異能コレクターは気がつかない   作:永戸陽介

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第22話「シカク」

『断絶結界』は多数の魔法を混成、及び同時に発動させ、1つの術式として成立させている複合魔法。

 

ランドが「話し合う為の場所」をイメージして作り上げたこの魔法は、内部からの攻撃も外部からの攻撃も一切通さず、「話し合い」が続く限り半永久的に維持され続ける結界を構築するというもの。

 

つまり「話し合い」が打ち切られてしまえば、結界はその効果を失う。

 

話して分かるような相手以外にも話し合いを試みて、結界に無駄な魔力を消耗するランドは、かつて無能な偽善者と罵られた事もあったらしい。

 

綺麗事だけでは、人は救えない。

善なる志だけでは、人を守れない。

 

苦悩したランドは、この結界魔法を成立させる条件の「話し合い」を再定義し、最終手段として「武力行使」を追加する。

 

これによって話し合いが失敗した場合、無条件に相手が解放されるのではなく、結界内に立ち入って武力行使する選択肢が生まれた。

 

かつて誰1人命を失う事なく世界を平和にする事を目指し、話し合いで互いを理解し合って、争うこと無く問題を解決したいと願った少年ランドの夢は、ここで潰えた。

 

絶対的な正義や善が存在しないのなら、偽善者となって、大切なものをより多く救う。

 

それが青の騎士となったランドの覚悟だった。

 

 

 

剣を構えたまま、結界内に足を踏み入れる。

 

女は動かない。

右手にはアイスピックが握られている。

それ以外の武器は見当たらない。

 

全身が結界内に入り切る。

剣道で言うところの立ち合いのような緊張感が走る。体育でしかやった事ないから、偉そうには語れないけれど。

 

女は動かない。

しかし視線は逸らさない。

黒ずんだヘドロのような目で、こちらの動きを捉えている。

 

少しずつ前進し、距離を詰める。

結界を構築した時に崩れた小屋の瓦礫が地面に散乱しており、歩きにくい。

 

こちらは全身鎧に長剣、対する相手はアイスピック1本。

 

それでも、瓦礫につまずいて転ぶような事があれば、即座に敗北が確定するような、濃厚な死の気配が充満している、気がする。

 

 

短期決戦。

 

 

最初の一撃で終わらせる。

最速の一刀でこの悪意を断ち切る。

 

 

歩みを止める。

間合いに入った、と感じた。

同時にそれ以上進めば、相手が先に動くだろうとも。

 

女の姿を捉える。動かない。

ただ視線を外す事はない。

舐めているのか、カウンターを狙っているのか。

 

上等だ。

 

剣を前に構えた状態から、静かに上体を前方に倒していく。

転びそうになる寸前に、左足で地面を後方へ思い切り蹴飛ばし、女の喉元へ剣先を突撃させる。

 

「『青の速撃』」

 

剣というものは、どうしても斬るイメージが強い。

突きに特化したいなら槍の方が扱いやすいし、斬るという特権に目が行くのは当然だ。

 

それを隠れ蓑として利用する。

意識の外に置かれがちな「剣での刺突」は、不意打ちと相性が良い。

 

斬撃よりも予備動作が少なく、攻撃が到達するのも早い。

 

剣を構えた相手と向かい合う緊張状態の中、初撃で刺突してくることを想定できる者はいない。

 

 

そう。ある一定のレベルまでは。

 

 

「…………クソッ」

 

剣先は確かに女の喉元へ向かっている。

しかし手前で静止し、それ以上進む事はない。

 

女は、自らを突き刺さんとする剣の切先を、アイスピックの先端で止めていた。

 

「びっくりしたわ。そう、びっくりはしたわね。あれだけ啖呵を切っておきながら、特に捻りもない不意打ちなんて」

 

踏み込んだ右足に体重が乗る。

剣を押し込もうとするがびくともしない。

 

…ありえない。

あんな釘みたいな道具の先端で、長剣の刺突を止めた?

あり得るわけがない。

 

「出来損ないは訂正するわ。あなたは、ただのコスプレね」

 

女の姿が視界から消える。

ほぼ同時に、背中に複数の鋭い痛みが走る。

 

体勢を立て直し、咄嗟に振り向くが女はいない。

再び、背後から刺されたような痛みを受ける。

 

「――――ッぁあ!!『青の纏炎』!」

 

痛みを押し殺しながら行った詠唱に応え、青い炎が全身鎧を覆うように湧き上がる。

 

背側へ増え続けていた刺痛がやむ。

そして姿が見えなくなっていた女が、眼前に現れる。

 

「なるほど。そういう感じなのね」

 

呟きながら女は再び距離を取る。理由は分からないが、何故か積極的に攻めて来ない。

 

ただ猶予は生まれた。

この隙に『青の回復』を唱え、傷の回復を試みる。

 

が。

 

既に与えられた痛みが無くならない。

鎧を貫いて身体を刺された傷が治癒しない。

 

魔法は正常に発動したが、傷も痛みも消える事はない。

 

回復が封じられているというより、与えられた傷を傷として認識出来てないのか?

