救われたかったセリカ   作:気弱

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ホシノvsセリカ?

(タァァン───ッ!!)

 

夕闇が完全に支配する静寂の廃ビル街に、鼓膜を激しく震わせる無慈悲な銃声が、鋭く、迅速に、そして世界の重力を引き絞るかのように鳴り響く

 

「っ……!!」

 

その瞬間、ホシノの脳内に赤色灯のごとき警戒シグナルが明滅する。肉眼がマズルフラッシュの光を捉えるよりも早く、数々の死線を潜り抜けてきた野生的な直感だけが、彼女の小さな肉体を強引に横へと傾けさせていた

 

ほんの一瞬前まで彼女の頭部が存在していた空間を、超高熱を帯びた一条の弾丸が、真空の裂け目を作るかのような速度で空気を引き裂きながら通り抜けていく。音速を超えた弾丸が放つ衝撃波の熱風──ただそれだけで、ホシノの白い頬の肌がジリジリと焼け付くように熱かった

 

(……何、今の……。あり得ない、この威力……!)

 

ホシノは対峙する相手に一瞬の隙も、視線のブレすらも与えないよう、愛銃である『アイオブホルス』の重い銃口を向けたまま、背後の景色を極限まで広げた視界の端で冷徹に盗み見た

 

背後にある、アビドスの過酷な環境に耐えてきた崩落しかけたコンクリートの頑強な壁──そこに着弾した弾痕は、信じられないことに、直径数十センチにわたって派手にお椀状に抉れ、抉られた断面から細かな火花と不気味な白煙を上げていた

 

それは、キヴォトスにおける「通常の銃撃戦」という概念の範疇を、あまりにも遥かに逸脱していた

 

自分の使っているショットガンの大口径弾をゼロ距離で叩き込んだのならまだ分かる。あるいは、ノノミの使うミニガンの鉄の暴風、あるいはゲヘナ学園の風紀委員長である空崎ヒナが扱う、あの規格外の重機関銃──それらを至近距離から文字通り一点の「面」へと収束させて無理やり撃ち抜いたというのなら、まだホシノの戦闘知識の範疇に収まる

 

だが、目の前で蠢く黒いフードの女が、その細く華奢な片手で無造作に構えているのは、どう見ても機動性と取り回しを重視した、軽量型のタクティカル・アサルトライフルだ。そんな扱いやすい武器から、戦車砲のごとき破壊力が放たれていいはずが断じてない。弾丸の一発一発に、物質的な限界を力ずくでねじ伏せるほどの恐ろしい神秘の歪みと、密度の高すぎる、あまりにも純粋な「殺意」が無理やり込められているかのようだった

 

(こんなの……いくらおじさんの自慢の盾があるからって、まともに何発も正面から喰らったら……確実に致命傷になる……!)

 

ホシノの背中に、冷たい戦慄の汗がどっと伝う

 

しかし、フードの女はホシノがそんな戦術的思考や状況分析を巡らせていることなど、ミリ単位も、いや分子の隙間ほども気にする様子はなかった。一切の感情が削ぎ落とされた、底の知れない深淵のような動作のまま、ただ機械的にホシノの胸元へと照準を固定し、躊躇なく引き金を引き続ける

 

(タン! タン! タン! タン!)

 

冷酷な単発の銃声が正確無比なリズムで連射され、漆黒の夕闇の中に死の光条となってホシノを襲う

 

ホシノは奥歯が砕けんばかりに噛み締め、ある時は重力を無視した神速の体術で紙一重で凶弾を躱し、ある時は重い防弾シールドの角度を極限まで、ミリ単位で計算して傾け、弾丸の軌道を辛うじて外側へと受け流す

 

(ギギギガガガッ!!)

 

強烈な摩擦音と共に、防弾シールドの表面が眩い火花を散らす。一発受け流すたびに、大型トラックに正面衝突されたかのような凄絶な衝撃がホシノの華奢な両腕、そして肩へと直接伝わって、内側の骨がミシミシと悲鳴を上げた。一発凌ぎ、一発を盾で逸らすたびに、己の神秘の根源たる体力がガリガリと目減りするように削られていくのが嫌というほど分かった

 

圧倒的なまでの劣勢

 

しかし、現在のホシノの思考を最も狂わせ、その冷静な心を激しく掻き乱していたのは、目の前の敵が放つ理不尽なまでの破壊力でも、洗練された戦闘技術でも、そのどちらでもなかった

 

彼女の心を何よりも激しく動揺させていたのは、先ほど鼓膜にへばりつくようにして聞こえた、あの掠れた少女の声だった

 

『──全部、あんたのせいよ』

 

脳裏で何度も、何度も、その掠れた声が不吉な警報のようにリフレインする。そこに含まれていたのは、この世界に存在するすべての光を、温もりを、アビドスという学校そのものを激しく憎悪し、目の前に立つ最上級生を徹底的に呪い殺そうとする、ドス黒い負の感情がこれでもかと詰め込まれた、狂おしいほどの怨嗟の響き

 

けれど、それは間違いなく──ホシノの耳が、彼女の脳裏に深く刻まれた記憶がしっかりと覚えている、よく知っている「あの子」の声だった。毎日、砂漠の照り返しの中で文句を言いながら、それでも誰よりも健気に学校のために奔走していた、ホシノの愛おしい後輩の

 

(っ……だめだ……! 今はとにかく、目の前の敵だけに全神経を集中しないと……っ!?)

