定時退社の守護者 〜ギルド受付嬢は、残業を許さない〜   作:can'tPayPay

9 / 10
あまりにも、アリナ以外のキャラが出ないから、何の話書いてるかわからなくなる


第八話:定時の境界線、あるいは二人の新世界

イフールの街に差し込む朝日は、今日も残酷なほどに清々しい。ギルドの扉を開ける瞬間、私は深呼吸をひとつして、顔面に「完璧な受付嬢」の仮面を貼り付ける。

(さあ、地獄の始まりよ。今日は騎士団がどんな難癖をつけてくるかしら。……いいわ、すべて論理で粉砕してやる)

 心の中の毒気を、笑顔の裏に完璧に隠蔽する。だが、その隣にカイの気配を感じた瞬間、張り詰めていた心が少しだけ緩んだ。彼が隣にいる。それだけで、私の「定時」は守られているのだと確信できる。

 しかし、今日のギルドはいつもと様子が違った。朝一番だというのに、ギルド内が異様な熱気に包まれている。

「……何かあったの?」

「おい、聞いたか? 北の山脈で古の遺跡が見つかったんだとよ。宝の山だ!」

「マジかよ、最高ランクの冒険者がこぞって向かってるぞ」

 冒険者たちが浮足立ってギルドへ駆け込んでくる。私は嫌な予感に眉をひそめた。古の遺跡。それはつまり、解読不能な依頼書、面倒なトラブル、そして確実に発生する「大規模な残業」の代名詞だ。

「……カイ。これは、定時が危ういかも」

「ああ。遺跡調査の申請だけで、今日の書類が倍になるな」

 カイはそう言って、カウンターの裏側から私の背後に回り込み、耳元で小さく囁いた。

「もしダメそうなら、俺が山脈へ飛んで、遺跡の入り口を魔力で封印してくるか? 『先客が崩落させた』ってことにすれば、今日中の調査は無理になるぞ」

 その提案に、私は一瞬だけ真剣に考え込んでしまった。

「……それ、アリね。でも、騎士団が食いついたら終わりよ。彼ら、魔力痕跡の分析には五月蠅いから」

「そうだな。じゃあ、今日は正攻法でいくか。……あいつらが冒険に夢中になっている隙に、俺たちが依頼書を徹底的に間引く」

 私たちは目を見合わせ、わずかに笑みを交わした。この瞬間、私たちは「受付嬢」と「冒険者」という立場を忘れ、ただの共犯者になる。

            *

 昼時。ギルドは戦場と化した。遺跡を目指す冒険者たちが列を作り、怒号と依頼書の紙吹雪が舞う。

「あの! 申請書が足りないぞ!」

「落ち着いてください。用紙はあちらの棚です。……あと、そこの列、三メートル下がってください。圧迫感があるのよ、消すわよ」

 私は最後の一言を笑顔で告げ、受付の列を物理的に整理した。カイは私の隣で、手元の紙束を次々と「魔力処理」していく。彼の魔法は洗練され、もはや芸術の域に達していた。

「アリナ、次。右のやつは優先順位が高い。俺が『誤字』を直しておくから、お前は受理印を押せ」

「承知。……あんた、本当にいい仕事するわね。……ご褒美に、後で休憩時間を五分多めにあげてもいいわよ」

「そりゃあ光栄だな。なら、その五分で俺の肩を揉んでくれ」

「……殴るわよ」

 忙しさの中で交わす軽口が、唯一の清涼剤だ。だが、その時だった。ギルドの奥から、ギルド長が深刻な面持ちで現れた。

「……アリナ、カイ。至急、奥の部屋へ来てくれ。例の遺跡の件だ」

 部屋に入ると、そこには地図が広げられていた。ギルド長は深いため息をつき、私たちを見つめる。

「遺跡からは、古代の魔力流出が確認された。このまま放置すれば、イフールの街の魔力源が汚染される可能性がある。……至急、調査隊を組む必要があるのだが、今のギルドに深層へ潜れる腕利きがいない」

