救われたかったセリカ 作:気弱
実は投稿抜かしがあったことに気が付き改めて投稿しました……馬鹿すぎる
「がはははは! どうしたアビドス対策委員会! 貴様らの威勢の良さもそこまでかぁ!!」
旧カイザーコーポレーションの砂塵が舞う防衛セクター。その中心で、かつてアビドスを幾度も窮地に陥れたカイザーの元理事が、醜悪なまでの高笑いを響かせていた
彼が操る無骨な多脚歩行戦車──『ゴリアテMark2』の重機関銃の銃口が、激しいマズルフラッシュとともに絶え間なく火を噴き、12.7mmの大口径弾が容赦なくリノリウムの床を、コンクリートの遮蔽物を木っ端微塵に粉砕していく
「くっ……っ!」
シロコは、風を切る重低音とともに迫りくる弾丸の雨を、天性の俊敏なステップとキヴォトス屈指の身体能力で紙一重で躱し続けていく。コンクリートの礫が頬を掠め、自慢の白い狼耳が危険を察知して激しく震える
アサルトライフルのストックを肩に深く押し当てて構え直し、スコープ越しに反撃の射線を探るが、あまりにも執拗で圧倒的な面制圧の前に、引き金にかけた指を引く一瞬の隙すら与えられない
「シロコ先輩……大丈夫ですかっ!!」
防衛セクターの入り口近く、激しい銃撃で半壊した巨大なコンクリートの岩陰。そこに深く身を潜め、降り注ぐ火花と瓦礫の手前に縮こまりながら、アヤネが軍用の戦術タブレットを血相を変えて操作していた。眼鏡の奥の瞳を激しく動かし、端末の画面に表示される3台の無人戦闘機、そして複数の支援ドローンのインジケーターを必死にタップする
「アヤネ、前線の様子はどう!? 敵の機銃が多すぎて、ろくに頭も上げられないんだけど!」
インカムから飛び込んでくるセリカの焦燥しきった声に、アヤネはキーボードを叩く指を止めずに叫び返した
「ダメです、セリカちゃん! 敵の対空火線が密に構築されすぎていて、迂回ルートすら見つかりません! 今あるドローンもヘリの機銃も、私たちの周囲に押し寄せる敵を撃退するだけで手一杯です……! シロコ先輩の元へ直接的な支援火力を送り届ける余裕がありませんっ!」
彼女たちの周囲には、まるで地の底から無限に湧き出し続けるかのようなカイザーPMCの兵士たちが、津波のように押し寄せてきている。防衛用の強固な岩陰に隠れているアヤネを死守するため、セリカとノノミが必死の防衛線を張っていた
「もーっ!! こいつら本当にゴキブリか何かなの!? 一体どこにこれだけの数が隠れてたっていうのよっ!」
黒色のツインテールを激しく振り乱しながら、セリカが自身の突撃銃を文字通り狂ったように連射する。カチャリ、と無慈悲に響くボルトストップの音
「セリカちゃん、右からもう一隊来ます!」
岩陰からタブレットのレーダーで敵の動静を監視するアヤネの声に、「わかってるわよっ!」とセリカは毒づきながら、これで何度目かも分からないマガジンチェンジを素早くこなす。彼女の額からは焦燥の汗が止めどなく流れ落ち、リノリウムの床へと滴り落ちていた
「うう……みなさん、私のミニガンも、そろそろ銃身が焼き付いて熱くなってきてますよぉ……っ!」
ノノミがいつもとは違う、悲痛な声を上げて愛銃の引き金を引き絞る。バラバラバラ、と室内の空気を引き裂くような毎分千発以上の圧倒的な発射音を奏で続けてきたガトリングの銃身は、文字通り真っ赤に変色しかけており、放熱の陽炎が視界をグニャグニャと歪ませていた
終わりの来ない波。彼女たちの弾薬袋はすでに底を突きかけており、アビドスが誇る最高火力のミニガンすらも、物理的な限界を迎えようとしていた
「がははは! 傑作だな! あのピンクの悪魔──小鳥遊ホシノさえこの場にいなければ、お前たちのような生意気なガキ共など、私が出張るまでもない! 数の暴力でゴリ押せば、いくらでもなぶり殺せるのだよ!!」
理事が機関銃のトリガーから一時的に指を離し、煙を吐く銃口を誇らしげに掲げながら、勝ち誇ったように笑い続けた。そう、彼らの徹底した戦術は、アビドスの「盾」であり絶対的な大黒柱であるホシノが不在であるという、その一点の空白を正確に突いたものだった
「それなら……お前を、その不細工な鉄屑ごと潰せば、私達の勝ち……!」
その傲慢な笑みが生まれ、ゴリアテの砲身がわずかにブレた「一瞬の油断」。シロコはその瞬間を絶対に見逃さなかった。野生の狼の如き冷徹な瞳でレティクルを固定し、理性が操縦席を覗かせる防弾ガラスのわずかな隙間目がけて、アサルトライフルの引き金を精密に、かつ力強く絞り込んだ
「おっとォ!」
しかし、理事は生粋の悪党らしい悪賢さで、シロコの動静を捉えていた。瞬時にゴリアテのレバーを操作し、分厚い特殊装甲を持った機体の巨大なマニピュレーターを盾のように滑り込ませ、操縦室の全面を覆い隠す
キン、キン、キン! と、シロコが放った5.56mm弾は、ゴリアテの重装甲の表面で虚しく火花を散らして弾き返された
「貴様ごときの豆鉄砲では、この私の最高傑作『ゴリアテ2号』には傷一つ付かんわ! 無駄な足掻きを!」
「……さっきはゴリアテMark2って言ってなかった?」
「う、うるさいわ!! 名前など『2号』でも『Mark2』でも何でもいいのだ! 細かいツッコミをしてこちらのペースを乱そうとするな!」
シロコの至って冷静、かつどこか辛辣なツッコミに、理事が顔を真っ赤にして憤慨しながら、再びゴリアテの重機関銃を狂暴に駆動させ始めた
それだけではない。理事が操縦桿を乱暴に叩きつけると、駆動油圧の不気味な重低音とともに、ゴリアテの側面から折り畳まれていた油圧式の巨大な金属アームが、生き物のように蠢きながら展開された。建物の解体用重機を思わせるその無骨な爪が、シロコの退路を塞ぐように猛烈な速度で振り下ろされる
「──ッ!」
シロコは直感的に後方へと跳躍した。そのコンマ数秒後、彼女が直前までいた床に、ゴリアテの巨大な拳が鉄槌となって叩きつけられた。ドゴォン!!! と、まるでセクター全体が地震に見舞われたかのような衝撃が走り、リノリウムの床が粉々に爆ぜて巨大なクレーターが穿たれる
「がははは! 避けてばかりでどうした! 潰れろ、潰れろォ!!」
