救われたかったセリカ   作:気弱

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潜入 旧カイザー基地 便利屋の覚悟

「ムツキ、カヨコ……準備はいいわね?」

 

「うん、いつでもいけるよ」

 

「私もokだよ♪」

 

深夜のアビドス砂漠

 

昼間の猛暑が嘘のように冷え切った極寒の砂天の下、かつてカイザーコーポレーションがアビドスを侵略するための拠点としていた、今は打ち捨てられて廃墟となっているはずの旧カイザー基地の敷地内に、便利屋68の面々は音もなく忍び込んでいた

 

事の発端は、前日に対策委員会の面々を交えて行われた緊迫した作戦会議にまで遡る

 

ただでさえ未知の強大で不気味な能力を持つセリカテラーに加え、彼女が放つ「色彩」の憎悪の光を浴びて理性を狂わせ、復讐心の化け物と化した元理事が、現在この基地をどのように扱い、どんな防衛網を敷いているのか──

 

それを正確に把握しないことには、無策で突っ込んでも全員が返り討ちに遭うだけだ、という結論に至ったのだ

 

そこで、自分たちの専門分野、つまり「仕事柄、潜入や裏家業の手順も数多くこなしてきた実績」を持つ便利屋68が、この最も危険な隠密偵察の役を買って出たのである。対策委員会の面々からは強く心配されたものの、リーダーであるアルの「私達アウトローの本気を見せてあげるわ」という不敵な大口に押され、任されることになったのだ

 

──しかし

 

「……ねぇ。さっきからずっと思ってたんだけど……これ、なんなの?」

 

旧カイザー基地のど真ん中、不気味にそびえ立つ鉄塊の建物の影で、カヨコが芯から呆れ果てたような、低く平坦な声を漏らした

 

「何って……完璧な潜入作戦を遂行するための、超一級のアウトロー用ギミック(道具)よ?」

 

ダンボールの隙間から、アルの声がさも当たり前かのように、自信たっぷりに響いてくる。その隣の影からは、ムツキが「くふふ、やっぱりアルちゃんは最高だね〜」と、面白くてたまらないといった様子で小さな笑い声を漏らしていた

 

「いや……普段の私達、絶対にこんな面倒で意味不明なことしないでしょ。……何なの、この無駄に頑丈なダンボール」

 

ここは広大な基地の中央、見渡す限りのコンクリートと鉄錆に囲まれた開けた場所だ。上空にある冷たい月の明かりだけが辛うじて周囲を照らし、ひっそりと静まり返っている

 

その不気味な空間のど真ん中で、何故か「あびどす納豆」や「カイザー・エナジー」と印刷された3つの怪しいダンボール箱が、小刻みに、そして妙に素早く、サササッと床を這うように歩いていた

 

「ふふふ……カヨコはまだ、世界のアウトローたちの最先端のトレンドが分かっていないようね。この前ね、ある動画サイトで観たのよ。プロの潜入工作員にとって、ダンボールこそが視覚的な盲点を突く最高の必需品であり、戦場の究極の防具になるってね!」

 

ダンボールに全身をすっぽりと隠しているため、その表情を見ることはできない。しかしカヨコの脳内には、今この瞬間、箱の中でこれ以上ないほどのドサリとしたドヤ顔を浮かべて胸を張っているアルの姿が、寸分の狂いもなく鮮明に浮かび上がっていた

 

思わず、防音対策を意識したごく小さなため息が漏れる

 

「はぁ……それ、トリニティのどっかの学生が、悪ノリで投稿しているやつでしょ? 確か……アカウント名が『Sexy  y  』……だっけ? あんな怪しい動画を本気で信じて、実戦に投入する人なんて、このキヴォトスに社長以外にいるわけないでしょ……」

 

「ふっ……甘いわね、カヨコ! 一流のハードボイルドの道を進むのならね、大衆が鼻で笑って見落とすような裏の情報こそを、率先して取り入れ、己の技術へと昇華させなければいけないのよ! ほら、こうして現に、私達は敵の索敵網に引っかからずに基地のど真ん中まで歩みを進めることができているじゃない!」

 

「それは敵の姿すら見えてないからでしょ…」

 

「くふふ! 私はアルちゃんのこういうバカバカしい作戦に付き合うの、すっごく楽しいから何でもいいんだけどね〜。ハルカちゃんがここにいたら、きっと『アル様のダンボール、とっても素晴らしいですぅぅ!!』って大泣きして大騒ぎになってただろうし、3人でちょうどよかったかも?」

 

ムツキが箱の中で足をブラブラさせるような仕草を見せながら、いつもの調子でからからと笑う

 

「はぁ……分かったから。それに二人とも、そんな大きな声を出したら誰かに見られちゃーー……」

 

カヨコが眉間を人差し指で押さえながら注意を促し、言葉の語尾を完全に紡ぎきる、その刹那だった

 

『こっちから声が聞こえた気が?』

 

「「!?!?」」

 

無機質で金属的な、歪んだ電子音声が夜の静寂を無惨に引き裂いた

 

先程まで気配など一切なく、ただの寂れた廃墟だと完全に油断していた便利屋68の面々。しかし、前方にそびえ立つ薄暗い巨大倉庫の中から、明らかな警戒を孕んだ金属的な言葉が漏れ聞こえてきたのだ

 

三人は反射的に心臓を激しく跳ね上げ、完全に息を潜めた。僅かでも動けば摩擦音の響くダンボールという、紙切れ一枚のあまりにも心許ない遮蔽物の中で、自らの肺から漏れ出るかすかな空気の音すら全力で押し殺す

 

直後、錆びついた倉庫の重量扉がガガガと錆を撒き散らしながら嫌な音を立てて開き、中から重厚な装甲に身を包んだ一人のカイザー製ロボット兵が姿を現した

 

その頭部で赤く明滅する光学センサーのレンズが、冷たい月明かりの下で不気味に左右へと揺れ動き、無機質な視線で敷地内を気だるそうに走査していく

 

(やっぱり……無人じゃなくなってるわね)

 

ダンボールの覗き穴としてくり抜いた小さな隙間から外の様子をじっと凝視しながら、アルは背中に冷たい汗がだらりと伝うのを感じていた

 

遠目からこの基地を双眼鏡で観察していた段階では、生命の灯火も、兵員が駐留しているような暖かな空気も全く感じられなかった。しかし、あの恐るべきセリカテラーが、憎悪の塊と化した元理事に対して何かしらの超常的な力を渡していた時点で、この場所に再び強引に兵力を結集させているということは、簡単に想像がついていたはずなのだ。敵は完全にこちらの動きを想定し、臨戦態勢を整えつつある

 

光学センサーの不気味な赤い光が、三人の隠れるダンボールのすぐ数メートル横を鋭く通り過ぎていく。張り詰めた空気が今にも爆発しそうなほどの重苦しい沈黙の中、カサリ、と不自然にならない程度の極限の微音を立てて、ムツキのダンボールがアルの箱へと擦り寄ってきた

 

(アルちゃん、アルちゃん。あの巡回兵士、さっさとやっちゃって先に進もうよー。くふふ、潜入なんてまどろっこしいこと抜きにしてさ、派手にいこう?)

 

小声というよりも、もはや吐息に近い音量でムツキが楽しげに話しかけてくる。その声のトーンには緊張感など微塵もなく、むしろ新調した物騒なオモチャを実戦で試したくてウズウズしている子供のようだ

 

(だ、ダメに決まってるでしょ!? 私達は今、完璧な隠密作戦で敵の情報を集めてる最中なのよ? ここで派手な戦闘なんて起こしたら、基地全体の警報が鳴り響いて一巻の終わりじゃない!)

