劣等生と落伍者(Re:)   作:百済 影炎

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第十一話 残された呼び声

 3月初旬。

 

 洛北の会員制ホテル。

 普段は政財界人や旧家しか利用しない非公開施設。

 その最上階大会議室〈瑞雲の間〉で、十師族選定会議が行われる。

 

 重厚な楕円卓には、現十師族当主たちが並んでいた。

 

「――それでは、議題に入ります」

 

 進行役の声が響く。

 

 空気は重かった。

 

 霞ヶ浦事故。

 百済家断絶。

 そして、事故後に露呈した各家の思惑。

 

 それらすべての“後始末”が、未だに終わっていない。

 

「現十師族・一色家に対し、参加資格の剥奪を提案する」

 

 静まり返る会場。

 

 一色継臣は、ゆっくりと目を細めた。

 

「……理由を伺おうか」

 

 声は冷静だった。

 だが、その奥には硬質な圧力が滲んでいる。

 

 発言したのは、九島真言だった。

 

「霞ヶ浦事故における政治対応だ」

 

「事故そのものではありません」

 

 と、六塚温子が補足する。

 

「問題視されているのは、事故後の処理です。一色家は百済家を切り捨て、責任を押し付ける形で収束を図った」

 

「結果として、百済家は事実上断絶」

 

 七草弘一も淡々と続ける。

 

「そして現在も、社会不安は収まっていない」

 

「……馬鹿馬鹿しい」

 

 継臣が低く吐き捨てた。

 

「百済家の断絶は、あの事故だけで説明できることではない。少なくとも、一色家だけを断罪する話ではないはずだが」

 

「だが、民衆はそう受け取らなかった」

 

 十文字和樹の重い声が響く。

 

「“十師族は都合が悪くなれば同胞すら見捨てる”。そういう印象を与えた」

 

「感情論だな」

 

「政治とは感情だよ、一色殿」

 

 四葉真夜が微笑む。

 

 その瞬間、会場の温度がわずかに下がった気がした。

 

「……四葉殿」

 

「事故の本質が百済家に無かったことくらい、皆わかっているでしょう?」

 

 真夜は優雅に脚を組み替える。

 

「けれど、“誰が責任を負ったように見えたか”は別問題です」

 

 継臣は沈黙した。

 

 理解していないわけではない。

 

 霞ヶ浦事故の本質は、百済家単独で引き起こされたものではない。

 政治、軍、十師族。

 様々な思惑が絡み合った結果だ。

 

「……では、代替候補は」

 

 継臣が感情を押し殺した声で問う。

 

 答えたのは五輪勇海だった。

 

「一条家だ」

 

「四年ぶりの復帰となる」

 

 九島真言が続ける。

 

「当主は、一条剛毅(ごうき)殿」

 

 会場後方の席。

 そこに座っていた壮年の男が、静かに一礼した。

 

 一条剛毅。

 

 かつて十師族を務めた名門・一条家の当主。

 一色家と同じく金沢を本拠とし、長年対立してきた家でもある。

 

「……なるほど」

 

 継臣は短く笑った。

 

「最初から決まっていたわけだ」

 

「そう怒らないでほしい、一色殿」

 

 七草弘一が肩を竦める。

 

「今回は“罰”というより、“鎮静化”が目的だ」

 

「世論対策か」

 

「それもある」

 

 継臣はそれ以上、何も言わなかった。

 

 反論しても覆らない。

 既に根回しは終わっている。

 

 だが。

 

 理性では理解していても。

 

 この日、一色家が失ったもの。

 積み上げてきた威信。

 向けられた非難。

 

 そのすべての引き金となった存在――

 

 百済龍。

 

 百済家最後の嫡流。

 

 あの少年の存在だけが、継臣の胸に静かな棘として残り続けた。

 

     ◇

 

 同じ頃。

 

 南海家本邸。

 

 広い一室に、卒業式の映像が投影されていた。

 

『卒業生、起立――』

 

 画面の向こうでは、小学校の卒業式が式が粛々と進んでいる。

 祝辞、送辞、答辞。どれも滞りなく。

 

 だが、その空気はこの部屋には届かない。

 

 ソファに座る百済龍は、虚ろな目で映像を眺めていた。

 

「……龍くん」

 

 隣に座る氷華が、小さく呼ぶ。

 

 龍の視線が、わずかにだけ動く。

 

「……卒業式、だよ」

 

「…………」

 

「皆、制服似合ってる」

 

 返事はない。

 

 それでも氷華は、龍の隣に座り続ける。

 

 少しでも、この世界につなぎ止めるために。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 龍はぼんやりと彼女を見た。

 

「……、…ょ………」

 

「うん、大丈夫。私、ここにいるから」

 

 龍は答えない。

 

 ただ、拒絶もしなかった。

 

 氷華はそっと、龍の肩に寄り添う。

 

 本来なら、大人たちに禁じられていた呼び名。

 

 ――お兄ちゃん。

 

 最初は衝動だった。

 

 那由他の空白を埋めたかった。

 壊れていく龍を、引き留めたかった。

 

 けれど今では、その呼び方は氷華自身の中に深く根付くようになっていた。

 

「お兄ちゃん」

 

 もう、隠さない。

 

 南海家の使用人たちも。

 雅臣も。

 母・冬華でさえ、何も言わなくなっていた。

 

 誰もが理解していたからだ。

 

 この少女だけが。

 壊れてしまった少年を、まだ“こちら側”につなぎ止めているのだと。

 

「……お兄ちゃん」

 

 氷華は静かに龍の手を握る。

 

 彼を繋ぎ止めたい。

 この世界に、もう一度戻してあげたい。

 

 そのためなら、彼女は何度でも呼ぶ。

 

 反抗ではない。

 

 祈りだった。

 

 失われてしまいそうな少年を、この世界へ留めるための。

 

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