質量そのものが凶器と化したアームの横薙ぎの払いが、風を切り裂きながらシロコを追尾する。シロコは宙返りでその破壊の一撃を辛うじて超高高度のステップで回避するが、アームが掠めた頑丈なコンクリートの支柱が、まるで熟した果実のように一撃でボロボロに粉砕され、フロアに大量の土煙と瓦礫を撒き散らした
機関銃による絶え間ない遠隔弾幕と、全てを圧殺する一撃必殺の巨大な腕での近接格闘──。この二段構えの猛攻により、シロコの回避スペースは物理的に、そして急速に削り取られていく
「っ……はぁ……、はぁ……」
シロコは再び瓦礫の陰に滑り込み、射線を外す
──正直に言って、最悪の戦況だ。前回、アビドス自治区の戦いでこの理事と戦った時のように、弾道が見えやすく遮蔽物で防ぎやすい「レーザー」を主体に攻め立ててくれた方が、まだマシだと断言できるほどだった。今回の理事は一切の慢心を捨て、ただひたすらに、執拗に、シロコの足を止めることだけを目的として、弾幕の雨と重質量の鉄拳を絶え間なく降らせ続けている
キヴォトス広しといえど、トップクラスの素の体力と無限のスタミナを誇るシロコ。毎日の自転車による長距離ロードや、過酷なサバイバルトレーニングで鍛え上げられた彼女の肉体をもってしても、これほどの大口径機関銃と巨腕による波状攻撃で一秒の猶予もなく狙われ続けていては、呼吸を整える暇すらなく、乳酸と疲労がじわじわと全身の細胞に積み重なっていく
その上、最大の問題は「一撃の重さ」だ
セリカやシロコのアサルトライフル、ノノミの焼き付きかけたミニガン、さらにはシロコが懐に忍ばせていた数個の対戦車グレネード。挙句の果てに、アヤネが岩陰に深く身を潜めて、火花が散る中必死で軍用戦術タブレットを遠隔操作して放つ、支援ドローンの対地ミサイルや戦闘機の機銃掃射をもってしても、この要塞化されたゴリアテMark2の複合装甲を完全にブチ抜くには、決定的に火力が不足していた
これがもし、便利屋68のハルカが仕掛ける極悪な複合地雷の連鎖爆発や、ムツキがばら撒く広範囲の超威力爆薬があれば、その爆風の衝撃で装甲を剥がし、キャタピラや脚部を破壊するような戦いようもあっただろう。しかし、今のアビドス対策委員会の手持ちの兵装には、重装甲を内側から爆砕するような高威力の爆発物が完全に欠けていた
何より狡猾なのは、理事の戦術的な配置だった
彼はアビドスの4人がかりでの集中砲火を浴びることを、何よりも警戒していた。だからこそ、無尽蔵のPMC兵士たちに命令し、セリカ、ノノミ、そして岩陰でタブレットを叩くアヤネの3人を周囲からの近接戦闘で徹底的に釘付けにさせ、彼女たちの射線をゴリアテから強制的に外させていたのだ
「アヤネちゃん、やっぱりあのロボットの装甲、通常弾じゃ全然抜けない! そっちから何か、効率のいい弱点データの抽出とかできないの!?」
セリカが銃身の熱に顔を顰めながらインカムに叫ぶ
アヤネは岩陰で火線に晒されながら、タブレットの画面に表示されるゴリアテの構造解析グラフを必死にスクロールさせた
「無茶言わないでください、セリカちゃん! 敵の妨害電波のせいで、外付けのセンサーログがほとんど読み込めないんです! それに、今の処理速度じゃ装甲の厚みを計算するだけで精一杯で……っ!」
「あはは……。アヤネちゃん、謝らなくて大丈夫ですよ〜。でも、本当にちょっと困っちゃいましたね。私のミニガンでも、外側の塗装を削るのが限界みたいです」
ノノミが真っ赤に熱を帯びたバルカン砲の引き金を引きながら、困ったように眉を下げた
結果として、アビドス対策委員会は「果てしない兵士の波を食い止めることで完全に手一杯の3人」と、「巨大な駆動アームと機関銃を振り回すゴリアテの狂気的な猛攻を、たった一人で引き受け続けなければならないシロコ」という、戦力を完全に分断された最悪の泥仕合を強いられていた
戦況の完全な優位を確信した理事が、操縦席の中で狂ったようにモニターを叩き、その醜悪な顔を歪ませて吠える
「がはははは! 勝てる、勝てるぞ!! 散々我がカイザーコーポレーションの計画を邪魔し、この私に煮え湯を飲まされ続けたあの憎きアビドスの小娘どもに、今日こそ! 今日この時こそ完全なる敗北と死の手向けを飾れるのだ!! 対策委員会が崩壊すれば、今日から私はまたあの輝かしい栄光の日々、権力の座へと戻れるのだよ! がはははは!!」
「そんな……寝言は、寝てから言って……っ! その大雑把な豆鉄砲の攻撃じゃ……何時まで経っても、私には掠りもしない……!」
高笑いする理事に対し、シロコは野生の狼の如き鋭い視線を向けたまま、挑発をやり返しとばかりに言葉を投げかける。激しい弾幕を最小限のフットワークで避けながら、彼女は強引にアサルトライフルの銃口をゴリアテの駆動関節へと向け、無理矢理に数発の弾丸を撃ち込んだ
しかし、放たれた弾丸はゴリアテの重厚な特殊複合装甲の前では、虚しくも甲高い金属音と共に火花を散らして弾かれるだけだ。物理的なダメージは微塵も通っていない
「豆鉄砲だと? 笑わせるな、この身の程知らずが! お前のその貧弱なアサルトライフルの弾の方が、よっぽど文字通りの豆鉄砲だろうが!! 痛くも痒くもないわ!!」
「なら……。その豆鉄砲じゃ、逆立ちしても敵わないような代物を……今すぐ、私に見せたらどう……?」
「ぬ、何だと……っ!?」
シロコが静かに言い放った瞬間、耳を聾するようだった重機関銃の連射音がピタリと止んだ
セクター内に、駆動系の不気味な低音と、シロコが肩を激しく上下させて刻む「はぁ……はぁ……」という荒い呼吸の音だけが、ひどく明瞭に響き渡る。シロコは額から目元へと流れ落ちる不快な汗を鋭い手つきで拭いもせず、冷徹な野生の双眸で、操縦席のガラス越しにいる理事をじっと睨みつけていた
以前、アビドス自治区の本校舎前でこの理事と死闘を繰り広げた時も、シロコの放つ通常弾はゴリアテの強固な複合超合金の装甲に対して、全く通用しなかった。だが──この一見すると無敵に思える多脚歩行戦車にも、たった1箇所だけ、あらゆる攻撃が通用する致命的な「急所」が存在することを、シロコは戦術的経験から明確に知っている