 

アルはダンボールの中で顔を真っ赤にしながら、必死に手を振って(そのせいで箱ごと不自然にガタガタと揺れながら)ムツキの突飛な提案を必死に却下した。自称「冷酷無比な悪の組織のリーダー」としては、ここで計画を台無しにされるわけにはいかないのだ

 

(えー、つまんないの。あの兵士の背中に特製の時限爆弾をこっそり仕掛けて、ドカンと景気よく粉々に吹き飛ばしたかったのにな〜)

 

(……でも、社長。いいんじゃない? 爆弾で吹き飛ばすのはともかくとして。今後のために情報を効率よく吐かせるために、あの歩哨を一人、静かに引っ捕らえるっていうのは)

 

二人の不毛な押し問答に加わるように、カヨコがいつもの冷静な声音でダンボールの奥から現実的なキャッチの提案を差し込んできた。その言葉には、無駄な戦闘を避けつつも、確実に作戦を前進させようとする便利屋の優秀なブレーンとしての確かな計算があった

 

(……確かにそうね。隅から隅まで歩いて手がかりを調べるより、捕まえて吐かせる方が断然手っ取り早いわ)

 

アルは即座に覚悟を決めると、ガサゴソと不自然な音を立てないように細心の注意を払いながら、ダンボールの持ち手用にくり抜かれた隙間から、ひっそりと細長い銃口を突き出した。月光を受けて鈍く怪しい光を放つその銃身は、彼女がいつも愛用している、あの使い込まれたお気に入りのスナイパーライフルではない

 

(あれ? アルちゃん、いつもの自慢の相棒じゃないの?)

 

すぐ横の箱から、ムツキが面白そうに目を細めて小声で尋ねてくる

 

(ふふん、よくぞ聞いてくれたわムツキ! これはね、先生が私達のために特注で用意してくれた、隠密作戦専用のハイテク麻酔銃よ! しかも、この基地を守っているのが生身の人間じゃなくて無機質な機械兵だってことは最初から分かっていたから、電子回路を一撃でショートさせてマヒさせる特殊なジャミング徹甲弾を装填してあるの!)

 

(……それ、たしかミレニアムのエンジニア部が作った試作品だよね。先生、私達に渡すとき、もの凄く渋い顔をして『絶対に、何があってもトリガーガードの横にある赤いスイッチだけは触らないでね。爆発するから』って何度も念押ししてた気がするんだけど……)

 

カヨコが記憶の片隅にある、あの時の先生の引きつった引き止め笑顔を思い出して、嫌な予感に眉をひそめる

 

しかし、一度スイッチの入ったアルのハードボイルドモードは、そんな不穏な忠告など耳に届かない。ダンボールの隙間から覗く隻眼を鋭く細め、ターゲットであるロボット兵の装甲の薄い首筋の駆動系へと、正確に狙いを定める

 

機械兵がちょうど死角を警戒するために、こちらへ背を向けて後ろを振り向いた、まさにその瞬間だった

 

(パスッ)

 

小気味よい、拍子抜けるような消音の破裂音が夜の静寂に響く

 

放たれた特殊弾頭は寸分の狂いもなくロボット兵の首筋に突き刺さり、バチバチと青白い電火花を散らせた

 

『ふへ……、し、システム……エラー……?』

 

電子音声が奇妙に間抜けた音を立てて歪み、先ほどまで厳重に周囲を索敵していた巨体が、糸の切れた人形のように力なくコンクリートの床へと音を立てて倒れ込んだ

 

(おおー、流石は社長! いつもの銃じゃなくても、やっぱり狙撃の腕前だけはピカイチだねー!)

 

(ふふ、ふふふ……どうよカヨコ、ムツキ! これでこの兵士をどこか安全な建物の日陰にでも引っ張っていって、メインメモリーから情報を電子的に吐かせれば、私達の潜入目的は達成したも同然よ!)

 

アルがダンボールの中でふふんと得意げに鼻を鳴らし、これ以上ないほどの完璧なアウトローとしての勝利の余韻に浸ろうとした、その時だった

 

『ピピ……警告、警告。トリガー安全装置が解除されました。過剰出力モードへ移行。あと20秒で本体は高エネルギー自爆します。19、18……』

 

「へ?」

 

突如として、アルが両手で握りしめていた銃の内部スピーカーから、無機質で、しかしあまりにも親切なカウントダウンの音声が響き渡った。同時に、銃身のインジケーターが真っ赤に激しく明滅し始める

 

「社長!? それ、今すぐ捨てて!!」

 

普段は冷静なカヨコが、ダンボールを中から勢いよく跳ね飛ばすような勢いで叫ぶ

 

「え、ええ……!? で、でもこれ、先生からの大事な借り物だし、壊したら怒られ……」

 

「もー! アルちゃん、バカやってないで貸して!!」

 

予想外の事態に思考が完全にフリーズし、ダンボールの中で危機感なく銃を抱えたまま固まってしまっているアルを見て、ムツキが素早く自分の箱から飛び出した。驚異的な身のこなしでアルの手からカウントダウンを刻むハイテク銃をひったくると、そのまま誰もいない開けた滑走路の方向へと、全力で放り投げた

 

きれいな放物線を描いて宙を舞うハイテク麻酔銃。それが地面へと着地した、まさにその瞬間

 

(どかん!!!!)

 

深夜の静寂を木っ端微塵に吹き飛ばす、偵察任務中としては致命的すぎる大爆発が巻き起こった。凄まじい閃光が周囲の錆びついた建物を昼間のように白く照らし出し、すさまじい爆風が3人の髪と服を激しくなびかせる。ミレニアムのエンジニア部が「自爆機能こそ安全装置」という過剰な思想をどれほど凶悪に搭載しているかを、身をもって証明するような大爆破だった

 

「な、なによこれーーーー!? 私の完璧なアウトロー潜入作戦がーーーっ!?」

 

(BGM: Unwelcome School)

 

(自爆装置はロマンよね Byエンジニア部)

 

爆風に煽られて盛大にひっくり返ったダンボールの中から、アルが頭を抱えて涙目で絶叫するのだった

 

「社長! 嘆くのは後! とりあえず敵が集まってくる前に、手頃な所に隠れるよ!」

 

「くふふ、あはははは! やっぱりアルちゃんはこうじゃなくっちゃね〜♪ 期待を裏切らないなぁ!」

 

カヨコが鋭い視線で周囲の防衛網の動きを瞬時に判断し、未だに手元で起きた大惨事に呆然自失となっているアルの細い腕を強引に引っ張る。ムツキはその横で肩を揺らして大笑いしながらも、一流のアウトローらしく手際よく自分たちの足跡や転がったダンボールの破片を闇に蹴り飛ばし、近くに見えた重厚な錆びついた鉄扉の倉庫へと滑り込んだ

 

3人が滑り込み、重い扉を背後でピシャリと閉めたのと、ほぼ同時だった。基地の至る所から、耳を聾するようなけたたましい非常警報のサイレンが鳴り響き、無数の重々しい足音がこちらへ向かって押し寄せてくる

 

『なんだなんだ!? 何が起きたんだ!?』

 

『おい! 格納庫の前でなんか大爆発が起きてるぞ!』

 

