――2094年、初夏。
深夜零時を回った七草家本邸は、昼間とは別世界のような静寂に包まれていた。
都内有数の高級住宅街。
広大な敷地を持つ七草家本邸の一室では、最低限の照明だけが灯されている。
部屋にいるのは三人。
一色家当主・
七草家当主・
そして――“老師”
十師族の中でも重鎮とされる三名による、非公式の極秘会談だった。
「……改めて見ても、信じ難い数字だな」
先に口を開いたのは七草弘一だった。
机上に置かれたタブレットを指で滑らせながら、呆れ混じりに息を吐く。
「二年間で発表された新型魔法、総数九十七。しかも全て同一理論系統。普通なら、研究機関単位でも不可能だ」
「不可能をやっているからこそ、“無名の天才”なのでしょう」
一色継臣が静かに応じる。
声音は穏やかだが、その眼差しは鋭い。
「最初の《
「光学干渉型魔法、だったか」
九島烈が低く呟いた。
「効果だけ見れば照明魔法。既存魔法の劣化にも見える。……だが、本質はそこではなかった」
「ええ」
継臣は頷く。
「あれは、“光を作った”のではない。“光学現象そのものを演算対象に組み込んだ”魔法です」
弘一が苦笑する。
「発表当時、論文を読んだ研究者連中が揃って頭を抱えたらしいな。“発想の前提が違う”と」
「当然でしょう」
継臣は淡々と言った。
「既存魔法は、基本的に現象を再現する体系です。しかし彼は違った。現象そのものを分解し、再定義し、魔法式へ組み込んでいる」
「しかも、あれが出発点に過ぎなかった」
九島烈が目を細める。
「以降、一週間に一度のペースで新型魔法を発表。しかも全て《光明》の派生技術……常識では考えられん」
部屋に短い沈黙が落ちた。
異常だった。
あまりにも。
新型魔法の開発とは、本来、国家規模の研究機関が長い年月をかけて到達する領域だ。
それを、たった一人が。
まるで思いつきを披露するかのような頻度で生み出している。
「……問題は、その正体が一切公表されていないことだ」
弘一が低く言う。
「世間は勝手に騒ぎ立てていますよ。“謎の天才魔工師”だの、“無名の天才”だのと」
「実態は単純です」
継臣は肩を竦めた。
「未成年だから表に出していない。ただ、それだけの話ですよ」
「だが、結果として余計に神秘性が増した」
九島烈が苦笑した。
「人は見えぬものを過大評価する生き物だからな」
「もっとも――」
弘一が視線を上げる。
「十師族当主クラスなら、既に察しはついている」
「ええ」
継臣は即答した。
「少なくとも我々は、彼が何者なのか知っている」
空気が、わずかに重くなる。
継臣は静かに続けた。
「百済龍」
その名が、室内に落ちた。
「百済竜一郎の息子。そして、“あの百済家”の直系」
「小学六年生、だったか」
弘一が呟く。
「年齢を考えれば、むしろそちらの方が恐ろしい」
「まったくだ」
九島烈も頷いた。
「理論構築能力だけなら、既に一流研究者を凌駕している可能性すらある」
「だからこそ、防衛軍が興味を示した」
継臣は言った。
「次世代戦略級魔法体系への応用可能性。あるいは、新型CAD理論への転用。……連中が放っておくはずがない」
「だが、まだ子供だぞ」
弘一の声音には、わずかな苦味が混じっていた。
「我々が関わらねば、もっと露骨な連中に囲われかねん」
「その危険性はあります」
継臣は静かに認める。
「だからこそ、“こちら側”で導線を作る必要がある」
「具体的には?」
九島烈の問いに、継臣は一拍置いて答えた。
「一色家から防衛軍へ紹介します」
弘一が目を細めた。
「お前のところが主導するのか」
「私の妻が竜一郎の妹です。血縁上、最も動きやすい」
「……なるほど」
「加えて、七草家にも協力を願いたい」
継臣は弘一へ視線を向ける。
「百済家と七草家は古くから交流がある。後押しとして十分な意味を持つ」
「断る理由はないな」
弘一は即答した。
「むしろ、今のうちに縁を繋いでおくべきだろう」
そこで九島烈が、小さく笑った。
「では、九島家も一枚噛ませてもらおう」
「老師自らですか?」
「
澄香――九島烈の妹であり、龍の祖父・百済
つまり、九島家と百済家にもまた、血の繋がりが存在している。
「……随分と豪華な推薦状になりそうだ」
弘一が苦笑した。
「十師族二家に、九島の老師直々の添え口。防衛軍も無下には扱えん」
「問題は――」
継臣が低く言う。
「彼自身が、どこまで自覚しているかです」
「自覚?」
「自分が、どれほど異常なのかを」
その言葉に、誰もすぐには返さなかった。
しばしの沈黙。
やがて九島烈が、静かに目を閉じる。
「……天才というものは、大抵そこを理解せん」
「だからこそ厄介なんですよ」
継臣は苦く笑った。
「本人にとっては、“できて当然”なのですから」