それは、ゴリアテの背中に格納・装着されている、最大級の破壊力を誇るあの『超高出力レーザー砲』の銃口の奥深くだ
そのエネルギー充填中の砲身の内部、まさに臨界点へと達しようとしている剥き出しのコアに向けて、今のシロコたちが持っているすべての残弾を、コンマ数ミリの寸分の狂いもなく正確に叩き込めば、内部に蓄積された莫大なエネルギーが逆流して致命的な暴走を起こし、ゴリアテは構造的な内側から大爆発して木っ端微塵に吹き飛ぶだろう
「アヤネ……、ゴリアテの主砲、バイパス回路の熱源ログは……生きてる?」
シロコがインカムのノイズを押し殺しながら、極限の集中状態で呟く
「は、はい……っ! タブレットの超短波レーダーでギリギリ捉えています! でもシロコ先輩、まさかあの時と同じ方法を……!?」
アヤネが岩陰でタブレットの画面を見つめながら、最悪の予感に顔を青ざめさせた
そう、内部のコアに弾丸を届かせるためには、理事にどうしても「あのレーザー砲を発射する構え」をとらせ、主砲の前面をこちらに向けさせる必要があった。しかし、今はそのレーザー砲は使用されておらず、砲身は虚しく上空に向けられたままだ。エネルギーが循環していない休止状態の砲身装甲は、他の部位と同様にあまりにも強固であり、いくら外側からアサルトライフルを撃ち込んだところで、甲高い音を立てて弾き返されるだけなのは目に見えてい
だが、仮に理事を挑発してあのレーザーを強制的に撃たせたとしても、前回とは決定的に違う最悪の条件がある
前回、あのゴリアテから放たれた極大のレーザー砲を真っ正面から完全に防ぎきり、反撃のための決定的な隙を作ったのは、当時カイザーに囚われていた状態の小鳥遊ホシノが、アビドスに残していってくれたあの『頑丈な盾』があったからこそ出来た芸当なのだ
いま、シロコの手元には、あの絶対的な防御力を誇るアビドスの盾はない。アサルトライフル一本を携えただけの剥き出しの身体で、あのすべての物質を熱分解する熱線の直撃を受ければ、どれほどキヴォトス人としてタフなシロコであっても、一溜まりもなくヘイローごと融解し、再起不能の致命傷を負うのは自明の理だった。防ぐ術のない一撃必殺の主砲を、あえて自らに向けさせて撃たせるという、それは文字通りの狂気の選択
理事がシロコの視線の意図、その銃口のわずかな傾きに気づき、歪んだ笑みをその脂ぎった醜悪な顔に浮かべた。ゴリアテの巨大な金属駆動音が、静まり返ったセクターに重苦しく響き渡る
「がはははは! なんだぁ? 小娘、まさかお前……この私が誇る最強の主砲、あの極大レーザーの直撃がお望みか!? 弾切れ寸前の命乞いの代わりに、自ら綺麗さっぱり消し炭になりたいとは、実に殊勝な心がけだな、ええ!?」
「……お前が、あの時の敗北の恐怖を乗り越えて……私にそれを真っ正面から撃つ『勇気』があるなら、の話だけどね……。それとも、また私にコアを撃ち抜かれるのが怖くて、その不細工な引き金が引けないの?」
シロコは激しく上下する肩の呼吸を必死にコントロールしながら、不敵な笑みを無理にでも口元に作った。それは、自らの命そのものを最高倍率のチップとして冷徹に差し出す、一か八かの狂気的な賭けだった
「ちょ、ちょっとシロコ先輩!? 何考えてんのよ、あのレーザーを盾なしで受ける気!?」
包囲するPMC兵士を蹴散らしながら、セリカが悲鳴のような制止の声を張り上げる
「シロコちゃん、無茶です! 下がってください!」
ノノミの叫びも、今のシロコの耳には届かない
あの盾がない今、熱線の直撃を受ければ肉体は無事では済まない。だが、ゴリアテが主砲のエネルギーを充填し、実際に空間へ解き放つそのコンマ数秒の刹那。シロコの野生に裏付けられた超人的な動体視力と、限界を超えた神経伝達スピードをもってすれば、発射の瞬間にレーザーの破壊軸線を紙一重で躱すことができるはずだ。そして、もし計算通りにいけば──その射線の延長線上に密集し、自らを包囲しているカイザーPMCの兵士たちのド真ん中へ、その破壊の光を強制的に直撃させ、鬱陶しい有象無象を一斉に消し飛ばすことができる
(……大丈夫、絶対にできる。私の目は、まだあの砲身の起動とエネルギーの収束を、完全に捉えてる……)
シロコの白く滑らかな頬を、緊張と焦燥の冷や汗が静かに一筋、顎のシャープなラインへと伝い落ちていく
「ふん、小癄しい安いハッタリを!! そんなに我が社の科学の結晶を拝みたければ、望み通り一瞬で塵にして見せてやろう! 灰すら残らぬ我が主砲のサビとなるがいい!!」
シロコの思惑を見抜いているのか、あるいは単にプライドが高く挑発に乗りやすい悪癖が出たのか。理事が狂ったような高笑いとともにゴリアテの主コントロールレバーを強引に引き絞ると、背面にマウントされていた巨大な『超高出力レーザー砲』が、ギチギチと金属の不穏な軋み声を上げてシロコの華奢な身体へと正確に向き直った
ブゥゥゥン……! ──キィィィィィン……!!!
空間そのものが恐怖で細かく振動するような、耳を圧迫する不気味な超高周波の充填音がセクター全体に充満する。主砲の巨大な砲口の先から、パチパチと禍々しい青白い熱電粒子が激しく迸り、中心点に向けて極大の熱線が急速に収束を開始していく
(タイミングは発射の瞬間、一瞬だけ……。今の私の位置なら、後ろの岩陰で戦っているアヤネやセリカ、ノノミを巻き込むことはない。……あとは、私が撃ち抜かれる前に、本当にあの光の速度を避けられるかどうか……!)
「死ねぇ!! 砂狼シロコォ!!! 貴様のその生意気なツラを見るのも、これが最後だ!!がははははは!!!」
(……本当に、どこまでも分かりやすくて……助かるよ……!!)
エネルギーの充填が最大値に達し、すべてを分子レベルで融解させる光の暴力が解き放たれる。しかし、理事がご丁寧に大声で発射の合図を叫んでくれたおかげで、その破壊の光が放出されるジャストのタイミングは、シロコの脳内で完璧に弾き出されていた
網膜が真っ白な絶対の閃光に染まる、その完全に同時の刹那──シロコはリノリウムの床を爆発的な脚力で蹴り抜き、重力から解き放たれたように真横の空間へと弾かれたように飛び退いた
ズガガガガァァァンッ!!!!