『侵入者か!? 敵襲か!?』

 

『おい! こんな所で白目を剥いて寝てるやつがいるぞ! 何してるんだこいつは!』

 

『いや、消化が先だ! 燃料タンクに引火したら基地ごと吹き飛ぶぞ、消化しろーーー!』

 

扉のわずかな隙間から外の様子を覗き込むと、慌てふためいたカイザーのロボット兵や雇われの傭兵たちが、激しい火の手と黒煙が上がる爆発現場へと一斉に群がっていくのが見えた。完全に想定外のトラブルではあったが、結果的に敵の注意が爆発地点へと一極集中したおかげで、便利屋3人が立てこもった倉庫の周囲には、ぽっかりと監視の空白地帯が生まれていた

 

「はぁ……はぁ……、死ぬかと思ったわ……。何なのよあの銃、不良品じゃない……! 悪党を騙してあんな危険物を売りつけるなんて、どこのどいつよ……!」

 

アルが薄暗い倉庫の冷たい壁に背中を預け、激しく上下する胸元を押さえながら、涙目で息を切らす

 

「だから言ったじゃん、ミレニアムのエンジニア部の試作品だって。先生が渡すときに嫌な予感がしたんだよね……。まぁでも、結果オーライかな。敵の兵力が全部あっちの消火活動に集まってくれたから、こっちは当分怪しまれないし、動きやすくなった」

 

カヨコが愛銃のボルトを軽く引いて装弾を確認し、構え直しながら、一歩引いて自分たちが逃げ込んだ倉庫の内情を冷静に観察し始めた

 

倉庫の中は、外見の古びた印象とは裏腹に、不気味なほどひんやりとした空気が張り詰めていた。立ち並ぶ巨大な木箱やコンクリートの柱の影は深く、天井の隙間から差し込む月の光も届かない、完全な暗闇が奥へと広がっている。しかし、カヨコの鋭い視線は、部屋の中央付近、埃の積もった床の上に不自然に刻まれた、何か重いものを引き摺ったような跡を見逃さなかった

 

「……社長、ムツキ。ちょっとこっち来て」

 

「ん、どうしたの〜、カヨコっち? 何か面白いものでも見つけた?」

 

カヨコの緊張を含んだ硬い声に、アルもようやく涙目を拭って、ムツキと共に足元に注意しながら近寄ってくる

 

カヨコがペンライトの光で指し示した先──それは、いくつかの頑丈なスチール製の資材コンテナによって、周囲から巧妙に隠されるように配置されていた、床一面に広がる重厚な鉄格子の扉だった

 

周りの古びたコンクリートとは明らかに異なる、新しく強固な特殊合金で作られたその扉の向こう側からは、じっと耳を澄ますと、地下から響く低周波のような機械の低い駆動音と、冷たい風が吹き上がってくるような不気味な気配が漂ってくる

 

「これ……地下へ続いてるね。かなり深い場所まで……。しかも、最近使われたかのような痕跡もあるよ」

 

カヨコが懐中電灯の光を床の一点に絞ると、そこには埃の上に真新しい「一人分の足跡」がくっきりと残されていた。それも、さっきすれ違った無機質な軍用ブーツのような規則的な輪郭ではない。

 

少し小さめな少女の靴の輪郭

 

「……行ってみる価値はありそうね。完璧なアウトローとして、見過ごすわけにはいかないわ」

 

カヨコの言葉に、アルはゴクリと息を呑み、怪しく暗闇が口を開ける鉄格子の向こうを見つめる

 

外では今も鳴り響くサイレンと、消火活動に追われる兵士たちの怒号が遠く聞こえているが、この暗闇の奥は、まるですべての音が吸い込まれていくかのように静まり返っていた。アルが鉄格子の重いロックを慎重に解除し、扉を押し開けると、冷気と共に暗黒の空間が3人を迎え入れた

 

「やっぱり、相当深いね……」

 

冷たいコンクリートの階段を下りながら、念のためにと持ってきていた携帯用のランプを片手に、カヨコが油断なく先頭を歩く。光の届かない階段の壁には、湿った地下特有の匂いと青白い苔がべっとりとへばりついていた

 

「そうね……足元には十分気をつけなさいよ? 暗闇での不注意は一流のハードボイルドにとっては命取りになるんだから」

 

アルがリーダーらしく、背後からキリッとした声で威厳に満ちた指示を出す。しかし、そのお気に入りのコートの袖や服の裾には、先ほど階段の入り口付近の段差で思い切り派手に転んだ際、壁に擦り付けられた湿った苔と同じものが、無残にべったりと張り付いていた

 

「くふふ、アルちゃんがそれ言う? さっき階段の入り口で盛大にすっ転んで、痛そうに腰をさすりながら『暗闇が私を拒絶しているわ……』ってブツブツ言ってたから、危ないって先頭を交代させられたのに」

 

「う、うるさいわね……っ! あれはあの、暗闇の段差がアウトローとしての私の完璧な予測を超えた不規則な動きをしただけであって、私の不注意じゃないわよ! むしろ私の身のこなしだったからあの程度で済んだの!」

 

「はいはい、社長、声が大きい。響くから静かにして」

 

カヨコに淡々といなされながらそんな不毛な会話を続けていると、ようやく長い階段の終わりを告げる平坦な床に足が届き、目の前に一本の、どこまでも暗闇の奥へと長く伸びる不気味な地下通路が姿を現した

 

「……本当に何かしら、ここ?」

 

アルが不思議そうに、ランプの淡いオレンジ色の光に浮かび上がる壁を隅々まで見渡す

 

その剥き出しのコンクリート壁一面には、先ほど床に見つけたものと全く同じ形状をした、最近ついたであろう真新しい足跡が奥へと点々と続いていた。だが、それ以外の壁や天井、張り巡らされた錆びついたパイプの隙間には、長年人が立ち入っていなかった不毛の歳月を証明するように、湿った苔や不気味なカビの胞子がびっしりと蜘蛛の巣のように張り巡らされている。アビドス砂漠の地下深くという過酷な環境が、独自の不気味な生態系をこの閉鎖空間に作り上げているかのようだった

 

カヨコが壁の不自然な凹凸や、剥き出しの配線に偽装されたスイッチの類を視線で鋭く警戒していたが、じっと観察したところ、近代的な電子トラップや古典的な罠なども仕掛けられてなさそうだ。完全に忘れ去られていた遺構。だからこそ、ここを隠れ蓑に選んだ者の意図が透けて見える

 

あまりの静寂と、ランプの光が届かない闇の深さに、3人は自然と肩を寄せ合うような形になる。ひんやりとした死寂が、彼女たちの肌に粟を生じさせていた

 

「……」

 

カヨコが不意に、周囲のわずかな音や気配の変化を耳だけで察知するために、持っていたランプの明かりをフッと指先で落とした。世界が完全な暗黒に染まる

 

「ちょっと……! カヨコ、急に灯りを消したら、自分の足元すら何も見えないじゃないの!」

 

視界のすべてを奪われた漆黒の空間で、アルがパニックを隠せない様子で泳がせた両手をバタつかせる

 

「アルちゃーん? どさくさに紛れて私のおしり触らないでよー。くふふ、社長の特権?」

 

「触ってないわよ!? 視界がゼロになって手が当たっただけよ! 濡れ衣だわ!」

 

「二人とも静かに……! ──前に、誰かいる」

 

