異能コレクターは気がつかない   作:永戸陽介

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第20話「青の騎士 ランド・ブルータス」

暗い。

 

ここはどこだ。

 

俺は何をしてたんだっけ。

 

暗いから眠いのか?

 

それとも、眠いから目を閉じて、それで暗いのか?

 

そうだ。何か。何かを。

 

何か、やらなくちゃいけない事が、あった気がする。

 

 

 

「………誰か………」

 

「良いわ。いくらでも助けを求めなさい。出来れば能力が使える人に聞こえるようにするのがオススメよ。そうでなければ何も状況は変わらないでしょうから」

 

「………だれか……たすけ……」

 

 

 

そうだ。俺は、助けにいかないといけない。

 

俺と同じ志を持ち、俺と同じ傷を負ったであろう、彼女を。

 

助けなければならない。

 

 

ふわふわと宙に浮いているような気がする。

徐々に手足の感覚を明確にしていく。

体の端から中央へ、自分の輪郭を形作るように。

 

耳を澄ます。何も聞こえないか。

いや、微かに物音がする。床が軋むような。秒針が刻まれていくような。

 

目を開く。一面の青と、ふわふわした白が見えた。

空だ。いつも見るものより、何故か近い気がする。

 

そこへぼんやりとスクリーンが浮かび上がり、映像が再生されていく。

 

部屋の中で椅子に縛り付けられ、傷だらけにされた少女。

皮膚が所々剥かれ、爪は全て剥がされ、体には針で刺したような跡がいくつもついている。

 

そして、主婦のような格好をした女が、その部屋の扉にもたれかかって、少女の様子を見つめている。

 

黒と紫を煮込んだような、濁った目をしている。

その目は少女を憐れむ訳でも嘲る訳でもなく、ただ見ている。その光景がまるで当然のものだと、ただ受け入れているように。

 

 

傷だらけの少女は、当然ながら委員長と同じ姿をしている。一方、女の姿に見覚えはない。

 

「助けたいと思った相手がボロボロに傷ついた姿で都合よく夢に現れるねぇ。心底気持ちが悪い妄想だな」

 

声が出せた。続けて手足を動かす。

自身の存在が明確になっていく。

何気なく下を見ると、校舎が見えた。俺の通っている高校と同じような見た目をしている校舎を、上空から見下ろしている。

 

つまり自分は今、文字通り宙に浮いた状態だという事だ。

 

しかし、現実に引き戻されて、浮かんでいる状態が途切れ落下したりはしない。

 

まるで水に浮かぶように、そのままぷかぷかと空中に浮かんでいる。

 

「中途半端な明晰夢。委員長を助けたい。異能は使いたい。そんな願いが混ざり合った感じの夢か?」

 

一応ステータスオープン!だの、世界よファンタジーに変われ!などは小さく唱えてみるが、特に変化はない。

 

まぁこれは明晰夢を見た時の挨拶みたいなもんだ。かかさずやっておこう。

 

「廊下で倒れたとこまでは何となく覚えてる。今頃保健室で寝てるか、酷ければ病院に搬送されたりしてるのか。そんな状態なのに、呑気に夢を見ていると」

 

今空に表示されているのは、『遠隔監視(リモートビュー)』という魔法のような、気がする。

 

指定した対象がいる地点の周囲の映像と音声をスクリーンに表示して再生する、とあるMMORPGに登場する偵察系の魔法。

 

指定した対象に偵察系耐性が付いていると、使用したことに気がつかれて逆探知されたりするデメリットはあるが、ダンジョン攻略の際に味方に付与してナビゲートみたいな事も出来たりする。

 

委員長を助けに行きたいと思った時に、無意識に使用したのだろうか。

 

「この夢で委員長は捕まっている。敵っぽい女性は、まぁ中二病に対する世間の排除意識が擬人化されたものって感じか?」

 

あれを倒して格好つけて、委員長を助けた気になって満足したいのだろうか。気色の悪い夢だ。気持ちが悪い。

 

「…くだらない。俺にそんな事されて、委員長が喜ぶ訳ないだろ」

 

本当に助けたいなら警察のビラ配りにでも協力すればいい。何ならクラスメイトに暴露して、みんなに協力を仰げば良かった。

 

その程度の事もしないで、自分が自由に異能を使える夢の中で、自己満足な救済をして悦に浸ろうとしている。その勝手さが、気に食わない。

 

「…俺の異能は、来たる異世界生活の為に使う物だって心に決めてたはずなのに。こんな夢を見ちまうくらい、俺は脆いのかよ」

 