地響きどころではない、空間そのものが内側からへし折れたかのような、凄まじい大質量爆裂音が鼓膜を容赦なく破壊した
直後、シロコがほんのコンマ数秒前まで立っていた空間を、大気そのものをドロドロに焼き溶かし、分子構造ごと消滅させるような超高温・極太の青白い熱線が、空間を裂く猛烈な速度で駆け抜けていく。それはただの音を超え、空気が超高熱によって急速に膨張し、爆縮を起こした、世界の境界が削れるかのような凶悪な破壊の摩擦音だった
凄まじい熱波の余波がシロコの衣服をじりじりと焦がし、発生した凄まじい衝撃波の爆風が彼女の身体を横へと派手に吹き飛ばすが、転がりながらもシロコの鋭い視線は、決してその光の軌跡を逸らすことなく、次の一手のために真っ直ぐにゴリアテへと注がれていた
「なっ……!? か、躱されただと……っ!?」
ゴリアテの操縦席の中で、理事がひっくり返ったような驚愕の声を上げる。モニターの視界を覆い尽くしたはずの青白い光線の中心から、まるで重力を無視したかのように滑り込んできた砂狼シロコの姿が、真横へと完全に消失していたからだ
シロコの驚異的な戦術計算通り、放たれた破壊の光線は、彼女の華奢な肉体をかすめることすらなく、背後で包囲網を敷いていたPMC兵士たちの僅かな隙間を獰猛な獣のように縫い進んだ。そして──その後方にまるで黒い壁のように無尽蔵に湧き続けていた、カイザー増援部隊のど真ん中へと無慈悲に着弾した
ドゴォォォォンッ!!!
ハルカの手製爆薬による爆発などとは比べ物にならない、旧要塞セクター全体を内側から崩壊させかねない大爆発が巻き起こる。空間を満たした超高温の熱線が周囲の空気を爆発的に膨張させ、轟音とともに猛烈な爆風の弾波が壁を圧迫した。光の奔流に巻き込まれた数十人のPMC兵士たちは、絶叫をあげる暇すら与えられず、防弾重装甲ごと一瞬でバラバラに吹き飛んでいった
「しまっ……! わた、私の可愛い、高額な雇用費をかけた兵隊たちが……っ!?」
画面上で一瞬にして消滅した味方のバイタルサインを見つめ、理事が顔を引きつらせて絶叫する
「これで……終わり……!!」
大爆発がもたらした猛烈な爆風の衝撃波に耐えながら、空中で美しく反転し、猫のようにしなやかな体勢を立て直したシロコ。彼女はリノリウムの床に着地すると同時に、愛銃のアサルトライフルを腰だめに構え、その銃口を狂いなく正面のゴリアテへと固定した。狙うは唯一つ、極大レーザーを放出しきって赤熱化し、完全に無防備に開け放たれているゴリアテの主砲発射口の奥深く──その剝き出しになった、エネルギーコアだ
このまま手持ちの残弾のすべてを、あの赤く輝く中心部にあぶくのように叩き込めば、外側の兵士たちの数は自爆の巻き添えで半分以下に減り、この厄介な多脚歩行戦車も確実に内部から誘爆させられる。シロコがそう、勝利への絶対の確信を抱いた、まさにその瞬間だった
「がははは! 甘いわ、小娘がぁ!!」
着地したシロコの冷徹な視線の先で、理事がニヤリと下劣な笑みを浮かべ、コンソールの中央にある輝く赤い緊急閉鎖ボタンを力任せに叩きつけた
ギシィィッ──ガッシャァァン!!!
重々しくも極めて硬質な油圧駆動音。シロコが引き金を引き絞るよりも、彼女の超人的な反射神経が指先に伝わるよりもほんのコンマ数秒早く、ゴリアテの主砲発射口の前面に、厚さ数十センチはあろうかという防弾特殊合金の重厚なシャッターが「蓋」をするようにして、完全に閉まりきってしまった
キンキンキンキンキンッ!!!
シロコが放った渾身の精密連射弾は、無情にも閉ざされたシャッターの冷徹な表面で、激しい火花を散らすにとどまった。放たれた5.56mm弾は、何事もなかったかのように甲高い音を立ててすべて虚しく斜め後方へと弾き返されていく
「なっ……!?」
シロコの瞳が、初めて驚愕に大きく見開かれた。これまでどんな死線、どんな過酷なサバイバルにおいても冷静沈着さを崩さなかった彼女の表情に、明確な戦慄の走る
完璧なタイミング、寸分の狂いもない弾道だったはずの一撃が、冷徹な金属のシャッターによって完全に遮断されてしまったのだ
「がはははは!! 傑作だな! 前と全く同じ浅薄な手が、この私に二度も通用すると思ったか小娘め!! 兵士など、我がカイザーの資金力と動員力をもってすれば、何人、何千人、何万人でも、無限の闇からいくらでも投入できるのだわ!!」
理事が狂気的な優越感に浸りながら次のコントロールパネルを叩く間、ゴリアテMark2の巨大な主砲の側面から、カシャリと不気味な排気ダクトが幾重にも展開された。極大レーザーを放出したことによる莫大な余剰熱を強制的に逃がすため、プシューーーッ!!! と鼓膜を引き裂くような凄まじい高圧の排気音とともに、周囲の視界を瞬時に真っ白に染め上げるほどの、文字通り触れれば肉をそぎ落とすような猛烈な高温の白煙と蒸気が勢いよく噴き上がっていく
「ちょっと、冗談でしょ……!? ほ、本当にどこからこいつら湧いて出てくるのよ……っ!!」
「もう、勘弁してください……!! これじゃ、本当にキリがありませんよぉ……っ!」
硝煙と高熱の白煙が激しく渦巻く空間の向こうから、限界を迎えたセリカの悲痛な絶叫と、ノノミの泣き出しそうな悲鳴が重なって聞こえてきた。心臓を直接掴まれたかのような嫌な予感に襲われ、シロコはゴリアテからの弾丸の嵐の中から、一瞬だけ後ろを振り向く
そこには、言葉を失うほどの絶望的な光景が広がっていた
先ほどシロコの機転により、ゴリアテ自らのレーザー砲で過半数のカイザー兵士を巻き込み、完全に吹き飛ばしたはずだった。それにも関わらず、セリカたちの前方には、いま黒煙を上げて横たわる無数の同胞の屍を文字通り容赦なくその足で踏みつぶしながら、先ほどと全く同じ、いや、それ以上の圧倒的な物量を持った黒い軍勢が、不気味なほど統率された足取りで次から次へと防衛セクターの奥から這い出し、フロアを隙間なく埋め尽くしていたのだ
「し、シロコ先輩……っ! このままでは、私達……本当に遠からず物量に押し潰されて、負けてしまいます……!」