 

一瞬の油断が、即座にヘイローの破壊という絶対的な死に直結する。ホシノは首を激しく横に振り、脳裏に浮かびかけた雑念と、胸を抉るような衝撃の声を無理やり精神の奥底へと押し殺して、前方へと視線を鋭く戻した

 

しかし──次の瞬間、彼女のオッドアイが驚愕に染まる

 

ほんの一瞬前まで、陽炎の立つ薄暗い袋小路の真ん中で微動だにせず、冷酷に引き金を引き続けていたはずの黒いフードの女の姿が、どこにも見当たらない。残された硝煙の白煙だけが風に揺れており、まるで最初からそこに誰も存在していなかったかのように、完全にホシノの視界から消え去っていた

 

(消え……っ!? 完全に気配まで……っ!)

 

そう感じた、まさにその刹那だった。ホシノが数々の修羅場で培ってきた超人的な野生の直感が、脳髄の芯に向けて最大級の警報を鳴らす

 

考えるよりも早く、肉体が反射的に重い戦術シールドを正面へと真っ直ぐに突き出した

 

(ドォォォンッ───!!)

 

鼓膜を激しく震わせる、硬質で重苦しい肉体と金属の衝突音

 

「くっ……あぁぁっ!?」

 

ホシノの小さな身体が、盾ごと後ろへと激しく数メートルも吹き飛ばされ、ローファーの底がコンクリートの硬い地面をガリガリと削りながら耳障りな摩擦音を立てた

 

確かに、声への動揺のせいで一瞬だけ意識が別の方へ向いていたのは事実だ。だが、それにしてもおかしい。このキヴォトスにおいて、かつてあの「暁のホルス」とまで恐れられたホシノが、こうも簡単に間合いを詰められ、完璧にその身のこなしを見失うなど、これまでの人生で一度としてあり得ないことだった

 

もし、今の一瞬に本能が機能せず、無意識に盾を正面へ構えていなければ──目前に神速で迫っていた敵の、コンクリートすら一撃で粉砕するほどの強烈な前蹴りを生身の腹部にモロに喰らって、意識は完全に消し飛ばされていたところだった

 

シールドを握る両腕がジンジンと熱く痺れ、神経の感覚が麻痺していく

 

ホシノが必死に歯を食いしばり、よろめく体勢を強引に立て直そうとしたその瞬間、フードの女は盾を蹴りつけたその恐るべき脚力と反動を利用して、鳥のように軽々と後方へと大きく跳躍した。そして、重力をも無視した滞空状態のまま、空中でアサルトライフルの銃口を寸分の狂いもなくホシノへと固定し、再び無慈悲な弾幕を吐き出し始める

 

(くっ……! まるで、ヒナちゃんとクロコちゃんを足して、そのまま悪い方に尖らせたような戦い方……!)

 

手数の多さと一切の隙を与えない制圧射撃はゲヘナの風紀委員長を彷彿とさせ、無駄を極限まで削ぎ落とした冷徹で変幻自在な身のこなしは、クロコやシロコの戦闘スタイルを思わせる

 

──それだけじゃない。防戦に回りながら、ホシノの背筋に嫌な冷や汗が伝う

 

(……それに、おかしい。この子、まるでおじさんの次の動きを、最初から全部知っているみたいに……!)

 

ホシノが射線を外そうと僅かに重心を傾けた瞬間には、すでにその移動先へ弾丸が置き去るように先回りで撃ち込まれている。シールドの死角を突く絶妙なタイミング、こちらの呼吸の合間、果てはアビドスの戦術として体に染み付いた回避の癖までもが、完全に先読みされ、網を張るように制御されていた。手の内をすべて覗き見られているかのような、逃げ場のない底寒い感覚

 

完璧に敵の冷酷なペースに陥ってしまっていた。ホシノは愛銃の照準を合わせるどころか、銃口を持ち上げる暇すら与えられない。ただひたすらに重い盾の角度を変え、身体を極限まで丸め、直撃すれば確実に致命傷となる超高威力の弾丸を紙一重で躱し、防戦一方に追い込まれることしか出来なかった

 

「……っ、……はぁ、っ……」

 

不意に、辺りを埋め尽くしていた鉄の暴風がピタリと止む

 

フードの女が、僅かに肩を上下させて小さく一息をついた。流石に、あれだけの密度の超人的な攻撃を、一秒の休みもなく連続で繰り出していたのだ。当然の反動と言える

 

しかし、攻め立てられているホシノ自身の消耗は、それを遥かに上回っていた。肩を激しく上下させ、前髪から滴る汗が地面の砂に吸い込まれていく。ここまで手も足も出ず、防戦一方のまま一方的に嬲られるような泥臭い戦闘など、彼女の長い戦歴の中でも初めての経験だった

 

(……おかしい。おじさん……いくらなんでも、こんなに体力がなかった……っ? 身体が、信じられないくらい重い……)

 

両手に持っている盾とショットガンが、まるで鉛の塊のようにずっしりと重く感じられ、指先に力が入らない。確かに、女の常軌を逸した高威力の弾丸を受け流し続け、雨のように降り注ぐ苛烈な体術に押され続けてはいる。だが、それを差し引いても、ここまで急激に息が上がり、疲弊してしまうものだろうか。まるで、自分の内側にある「神秘」の根源が、戦えば戦うほどにゴリゴリと削り取られ、吸い上げられているかのような、おぞましい感覚

 

(……いや、弱音を吐いてる場合じゃない。こうなったら……一刻も早く、ここで強引に決着を付けさせてもらうよ……!)

