たず)

 内心の罵倒を飲み込み、次から次へと持ち込まれる依頼書を処理する。休日という名の地獄。定時までの残り時間が、砂時計からこぼれ落ちる砂のように私の命を削っていく。

 カイの姿がない。いつもなら隣で軽口を叩きながら、私の事務処理を魔法でサポートしてくれるのに。彼がいないだけで、このギルドはここまで冷たく、殺風景な場所だっただろうか。

(……何してるのよ、あの馬鹿。さっさと帰ってきて、私のためにゲートを開きなさいよ。あんたがいないと、この書類の山に埋もれて死んじゃうじゃない)

 不意に、胸の奥がキュッと締め付けられる。怒りじゃない。寂しさという、私には似合わない感情。そんな自分に気づき、私はペンを叩きつけるように置いた。

 定時まであと一時間。私はローブを掴み、休憩室へと向かうふりをして、裏口へ滑り込む。

(……カイ、いるんでしょう? いるなら、さっさと迎えに来なさいよ!)

 祈るような気持ちで裏口の暗がりへ足を踏み入れたその時、視界が歪んだ。慣れ親しんだ、あの男の魔力。私の帰還を待つ、彼だけのゲート。

 私は迷わず飛び込んだ。

 路地の影に躍り出ると、そこに彼がいた。いつも通りの軽薄そうな笑みを浮かべて、私を待っていた。

「……遅い」

 私は吐き捨てるように言った。でも、その声は自分でも驚くほど甘く震えていた。

「ごめんごめん。ちゃんと待ってたろ?」

 カイが手渡してきたのは、私が昨日ぼやいた茶葉だった。

 受け取った箱が、彼の手の温もりを伝えてくる。胸が熱くなる。

「……何よ、急に。こんなもの貰っても、定時が早まるわけじゃないわよ」

「わかってるよ。ただ、君がこれを淹れて飲む時間が、少しでも平和になればいいなって思っただけだ」

 ああ、ずるい。どうしてこの人は、いつもこうやって私の心を掻き乱すの。処刑人としての私を、残業を憎む歪んだ私を、全部知っていて、それでもこうやって優しく笑うなんて。

「……ずるい人」

 私は茶葉の箱を抱きしめ、視線を逸らした。

「……今日はケーキ、あんたが奢ってくれるんでしょ?」

「もちろん。一番高いやつ、予約しておいたよ」

「……ふん。期待してあげてもいいわよ」

 私は彼の手を掴んだ。そのまま、彼に身を預けるように歩き出す。街の喧騒から逃れ、二人だけの世界へ。

(……明日もまた、書類の山が私を待っている。でも、明日もこの人が隣でゲートを開いてくれるなら)

 私は彼を見上げて、心の中で呟いた。

「ねえ、カイ。……明日は、少しだけ早くゲートを開けてよね。……あんたの顔、見ないと、仕事に身が入らないのよ」

 彼が驚いたようにこちらを見た。私は顔を真っ赤にして、わざと前を向く。ケーキ屋の灯りが見えてきた。

 明日にはまた、戦いが始まる。書類の山、無能な冒険者たち。だが、今の私には、この「報酬」がある。定時という名の聖戦に勝利したあと、彼と共に歩むこの時間こそが、私の何よりの勲章だ。

 イフールの鐘が八時を告げる。二人の幸せな時間が、また一つ刻まれた。

 

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