アヤネの悲痛なオペレーションボイスが、通信インカムを通じて激しいノイズ混じりに響く。防衛用の岩陰に深く身を潜めているアヤネは、半ば壊れかけたタブレットの画面を必死に叩いていたが、そこにしるされた味方の戦力状況は破滅的だった
彼女が全神経を尖らせて操作していた、アビドスが誇る3機の無人戦闘機と複数の支援ドローン。しかし、激しい乱戦の最中、物量に物を言わせた敵の対空対人ミサイルの集中砲火を浴び、その自慢の戦闘機たちはいつの間にかすべて撃ち落とされ、黒い煙を上げて冷たい床へ墜落していた。いまアヤネの手元に残されているのは、システムエラーの煙を吹きながら、頼りなさそうにシロコの頭上をフラフラと浮遊する、最後の一機の小型観測ドローンのみという有り様だった
「がははは! 貴様が我がゴリアテの主砲の発射口、その奥深くにあるコアを狙い撃ちにして自爆を狙ってくることなど、前回の敗北で骨の髄まで予習済みよ! 対策を講じないはずがなかろう!!」
理事が操縦席のホログラムモニターに映る、完全に孤立したシロコの姿を指差し、歪んだ優越感を爆発させる
「この主砲前面に新設した自動開閉口の装甲は、この機体の本体装甲と全く同じ強度の複合超合金! つまりは、貴様らアビドス対策委員会の持っている貧弱な武装では、逆立ちしたって傷一つ付けることも、強行突破することも不可能なのだ……! ハーッハッハ! 打つ手なしの、完全なる『詰み』ということだ!! 大人しく我が社の軍門に下るか、さもなくばお前たちのあの大黒柱──小鳥遊ホシノと同じ暗い奈落の底へ送ってやろう!!」
理事が操縦席の拡声器を通じて、マイクが割れんばかりの怒号を防衛セクターに響かせる。その言葉は、アビドスを肉体的にも精神的にも完全にへし折るための、冷酷な宣告だった
セクターの全方位から響き渡る、文字通り地鳴りのようなPMC兵士たちの足音。鉄の軍靴が冷たい床を鳴らすたび、アビドス対策委員会の絶望的な包囲網はさらにその密度を増し、退路はすでに黒い鉄の壁によって完全に閉ざされていた
ゴリアテの双肩にマウントされた重機関銃が、再び獲物を確実に引き裂くためにギラギラとした冷たい銃口をシロコへと固定し、油圧駆動の重低音を周囲の空気を震わせながらうならせ始める。銃身の熱気と硝煙、そして絶望の濃い影が、確実にシロコたちアビドス対策委員会を飲み込もうとしていた、まさにその刹那だった
──空間のすべてを切り裂くような、極限まで圧縮された無慈悲な風切り音が、セクターの闇を裂いて鳴り響いた
「ターゲット、確認…」
極夜の氷河を思わせる、どこまでも冷静で、圧倒的なまでの強者の気配を孕んだ声音が、無線を介さずその場に直接響き渡る。その冷徹な響きに、誰もが背筋を凍らせた
「ぬぅおおっ!? 何だ、何が起きたぁ!? どこからの狙撃だ!!」
操縦席の理事が、警告灯が一斉に点滅し始めたホログラムモニターを見て狼狽の声を上げる
「っ……!?」
シロコのすぐ横を、一筋の紫黒い一閃──まるで巨大な大鎌のような軌跡が、音速を超えて通り過ぎたかと思うと、次の瞬間
ドガァァァァン!!!
それまでアビドス全員の猛攻をもってしても傷一つ付かなかったゴリアテの右脚部が、凄まじい衝撃波を伴って文字通り根元から爆破された。内部の駆動油圧系が激しく火花を散らし、強固な超合金の装甲が紙切れのようにめくれ上がる
「ガ、ガガガガッ……!? バカな、私の最高傑作の脚部装甲を一撃で……!?」
理事が操縦桿を激しく揺らすが、右脚を完全に大破したゴリアテはバランスを崩し、不格好に傾いてその巨体を大きく震わせた
それだけでは終わらない。ゴリアテを撃ち抜いたその超高威力の質量弾は、衝撃を一切衰えさせることなく一直線に突き進み、背後でセリカたちを包囲し完全に追い詰めていたPMC兵士たちの密集地帯へと獰猛に突っ込んだ。凄まじい爆風がフロアを吹き荒れ、何十人もの兵士たちが叫び声をあげる暇もなく、木の葉のようにまとめて後方へと吹き飛ばされていく
あまりの出来事に一瞬思考が停止したシロコだったが、戦況の劇的な変化をその野生的な直感で即座に理解した。誰かがゴリアテの最大の支えである脚部を一撃で叩き壊し、その余波のまま、後方の敵軍を一網打尽にしたのだ
(これほどの威力、それに……今の、冷たくて、でもどこか聞き覚えのある声は……)
シロコがアサルトライフルを構えたまま、白煙の向こうを鋭く凝視する
爆発の黒煙を纏いながら、金属の引きずる冷徹な足音と共に姿を現したのは、ゲヘナ学園の全不良生徒がその名を聞くだけで震え上がる、あの風紀委員長──空崎ヒナだった
その小柄な体躯からは想像もつかない巨大な機関銃を片手で軽々と肩に預け、何事もなかったかのように紫色の瞳を静かに光らせている。頭上に浮かぶ赤紫色のヘイローが、立ち込める煙の中で冷酷に明滅していた
「ひ、東部戦区のエネルギー反応が消失……!? って、ええっ!? 風紀委員長さん……っ!!」
岩陰で半壊した戦術タブレットにしがみついていたアヤネが、モニターに映し出された規格外の戦闘データと、カメラが捉えたその姿を見て、割れんばかりの喜びと安堵の悲鳴を上げた。思わずタブレットを胸に強く抱きしめ、眼鏡の位置を直すのも忘れて画面を見つめる
それを合図に、セリカとノノミも押し寄せる敵の隙を突き、全力でシロコの元へと駆け集まった
「どうやら、最悪の事態には間に合ったようね。……って、なんだかこのセリフ、前にもどこかで言ったような気がするわ」
ヒナはふぅ、と小さく溜息をつき、乱れた銀髪を面倒くさそうに手で払った。その口調には、いつもの激務による疲労感が、いや、それ以上の「何か」に対する強い不満と憤怒がドス黒く滲み出ている
「助かったよ、風紀委員長。 本当に、絶妙のタイミング」
シロコが小さく微笑み、しかし銃口は下げずに、突如現れたゲヘナの最高戦力を見つめる
「ありがとうございます♪ 風紀委員長さん! 本当にびっくりしちゃいました」
ノノミが焼き付きかけたミニガンを抱え直しながら、いつものおっとりとした笑みを少しだけ取り戻して感謝を伝える