 

相手も人間だ、これだけの猛攻を仕掛けたのだから、相当の疲労をしているはず。このまま距離を保たれて防戦に徹していれば、次の一手で本当にヘイローを叩き割られる。正体の見えない不気味な恐怖がある今、ホシノに残された選択肢は、退くことではなく、自ら死線へと攻め込むことだけだった

 

「ふんっ……!」

 

ホシノは決断した

 

これまで数々の窮地を救ってきた、自身の象徴でもある重い防弾シールドを、惜しげもなく横の瓦礫へとカランと放り捨てる。それと同時に、ショットガンを背中のホルダーへと素早く叩き込み、代わりに胸元のホルスターから、取り回しの利く軽量なコンバットハンドガンを抜き放つ

 

視線を極限まで鋭く研ぎ澄まし、女に向かって地面を爆発的に蹴り、正面から突撃を敢行する

 

「くっ……!!」

 

女が咄嗟にアサルトライフルの銃口を向けようとするが、ホシノはその懐のさらに奥、数センチの超至近距離へと肉薄した。これにより、相手のアサルトライフルを使う空間的な隙を完全に潰す。確かにあのライフルの威力は脅威だが、銃身が長い分、このゼロ距離でのインファイトにおいては、銃口を敵に向けることすら困難になるはずだ

 

ホシノはハンドガンを狂ったように連射しながら、容赦のない肘打ちや、鋭い膝蹴りを織り交ぜた近接格闘(CQC)を仕経ていく。激しい火花が散り、肉体と肉体がぶつかり合う凄絶な打撃戦。その最中、幾度も手数を繰り出し、相手の防御行動を間近で観察していたホシノは、ある決定的な違和感──致命的な「違和感」に気がついた

 

(この子……さっきから、右手しか使ってない……!?)

 

激しい攻防の中、フードの女はホシノの放つ必死の銃撃や体術のすべてを、頑なに「右手一本」だけで捌くか、あるいは最小限のバックステップによる回避だけで逃げ続けている。その左腕は、だらりと下がったまま、あるいは身体を庇うように固定されたままで、一度も動く気配がない

 

(もしかして……左腕が、完全に動かない……?)

 

もしホシノのこの予想が正しければ、相手は負傷か何らかの理由で、左半身の機能を全て失っていることになる。もし、これがホシノの油断を誘い、一撃で肉体を両断するための高度な「演技」だというのなら、アカデミー賞ものの素晴らしい大女優だ

 

だが、戦闘が始まってからこれまでの間、どれほど体勢を崩されようとも、彼女は左腕を使った防御も反撃も、ただの一度も見せていない。演技にしては、あまりにもリスクが高すぎる

 

(フェイクじゃない。……攻めるなら、あの死角、そこしかない……っ!)

 

ホシノは残された全ての力を脚へと込め、女の動かない左腕の側──完全な死角へと向かって、一歩激しく踏み込んだ

 

ハンドガンの銃口を容赦なく相手の左脇腹へと突き出し、引き金を引く。それと同時に、肉薄した状態から左側に回り込むようにして、徹底的に彼女の死角である左半身側からのみ打撃を叩き込み始めた

 

「っ……くっ……!?」

 

深く被ったフードの奥から、初めて明確な動揺と苦悶の混じった、押し殺したような少女の悲鳴が漏れ出た

 

やはり、ホシノの直感と読み通り、彼女の左腕は完全にその機能を失っている。女は、先ほどまでホシノを圧倒していたあの冷徹で無駄のない、神懸かり的な超人的身のこなしを維持することができなくなり、目に見えて体勢を崩された。襲撃者は必死に泥臭く身を翻しながら、唯一自由に動く右手とアサルトライフルの頑強なレシーバーを盾代わりにすることで、ホシノの怒涛の近接猛攻を文字通り泥泥になって防ぐことしかできない

 

形勢は完全に逆転した。ついさっきまでのホシノがそうであったように、今度は黒いフードの女が、防戦一方の絶望的な状況へと完璧に陥っていた

 

(いいよ……まだだ、まだ。ここで焦っちゃダメ……。もう少し、確実に、あの子の全意識をこっちの左側だけに引きつけて……)

 

ホシノは沸き立つ感情を抑え込み、冷徹に戦況をコントロールしながら、さらに執拗に、これみよがしに相手の動かない左半身側へと鋭いハンドガンの銃撃と打撃を打ち込み続ける