失望する。

異能が好きで、異世界に行く為に集めたものを、自己正当化の妄想に使うなんて。

同じ自己満足だとしても、根っこが全く異なっている。

 

目を瞑る。何も見たくない。

こんな気色悪い妄想に浸ってのんびり寝ている自分に腹が立つ。

 

見るなら無人の都市のあの夢を見ろよ。

レーザーとまた会えるかもしれない。

軍服刀剣使いの才女だって。

 

せめて、そういう夢を見てくれよ。

 

 

「さて、そろそろ1時間経つわね。約束通り目を潰すから」

 

 

知らない女の声が聞こえる。

やはりあの主婦風の女が拷問をしているという設定だったのか。

 

やめてくれ。

あれは委員長でも何でもない。

俺が考えた都合の良い存在なんだ。

そんな奴の目を潰そうが潰さまいが、委員長自身には全く関係がない。

 

でもやめてくれ。

俺の妄想の産物が、妄想の産物を傷つけるだけだとしても、そんなのは見たくない。

 

自分の都合だけで他人を傷つけて、それを救おうとするなんて、偽善者どころの騒ぎではない。

 

 

「助けを求める事もやめてしまったの?声をあげれば、誰かが助けに来てくれるかもしれないのに」

 

 

助けを求める声はもう聞こえない。

そりゃそうだ。例え妄想の産物だとしても、委員長は俺なんかに救われたくはないだろう。

 

傷つけておいて、遠ざけておいて、今更助けたとして、遅すぎるんだ。

なら最初から、破滅覚悟で夢日記について喋ればいいだけなのに、それをしなかった。

 

しなかった時点で、俺に対する期待は終わったんだ。消えたんだ。

妄想で自分を慰めようとするのはやめろ。

 

 

「お姉さん優しいから、右か左か選ばせてあげるわ。何も言わないならお任せって事になるけど?」

 

 

もうやめてくれ。早く殺してしまえばいい。

そんなのは委員長じゃない。

 

勿体ぶるな。

時間を与えようとするな。

猶予なんかいらないんだよ。

 

早く終わらせてくれ。見捨てさせてくれ。

 

 

[誰かを助ける為に理由など必要ない!それが我が騎士道!青の騎士、ランド・ブルータスの信条だ!」

 

 

突然、懐かしい声が、脳内に響き渡る。

 

 

青の騎士、ランド・ブルータス。

 

自分が初めて見た異世界アニメに登場する、七色騎士団のメンバーの1人。

 

困っている人は無償で助ける。

明るく、社交的で、どんな人とでもすぐに打ち解ける。

他人を傷つける者は許さない。

日々の鍛錬を怠らず、常に努力し続け、騎士団の中でも屈指の実力を誇るが、それを無意味にひけらかしたりはしない。

 

自分が初めて憧れたアニメキャラの、その声が。

 

 

この夢はただの妄想だ。

委員長は実際にこんな目には遭ってない。

俺が作り出した都合の良い夢の中で、酷い目に遭わされて、それを俺が救ったとしても、虫唾が走るようなマッチポンプに過ぎない。

 

だったら、俺が助けなければいい。

俺が助けたことにしなければいい。

 

「『全身変装 Lv.9』」

 

誇り高き青の騎士、その細部まで思い出せ。

 

青い全身鎧は、防御の死角を消滅させる。

空色のマントは、常に魔力と体力を微量ながら回復し続ける。

コバルトブルーの刀身が眩しい剣は、ひとたび振えば亡霊をも切り裂く。

 

記憶が曖昧だが、この3つはハッキリと覚えている。

 

その姿に、俺は成った。いや、変わった。

 

 

「意志が固いのね。もっと刹那的に生きれば良いのに。じゃあ右にするわね」

 

 

女が右手をかざすと、先端が鋭く尖ったドライバーみたいなものが現れる。

 

そしてそれを、躊躇なく委員長の右眼に向けて突き刺そうとする。

 

「…させない!!『断絶結界』構築!!!」

 

委員長と女の間に透明な壁を構築し、突き刺さるのを防ぐ。

そして女を閉じ込めるように、立方体の結界を構築する。

結界によって分断された小屋は、形を保てなくなり崩れていく。

 

「ランド・ブルータスとして、委員長を助ける。行くぞ!!『空間転移』発動!!!」

 

景色が瞬時に変わる。

トンネルに入った時のような耳の違和感と耳鳴り。『空間移動』によって気圧の変化が生じるのは、確かに言及があったような。

そんな細かいとこまで再現しなくて良いんだけどな。

 