 

委員長の負傷は治せたというのに。

 

「その姿、どこかで見た事があると思っていたけど。一時期流行っていたアニメのキャラクターよね。差し詰め、あなたの能力はそのキャラクターの力の再現、と言ったところかしら」

 

「…だったら何だよ」

 

こいつが妙に余裕で構えている理由が分かった。

 

回復できない傷を負わせる能力。

 

傷として認識出来ないのならば、恐らく身体機能による回復も不可能なのだろう。

 

ある程度の損傷を与えるだけで相手の命を蝕み続ける事ができるなら、相手の実力が分からない内は守りを固め、確実に傷を与えられる機会を待ち続けるだろう。俺でもそうする。

 

委員長の傷を治せたのは、損傷を受けた本人が傷を傷として認識出来なくなっているだけで、他人から回復して貰えば問題ないからなのか、何かしら条件が必要なのか、単に能力を使っていなかっただけなのか。

 

他人に傷を与えて、それを相手に認識させない事で治せなくするなど、まさしく排除意識の擬人化に相応しい能力だ。

 

「自分の能力すら誰かが考えた何かに頼り切り。力は再現できても、使用者本人が愚鈍なせいで活かし切れていない。現実でそこまで能力を発揮できるのは見事だけど、それだけね。この結界を見た時に警戒した自分が笑えてくるわ」

 

……落ち着け。

戦いでは殆どの場合、頭に血が登った奴から負ける。

正常な判断が出来なくなる。要するに〔思考〕という武器を一個奪われる事になる。

 

どうしても気分が落ち着かないなら、無理にでも笑ってから言い返せ。

無意味に立ち向かっても傷が増えるだけだ。

 

「確かに笑えるな。何かに頼るのは悪い事じゃない。出来ない事は恥じゃない。足りない部分はこれから成長して埋めていけば良い。そんだけの話だ。何もかも最初から完璧に出来る奴は優秀だし凄いけどな。それが出来ない奴がダメで無価値って事にはならないだろ」

 

「悠長なのね。成長が遅いという要素は、生存競争の激しい環境では明確な欠点になる。優秀な個体が整備した環境に甘えて、何とか今を生かされているだけの、本来なら自然淘汰されるべき劣等個体という自覚はないのかしら。だからここで死ぬのよ」

 

……落ち着け。こいつのペースに呑まれるな。

今はまだ[準備]を続けろ。

 

「折角だし劣等個体として、思い出話を1つ披露しようか。今俺が『全身変装 Lv.9』で再現してる、青の騎士 ランド・ブルータスには必殺技がある。それを使う為には物凄く長い詠唱が必要になるんだ。当時俺は小学生だったけど、頑張った暗記したもんさ。笑えるよな。テストで100点取った事なんか数えるほどしかなかったのに、何の役にも立たない詠唱は完璧に覚えられたんだ」

 

女は口を開かない。心底興味がないと言った表情だ。だが攻撃を仕掛けてくる様子はない。

 

まぁ当然と言える。放っておけば流血し続けて弱っていく相手に、わざわざ攻撃する価値は低い。

 

「俺はまだそれを覚えている。何年経っても、一字一句違わず。それだけじゃない。今まで見てきた魔法 能力 アイテム 装備とかの、詳しい効果、仕様、必要な詠唱、使用条件など。その異能の名称さえ思い出せれば、詳細もセットで記憶の底からついてくるんだ」

 

背中は恐らく、数十箇所ほど刺されている。

痛みはまるで引かないし、流血も止まらない。

もはや血が背を伝う感覚は汗のようだ。

靴底まで血が溜まり始めているように感じるのは気のせいか。

 

「頭の回転も鈍いし記憶力だってあんまし良くない俺が、1個の単語から辞書引くみたいに詳細を思い出せるなんて奇跡みたいなもんだ。多分俺の唯一の才能なんだろ」

 

まだ。いやあともう少しで[準備]が整う。

それまで話は止めない。

お前が時間を稼ぐなら、こちらも有意義に時間を使わせてもらう。

 

「要するに、誰かの考えた何かに存分に頼れるのが俺の唯一の才能って訳だ。別に恥ずかしくはないかな。誰だって人間は1人で生きてなんかないから」

 

……よし[準備]が整った。後は一気にケリを付けるだけ。

 

「覚悟しろよ。今からお前が相手にするのは、俺が今まで見てきた数多の世界の、力の一端だ」

 

小さく[発動]と唱えると同時に、全身から吹上花火のような、カラフルで鮮やかな光が噴出する。

 

「いいわ。刹那的に生きましょう。全てに意味など無いのだから」

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