「この結界、本当に壊せないのね。正直驚いているわ」
女はこちらを見据え、口を開く。
右手にはあの鋭いドライバーのようなものが依然として握られている。
思い出した。あれは確かアイスピックとかいう道具だ。
「話し合う、だったかしら。意味がない行為ね。本当はやりたくなかった。誰かにやらされていた。さっきの子に私の家族が全員殺されたから復讐した。そう捲し立てたら、貴方は信じて解放してくれるの?」
「嘘をつけば分かる。言っただろう。話し合いを成立させるための結界だと」
結界に閉じ込めた相手の内心の機微を把握し、発言の真偽を見極める能力。
これは正直、結界の効果によって相手の心の動きまで認識出来るようになるのか、ランド自身が身につけた技能なのか、それともただのハッタリだったのか、アニメを見る限り自分には判断がつかなかった。
しかし少なくとも今の自分は、この女が嘘をついているかどうか、魔法のように分かりやすく見抜くことは出来ていない。
「それに基づけば、今の貴方の発言は嘘という事になるが、如何かな」
「あらあら酷いわ。私は嘘なんて、まるでついていないのに」
女は笑う。いや、笑っているフリをしている。
目元などまるで笑っていないし、無理やり口角を上げて、機械音のような笑い声をあげている。
話し合いは時間の無駄。
そりゃそうだろう。
排除意識の擬人化と推定されるものが、他人の言うことなど聞くはずない。
それでも、1つだけは聞いておきたかった。
ただの夢だとしても、返答に期待などしていなくても、はぐらかされても良い。
どうしても聞かなければ、自分の気が済まない。
「1つだけ聞かせてくれ。あの子が、貴方に何をした?爪を抜かれ、皮膚を剥がされ、肌を突き刺され、そのような痛みを与えられなければいけないような罪を、彼女は犯したのか?」
中二病。
そうだ確かに、俺はあの時、中二病だっただろう。
目障りだったかもしれない、耳障りだったかもしれない。気持ちが悪くて、いなくなってくれた方が清々するような存在だったかもしれない。
でも、だったら、無視すれば良いだけだろう。
見えないものとして扱えば済むだろう。
何でわざわざ、殴って、怒鳴って、嘲笑して、踏みつけにして、危害を加えて、直接的に排除しようとするんだ。
俺は1度だって、誰かの趣味を否定した事はない。
誰かの話に割り込んで下に見るような事はしてない。
自分の趣味を押し付けた事だってない。
好きなものを好きだと言って、慎ましく遊んでただけだ。
ただそれだけのことすら、許されなかった理由は、なんだ。
「あらあら、知らなかったの?」
これは自分の夢だから、どうせ大した答えは返ってこないだろうが。
それでも、聞かなければ。
「あなた達の存在そのものがルール違反だからよ」
……
………は?
「それだけよ。あなた達はルールに反した。だから私は、あなた達を殺さなければいけないの。さっき嘘だと言われてしまったけど、私は本当に、望んでやっているわけではないのよ。ただそういうルールがあるから。それを守って従っているだけ」
何を、言ってるんだこいつは?
「おい……何だその[ルール]ってのは。いつ誰が、そんなの作りやがったんだよ……!?」
「あなた達が知る必要もないし、教えるつもりもないわ。ここまで来て分からないのなら、どうせいつまで経っても分からないままでしょうし」
なんだ、そりゃ。…なんだそりゃ。
ふざけん、なよ。
「そんなルール、勝手に決めて、勝手に仲間内でそんな雰囲気を作り上げて、その場にいなかったやつにはロクに説明もせず、上手く流れに乗れない奴は、ペナルティで排除します、だぁ??やってる事、めちゃくちゃだろうがよ!!何なんだよテメェは!!!」
「あらあら、騎士の設定はどこへ行ったの?口調が乱れているわよ」
これが、答えか?
夢の中で出した答えなのか?
それとも心の底では薄々分かってたのか?