「本当に助かったわ……あと少し遅れてたら大惨事だったもの……。でも、アンタが味方で来てくれたってことは、風紀委員会が総出でカイザーを潰しにきたってこと!?」
セリカが興奮気味に突撃銃を構え直し、ヒナの後方を確認するように視線を走らせた
しかし、シロコはふと一つの疑問を口にした
「……でも、ゲヘナの風紀委員長が、どうしてこんなアビドスの、カイザーの秘密基地にまで? ここは完全にゲヘナの管轄外のはず……。それに、他の風紀委員の姿が見当たらない」
驚きを隠せないシロコの的確な問いに対し、ヒナは少しだけ視線を泳がせ、非常に気まずそうに黙り込んでしまった
しばらくの間、ヒナは眉間に深い皺を寄せ、誰にも聞こえないような低い声で「全く……いつもいつも人使いが荒いのよ、あの人は……」「私の、誰にも邪魔されないはずだった貴重な休暇が……」「あんな強引な頼み方をしておいて、自分は真っ先に別の場所に跳んでいくなんて、本当に信じられない……」などと、凄まじい怨念を込めながらブツブツと小さく呟き続けている。その背後に渦巻くオーラは、ゴリアテの脅威とはまた別のベクトルで恐ろしいものだった
「あの、風紀委員長さん……?」
アヤネが岩陰から恐る恐るインカム越しに声をかけると、ヒナはハッと我に返り、小さく咳払いを一つした
「……何でもないわ。ゲヘナの公式な動議じゃない。……個人的な、本当に個人的な貸しを作らされただけだから。詮索しないで」
ヒナはそう言って、細い肩に背負っていた重そうなミリタリー仕様のタクティカルリュックを無造作にドサリと地面に降ろし、シロコへと手渡した
「これは……?」
シロコがそれを受け取り、その意外な重量にわずかに眉を動かす
「ゲヘナからの、いえ、正式な物じゃないけれど……私が用意した臨時の支援物資よ。貴方達の銃の規格に合わせた予備の弾薬や、医療キット、それにいくつか実用的な重火器が入っているはず。自由に使って」
リュックを受け取ったシロコが、ずっしりとした金属の重みを確かめるように持ち上げる。その中身は、まさに弾薬が底を突きかけていたアビドス対策委員会にとって、これ以上ない「逆転の鍵」そのものだった
「……それから、さっきの質問の答えだけど。私は別に、アビドスを助けるためだけにここに来たわけじゃないわ。ただ……『ある人』を、ここまで送り届けにきただけよ……。誰かは、本人の強い希望で私からは教えられないけれど」
「人を……送り届けた……?」
アヤネが最後の一機の小型観測ドローンを通じて、不思議そうにモニターの向こうで小首を傾げる
「ええ。……先生と、それから、この場所にどうしても連れて行って欲しいと、少し強引な私の『友達』に頭を下げられてね。はぁ……やっとの思いで勝ち取った、本当に久しぶりの休日だったのに……本当に人使いの荒い友達を持ったものだわ。お陰で私のスケジュールは完全に白紙よ」
ヒナはそう言って、心底うんざりしたように細い肩をすくめた。だが、その言葉の裏にある「友達」の実像──アビドスのために、あのゲヘナ学園の絶対的なトップである風紀委員長を直接動かせるほどの熱意と絆を持った人物──を察したセリカが、「そ、それって、もしかして……!」と希望に満ちた声をあげ、その大きな猫耳をピンと立たせた、まさにその瞬間
「貴様らぁぁぁぁぁっ!!! チョロチョロと次から次へ湧き出てくるアビドスの害虫どもがぁっ!!! そこへ加わったゲヘナの出来損ないもまとめて、絶対に許さんぞ!!!」
破損した右脚の駆動関節から、不気味な紫色の激しい火花とドロドロとした黒い高圧オイルを大量に撒き散らし、周囲を覆う爆煙を狂暴に払い除けるようにして、ゴリアテが金属の凄まじい引き裂き音を立てて強引にその巨体を立ち上がらせた
操縦席のモニターに映し出された理事の顔は、怒りと屈辱、そして予想外のゲヘナ最高戦力の乱入への恐怖によって般若のように引きつり、額に何本もの青筋を浮き上がらせている
「何が害虫よ! 自分の頭と腕で戦えないからって、数の暴力に頼ってこんな場所にキチキチに集まってるアンタ達の方が、よっぽど気持ち悪い虫の集団じゃない!!」
すかさずセリカがアサルトライフルを構え直し、銃口をぎりぎりとゴリアテに向けながら、負けじと声を荒らげて叫び返す
「ふん! ゲヘナ学園の風紀委員長一人が味方に加わったからとて、そう調子づいていられるのも今のうちだ……! 仕方ない、この後の自治区完全制圧作戦のために温存しておきたかったが──全軍へ告ぐ! この要塞基地にある『全て』の予備兵力、動的資産をこのセクターへ一斉投入しろ!! 予算の限界など知るか! 一匹残らず圧殺するのだ!!」
「っ……!?」
理事が半狂乱になって操縦コンソールを力任せに叩くと、セクターの奥深く、幾重にも連なっていた頑丈な防壁隔壁が重々しい金属音を立てて一斉に開放された
広大な地下保管倉庫の闇から現れたのは、これまでのPMC兵士たちだけではない。ゴリアテよりかは一回り細く小柄ではあるものの、両腕に多銃身ガトリング砲や対人誘導ミサイルポッドを換装した無人戦闘機械兵の軍勢が、不気味な赤いモノアイを一斉に発光させながら、何十台、何百台と地響きを立ててフロアへ這い出してきたのだ
「ふはははは! 見ろ、この鋼鉄の絨毯を! 圧倒的な物量の前には、個人の武力などただの無力な悪あがきよ! 何人、何十人、ゲヘナの怪物が加わろうが、この私の絶対的な勝利という結末は、歴史の方程式の如く絶対に変わらんのだわ──」
「──うるさい。邪魔よ。私の耳元で、その品のない声を響かせないで」
理事の傲慢な勝ち鬨を、冷酷極まる一言で遮り、ヒナがデストロイヤーの引き金を一切の躊躇なく深く弾き絞った
鼓膜を直接爆破するような、圧倒的な音圧の爆音がセクター全域に轟き渡る。ヒナは巨大な機関銃の銃身をただ静かに、滑らかに、流れるような動作で横一文字へと振るう
それだけの、あまりにも無造作な動作。しかし、放たれた超大口径弾の弾幕は空間そのものを削り取り、今しがた意気揚々と闇から登場したばかりの最新鋭のロボットたちを、そしてオマケとばかりに周囲に群がっていたPMC兵士たちの防衛線を、装甲ごと、肉体ごと一瞬で紙クズのように粉砕し、連続する爆発の炎の中に一瞬で消し去っていった