 

だが、これほどまでに露骨で極端な「左側への一点集中攻撃」を行っていれば、どれほど相手が動揺し混乱していようとも、キヴォトス最高峰の戦闘経験と戦術直感を持つ人物であるならば、すぐに気がつくはずだ。自分の致命的な弱点を見破られ、そこばかりを徹底的にハイエナのように狙われているのだという事実、その構造に

 

事実、実戦において特定の部位や弱点ばかりを単調に狙い続ける行為は、一流の戦士から見れば浅はかな愚策中の愚策に他ならない。それは裏を返せば、敵に対して『私は次もここしか狙いませんよ。だからそこだけを全力で固めて守ってくださいね』と、ご丁寧に自分の次の攻撃パターンを全て白日の下に晒しているようなものだからだ

 

相手の戦闘技術の理不尽なまでの高さは、ホシノが誰よりも身を以て知っている。本来のホシノなら、こんな単調でリスクの高い攻め方は絶対に選択しない。ホシノの現在の立ち回りは、一見すれば焦りに任せて我を忘れて突っ走った、あまりにもお粗末な悪手に見えた

 

──だが、それこそが、元アビドス生徒会副会長であり、かつて単身で砂漠の脅威を退け続けた小鳥遊ホシノの仕掛けた、最も冷酷で最悪の「罠」だった

 

(今……っ!!)

 

「!?!?」

 

ずっと執拗に左側だけを狙い続けることで、女の意識の中に『ホシノは私の弱点である左「しか」もう攻撃してこない』という強烈な先入観、そして決定的な慢心の錯覚を、その防衛本能の奥底にまで完璧に刷り込ませることに成功した

 

人間の防衛本能は、最も意識が集中している危機に対して、思考よりも早く勝手に肉体を動かしてしまう。左側への攻撃が完全に刷り込まれた今の女は、本来ならば右手による自由な防御が利き、最もガードが強固であるはずの、自らの「右側」への警戒を完全に疎かにしてしまっている

 

──しかし、相手はホシノの動きすら完全に先読みしてみせる怪物だ。単なる二次元的な心理誘導だけで完全に打ち崩せるとは、ホシノも最初から思っていない

 

だからこそ、ホシノはその一瞬の、コンマ数秒の隙を見逃さず、左手の袖口に隠し持っていたアビドス仕様の特製スモークグレネードを地面へと無造作に落とした

 

(プシュゥゥゥッ───!!!)

 

至近距離で爆発的に噴き出した、光さえも透過させない濃い灰色の煙幕が、一瞬にして二人の視界を、そして路地裏の空間を完全に遮断する。急激に立ち込めた濃密な煙により、ただでさえ夕闇で薄暗かった廃ビル街の袋小路は、一寸先も見えない完全な盲目へと変貌した

 

女の超人的な戦術直感が、突如として視覚を完璧に奪われたことで一瞬だけ揺らぎ、その絶対的な反応速度が決定的に遅れる

 

その煙幕の闇を切り裂き、ホシノは鋭い踏み込みと共に、あえて女の左顔面へと向かって、肉眼では捉えきれない最速の左ストレートを放った──いや、煙の急激な揺らぎと大気の流れを利用して、あえて強烈な風圧を伴う「フェイント」を視覚ではなく相手の肌の気配へと叩き込んだ

 

「くっ…!?」

 

完全に引っかかった。女はホシノの思惑通り、またしても左側からの強烈な致命打が来ると確信し、それを防ぐために唯一自由に動く右腕を強引に左側へと回し、顔面を死守する完璧なガード体制を取る。その瞬間、彼女の右半身、特に肉体の中心であり肋骨の並ぶ脇腹は、完全に無防備なガラ空きの状態となった。

 

「終わりだよ」

 

「!!!」

 

ホシノは左ストレートの軌道を強引にキャンセルすると、驚異的な体幹のねじれを利用して、軸足を爆発的に回転させた。立ち込める煙幕を丸ごと引き裂き、渦巻かせるようにして、その小さな身体が激しく独楽のように回る

 

溜め込まれた全ての運動エネルギーが、しなる鋼鉄の鞭、あるいは重量級の戦槌のように、女のガラ空きになった「右脇腹」へと真っ直ぐに突き抜ける

 

ホシノの右足から放たれた、渾身の、そして一切の容赦を捨て去ったカウンターの右回し蹴りが、衣服を破り、相手の肉体に深くめり込んだ。

 

(ドガァァァンッ───!!!)

 

完全に予測していなかった死角、それも完全にガードの消えた右脇腹へと容赦なく炸裂した、肉体の防御限界を遥かに超えた圧倒的な衝撃。その暴力的な破壊エネルギーの余波が、辺りの煙幕を丸く吹き飛ばし、それと同時に、骨の激しく砕ける嫌な音が路地裏に鈍く響き渡る

 

フードの女の華奢な身体は、防ぐ術すらなく真横へと凄まじい勢いで吹き飛ばされ、崩落したビルの硬いコンクリートの壁へとドォン! と派手に叩きつけられた

 

「はぁ……はぁ……、はぁ……っ」

 

ホシノはハンドガンを構えたまま、肩を激しく上下させ、肺が焼けるような錯覚に襲われながら、吹き飛んだ女の動向をじっと凝視した

 

崩落したコンクリートの壁から、力なく地面の砂埃へと滑り落ちたフードの女は、ピクリとも動かない。まるで昏い深淵に突き落とされ、すべての糸を断ち切られた人形のように、完全に意識を失っているように見えた

 

(……やった、の、かな……おじさん、勝ったんだよね……?)

