事故の詳細は、一切公表されなかった。
――霞ヶ浦で発生した“それ”は、戦略級魔法に関わる極秘案件。
防衛軍上層部と一部の関係者だけが真実を知り、外部には「訓練施設内で発生した事故」とだけ説明された。
結果として、百済家には後々まで妙な噂が付き纏うことになる。
曰く、百済家は軍に消された。
曰く、研究中の禁忌に触れた。
曰く、一族ごと蒸発した。
もっとも、この時点では――まだ誰も知らない。
その噂の中心に置かれる少年が、今まさに生死の境を彷徨っていることを。
◇
「なんだと……?」
南海家当主・
『百済竜一郎氏、百済薫氏、及びそのご子息の百済龍君が、防衛軍施設内にて発生した事故に巻き込まれました』
事務的な声。
だが、その内容は到底事務的ではなかった。
「状況は!?」
『詳細は機密指定されています』
「……ふざけている場合か!」
雅臣の怒声が室内に響く。
その隣で、妻の
そして――。
「龍くん、が……?」
小さく呟いた銀髪の美少女。
南海
普段は感情を大きく表に出さない少女の顔から、血の気が引いていた。
『現在、百済龍君は防衛軍系列病院へ搬送済みです』
「生きているんですよね……!?」
氷華が、ほとんど縋るように問いかける。
数秒の沈黙。
『……現在、治療中です』
その曖昧な返答が、かえって不安を煽った。
「車を出せ」
雅臣は即座に立ち上がった。
「今すぐ向かう」
◇
防衛軍系列病院。
厳重な警備の敷かれた病棟は、異様なほど静まり返っていた。
「南海家当主の雅臣だ。百済龍の容態を確認したい」
受付で身分を提示すると、待機していた軍医らしき男が現れる。
「……こちらへ」
案内された先。
そこで雅臣たちは、担当医から現状説明を受けた。
「百済竜一郎氏と薫氏は……搬送時点で既に」
医師は言葉を切る。
「即死でした」
重い沈黙が落ちた。
冬華が口元を押さえる。
氷華は、何も言えなかった。
「……龍君は?」
雅臣が低い声で問う。
「全治一か月程度の重傷です。全身に裂傷と打撲。右腕には骨折も確認されています」
医師は手元のデータを確認しながら続ける。
「応急処置そのものは成功しました。命に別状はありません」
そこで、一瞬だけ空気が緩む。
だが。
「しかし――」
医師の表情は晴れなかった。
「呼吸が非常に弱い。加えて、魔法演算領域に著しい負荷反応が確認されています」
「負荷反応……?」
「はい。ここまで深刻な反応は、我々も滅多に見ません」
雅臣の眉間に深い皺が刻まれる。
「意識は?」
「まだ戻っていません」
氷華の肩が、びくりと震えた。
「……会わせてください」
消え入りそうな声だった。
医師は一瞬迷った後、静かに頷いた。
◇
病室の扉が開く。
消毒液の匂い。
規則正しく鳴る心電図の電子音。
そして、白いベッドの上に横たわる少年。
「……龍くん」
氷華は息を呑んだ。
包帯だらけだった。
腕にも、額にも、首にも。
普段なら不機嫌そうに「大袈裟だ」とでも言いそうな姿で、龍は静かに眠っていた。
「龍、くん……」
返事はない。
氷華はふらつくようにベッドへ近づき、その小さな手を握った。
「ねえ……起きて……」
声が震える。
「龍くん……お願いだから……」
ぽたり、と。
少女の瞳から零れ落ちた涙が、白いシーツへ染みを作った。