あまりの次元の違う蹂躙劇、文字通りの『一騎当千』の光景に、理事が大口を開けたまま唖然として次の言葉を失う
「す、凄い……。これが、ゲヘナ学園の最高戦力、空崎ヒナ…何度観ても驚いてしまいます…!」
アヤネが岩陰からドローンの映像を見つめたまま、呆然と、戦慄と共に呟く。
「ねえ、シロコ先輩……。これ、私達ここにいる意味って、まだあるかしら……?」
セリカが完全に引きつった笑みを浮かべ、カチャカチャとマガジンを弄りながら苦笑いした
「あはは……。風紀委員長さん一人だけで、私たちが何分も苦戦してた敵が、もう全部片付いちゃいそうですね……」
ノノミも真っ赤に焼き付きかけたミニガンを抱えながら、どこか遠い目をして力なく苦笑いをもらす
「ん……。なんだか、凄まじい職務怠慢に対する怒りのような、強烈な私怨のエネルギーを感じる。怒らせてはいけないタイプ」
シロコだけは、ヒナの華奢な後ろ姿から漂う「せっかくの休日を跡形もなく潰された」という無言の圧倒的な威圧感を敏感に察知し、じっとその背中を見つめていた
「なっ……なな、な、何なのだ貴様はぁ!! 化け物め!! 我が社の最新兵器群を、ただの銃撃だけでゴミに変えるなど、そんなことが……!」
「これくらい、今のゲヘナ学園の日常では、朝のルーティンに含まれる日常茶飯事の、ごく普通の光景よ。まだパンケーキが暴れた方が強いわ」
「そんな異常な普通が、このキヴォトスにあって、たまるかぁぁぁっ!!」
ヒナの淡々とした、しかし有無を言わせぬ言葉に、理事が顔を真っ赤にして操縦席の中で絶叫する
「それよりも……。私達ばかりをそうやって血眼になって警戒して見ていていいの? 随分と視野が狭くなっているみたいだけど。すっかり、貴方のすぐ横の『一番大切な場所』がお留守になっているわよ」
「ふん、その程度の手古摺った子供騙しのブラフで、この私の気を引こうたってそうはいか──」
理事がそう吐き捨て、不敵に笑おうとした、まさにその瞬間だった
ゴリアテのすぐ側面──先ほどヒナの急襲によって複合装甲が大きく剥がれ落ち、冷却用の激しい排気蒸気が白煙となって噴き上がっていた、カイザーの強固な監視カメラの死角となっていた瓦礫の隙間から、空間を鋭く引き裂くような魂の絶え間ない絶叫が響き渡った
「邪魔です!!! そこを退いてください!!! アル様たちが、便利屋68が通りますぅぅぅっっ!!!」
「なっ、何だとっ!? 便利屋だと!?」
理事が慌ててゴリアテのカメラを強制駆動させ、そちらの方向へと振り返る
硝煙と高熱の白煙の霧の向こうにいたのは、愛用のスナイパーライフルを杖代わりに冷たい床に突き立て、激痛の走る満身創痍の身体を、かろうじて「アウトローのプライド」だけで支えている、服も顔もボロボロになった自称社長のアル
そしてその背後で完全に体力を使い果たし、ぐったりと壁に背を預けているカヨコとムツキの2人の先輩を、その両肩にしっかりと強引に支えながら、いま右腕で何かを渾身の力で投げ去ったばかりのポーズをとっている、ハルカの狂気に満ちた姿だった
そして、理事の視界の端、ゴリアテのまさに「あの場所」──ヒナの一撃によって外部装甲が完全に剥ぎ取られ、内部の配線やパイプが剥き出しになっていた『主砲エネルギーバイパス回路』の隙間に、ハルカが全力を込めて投げつけた特製の大型手製粘着爆弾が、まるで磁石に吸い寄せられるようにパチリと吸着しているのが見えた
「ぬ、ぬああぁぁぁっ!? し、自動開閉口の横の、冷却排気ダクトの奥に、何か引っ付いて……まさかァァァッ!!?」
「──今よ、ハルカ! どんなに泥に塗れても、私たちの進む道が間違っていないことを……完璧な、最高のアウトローを見せてあげなさい!」
アルが泥と硝煙に汚れた顔のまま、ニヤリと不敵な、これ以上ない最高の悪党の笑みを浮かべて叫ぶ
「はいっっ!!! アル様の御心のままに!!! カイザーのクズ肉ども、木っ端微塵に、跡形もない消し炭になってくださいぃぃぃっっ!!!」
ハルカがその瞳を狂気的に爛々と輝かせ、手元にある即席の起爆スイッチを力任せに押し込んだ
セクター全体の空気を一瞬で真空に変えるほどの、凄まじい大質量衝撃波と強烈な大音響が爆裂した。ハルカが全神経を注いで作り上げた渾身の手製爆薬は、ゴリアテの装甲隙間に設置された冷却排気ダクトの奥深くへと完全に侵入し、機体内部を猛烈な速度で循環していた高出力の主砲エネルギー回路と、最悪の破壊的連鎖反応を引き起こした
駆動システムの内側から容赦のない凄まじい爆炎が、激しい火花とドス黒いオイルとともに次々と噴出し、ゴリアテの巨大な鉄の身体を内側から激しく変形させていく
「くそぉぉぉぉあ!! これだけの、これだけの最新鋭兵力とカイザーの動的資産をかき集めても、あのピンクの悪魔がいないアビドスのガキどもに勝てんというのかぁぁぁあああ!!!」
ゴリアテの操縦席の中で、理事が脂汗にまみれた頭を激しく振り乱し、真っ赤に点滅する警告灯と耳を刺すシステムエラー音に包まれながら、血を吐くような絶え間ない絶叫をあげる
要塞のようだったゴリアテの巨体は、ハルカの手製爆薬が引き起こした一連の激しい内部爆発によって、中央管制システムが完全に沈黙。すべての駆動機能を喪失し、ガガガガ、バキバキと不気味な金属摩擦音を立ててその場に膝から崩れ落ちると、次の瞬間、機体の中心部から溜め込まれた主砲エネルギーが臨界を迎え、特大の爆発が巻き起こった
その凄まじい大爆発の爆風に煽られ、操縦席の重厚なハハッチごと天高くへと吹き飛ばされた理事は、まるでギャグ漫画のワンシーンのように「次こそは必ず権力の座へ返り咲いてやるからなぁぁぁ?!!!」という情けない悲鳴をキヴォトスに響かせながら、遥か彼方の砂漠の地平線へとキリモミ回転しながら飛んで行ってしまった
「はーい、たーまやー♪」
ノノミが真っ赤に焼き付きかけたミニガンをようやく床に置き、どこか楽しげに両手をパチパチとリズミカルに叩きながら、昼空の向こうに綺麗な弧を描いた爆炎の尾を目で追う
