第一章「星々の交差点」、幕開けです。
第十三話 最初の接近
2095年4月1日。
龍が「魂が抜け落ちた」ような状態から戻って、まだ一日しか経っていない。
それでも医師からは、『日常生活を送るうえで問題はありません』という診断を受けていた。
もっとも、筋力の衰えまではどうにもならず、しばらくはリハビリが必要だと言われたのだが。
◇
入学式を終えたばかりの教室には、まだ落ち着かない空気が流れていた。
あちこちで自己紹介が始まり、笑顔と話し声が小さな輪を作っていく。
その喧騒から少し離れるように、教室後方の窓際では龍が静かに席についていた。
教室を見渡す視線は、誰かを探しているわけでも、誰かと目を合わせようとしているわけでもない。
ただ、行き場を失ったように彷徨っている。
(……思い出せない)
その隣では、氷華が背筋を伸ばし、静かに本を読んでいた。
ページをめくる指先は変わらず穏やかだ。
けれど、ときおり本から視線を上げる。
その目は、確かめるように龍へ向けられていた。
目を離した隙に、どこかへ消えてしまわないか。
そんなふうに警戒しているようにも見える。
(……まるで門番みたいだな)
そんなことを思った時だった。
「ねえねえ」
明るい声が、不意に龍の耳へ飛び込んできた。
顔を上げると、短い髪の少女が目の前に立っている。
「百済くんだよね?」
「……うん」
「私は
そう言って、少女は人懐っこく笑った。
龍は思わず小さく身を引く。
初対面とは思えない距離だった。
「よろしく」
「うわ、反応薄いなー」
「ごめん」
「いや、謝らなくていいって」
エリカはけらけら笑う。
「百済くんってさ、昔からそんな感じ?」
「……分からない」
「分からない?」
「今は、あんまり」
その先の言葉は続かなかった。
エリカは一瞬だけ不思議そうな顔をした。
だが、それ以上は何も聞かず、
「ふーん」
エリカは興味深そうに龍を見つめた。
「でも、なんか変わってるね」
「そうかな」
「そうそう」
即答だった。
「暗いし、静かだし、面白いことも言わないし」
「……」
「でも感じ悪くないんだよね」
龍は口を開きかける。
けれど、言葉は出てこなかった。
沈黙。
しかしエリカは気にした様子もなかった。
「まあいいや」
エリカはけらりと笑った。
「百済くん、面白くはないけど気になるし」
「気になる?」
「うん」
エリカはあっさり頷いた。
「だからそのうちまた話しかける」
「……そう」
「嫌?」
龍は少し考える。
正直、こういう勢いのある相手は苦手だ。
何を考えているのか分からないし、会話のテンポにもついていけない。
それでも。
「別に」
拒絶したいとは思わなかった。
「なら決まり」
満足そうに笑うエリカ。
「じゃあまた後でね」
そう言って、エリカは輪になって話している生徒たちの方へ戻っていった。
龍はその背中を見送る。
「……賑やかな人」
小さく呟く。
すると隣から声が返ってきた。
「そうだね」
氷華はエリカの去った方向を見ながら続ける。
「少し距離感がおかしい気もするけど」
「そうかもしれない」
「だけど」
氷華はそこで言葉を切った。
「悪意は感じなかった」
「うん」
「だから、今は様子見」
淡々とした口調。
だが内容は完全に保護者だった。
龍は思わず少しだけ口元を緩める。
「氷華」
「なに?お兄ちゃん」
「やっぱり門番みたい」
「当然」
氷華は即答した。
「私はお兄ちゃんを守らないといけないから」
龍には、その言葉が少しだけ必死に聞こえた。
けれど、何も言えなかった。
教室には相変わらず話し声が飛び交っている。
龍は小さく息を吐く。
肩に入っていた力が、ほんの少しだけ抜けていた。