 

ホシノは、限界以上の死闘による極限の疲労から、チカチカと不規則に明滅し、霞んでいくオッドアイを細い手の手の甲で何度も強く擦りながら、一歩、また一歩と、まるでもつれる泥に足を取られているかのような覚束ない足取りで女の方へとゆっくり近づいていく。硝煙の退け切らない空気のなか、ザ、ザ、と砂を噛むローファーの重苦しい音だけが、不気味なほど静まり返った廃ビル街の路地裏に虚しく響いていた

 

仰向けに倒れている女の、その深い黒フードに覆われた顔──自分を呪ったあの声の主の真実をハッキリと確かめるため、ホシノは小刻みに震える右手を伸ばし、冷たく湿ったその黒い布地を優しく、けれど意を決して引き剥がした

 

「……っ、……ぁ……あ、ぁ……っ!? 」

 

次の瞬間、ホシノの喉から、言葉にならない掠れた悲鳴が漏れ出た。驚愕のあまりに体内を駆け巡った激しい悪寒。心臓が爆発したかのように、ドクドクと鼓膜の奥で狂ったように激しく脈打ち始める

 

そこにあったのは、ホシノがよく知る、あの一緒に机を並べていた生真面目な後輩の、あまりにも変わり果てた凄惨な姿だった

 

艶やかで手入れの行き届いていたはずの黒髪は、短く切り落とされている──いや、何かの拍子に無理やり粗悪な刃物で叩き切るしかなかったのだろう、あちこちの長さが不揃いで、あまりにも乱雑で痛々しい切り口だった。そして、セリカの最大のチャームポイントでもあったはずの、愛らしい一対の黒い猫耳。その右側の耳は、まるで至近距離での爆風か何かに巻き込まれたかのように半分ほど無残に抉れ、黒く焼け焦げており、もう聴覚の機能すら果たしていないようだった

 

さらに、先ほどから激しいインファイトの中でずっと気になっていた、微動だにしない左肩に目をやると、肩の真ん中あたりに、肉が歪に抉り取られたような悍ましい弾痕の跡が刻まれていた。恐らく、何かの凄絶な戦いの中で大口径の銃弾に肉体を深く貫通され、その後、まともな医療処置や治療、滅菌すら一切受けずに過酷な環境に放置してしまったのだろう。傷口はケロイド状に歪に塞がっているものの、内部の神経や筋肉が完全に死に絶えてしまっているせいで、もう指先一つすら動かせなくなったのだと、その不気味な痕跡が冷酷に物語っていた

 

それだけではない。抜けるように白く、感情豊かに赤らむことの多かったはずの頬には、何者かに刃物で深く裂かれたような、赤黒く醜い古傷の跡が大きなバツ印のように、消えない呪いのように焼き付いていた

 

それは、間違いなくセリカの顔だった。けれど、ホシノの知っている、夕方に柴関ラーメンで楽しそうに笑っていた「セリカ」とは、あまりにもかけ離れた、何百回もの地獄を一人きりで這いずり回ってきた戦士の、すべてを諦めた相貌だった

 

(そんな、馬鹿な……。セリカちゃんが行方不明になってから、まだ丸2日しか経っていないんだよ……? なのに、たった2日の間に、こんな……こんなに何年も経ったような、傷だらけの身体になるなんて、絶対にあり得ない……っ! じゃあ、この子は……この子は一体、誰なの……っ!?)

 

目の前にある「あり得ない現実」と、脳内をかき乱す困惑の濁流に頭が完全にパンクしかけ、ホシノの思考が完全に停止した──まさに、その決定的な刹那だった

 

(バァァァンッ───!!!)

 

「がふっ……っ!?!?」

 

思考の完全な隙を突くように、ホシノの無防備な腹部へと、この世のものとは思えない凄まじい衝撃が突き刺さった

 

何が起こったのか、全く理解できなかった。強烈な衝撃波によって視界が上下反転し、ホシノの身体は激しい風圧に煽られる紙切れのように虚空を舞い、何メートルも先の崩落した瓦礫の山へと背中から激しく叩きつけられた

 

「カハッ、ひゅ……ぅ、あ、ぐ……っ」

 

あまりの衝撃に肺の中に残っていた空気が強制的に全て一瞬で叩き出され、反射的に次の呼吸をすることすらできない。喉の奥が引き攣り、視界がチカチカと白く染まっていく

 

そこでようやく、ホシノは自分が至近距離から撃たれたのだと気が付く

 