「ん、綺麗なオチ……。やっぱりあの理事の悪役としての適性は、最初の頃の、アビドス自治区を襲ってた序盤の話の時だけだったみたい。だんだん威厳がなくなってる」
シロコが愛銃のアサルトライフルの銃口から細く立ち上る硝煙をフッと息で吹き消しながら、ノノミののんびりとした掛け声に静かに頷き、淡々とした口調で容赦のない評価を下した
「ちょっとアンタ達!! 無事……とはお世辞にも言えないみたいだけど、ちゃんとハルカを助け出したのね!」
セリカが真っ先に駆け出し、まだ熱を持った瓦礫の山を身軽に飛び越えて、便利屋68のメンバーの元へと真っ直ぐに駆け寄る
「ええ、なんとかね……。まぁ見ての通り、こっちはボロボロの満身創痍なんだけど……。さっきまで辛うじて意識を保っていたカヨコとムツキの2人も、緊張の糸が完全に切れちゃったみたいで、また意識を失って気絶しちゃったし……。今こうしてまともに動けて元気なのは、うちのハルカだけなのよ」
アルは泥に汚れた愛銃に深く体重を預け、大物悪党を気取った苦笑いを浮かべながら報告した。その隣では、ハルカが右肩にカヨコ、左肩にムツキの2人をしっかりと担いだまま、何事もなかったかのように直立不動で立っている
「えへへ……。頑丈で、いくら敵に撃たれても爆破されても絶対に倒れないことだけが、この出来損ないの私の唯一の取り柄ですので……! アル様のお役に立てて、本当に光栄です!」
「もう、ハルカ。自分のことを唯一の取り柄だなんて、そんな悲しい言い方をしないの。貴方は立派な、私たちの自慢の、可愛い可愛い便利屋68の社員なんだから」
セリカの心配する言葉に、どこか気恥ずかしそうに頬を掻きながら苦笑いするアル。そんなアルから向けられた優しい言葉と視線に、ハルカは顔を瞬間的に真っ赤にして「ふへへ……、あぅ……」と嬉しそうに激しく照れ笑いを浮かべていた
「──便利屋」
その時、セリカのすぐ後ろから、音もなく影のように静かに空崎ヒナが顔を出した。その冷徹な顔が視界に入った瞬間、アルの身体がハッと凍りついたように強張る
「ひぃっ!? ヒ、ヒナ!? な、なんで貴方がこんな旧カイザーの基地に居るのよ!?」
かつてゲヘナの自治区で何度も煮え湯を飲まされ、風紀委員会の恐ろしさと彼女の圧倒的な実力を誰よりも身をもって知っているアルは、一瞬にして全財産を没収される直前の指名手配犯のような顔になって慌て出し、その場からガタガタと一歩後退りした
「あ、アル様っ! わ、私が……、この命をすべて代えてもここで盾となって時間を稼ぎますので、アル様はその隙にお2人を連れて早くここから逃げてください! 」
ハルカが両肩の2人を強引に担ぎ直しながら、ギラついた狂信的な目でヒナを激しく睨みつけ、一触即発の極限状態の空気が流れる。しかし、ヒナはただ面倒くさそうに大きな溜息をつくと、自身の巨大な機関銃の安全装置をカチリと戻した
「……落ち着きなさい、陸八魔アル、伊草ハルカ。別に貴方達の違法行為をどうこうしに来たわけじゃないわ。今日の私は非番で、完全な休みなのよ。そう……誰にも、何者にも邪魔されず、静かに自室で過ごすはずだった、私のとっても貴重な貴重な、何ヶ月ぶりの休みの日なのよ……」
ヒナの口から漏れ出た、地獄の底から響くような「休日を完全に奪われた労働者の底知れぬ怨念」がこもった呟きに、防衛セクターの空気が一瞬でパキパキと凍りつく
「……そ、そう……。それは、それは大変だったわね……」
アルはそのただならぬ圧倒的な威圧感とドス黒いオーラに本能的な生命の危機を察知し、これ以上彼女の地雷を踏み抜くようなことを言ってはいけないと感じて、すかさずセリカの元へと音もなく擦り寄っていった
「ね、ねぇセリカ……。なんだかあの風紀委員長、言葉の端々から凄まじい怒りと怨念を感じるのだけど、本当に私達逮捕されないのよね……?」
アルが声を潜め、コソコソとした様子でセリカの耳元で震えながら囁く
「聞いての通りよ。あの人、ゲヘナのオフィスかどっかでゆっくり休んでる時に、先生ともう1人から直々に、めちゃくちゃ強引に頼まれてここまで足代わりに使われたみたいなのよ。まぁ、今のあいつの怒りの矛先は全部その『もう1人』のあいつに向いてるし、プライベートの有給中だからアンタ達便利屋の細かい違法行為には見向きもしないわよ。安心したら?」
セリカが呆れたように肩をすくめて、同じくコソコソと言い返す
「な、なるほど……。それならいいのだけど……。本当に命拾いしたわ……」
アルがホッと胸を撫で下ろし、便利屋の全滅という最悪のシナリオが回避されたことに心から安堵した、まさにその瞬間だった
ドオォォォォォォンッ!!!!!
先ほどのゴリアテの内部自爆をも遥かに凌駕する、地下要塞の大地そのものを激しく引き裂くような大爆発の地鳴り轟音が、管理棟の一番上の階層から響き渡り、セクター全体の天井がパラパラとコンクリートの粉塵を大量に降らせて大きく揺れた
「っ……!?」
全員の動きがピタリと停止し、会話を止め、一斉に爆音の発生源である遥か上空の割れた天井を見上げる
「あ、あそこって……! セリカテラーと決着をつけに、クロコが向かった一番上の場所じゃない!」
アルが風に煽られるボロボロのコートを押さえながら、紅蓮に染まる上層階を見上げて叫ぶ
「そ、そんな……。あそこで一体何が起きているんですか……っ!? このままでは塔が持ちませんよ!!?」
アヤネが、最悪の結末を想像したのか、恐怖で自らの口を両手で強く抑え込んだ
激しい炎の光が、上層の割れた窓から空を赤く、不気味に染め上げている
セリカはアサルトライフルを白くなるほど強く握り締め、その激しい戦闘の余波を見つめながら、胸の奥が張り裂けそうなほどの祈りを込めて、心の中で激しく叫んでいた
(……お願いだから、ちゃんと、2人で……2人揃って、無事に私たちのところに帰ってきなさいよ……!! )
アビドスの砂漠に吹き荒れる冷たい夜風のなか、彼女たちの最後の戦いを見守る少女たちの視線が、赤く燃える最上階へと真っ直ぐに注がれていた