カヨコの低く、しかし氷の針のように鋭い警告の囁きが、アルとムツキの緊張感のないふざけ合いを一瞬で凍りつかせた

 

二人が慌てて口を噤み、カヨコの視線の先、真っ暗な廊下の奥へと目を限界まで細める。すると、遥か前方──湿った重苦しい空気の向こう側に、ゆらゆらと小さく揺れる、冷たい青白色の「明かりのようなもの」が、確かにこちらに背を向けてゆっくりと進んでいるのが見えた

 

その微かな明かりの主こそが、この地下通路に真新しい足跡を残し、便利屋よりも僅かに先を進んでいた人物。そして、その者が今まさに、この地下の最奥にある目的地へと向かっているのだ

 

3人は暗闇の中で無言で深く頷き合うと、各々の獲物を構え、気配を完全に消した。衣服の擦れる音すら殺し、息を潜めてゆっくりと一定の距離を保ちながら、その怪しい影の後を追って歩いていく

 

「あっ、アルちゃん、さっきのダンボール使う? 私の予備、ちゃんとコンパクトに折りたたんでここまで持ってきてたんだけどな〜」

 

ムツキが背負ったリュックから、ガサゴソと平たく畳まれたダンボールを取り出し、悪戯っぽく耳元で囁く

 

「ナイスよムツキ……! 私の戦闘用ダンボールはあのエンジニア部のポンコツ試作品のせいで木っ端微塵に吹き飛んじゃったから、本当に助かるわ。これさえあれば、世界の一流工作員並みの完璧な隠密を──」

 

「……待って。こんな一本道の狭い廊下で、急にダンボール箱が後ろからガサゴソ付いてきたら流石に不自然すぎるでしょ。どこに隠れるつもりなの。いいからそのまま壁の影を伝って進むよ」

 

カヨコの至極真っ当なツッコミに、アルは「あ、そうね……。一本道だものね……」と目に見えて肩を落としながら、差し出されたダンボールをそっと引っ込めた

 

前方の影が落とす淡い明かりを頼りに、音を立てないようにゆっくりと通路の最奥へと進んでいく。冷気が一段と強まり、空気の密度が変化していくのを感じる

 

やがて、前方を歩いていた人物が、通路の突き当たりにある重厚な鉄の扉の前で足を止めた。電子ロックが解除されるピピ音と、パスワードを打ち込む金属音が暗闇に冷たく響き、前方の人物がその扉の向こう側へと吸い込まれるように姿を消す。重い扉が閉まり、明かりが完全に遮断され、再び辺りが完全な静寂と闇に包まれたのを見計らい、3人も素早く物陰のコンクリート柱の裏から飛び出して、その扉へと一気に接近した

 

幸いにも自動ロックの機構は生きておらず、アルが緊張でジワリと汗ばむ手でノブを回すと、扉は油を差されたばかりのように静かに内側へと開いた。3人が音もなくその隙間から中へ滑り込むと、そこは通路の終着点──天井が高く、頑丈な太い鉄格子によって中央が厳重に隔てられた、カイザーの秘密の「地下牢」だった

 

「……またあんたなのね」

 

アル達が物陰の陰惨な資材の裏に身を潜めた瞬間、冷え切った地下牢の空間に、低く、しかしひどく刺々しい少女の声が厳しく響き渡った

 

(この声……セリカテラー……。いえ、でも、違う……。これって、もう一つの声は……)

 

耳を澄ませていたアルの表情が、驚きと混乱で奇妙に変色する

 

「また、私よ? 文句があるなら、その生意気で可愛いお顔を今すぐハチの巣にして吹き飛ばしてあげるわよ」

 

「なによそれ。自分の顔と同じだからって、遠回しに褒めてるわけ? 相変わらず趣味が悪いわね」

 

暗い地下牢の中に、驚くほどそっくりな、けれど決定的にニュアンスの異なる二つの声が激しく交錯する。片方は肉体的な衰弱を隠せず、それでも必死に虚勢を張って強がっている聞き覚えのある声。そしてもう片方は、歪んだ余裕と冷徹な底意地を孕んだ、低く冷酷な声だ

 

便利屋の3人が物陰からゆっくりと顔を覗かせ、そのライトに照らされた視線の先にある光景を捉えた瞬間、言葉を完全に失って息を呑んだ

 

(あれ……カヨコちゃん、あの鉄格子の檻の中に囚われてるのって、この世界の黒猫ちゃんじゃない……?)

 

ムツキがいつも浮かべているはずの不敵な、世界をからかうような笑みを完全に消し去り、信じられないものを見る目で目を見開いてヒソヒソと囁く

 

(……間違いない。この世界の、本物のセリカだ。……そして目の前に、まったく同じ姿をしたセリカテラーが立ってる。悪趣味な鏡写しだね)

 

カヨコが銃のグリップをミシリと音が鳴るほど握り直しながら、冷や汗交じりの低い声で言葉を返す

 

「相変わらずムカつく女ね……。まぁいいわ。それより、そこに置いておいたご飯はちゃんと食べたのよね?」

 

セリカテラーが、冷たい鉄格子の向こう側で無惨に拘束されているセリカを冷酷に見下ろしながら、低く傲慢な声で言い放つ。床には、手つかずのまま冷え切った歪な配給皿が転がっていた

 

「……フン。私を捕まえた奴が持ってきた食べ物なんて、中にどんな毒が仕込まれてるか分かったもんじゃないわよ。そんなの、食べられるわけないでしょ」

 

セリカは両手両足を重い鎖で壁に縛り付けられ、制服をボロボロに汚しながらも、その特有の鋭い眼光だけは微塵も失わずに目の前の怪異を真っ直ぐに睨みつけていた

 

しかし、その頑なな拒絶を聞いたセリカテラーは、一瞬の不気味な沈黙のあと、狂ったように肩を揺らして不快な笑い声を喉の奥から漏らした

 

「ぷっ……あっはははは! 毒!? あんた、この私が、そんな生温い毒ごときで、あんたを簡単に殺してやるとでも思ってるわけ!? おかしすぎるわよ、本当に傑作ね……!」

 

「……っ」

 

「あんたにはねぇ……! この世界が、あんたが必死に守ろうとしてきたあの大切な日常が、内側から木っ端微塵に壊れていく様を、この特等席でじっくりと見せつけてやるのよ……! そして、私と同じ……いや、それ以上の底知れない絶望の淵に叩き落として、精神が完全に擦り切れて死を乞うようになってから、じわじわと殺すことにしてるんだから!」

 

地下牢の容赦なく冷え切ったコンクリート壁に、セリカテラーの歪んだ高笑いが反響し、脳を掻きむしるように不気味に響き渡る

 

「そんなこと……この私が、絶対にさせないわよ。私がこうして一時的に捕まってたとしても、きっとホシノ先輩やシロコ先輩、みんながすぐに私を見つけ出して、あんたのそんな凶行を止めるに決まってるわ!」

 

「あはは! ……はぁ。本当に何も知らないのね、可哀想に。おめでたい頭のままで羨ましいわ。……まだ言ってなかったかしら? あんたが絶対的に信じてるその小鳥遊ホシノなら、私のこの手で、ヘイローを跡形もなく砕いてやったのよ」

 

「っ!? そんな、嘘よ……っ! 先輩が、そんな奴に負けるわけ……!」

 

セリカの毅然としていた顔に、初めて明確な焦燥と絶望の表情が走る。その額からはタラリと冷たい汗が伝い、信じたくない現実との狭間で瞳が激しく揺れ動いた

 