撃たれた箇所──焦げ茶色のベストの腹部を見れば、幸いにもホシノが着ていた『戦闘服』の強固な防弾繊維と強靭なプレートのお陰で、弾丸そのものが肉体を貫通することだけは免れていた。しかし、その未知の弾丸が持っていた超質量の凶悪な運動エネルギーは、一切減衰することなくプレートを歪ませ、直に生身の肉体へと全て伝わっていた

 

「う、あ……っ……」

 

灼熱の鉄を押し当てられたかのような激痛の感覚が脳の痛覚に届くより早く、自身の肋骨が何本もボキボキと派手にへし折れ、押し潰された内臓を内側から圧迫していることだけは、数多の修羅場を経験した戦士としての冷徹な直感で、嫌というほど分かった。衝撃の余波で、脳震盪を起こしたように世界の輪郭が歪んで見える。身体が、まるで自分の肉体ではないかのように、一ミリも言うことを聞いてくれなかった

 

(なに、が……今、何が起きたの……っ?)

 

脳髄を直接かき回されるような激痛と、内臓を押し潰された強い衝撃のせいで、視界がチカチカと真っ赤な斑点に染まっていく。瓦礫の冷たい感触を背中に感じながら、ホシノの頭の中は、これまでの人生で未だかつて経験したことがないほどの、底寒いパニックに陥っていた

 

なぜ、確実にクリーンヒットを奪い、完全に気絶させていたはずのセリカに撃たれたのか。いや、それ以上に、この袋小路に足を踏み入れてからというもの、キヴォトスの理では到底説明のつかない、おかしな怪現象が最初から連続で起こりすぎている

 

確かに、先ほどの銃撃の威力は凄まじかった。だが、これくらいの衝撃、過去の戦場なら……。カイザーの軍隊を一人で突っ切った時も、あの巨大な列車砲を壊した時も、ヒナと互いのヘイローを削り合った時でさえ、ホシノは笑っていられたはずなのに

 

(おかしい……なんで……。指先一つ、動かない……。内側から、私の何かが……ゴリゴリと削られて、消えていく……っ)

 

アビドス最高峰の、いやキヴォトス随一の無限に近い体力と、底の知れない神秘の絶対量を誇っていたはずの自分が、たった1回、目の前の傷だらけの少女と交戦しただけで、どうして指先一つ動かせなくなるほど、内側から魂を吸い尽くされたかのように疲弊しきっているというのだ

 

「……はぁ。……あんたは……どこへ行っても、やっぱり強いだけよね」

 

立ち込める濃い硝煙と砂埃の向こうから、冷え切った、けれど酷く耳に馴染む愛おしい声が、静かに響いた

 

ホシノがゼーゼーと苦しい呼吸を繰り返し、口の端から溢れる血の混じった赤黒い唾を地面に吐き出しながらそちらを見ると──そこには、先ほどコンクリート壁に激突し、確実に頭部を激しく打って完全な昏睡状態にあったはずのセリカが、むくりと何事もなかったかのようにその身体を起こすところだった

 

そんなはずは、絶対にない。さっきホシノが放ったスモーク越しの回し蹴りは、彼女の無防備な右脇腹へと寸分の狂いもなく完璧にクリーンヒットしていた。肉と骨を媒介にして、ホシノの全運動エネルギーが彼女の体内に突き抜けた感触が右足にはっきりと残っている。間違いなく彼女の肋骨を粉々に砕き、内臓を激しく破裂させ、ショック状態で立ち上がることすら永久に不可能なはずの、戦士としての「致命打」だった

 

それなのに。ベッドから朝起きたかのように起き上がったセリカの四肢の動きには、微塵の澱みも、激痛に耐えるような肉体の強張りも、冷や汗すらも一切なかった。まるで、激しい戦闘が始まる前のような──いや、一切の傷を負う前の五体満足な完全な状態へと、その肉体の時間が強制的に巻き戻ったかのような、あまりにも不気味で軽快な立ち上がり方だった

 

それは、怪我の治りが早いとか、痛みに強いとかいう次元の話ではない。まるで、世界そのものを改変し、自分が受けたはずのすべての『負傷を最初からなかったこと』に強制的に書き換えているかのような、神をも恐れぬ、おぞましい色彩を帯びた怪現象

 

セリカは、だらりと下がったままの左腕を揺らし、冷徹にホシノを見下ろした。

 

「誰も守る力もない……。ただの独りよがりの……強いだけの、空っぽな力」

 

「セリカ……ちゃん……っ、なんで……どうして…っ」

 

肉体の損傷があまりにも深刻すぎて、本当にまぶたを動かすことすら億劫だった。このまま、その濁った瞳から尋常ではないドス黒い殺気と怨嗟を放つ彼女に、抵抗する術など何一つないまま無残に殺されてしまう。死の足音が、すぐそこまで、鼓膜のすぐ傍まで迫っている

 

しかし、ホシノは脳髄を焼き尽くさんとする死の恐怖を強引に圧し殺し、血に濡れて赤く染まった唇をカタカタと震わせながら、必死に声を絞り出した

 

知りたかった。知らなければならなかった。この僅か2日間という短い時間の間に、彼女の身に一体どれほどの地獄があって、そんなボロボロで、傷だらけの、悍ましい戦士の姿になってしまったのか。そして何より──どうして、そこまでの、狂気的なまでのドス黒い憎悪と明確な殺気を、自分に向けているのか