俺は、俺が、俺の…なんなんだ。これは。
俺がバカみたいに、いつかまた、みんなで異世界アニメを見て、異能の話が出来たら良いな、とか想い描いているうちに、勝手にみんなで、もうそんなものは思い出として燃料にして、勉強に運動に恋愛に夢に受験に就職に、将来に向かって走り出しましょうって、走り出せないような奴は気色悪いから、見下して排除して攻撃しても良いよな!って、そんな結論を出してたのかよ。
「……なんでだよ…なんで、そんな…」
いや、理由なんか1つだ。
俺にとっては異世界は、異能は、空っぽだった自分を形作ってくれた大切なピースだった。
だけどアイツらにとっては、自分を構成する多くの部品の、ほんの一部にしか過ぎなかったんだろう。
だから簡単に捨てられるし、古くなったら新しいものに交換だって出来る。
俺が勝手に、みんなを仲間だと思っていただけで、実際は生きてる世界も見えてる世界も、全く違ったんだ。
あー、そうか。そういうことかよ。
「納得できないのは分からなくもないわ。けど仕方ないの、そう仕方ないのよ」
仕方ないのか。
俺が元々、空っぽだったせいなのか。
俺があの時、異世界アニメに出会ったせいなのか。
俺がそれから、それ以外何も興味を持たなかったせいなのか。
どうしようもない流れの中に巻き込まれて、いつのまにか周りの水が段々と無くなっているのに気がつかず、そうやって俺は取り残されたのか。
「さて、私は正直に話したのだし。そろそろ運命を受け入れるのか、醜く抗うのか、決めて欲しいわね」
運命を受け入れて、どうなる。
今から勉強や運動をして、それでどうなる。
現実的な夢もなければ、将来を思い描く力もないのに。
思えば俺は、ずっと漠然と、現実逃避をしてたんだ。
死ぬ勇気もなく、生きる気力もなく、立ち向かう訳でも屈する訳でもなく、中途半端にふらふらと、ここまで歩いて来た。
それでも、それなりの目標を立てて、歩いてきたつもりだ。
そしてようやく、ようやく明晰夢が見れるようになったのに。
初めて努力と呼べるような努力をして辿り着いて見えてきたものが、今までの自分の愚かさと、先の無い現実とは。何ともまぁ、笑えてくる。
「……それでも…それでも俺は……」
まだ諦めたくない。
諦めたく、ない。
「生きてさえいれば、生きてさえいればいつか、超リアルなVRゲームが開発されるかもしれない」
「何の話をしているの?」
女の声に、初めて困惑が混ざる。
「生きてさえいればもしかしたら、異世界に行ける方法が見つかるかもしれない。異世界じゃなくても、どこか知らない惑星に、ファンタジーな世界が広がっているかもしれない…!」
そうだ。そうだよ。俺は。
「明晰夢だって、まだ終わった訳じゃ無い。自由な夢を見れないと決まった訳じゃ無い」
死ぬ事なんか怖くなかった。
意識が途切れるだけだ。
眠りに落ちることと対して変わらない。
「委員長みたいに、表に出さないだけで俺と同じような事を考えている人だって、沢山いるかもしれない。俺だけがこんな目に遭った訳じゃないかもしれない。たとえ同じ国にいなくても外国なら、同じ星にいなくても別の星なら、俺と全く同じ悩みを抱えている人もいるかもしれない!!」
なんで、死ぬのが怖くないならあの時、俺は歩道橋から落ちなかったのか。
異世界転生されるために、トラックに轢かれに行ったりしなかったのか。
「何の意味も無くなるのが怖かったんだ。自分が何を思っていたのか、何をしたかったのか。死んだらもう、誰にも伝えられない。それが怖かった。俺はまだ、納得できてない。そのまま死んで、俺のこの納得できない気持ちが、全部無かったことにされるのが、堪らなく怖い」
納得がいくまで、もがき続ける。
明晰夢はその一歩だったはずだ。
夢日記を書いたら狂死するなんて書いてあっても怖くなかったのは、それをしなければ、一生納得出来ないと思ったからだ。
「醜いわね。刹那的に生きて、その運命を受け入れれば良いのに」
「たとえ一時の感情に流される事があっても、納得がいくまで俺は生き続ける。それにまた異世界アニメが大流行して、アイツらが手のひらを返す事だって、あるかもしれないからな」
表情など無いように振る舞っていた女の顔が、初めて険しくなる。
その表情の意図は分からない。
悔しいのか。面倒なのか。
言いくるめられずに拗ねているのか。
「お前を倒す。青の騎士ではなく、俺として」
「何を言ってるのか、本当に意味が分からないわね」
剣を女へ向ける。
これは俺の夢だ。
そしてこの女は、俺が作り上げた敵だ。
俺自身が突破すべき障壁、打ち倒すべき壁だ。
ありがとう。ランド・ブルータス。
委員長を助けてくれて。
そしてお願いします。
俺に力を、貸してください。
「勝負だ、アイスピック女。俺の夢に限界がない事を思い知らせてやるよ!」
「刹那的に生きた方が楽だったと思い知らせてあげるわ。出来損ないの騎士さん」