しかし、その緊迫した会話を物陰で息を殺して盗み聞きしていたカヨコだけは、セリカテラーのその発言に対して、怪訝そうに細い眉を深くひそめていた

 

(……ホシノのヘイローを砕いた……? でも、小鳥遊ホシノは今も生きてる。なのに、まるで直接その手で砕き散らせた生々しい光景を見たような口ぶり………)

 

「いい? あんたには『まだ』死なれては困るのよ……。毒なんて安っぽい真似はしないわ」

 

セリカテラーは不気味な、金属の擦れるような足音を立てながら、身動きの取れないセリカの元へとゆっくりと歩み寄る

 

「だから……あんたは、つべこべ言わずにさっさとその食い物を腹の中にぶち込みなさいよ!!」

 

「ぐふっ!?」

 

ドン、と地下牢の空気を震わせる鈍い衝撃音が響く。セリカテラーは、縛り付けられて身を守る防御姿勢すら取れないセリカのみぞおちに向けて、容赦なくその鋭いブーツの先を深く蹴り込んだ。激しい苦痛にセリカの身体がくの字に折れ曲がり、肺からすべての空気を絞り出されたような苦しげな悲鳴が漏れる

 

「あはは……本当に楽しみだわ。あんたが、小鳥遊ホシノ、十六夜ノノミ、奥空アヤネ……あの裏切り者共の、哀れな死に様を見た時にどんなに絶望的な顔をするのかしらね。……それじゃ、また来るわ。私の配下にするやつを、これからじっくりと調教しに行かないといけないからね」

 

セリカテラーは低く吐き捨てるように言うと、乱れた黒いフードを深く被り直した。その足元から立ち上る色彩の残滓が、周囲の空気を禍々しく歪める

 

(やばいやばい、アルちゃん!? こっちに向かって歩いてくるよ!? 完全にこっちの扉に向かって一直線だよ!)

 

(み、見たら分かるわよ!? 声が大きいわよムツキ!)

 

ムツキがいつもの余裕を少しだけ崩し、焦った表情でアルのコートの袖を激しく引っ張る

 

セリカテラーが完全にこちらへ向かって足を進め始めたのだ。慌てて3人は、入ってきたばかりの開いていた重い鉄の扉から外の通路へと飛び出したものの、一本道で左右に逃げ道もなく、身を隠すための遮蔽物すらほとんど存在しない長い廊下を、あの超常的な知覚を持つ怪異にバレずにやり過ごすのは、物理的に不可能に近かった

 

(っ……一か八かよ……! 二人とも、私の後ろのダンボールに隠れるわよ!)

 

アルがここまで地上の爆発から死守し、必死に小脇に抱えて持ってきた、平たく畳まれた状態の予備のダンボールをガサゴソと必死の形相で広げ始める

 

(いや、社長。この切羽詰まった状況でその狭い箱に入るのは流石に逆効果でしょ……! 一発で見つかってハチの巣にされるのがオチだよ)

 

カヨコが本気で呆れ果てたような、頭痛を堪えるような視線を向けるが、コツン、コツンと迫り来る不気味な足音はすぐそこ、扉のすぐ裏まで迫っていた。猶予は一秒たりとも残されていない

 

(くふふ、大丈夫だよカヨコちゃん。さっきの地上ではちょっと焦っちゃったけど、今回はハルカちゃんがいない代わりに、私が鞄に弾薬だけは山ほど持ってきてるからね〜。最悪、ここで正体がバレて戦闘になっても、強行突破して煙に巻いて逃げ切れる余裕くらいはあるよ〜♪)

 

ムツキが自身の愛銃の安全装置をカチャリと滑らかに外しながら、不敵な笑みを唇に浮かべる。もう選択の余地はどこにもなかった。仕方なく3人は、一つの大きな「あびどす納豆」のロゴが印刷されたダンボール箱の中へと、互いの身体を押し込めるように身を寄せ合い、ギリギリの状態で息を殺して隠れた

 

「っ……」

 

薄暗いダンボールの覗き穴から差し込む僅かな光を頼りに、3人は息を殺し、生唾を飲み込んで扉の方向を凝視していた。重い鉄扉を押し開けて通路へと這い出てきたセリカテラーだったが、一本道の真ん中で、突如として雷に打たれたかのようにその場に立ち止まった

 

彼女は割れるような頭痛を必死に堪えるように、両手で自らの頭を強く締め付け、激しくよろめいている。彼女はその歪な姿勢のまま、まるで時間の流れから切り離されたかのように、しばらくピクリとも動かなくなった

 

(はやく、お願いだから気付かずにどっか遠くへ行きなさいよ……!)

 

アルは心臓が肋骨を突き破って飛び出しそうなほどの圧倒的な緊張感の中で、額から冷や汗を滝のように流しながら、必死に心の中で祈りを捧げていた。神様でも悪魔でもいいから、この絶体絶命の瞬間をやり過ごさせてほしい。そんな願いが通路に満ちていた、まさにその時だった

 

「……そこに、誰か……いるわね。……だれ?」

 

周囲の空気を一瞬で凍りつかせるような、冷徹で底知れないセリカテラーの声が通路に低く響き渡った。フードの隙間から覗く視線が、正確に3人の隠れる「あびどす納豆」の箱へと向けられる

 

(!)

 

「……このおぞましい不調な体になったお陰でね、嫌でも五感が敏感になってるのよ。……私の前で、そんなに心臓をバクバクさせて、ネズミみたいな呼吸の音まで立ててたら……ハッキリと聞こえるに決まってるじゃない……」

 

その一切の容赦のない言葉を聞き、カヨコが「……チッ、ここまでね」と小さく舌打ちをした。これ以上箱の中に縮こまって隠れていても何の意味もないと察した3人は、即座にダンボールを勢いよく上方へと脱ぎ捨て、四散させた

 

暗闇を切り裂くように、それぞれの愛銃が一斉にガシャリと音を立てて構えられ、その冷たい銃口が真っ直ぐにセリカテラーの眉間へと向けられる

 

「……便利屋……68……?」

 

フードの奥から覗く、暗く濁った色彩の瞳が、驚きと嫌悪を孕んでアルたちを真っ直ぐに捉えた

 

「ええ、そうよ! 私達の大切な社員を誘拐して傷つけておいて、この私が指をくわえてジッとしてると思ったら大間違いなんだから!」

 

アルは内心、(こ、ここここんな逃げ場のない至近距離で見つかるなんて、もう本当におしまいよーー! 誰か助けてーーー!?)と脳内がパニックで真っ白になり、足がガクガクと震えそうになっていたが、持ち前の圧倒的なハッタリとアウトローとしての意地だけで、冷酷無比な悪の組織の社長としての威厳あるポーズを崩さずに言い放った

 

「……完全に予定外の戦闘だけど。ここまで深くに来ちゃった以上、私達だけでこの元凶を片付けるしかないよね」

 

カヨコが冷ややかに、しかし確実に敵の動力をストップさせる急所を見据え、人差し指を引き金へと深くかける

 

「くふふ、このままアビドスの子たちを頼らずに私達だけで全部解決しちゃって、後で彼女たちに特大の報酬請求書を送りつけるのも悪くないんじゃない? 社長♪」

 

ムツキもいつも通りの不敵な笑みを浮かべ、いつでも引き金を引けるよう銃口を固定する

 