 

その必死の、血を吐くような問いかけを聞いた瞬間、ホシノへと歩み寄ろうとしていたセリカの動きが、ピタリと彫刻のように停止した

 

「なんで……ですって……?」

 

セリカの低く、地を這うような掠れた細い声が、不気味に静まり返った夕闇の路地裏に、冷酷に響き渡る

 

かつて対策委員会の錆びついた教室で、「もう! ホシノ先輩、またお昼寝ばっかりして! ちゃんと手伝ってください!」と頬を膨らませて怒っていた、あの明るく、生真面目で、誰よりもアビドス高校の未来を信じて愛していた彼女からは、絶対に、天地がひっくり返っても想像もつかないほど、世界のすべてに絶望しきった、冷たい氷のような声音

 

セリカは動かない左腕をだらりと不自然に下げたまま、右手に握った軽量アサルトライフルの冷たい銃口を、地面の泥に塗れて倒れ伏すホシノの額へと、躊躇なく、冷徹に真っ直ぐ突きつける

 

その深く被った黒フードの奥、暗い憎悪にぎらつく濁った瞳から、大粒の涙がーー

 

「あんたが……あんたが、いつまでも……!!! もうこの世界にはいない、ユメ先輩の幻影ばっかり必死に追いかけて……!! 私たちの現実の苦しみから目を背けて、一人で勝手に絶望して、突っ走ったから……っ!!」

 

セリカの、自身の魂そのものを激しく切り裂くような絶叫が、陰惨に冷え切った暗い袋小路のコンクリート壁に激しくぶつかって反響した。押し殺していた感情が決壊した彼女の叫びは、まるで血を吐くかのような悲痛さに満ちていた

 

「あんたが……私を…私たちを…最後まで頼ろうとしなかった…っ!! 全部一人で背負い込んで、先輩だからって格好つけて、私を置いていった……っ! その結果が私を、こんな取り返しのつかない姿にしたのよ、小鳥遊ホシノ!!!」

 

「!!!!」

 

その呪詛に等しい言葉が胸の真ん中に突き刺さった瞬間、倒れ伏すホシノのオッドアイが、これ以上ないほどに大きく見開かれた。その精神的衝撃は、先ほど腹部に受けて肋骨を折られた銃撃の物理的破壊など比較にならないほど、彼女の魂の根源、そして心の拠り所を、あまりにも残酷に、容赦なく叩き割っていた

 

「ど……、と……の……」

 

──どういうことなの

 

そう掠れた声で必死に聞き返そうとしたが、内臓の損傷による血の泡が混じった喉から吐き出されるのは、微かな空気が漏れる音と、肺が強制的に押し潰されるような息苦しそうな喘鳴だけだった。まともな言葉を紡ぐことすら、世界はホシノに許さなかった

 

自分のせいで、あの真面目で優しかったセリカがここまで惨めに、ボロボロに精神も肉体も落ちぶれてしまった?

 

私がいつまでも過去に囚われ、亡くなったユメ先輩の幻影を追いかけ続けたせいで、目の前にいたはずのセリカを──大切なアビドスを裏切り、見捨ててしまったというのか

 

突きつけられた言葉の一つひとつの意味は、最悪の現実として脳髄に突き刺さり、言語としてはっきりと理解できる。理解できるのに、ホシノの心が、そのあまりにも残酷な因果を事実として受け入れることを精神の防衛本能が全力で拒んでいた

 

そんな、絶望と内罪に身を震わせるホシノの惨めな姿を、フードの奥のセリカは、いよいよ激しい、狂気的なまでの苛立ちを隠せない様子で冷酷に睨みつけた。その歪んだ瞳の奥には、すべてを灰に帰さんとする激しい憎しみの炎が揺らめいていた

 

「私が……あんなに、あんなに大変な目にあって、闇に引きずり落とされて、地獄の中で何度も何度もみんなの名前を叫んでいたのに……あんた達は誰も助けに来てくれなかった! 救いのないあの泥濘の場所をさっさと見捨てて……私を残して、こんな都合のいい、誰も傷つかない『優しい世界』に逃げ出し、毎日毎日呑気に……能天気に暮らして……っ!!」

 

「あ……、ぐ……っ」

 

「あはは……! なによそれ、その顔はなんなのよ!? 私が間違ってるとでも言いたいの!?」

 

激昂するセリカの感情は、すでに臨界点を突破していた。彼女はホシノを睨みつけたまま、あまりの怒りと自分自身への嫌悪からか、理性を失ったように激しく発狂する

 

「動かない……! 動かないのよ、この腕が!! あんたがあの時、傍にいてくれなかったから……っ!!」

 

セリカは怒り狂いながら、右手に持っていたアサルトライフルの重い銃身を、自身の動かない、だらりと垂れ下がった「左腕」へと凄まじい力で何度も、何度も叩きつけ始めた

 

(ガッ! ドカッ! ガキィンッ──!!)