「青の騎士、ランド・ブルータス、参上!!!!!」

 

高らかに宣言しつつ上空から降り立ち、剣を前に構えてポーズを決める。

 

この決めポーズはやらなくてはならない。

委員長に正体がバレてはいけないのだから、心の底から青の騎士になりきる必要がある。

 

決して、カッコいいからやりたかった訳ではない。

 

 

現れた騎士に、委員長は目線を向けている。

瞳に少し輝きが戻っているような、気がする。

 

そりゃそうだ。

ランドが助けに来てくれて喜ばない者はいないだろう。

 

「辛かったね。もう大丈夫だ。『青の回復』」

 

委員長の全身が青い光の粒で囲まれていく。

数秒ほど立つと光は緩やかに消失し、それと共に、負っていた怪我は綺麗さっぱり無くなる。

 

「ぁ。ありがとう、ございます…」

 

「礼など不要。困っている人は助ける。それが我が騎士道だ」

 

椅子に縛り付けられた委員長を、スマートに解放する。

あぁ、やはり良い。これが主人公、ヒーローというものだ。

 

まぁ、ランドは主人公では無かったが、主人公の英雄像にも多大な影響を与えている。

そういう意味では、主人公よりも主人公していたと言っても過言ではないだろう。

 

「さて、本来なら、君の無事を願い、帰りを待つ人達の元へ送り届けたいところだが、私はあの者と今から話し合わなければならない。だから君には、これを渡しておこう」

 

手元に現れた小さな青い御守りを、手渡す。

 

「『青の護符』。設定した目的地を光で指し示す道具だ。これがあれば迷わずに帰れるだろう」

 

「あ、あの…!」

 

「ん?あぁ、気が付かなくてすまない。靴と、あと外套も渡しておこう。この靴は足の負担を軽減してくれるし、外套は常に体力を回復し続けて…」

 

「ち、違うんです。その…」

 

『青の具足』と『青の外套』を取り出そうとした時、委員長が再び声を上げる。

 

「あの人と、いや、アレと話し合いなんて、不可能です…!ご存知かもしれませんが、恐らくあれは冥界機関の、その一端だと思われます」

 

「勿論、あの者が尋常ならざる存在だという事は分かる。しかし話し合う前に攻撃しては、彼らとやっている事が変わらない。その為に私は、まず話し合いをする為に、あのような結界を構築したんだ。どうか分かって欲しい」

 

青の騎士、ランド・ブルータスは、例え敵であっても、まずは話し合う、という事を大切にしていた。

 

自分が弱ければ、話し合いのテーブルにつく事すら出来ない。だから強くなり、敵と心の底から語り合える資格を得るのだと。

 

『断絶結界』はそんな彼が、周りを人質にされたり、被害が及ぶことの無いよう、話し合いの場を設ける為に習得した魔法だ。

 

「君は、自分の身の安全だけ考えて行動してくれれば、それでいい。君が無事なら、それが私の力になるからね」

 

『青の具足』と『青の外套』を手渡す。

委員長はそれをおずおずと受け取る。

 

「青の…騎士さん。どうか、どうか気をつけてください。冥界機関の者は、能力を使用するのに代償が必要ないと聞いた事があります。それが事実なら、長期戦になるほど不利です」

 

「短期決戦か。分かった。情報感謝する」

 

靴を履き、マントを身につけた委員長は、深々とお辞儀する。

 

「いつか、いつかまた会えたら、お礼をさせてください。助けに来てくれて、本当にありがとうございます…!」

 

心は、それほど痛まない。

俺の作り出した理不尽な夢に囚われた委員長を、ランドが救い出したのだ。

 

これは俺ではなく、青の騎士の功績だ。

 

「いつか君が、誰か困っている人がいた時に手を差し伸べてくれれば、礼など充分だ。さぁ行ってくれ。可能なら、後から追いついて同行しよう」

 

委員長は再びお辞儀をして、『青の護符』の光が指し示す方へ駆け出して行く。

 

山から転げ落ちたりした時の為に鎧も渡すべきだったか?

いや、マントがあれば多少の怪我は治るし、体力も持つだろう。

 

こいつを倒して、後から追いつくのがベストではあるか。

 

結界に閉じ込められた女は、一言も発さずにこちらを見ている。

濁った眼、その目が何を捉えて何を思っているのか、理解が及ぶことはないだろう。

 

「青の騎士、ランド・ブルータスとして、貴様に話し合いを申し込む」

 

剣を地面に突き立て、宣言する。

 

女の口元が、歪んだ気がした。

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