しかし、便利屋の3人から完全に銃口を突きつけられ、包囲されているも同然の状況だというのに、セリカテラーは反撃に移るどころか、武器を構える素振りすら見せなかった。ただその場でピタリと硬直したまま、苦しげに身悶えしている。アルは銃の照準を合わせたまま、目の前にいるセリカテラーの様子が、先ほどまで監獄の中で狂気じみた高笑いを浮かべ、セリカを蹴りつけていた時とは、明らかに異なっていることに気がついた

 

彼女の全身は、激しい悪寒に襲われたかのように、小刻みに、そして壊れそうなほど痛々しく震えていたのだ

 

「………」

 

不意に、セリカテラーの手がゆっくりと腰の後ろのポケットへと動き、アルたちの間に「撃つべきか」という一瞬の張り詰めた緊張が走り、銃のグリップを握る手に力がこもる

 

だが──激しい金属音と共に彼女がポケットから取り出し、差し出してきたのは、自分の愛銃などではなく、鈍い銀色の光を放つ小さな、一本の「鍵」だった

 

「な、何よそれ……。そんなちっぽけな鉄くず一つで、この私達便利屋に勝てるとでも思っているわけ?」

 

(チャリン……)

 

困惑するアルたちの目の前の、冷え切ったコンクリート床に向けて、その鍵が力なく指先から放り投げられ、高い金属音を虚しく通路に立てて転がった。鍵はアルのブーツのすぐ手前で止まる

 

「……その鍵は、この先にいる……私の……鎖の鍵よ」

 

セリカテラーの声は、先ほどまでの世界を呪うような凶気じみた鋭さを完全に失っていた。かすれ、途切れ、今にも消え入りそうなほどに弱々しく掠れている

 

「……なんで、あんたがそれを私達に渡すの。何の罠?」

 

カヨコが銃口を微塵も下げないまま、そのあまりにも不可解な行動の真意を図りかねて、低く鋭い声で問い詰める

 

すると、セリカテラーは深く被っていたフードを、震える手でゆっくりと押し上げた。その奥から現れたのは、色彩の濁流に今にも崩れ落ちそうな、あまりにも悲痛で、恐怖に怯え、そして──正真正銘の本物の、アルたちがよく知っているあの「黒見セリカ」としての、まっすぐな瞳だった。彼女は血の涙を流さんばかりの極限の懇願を、その唇から吐き出した

 

「……お願い。私(セリカ)を……あの中にいる私を、連れて、行って……っ」

 

セリカテラーは、先ほどまで地下基地を支配していた刺々しい圧倒的なオーラを嘘のように消し去り、ただの迷子になった怯えた少女のように、その肩を激しく上下させていた

 

「……どういう事なの」

 

アルが引き金にかけていた指をわずかに緩め、銃口を数センチだけ下げながら、絞り出すように問いかける

 

先程まで狂気じみた呪詛を平然と繰り出していたあの悍ましい化け物とは到底思えないほど、その声はか細く、今にも消え入りそうなほどに震えていた。それはいがみ合いながらも、依頼やトラブルを通じて何度も耳にしてきた、あのアビドス高等学校の不器用で、ツンツンしていて、だけど誰よりも真っ直ぐで健気な「黒見セリカ」そのものの心の響きだった

 

「……私も、もう時間が無いのよ。脳みそを、裏側から直接冷たい手でかき回されてるみたいで……。お願いだから、手短に話させて」

 

右手で割れるような激痛を必死に堪えるように頭を強く押さえつけながら、セリカは途切れ途切れの息で必死に言葉を紡ぎ出す

 

「……今の私は……アルたちが知ってる、普段通りの私よ。でも……それもすぐに無くなってしまう。心の奥底から、ドロドロとした、私のものじゃない湧き上がる不条理な憎しみが……容赦なく私自身の意識を押し潰そうとしてるの。……すぐに、さっきの狂った、怪物みたいな私に戻っちゃうわ」

 

「……まるで二重人格ね。一つの肉体に、二つの異なる精神の位相が無理矢理共存させられているような……」

 

セリカの悲痛な告白を耳にして、カヨコが銃口は向けたまま、冷徹に、だけどその瞳の奥に隠しきれない悲しげな色を滲ませて呟く。するとセリカは、自嘲気味にカハッと乾いた笑いを零した

 

「あはは……本当に、滑稽で狂った二重人格よね。ホシノ先輩たちが私を『裏切った』だなんて……あんなに暖かくて、大好きな人たちのこと、普通の私が疑うわけないじゃない。でもね、私の頭の中に、『あいつは裏切り者だ』『殺せ』って声が、汚泥みたいに絶え間なく流れ込んできてるのよ……。それが、私を狂わせるの」

 

「……今のあなたなら、まともな答えが聞けるわよね。私の、私達の大切な社員……ハルカはどうしたの。どこにいるのよ」

 

アルが一歩前に力強く踏み出し、語気を強めて尋ねる。セリカの口から出た精神の侵食という言葉を聞いて、アルは胸が張り裂けそうな激しい衝動を抑えるように、持っていた銃のグリップを白くなるほど力強く締め付けた

 

「………ハルカは、私の力に、今も必死に耐えてるわ」

 

セリカは、本当に申し訳なさそうに、そして己の無力を呪うように視線を冷たいコンクリートへと落とした。その「力に耐えている」というひどく不穏な言葉に、アルの細い眉が跳ね上がる

 

「力に……耐えてるって……なによ、それ! 意味がわからないわ、ハルカに何をしたのよ!」

 

「……今ココには……あのカイザーコーポレーションの元理事が潜伏しているのは、あなたたちも知ってるわよね」

 

「うん、今回の偵察任務の本来の目的でもあるからね」

 

カヨコが短く、警戒を怠らないまま応じる

 

「あの元理事は、私の中に無理矢理植え付けられた『色彩』の憎しみを分け与えられて……自分の意志を完全に失って、ただの復讐のためだけに操られてる人形でしかないわ。その状態のまま、私達を信奉する不気味な兵隊をここに集めてるの」

 

「……」

 

「つまり……あの元理事のように、捕らえたハルカにも同じ色彩のドス黒い憎しみを精神に直接流し込んで、自分たちの忠実な兵隊として操ろうと、今まさに躍起になってるのよ。ハルカは、それを……アルたち便利屋の仲間への想いだけで必死に拒絶して、今も精神の奥底でボロボロになりながら耐え続けてる……っ」

 

「それを聞いて、私達便利屋68が、ハルカを置いてこのまま尻尾を巻いて帰ると思っているのかしら?」

 

アルが、ダンボールから這い出たばかりの滑稽な姿だったとは思えないほど、凛とした、息を呑むほど美しい表情でセリカを真っ直ぐに睨みつける。その隻眼には、恐怖を完全にねじ伏せたアウトローとしての絶対的な矜持と、苦楽を共にしてきた仲間を想う熱い光が宿っていた

 

「うん、ハルカは私達の大事な大事な社員だからね。帰るなら、後ろの檻の中にいる本物の黒猫ちゃんと、ハルカを両方まとめて、一人残らず連れて帰らないと、便利屋68の名が廃るよ」

 

「くふふ、私達はとっても欲張りなんだよー? 社長が一度『全員助ける、一枚も残さない』って決めちゃったら、地の果てまで追いかけてでも、誰も置いていかないんだから。覚悟しなよ?」

 