 

「セ、リ……カちゃん……やめ……っ」

 

銃身の鋭利なエッジが容赦なく肉を裂き、骨の軋む鈍い衝撃音が路地裏に響く。しかし、神経の死に絶えたセリカの左腕は、どれほど強固な鉄塊で叩き潰されようとも一切の痛みを感知しない。飛び散る鮮血が彼女の頬を汚していくが、その表情には眉一つ動かすような肉体的苦痛の兆候すら存在しなかった

 

狂っている

 

彼女はただ、己の無力さと過去への呪詛をぶつけるように、壊れた機械のように自らの肉体を損壊させ続けていた

 

「動けよ……! 動けって言ってるでしょ、この役立たず……!! なんで動かないのよぉッ!!」

 

自身の魂をかきむしるような絶叫と共に、さらに激しさを増していく自傷行為。ボロボロと大粒の涙を流しながら、自らの左腕を躊躇なく血塗れにしていくその姿、その叫びは、もはやキヴォトスのどの法則にも、倫理にも縛られない、純粋な絶望の呪詛そのものだった

 

彼女は狂ったように頭を振ってようやくその手を止めると、返り血に染まった右腕で再び銃を構え直した。そして、額の皮膚が真っ赤に陥没するほどの力で、冷たい銃口をホシノへと深く押し付ける

 

──その瞬間だった。ホシノのオッドアイが、驚愕にこれ以上ないほど見開かれる

 

(……な、に……これ……っ!?)

 

 

たった今、セリカ自身の手によって無残に叩き潰され、赤黒い鮮血と肉片を撒き散らしていたはずの左腕。その裂けた皮膚が、潰れた肉が、まるで時間を強制的に巻き戻すかのように急速に蠢き、ホシノの目の前で瞬く間に接合されていく

 

飛び散った血痕すらも陽炎のように掻き消え、ホシノが息を呑む一瞬の間に、そこには傷一つない元の白い肌が、何事もなかったかのように再生していた

 

先ほどの回し蹴りによる致命傷を『なかったこと』にしたあの異常な現象が、今、目の前で再び証明されている。それは彼女に宿る、不気味な未知の「能力」──キヴォトスの理を根底から歪める、色彩の片鱗

 

しかし、当のセリカはそのおぞましい超常現象に視線すら向けず、再生したばかりの左腕を、再び人形のようにだらりと力なく垂れ下げた。ただホシノを呪うように、冷たい銃口を押し付けたまま

 

「あんただけじゃない……アヤネも……ノノミも……シロコも……! この世界に逃げ出した、この呑気な優しい世界にいるあいつらを、私は必ず全員見つけて、一人残らずこの手でどん底に引きずり下ろして……あんたと同じように、こうしてやるのよ!!」

 

狂気と憎悪、そして届かなかった救いへの悲痛が混ざり合った最後の宣告

 

セリカはアサルトライフルの冷たい引き金に、細く震える人差し指をかけた

 

いくら神秘を宿したキヴォトスの生徒が超人的に頑丈だと言っても、それは無限の耐久を意味しない。このゼロ距離、そして防弾プレートも頑強なシールドも一切介さない、人体の最大の急所──「頭部」を、あの物質の限界を超えた超高威力の銃弾で撃ち抜かれてしまっては、いくらアビドス最強、キヴォトス最高峰と謳われた小鳥遊ホシノといえど、確実にヘイローごと存在を消滅させられ、二度と目覚めることはないだろう

 

正真正銘の、絶対的な死の到来

 

その冷たい銃口の無機質な感触を額の皮膚に感じながらも、ホシノの脳内は、奇妙なほどに静まり返り、冷徹なまでに冷静だった

 

いや、違う

 

自分の過去の選択が、自分の独善的な頑なさが、最愛の後輩をここまで狂わせ、二度と戻れない取り返しのつかない深淵へと追い詰めてしまったのだという、底無しの後悔と罪悪感が、彼女の魂を業火のように激しく焼き続けていた。私が全部悪かったんだ、私が死ねば全部終わるなら、と、その罪の重さで頭がおかしくなりそうだった

 

……だが、それ以上に。迫り来る確実な死の恐怖以上に、ホシノの瞳の奥で、どうしても拭いきれない強烈な違和感が、彼女の消えゆく思考を支配していた

 

(なんで……。セリカちゃんは、おじさんのことを……みんなのことを、あれほど激しく呪って、憎んで……今まさに、ここで私を殺そうとしてるのに……)

 

──どうして、セリカちゃんは

 

そんな、今にも心が完全に壊れてしまいそうなほど、ボロボロに引き裂かれた、あまりにも悲しそうな表情を浮かべて、ボロボロと子供のように泣いているの?

 

憎んでいるなら、どうしてそんなに苦しそうなの──

 

(バァァァンッ───!!!)

 

そこまで考えた瞬間、ホシノの思考と視界は、現実の激痛と絶望から逃避するように、漆黒の深い闇へと完全に沈んだ

 

直後、夕闇に完全に包まれた孤独な廃ビル街の路地裏に、すべてを拒絶するような無慈悲な一発の銃声だけが、いつまでも、いつまでも寂しく、虚しく響き渡っていた




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