 私は心の中で舌打ちをした。結局、私たちが動くしかないのか。だが、遺跡の調査は時間がかかる。定時退社が……遠のく。

「私たちが、行きます」

 カイが即答した。私は驚いて彼を見たが、彼は私にウィンクしてみせた。

「ただし、条件があります。……今日の定時までに、遺跡の核を破壊して帰還する。報酬は、通常の三倍で」

 ギルド長は呆れた顔をしたが、渋々と頷いた。部屋を出た瞬間、私はカイの胸ぐらを掴んだ。

「あんた、遺跡調査よ? 定時までに帰れるわけないでしょうが!」

「甘いな、アリナ。遺跡の核さえ叩けば、魔力の汚染は止まる。調査なんて、あとで適当に報告書を書けばいいんだよ。俺のワープを使えば、往復の時間は五分だ」

 彼は私の肩を抱き、廊下の隅へ連れ込んだ。

「遺跡の核は、遺跡の頂上にある。そこへ俺がワープで突っ込む。お前は入り口で、俺が帰ってくるまでの間、依頼書をすべて片付けておいてくれ」

「……私一人で?」

「ああ。……その代わり、今日の晩飯は俺が腕を振るう。お前が一番好きな、あの店の肉料理のレシピを再現するよ」

 その提案に、私はぐらりと揺れた。遺跡調査のトラブルを回避し、最高級の肉料理が待っている。

「……分かった。あんたが帰ってくるまで、このギルドの受付は死守する。……定時までに帰ってこなかったら、あんたの部屋の魔石を全部売り払うからね」

「肝に銘じておくよ」

 彼は笑い、私の額に軽くキスをした。

「……行ってくる」

「……無事でいてよ」

 私は彼がゲートを潜り、姿を消すのを見届けた。

 一人残されたカウンター。私はペンを握りしめ、自分に言い聞かせる。

(……やるわよ。この膨大な書類、私の「定時」をかけて、すべて終わらせてやる!)

 そこからの私の仕事ぶりは、鬼神のごとくだった。高速で処理される依頼書、次々とハンコが押される書類。冒険者たちも、あまりのオーラに圧倒され、列が自然と整っていく。

 午後五時半。すべての処理が完了した。

 私はカウンターに突っ伏し、大きく息を吐いた。

(……あとは、あんたが帰ってくるだけよ)

 時計の針が五時五十九分を指した。

 扉が開く音。そこには、服を少し汚したカイが、涼しい顔で立っていた。

「……ギリギリ、定時だな」

「……おかえり。遅刻かと思ったわよ」

 私は駆け寄り、彼の服の汚れを払った。彼は私の手を握り、そのままカウンターの外へ連れ出す。

「さあ、帰ろう。最高の肉料理が待ってる」

「ふふ、期待しててあげる」

 私たちはギルドの扉を閉めた。背後で、定時を告げる鐘が鳴る。

 今日も、私たちは勝った。どんな遺跡も、どんなトラブルも、私たち二人の定時退社を邪魔することはできない。

 夕闇の街を歩きながら、私は彼の温かい手をぎゅっと握りしめた。明日の依頼書? そんなの、明日になればまた片付ければいい。今日という日は、私たちのものだ。

「ねえ、カイ」

「ん?」

「……明日もまた、一緒に戦いましょうね」

「ああ。一生かけて、定時を追いかけようぜ」

 私たちは笑い合い、夜の街へと消えていく。

 最強の受付嬢と、その最強の相棒。二人の定時は、夜空の星のように、これからもずっと輝き続けるのだから。

 街の灯りが、二人の帰り道を優しく照らしていた。

 明日もまた、新しい一日が始まる。

 でも、今夜だけは、この最高に幸せな勝利の余韻に浸らせて。

 私たちは笑いながら、未来へと続く道を歩き始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。