ムツキがいつものいたずらっぽい小悪魔的な笑みを浮かべ、アルの頼もしい背中を全力で後押しするように、からからと軽い言葉を重ねる

 

その少女たちの無鉄砲で、だけどあまりにも暖かくて強い言葉を聞いて、セリカの強張っていた口元だけが、ふっと柔らかく、救われたように綻んだ

 

「ええ……本当に、馬鹿みたいに、あなたたちらしいわね……。だけど、ダメよ。今あなたたちに渡せるのは、そこに囚われている『私』だけ……っ……あぐっ、うあぁぁぁあ!!」

 

突如、セリカは落雷に打たれたかのような激しい頭痛に襲われ、両手で割れそうな頭を狂ったように抱えて、その場にガクガサと膝を突いた。頭上に浮かぶ不気味な茨のヘイローが激しく明滅し、禍々しい紫色の色彩の光が彼女の身体の輪郭から溢れ出しそうになる。人格の主導権が、また別の「世界を呪う怪物」へと乗っ取られかけているのだ

 

「……だから……お願い、私の意識があるうちに、この鍵を持って……っ、檻の私を連れてさっさとここから逃げて……! そして……必ず、絶対にここへ戻ってきて。ハルカを、あの子を、絶対に助けに来て……!」

 

「………」

 

冷たい床に膝を突いたまま、プライドが高く、簡単に人に頭を下げないあの黒見セリカが、便利屋に向かって深く、必死に頭を下げていた。自分の身はどうなってもいいから、他人のために必死に懇願している。アルたちはそのあまりにも壮絶で不条理な光景に、気圧されるように一歩後退りした

 

そんな便利屋たちの動揺を気にする余裕すらなく、セリカは激しい精神の拒絶反応に身を震わせ、途切れ途切れの息で、さらに切実な言葉を続けた

 

「そして……もう一つだけ、どうしても、どうしてもあなたたちに…お願いがあるの」

 

「……なにかしら?」

 

アルが胸の奥を激しく締め付けられながら、息を呑んで問いかける

 

セリカは、血の涙を流さんばかりの、極限まで張り詰めた瞳をアルたちに向けた。色彩の狂気に侵食され、黒く濁ったその瞳の奥には、消え入りそうな、けれど決して折れない純粋な魂の光が灯っている

 

「……この世界のホシノ先輩は……生きてる。私が……私が狂いきってしまう前に、あの場所から、ギリギリで自我を取り戻して助け出して……アビドスの病院に『運んだ』もの。……私の世界みたいに、誰も死んでない……。この世界のアビドスは、まだ、全部無事なの……。だから……お願い……」

 

セリカテラーが呟いたその奇妙な強調に、カヨコは一瞬だけ、何かに気づいたように目を細めたが、すぐにセリカへと視線を戻した

 

ゴクリ、と地下通路の湿った空気が爆発しそうなほどに張り詰める。カヨコもムツキも、その唇を硬く結んだまま次の言葉を待った

 

「……この世界の対策委員会みんなの手で……私の、黒見セリカのヘイローを……完全に、跡形もなく、壊しに来て」

 

「!?!?!?」

 

「ヘイローを、壊す……!?」

 

アルの顔が驚愕と戦慄に染まり、銃を持つ手が今度こそ完全に静止した。キヴォトスに生きる生徒にとって、頭上に浮かぶヘイローを破壊されるということは、絶対的な「死」を意味する。それは不可逆の終わりであり、二度と目覚めぬ完全な消滅だ。目の前にいる、別世界から来た哀れなセリカは、今、自分たちに向かって「自分を殺しに来てくれ、私を殺すようにみんなに伝えてくれ」と、そう願ったのだ

 

「な、な、何言ってるのよ……!? なんで急に、そんな極端な話になるのよ!? あ、あの子たちは……アビドスのみんな……あんたのことも、丸ごと救おうとして必死になってるのよ!?」

 

アルの叫びは、冷え切った地下通路のコンクリート壁に虚しく反響した。キヴォトスに生きる生徒にとってヘイロー破壊がどれほど重い禁忌であるか、それを裏社会で生きる中で嫌というほど知り尽くしているからこそ、完璧な悪党を目指すアルの心は、目の前の少女が差し出してきたあまりにも重すぎる「死の請願」に激しく拒絶反応を起こしていた。そんな悲しい結末を認めるわけにはいかない

 

しかし、セリカテラーは脳をかき回されるような激痛に顔を歪ませながらも、左右にゆっくりと首を振った。その瞳は、濁った色彩の光の奥で、驚くほど澄んだ、痛々しいほどに真っ直ぐな意志を宿してアルたちを見つめていた

 

「あなた達は……便利屋68は、依頼さえあれば、どんな不条理なことでも完璧にこなしてくれる、筋金入りの便利屋……でしょ?」

 

「っ……! た、確かにそうよ……。私たちが真の、冷酷無比なアウトロー組織として掲げる便利屋68のモットーは『依頼があれば何でもこなす』、それよ……! でも……だからって、こんな、自分を殺してくれなんて依頼、受けられるわけないじゃない……!!」

 

アルが銃を握りしめたまま一歩前に出る。ハッタリではない、本気の焦燥と怒りにも似た感情がその声を震わせていた。そんなアルの必死な拒絶を遮るように、セリカは力なく、しかし決定的な断絶を孕んだ冷たい声で言葉を紡いだ

 

「……『みんな』なら……ホシノ先輩やシロコ先輩……この世界の対策委員会のみんななら、きっと、テラー化して世界を壊そうとしてる私すらも、無理矢理にでも助けようとしてくれると思う……。優しくて、暖かくて、絶対に仲間を諦めない人たちだから。……けど……それは、それだけは……『私』が嫌なの……」

 

「そ、そうよね……! 分かる、分かるよ! きっとハルカちゃんをこんな目に遭わせたり、アビドスのみんなを悲しませたりしたから、後ろ髪を引かれて罪悪感でいっぱいになってるんでしょ!? だったら、何もかも全部解決したあと、私達の専属の遊び道具にでもなって、アビドスに返すバイト代を全部うちがピンハネしてあげたら、何から何まで綺麗さっぱり許してあげるつもりよ! だから、そんな寂しいこと言わないでよ!」

 

いつもなら不敵に笑っているはずのムツキが、まるで余裕を無くしたように早口で捲し立て、慌てた様子でステップを刻むようにセリカに声をぶつける。自分たちの社員であるハルカを害そうとした相手。けれど、その中身があの「黒見セリカ」であると知ってしまっている以上、便利屋に彼女を見捨てるという選択肢は最初から存在しなかったのだ

 

だが、セリカの返答は、便利屋たちが想像していたどんな罪悪感や後悔よりも、遥かに深くて暗い、絶対的な孤独の深淵から響くものだった

 

「……違うのよ。……例え私がここで生き残っても。例え、この世界のみんなが、私の犯したすべての罪を許してくれたとしても……私のいた世界のみんなは、もう誰も、絶対に帰ってこないの。私の大好きなアビドスは、あっちの世界でみんな死んだの。……それだけよ。私だけが生き残って、この世界のみんなに優しくされるなんて……そんなの、耐えられない」

 

「っ……」

 

セリカの静かな、しかし一切の妥協も甘えも許さない喪失の言葉に、ムツキは完全に言葉を詰まらせた。からからと楽しげに鳴っていた彼女の爆弾の導火線が消えるように、地下通路に痛烈な沈黙が降りてくる。失われたものは二度と戻らない。その残酷な事実を、目の前のセリカテラーは別の世界線で嫌というほど叩きつけられ、精神を擦り切らせてきたのだ。その孤独の重さは、いくら便利屋が言葉を尽くしたところで埋められるものではなかった

