異能コレクターは気がつかない   作:永戸陽介

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第5話「日常」

人生初の遅刻は、思ったより軽く流されて終わった。

 

電車から降りて学校へ向かう途中の、普段であれば学生で溢れかえっているはずの道中が閑散としているあの様子。

 

誰もいない下駄箱と廊下で、言い訳だけが頭に思い浮かんでは消え続けるあの感覚。

 

教室の扉を開けた時に、全員の視線が集中するあの瞬間。

 

「おいおいどうしたぁ、今日も祝日だと思ってたかぁ?天童くんよぉ」

 

先生の助け舟のような嫌味のような一言で、教室の雰囲気は緩む。一言「すみません。普通に寝坊しました」と言ってそそくさと着席する。

 

「あとお前そのバッグなんだぁ?何で抱っこしてんだよ。てかパンパンじゃねぇか何だそれマジで」

 

「慌ててたんでありったけ詰め込んできました。あとバッグは途中で転んだ時に底が抜けました」

 

教室が笑いに包まれる。それに気をよくしたのか、最初は微妙な顔をしていた先生の表情まで、つられてほころぶ。

 

「お前良かったなぁ。それ受験当日にやってみろ。今みたいに笑い話じゃ済まんぞぉ。じゃあ全員、引き続きプリントに取り組め」

 

これで終わり。あっさりだった。意外なほどあっさりと。

 

一限、国語教師の根藤は、ネチネチした性格だし機嫌次第で急にキレたりするから割と怪しいと思っていたが。

 

ごちゃごちゃ考えていた言い訳を全部捨てて、第一声に謝罪を選択したのは最適解だった。やはり誠実な対応というのは人を救う。

 

加えて間抜けな格好と鈍臭いエピソードが効いたのだろう。にしてもスムーズに行きすぎな気もするが。

まるで今日1日の全ての不運が全部朝に集中していたかのようだ。

 

「明晰夢見るのに運を使いすぎたんかな…」

 

「おぉい遅刻くん、今日はお前を沢山当てるからなぁ。しっかり解けよ」

 

訂正、あんまり関係ないっぽい。

 

 

 

一問おきに「はい天童!」と呼ばれる地獄のような一限が終わり、休み時間を迎える。

今日の日付は自分の出席番号でもないのに、この疲労感だ。ほんとに勘弁してほしい。

 

「やーい、遅刻してやんのー」

 

「うるさいなぁ、負けイベ連発されたんだよ。寧ろよく耐えたほうだろ」

 

隣の席のアキラの煽りを流しながら、破れたカバンから次の授業の用意を取り出す。

 

「おいたっつん、ガチでバッグ破れてんじゃん。俺の予備のカバン貸そうか?」

 

教室の前から歩いてきたテラの思わぬ救いの声に、柄でもなく感動してしまう。

 

「おぉぉぉ!テラ!それは最高の友人ムーブすぎるぞ!流石3年の付き合いだ。アキラちゃんとは格が違うなぁ」

 

「あーうっさうっさ、遅刻底抜けバッグくんうっさいわー」

 

「あとたっつん、悪いけど貸して欲しいなら飲みもん奢って貰うぜ。俺は水筒を忘れたからな」

 

「無償の友愛じゃないのかよ!」

 

テラとアキラは唯一、三度同じクラスを共にしている友人だ。

 

テラは体力モリモリ運動部男子、アキラは頭脳明晰カキカキ文化部女子、そして俺は体力頭脳共にナシナシ帰宅部男子。

 

バランスの取れた良い3人だ。そう言う事にしておこう。

 

席を立ち廊下を進み、テラと共に自販機へ向かう。財布に小銭があんまり入っておらず、かといって200円渡すのは微妙だったので、仕方なく共に歩くことを選択した。

 

「根藤ガチでやばかったな。1問おきに当てるのやばすぎだろ」

 

「答えられないたびに『お前受験当日じゃなくて良かったな!』って言ってくんの、段々腹立ってきたわ。どんだけ擦っとんねんって」

 

「あーれもやばかったな。でもまぁ機嫌良い時でギリ助かったな。あ、炭酸150円のやつで」

 

「機嫌悪い時とか想像したくねぇよ。てか1日の水分を炭酸に託すのは無いだろ。スポドリにしとけ」

 

あー俺のシュワシュワがー、と悲鳴をあげるテラを無視して、130円のスポーツドリンクを押す。

 

「炭酸は絶対後悔するって普通に。お釣り20円はやるから。はい」

 

「20円返すからスポドリに炭酸入れてくれよ〜」

 

「その炭酸に対する執着はどこから来てんだよ。100%後悔するからやめとけって」

 

うねうね体をくねらせるテラを無理やり説得して、教室に戻る。そこで、自分の席の前に馴染みのない人物が立っている事に気がついた。

 

「遅刻バッグくーん、委員長がお待ちだよー」

 

「遅刻バッグ言うな。委員長は、何か用事?」

 

委員長こと学級委員長は、クラスのまとめ役の大和撫子だ。委員長呼びがしっくり来すぎて、正直本名はあんまり覚えてない。

 

そもそもあんまり喋る機会もなければ、誰かと喋ってる様子を見た事もなかった。

 

「あの天童くん、その、課題を朝に集めたから、それを出して貰いたいんだけど…」

 

「うぇ!?あ、連休のやつ?」

 

もう集めたのか、まずい。相場は各教科の授業中に回収するもんだと決めつけていた。

 

朝に回収したとなると、俺が必死こいて持ってきたはずの課題達が全部未提出扱いになってしまうではないか。

 

「あの、私が職員室まで持って行くから、出して貰えると…」

 

「え?いやいや悪いって。自分で出しに行くよ。俺が遅刻したのが原因なんだし。あと適当に詰め込んできたから見つけるのも時間かかるし」

 

てか委員長、めちゃくちゃ顔色が真っ青だ。体調不良なんじゃないか。

 

「あと、具合悪かったりしない?大丈夫?顔色めちゃ悪いけど。全然課題とか自分で出すから、保健室とか行った方が」

 

「うん…ううん、大丈夫、ありがとう…でも私の仕事でもあるから、出しに行く時は声かけてね…」

 

不明瞭な返事をして、フラフラしながら自分の席へ戻って行く。

 

「今日でどれだけの人に迷惑かけたり、かけそうになったりしたか、申し訳なくなるな…」

 

「あら素直。達志おぼっちゃまも人の気持ちが分かるようになって、アキラは嬉しゅうございます」

 

「まるでいつもは違うみたいな言い方だなおい」

 

「おーい、たっつん、これがそのカバンね」

 

ひらひらと手を振りながら現れたテラに、予備のカバンを貸して貰う。

 

「貸してもらっておいてあんま言いたく無いけど、なんか汚くないかこれ」

 

「俺が予備のカバンを用意してるなんて、おかしいと思わなかったのか?今日たまたま部室の奥底から発見したんだよ」

 

こいつ、情報の開示の仕方が上手いな。

 

「まぁ底抜けバッグよりは3倍くらいマシか。ありがたく使わせて貰います。洗濯して返そうか?」

 

「いや、いいよ。何ならあげましょう。親にはもう無くしたって言っちゃったし」

 

「ぉおお、聖人から商人、詐欺師を経て救世主に見えますよ、テラ様…」

 

手を合わせて拝むポーズを向ける。やめぃ、とヘラヘラするテラに、あとで炭酸をもう一本奢ってやろうと、心に決めたのだった。

 

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