 

押し潰されそうな静寂の中、アルはゆっくりと視線を落とし、床に転がる金属の鍵を見つめた

 

その鍵に反射する冷たい光が、アルの眼に焼き付く

 

フッと、アルは銃口を完全に下げ、誰もが予想しなかった不敵で、最高に不遜な笑みをその唇に浮かべた

 

「……いいわよ。その依頼、確かに請け負ったわ。この便利屋68のリーダー、陸八魔アルが……貴方のその願いを、完璧に、一寸の狂いもなくこなしてみてあげる!」

 

「アルちゃん!?」

 

「社長!?」

 

突如として「死の依頼」を承諾したアルの言葉に、ムツキとカヨコが同時に声を裏返して驚愕した。あの優しいアビドスの面々に、セリカを殺せと伝えるような真似、アルができるはずがないと信じていたからだ

 

地面に膝を突いていたセリカテラーも、驚いたように大きな目を丸くし、呆然とアルを見つめていた。だが、次の瞬間、彼女の限界を迎えていた口元が、フッと皮肉げに、そしてどこか本当に嬉しそうに小さく笑った

 

「ありがとね、便利屋68……。やっぱり、私の知ってる通り…筋金入りの悪党(おばかさん)たちね」

 

それだけを言い残すと、セリカテラーは再びガサゴソと頭を抑え、濁った色彩の霧を通路に撒き散らしながら、ふらつく足取りで闇の奥へと歩き出し、その場をあとにした。彼女の背中が完全に暗闇に溶け込み、気配が消え去る

 

その瞬間、堪えていた疑問を爆発させるようにムツキが詰め寄った

 

「ちょっと、アルちゃん! なんであんなこと言っちゃったの!? 本気で黒猫ちゃんを殺させちゃうつもりなの!? そんなの、私嫌だよ!?」

 

「そうだよ、社長。これじゃあ、もし対策委員会のみんなにそのまま伝えたら、アビドスの子たちの心が完全に壊れちゃう。何のために私達が危険を冒してここに来たのか分からなくなるよ……」

 

カヨコも珍しく焦りを滲ませ、アルの肩を掴まんばかりの勢いで問いかける。しかし、当のアルは、胸を張って、いつもの悪の組織のボスとしての極上のドヤ顔を浮かべてみせた

 

「ふふん、二人とも、私のことを誰だと思っているの? 忘れたの? 私達便利屋68は、とびきり強欲で、最高に欲張りな悪党なのよ。……依頼ですって? ええ、確かに受けたわ。でもね──」

 

アルは不敵に笑い、自分の愛銃を肩に力強く担ぎ直した

 

「彼女の依頼は『私が世界を壊す前に、私のヘイローを壊して(私を止めて)』よ。だったら、世界も壊させないし、セリカの命も絶対に奪わない! その体にまとわりついた『色彩の恐怖(テラー)』という名の呪いだけを私たちの弾丸で粉々にブチ砕いて、黒見セリカを丸ごと奪い返してあげるわ! クライアントの額面通りの想像を超える最高の結末を用意してこそ、一流のハードボイルドでしょ!」

 

その言葉を聞いた瞬間、ムツキとカヨコはハッと息を呑み、お互いの顔を見合わせた

 

アルの言いたいことが、その瞬間にようやく理解できたのだ

 

セリカテラーの依頼は「私を止めて」という悲痛な叫び。ならば、「世界を壊させず、なおかつヘイローも壊さずに、力尽くで全員を救い出す」というウルトラCの解決策を叩きつければ、それは便利屋の手によって「完璧に依頼をこなした」ことになる。相手の額面通りの悲しい願いを叶えるだけなら、ただの二流のパシリだ。一流のハードボイルドは、クライアントの想像を遥かに超える幸福な結末を力尽くで用意するものなのだ

 

驚きから一転、ムツキの顔にいつもの悪戯っぽい、そして目の前の不条理な絶望をすべて吹き飛ばすような最高に愉しげな笑みが戻ってくる。からからと鳴る彼女の心臓の導火線に、アルの途方もないハッタリが再び火をつけたのだ

 

「あはは! なるほどね! 流石はアルちゃん、相変わらず最高に悪質で、最高に自分勝手で、最高に格好良い悪党(社長)だね♪」

 

「ふふ……。全く、相変わらず無茶苦茶な理屈をこねるね、社長。依頼人の額面通りの願いを無視して、自分の都合の良いように捻じ曲げて叶えるなんて、本当にタチの悪いアウトローだよ。でも……うん、そういうことなら、私も異論はないよ」

 

カヨコも呆れ混じりの、しかしその切れ長の瞳に確かな信頼と熱い闘志を寄せた美しい笑みをこぼした。絶望に沈むクライアントを力尽くで引きずり上げ、ハッピーエンドを強硬採決する。これこそが、彼女たちの知る「陸八魔アル」という不器用な少女の、真のハードボイルドの形だった。3人の意見と、便利屋68としての進むべき道は、この冷え切った極限の地下通路で完全に一つに固まった

 

「よし! 方針は決まったわ! 何がなんでもハルカを無傷で救出し、あの分からず屋の黒猫を、私達のやり方で丸ごと救い出すわよ!」

 

「流石アルちゃん♪ 邪魔な障害物を吹き飛ばす爆弾の準備なら、いつでもいくらでも手伝うからね〜!」

 

「ふふ、じゃあまずは、目の前の仕事を片付けようか。あの子が私達に託した、最初の依頼をね」

 

アルは床に転がっていた鈍い銀色の金属の鍵を素早く拾い上げると、ロングコートの裾を翻し、先ほど出てきた奥の部屋の地下牢へと迷いなく駆け込んだ。檻の頑丈で厳重な錠前に、セリカテラーから託された鍵をカチャリと差し込んで回す。重い鉄格子がガチャンと鋭い音を立てて開放された

 

カヨコとムツキが手際よく檻の中に入り、冷たいコンクリートの床の上でぐったりと横たわり、鎖に縛られて気絶している、この世界のセリカの身体を優しく抱き起こした。カヨコが手早く鎖の拘束を解き、ムツキがその小さな身体を自分の背中へと引き受ける

 

「よし、本物のセリカを確保。急ごう、地上の大爆発の騒ぎが収まって、敵の増援がこの地下に雪崩れ込んでくる前に、ここを脱出するよ」

 

「うん! アルちゃん、先導よろしくね! カイザーの雑魚ロボットが来たら、私がまとめてドカンとやってあげるから!」

 

「フッ、任せなさい! 真のハードボイルドの鮮やかな脱出劇、その目に焼き付けなさい!」

 

便利屋68の3人は、囚われていたセリカをしっかりと背負い、まだ見ぬハルカの絶対の救出と、あの別の世界線で孤独に泣いていた悲しい怪物を力尽くでぶん殴って救い出すための、特大のハッタリと確かな絆を胸に抱きながら、冷え切った地下基地の不気味な暗闇を縦横無尽に駆け抜けていく

 

地上の騒乱をすり抜け、やがて視界の先に見えてきたのは、アビドス砂漠の地平線。朝焼けの始まりを告げる、黄金色の眩い光の中へと、彼女たちは未来を掴み取るために勢いよく脱出していった

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