異能コレクターは気がつかない   作:永戸陽介

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第7話「勘違い」

中二病。

 

自分に特別な力が宿っていると思い込んだり、最強の必殺技などを本気で考えたり、要するに思春期特有の自意識過剰が引き起こす、生理現象みたいなもの。

 

程度の差はあれど誰にでも訪れる時期。

そして誰もが手放して、大人への一歩を踏み出す。

 

大体中学2年生くらいまでにそういう時期を卒業するから、そんな感じの名称がつけられているとか、いないとか。

 

「…でもさぁ!やっぱり最強の能力は因果律操作だと思うんだよね!!ほらだって因果律を捻じ曲げたらそもそも相手の存在すら無かったことに……」

 

そう、誰しもが手放していたはずだ。ただ1人、俺を除いて。

 

小学3年生だったか4年生だったか、異世界転生モノのバトルアニメが大流行していた。

 

特に趣味も無かった自分は、友達に薦められるがまま見始めて、のめり込んだ。

 

登校するやいなや、魔法や剣術の話、最強の必殺技は何だという話、逆に一番弱くて価値のないような魔法を考えては、友達と自由帳に書き連ねて、笑い合った。

 

アニメが放送された翌日などは、その話で一色だった。休み時間の鬼ごっこのバリアは、条件を満たして解除させたり、ドッチボールではウルトラスローで何人も当てたりした。給食の時間に異能力バトルの反省会をするのなんて、ごく普通のことだった。

 

楽しかった。初めて出来た趣味だった。生き甲斐だった。モノクロだった世界が一気に色鮮やかになっていった。

 

転機は訪れる。

 

異世界アニメの人気も下火になり、自分は中学生になった。それでも自分は異能力の話をやめなかった。友達は1人、また1人と、その話を避けるようになっていた事に、気がつかないフリをした。やめたくなかった。楽しかったから。初めて出来た趣味だったから。

 

またいつか流行すれば、きっとまた、あの頃みたいに笑い合えるはずだ。ファンタジーが身近だったあの頃に。

 

「お前、そろそろその話やめたら?」

 

異世界の話が通じる友達もごく僅かになり、それでも教室の隅で残された幸せを噛み締めていた俺は、声をかけられた。

 

「おいおいレオ氏〜、何を仰るかと思えば。あれかな?最強魔法が因果律操作であることに異論でも…」

 

「キモいからやめろって言ってんだよ、それ」

 

レオは小学生の頃からの友人。中学生になってからはあまり喋っていなかったが、かつては異世界アニメについてよく話し合ったものだった。

 

「どうしたどうした?バーサク状態の呪いでもかけられたのか?お前昔から治療魔法なんかいらねー、攻撃魔法でゴリ押すのが正義とか言ってたよな。考えを変える気はないのか?」

 

「だからそれ!!!やめろって言ってんだよ!!」

 

賑やかな休み時間に相応しくない怒鳴り声が、校舎内を貫く。わいわいとした雰囲気が一瞬静寂に包まれ、そしてひそひそとしたざわめきに変わる。

 

「お前いつまでそんなことやってんだよ!恥ずかしくないのか?口を開けばペラペラペラペラ、ありもしない事ばっか喋りやがって!迷惑だからやめろっつってんのが分かんねぇのか!?」

 

事態が飲み込めずに呆然とする。異世界の話で盛り上がっていたおとなしめの友人達は、レオの圧に耐えきれず、席を立ってそそくさと教室から出ていく。

 

「で、でかい声出すなよ、お前の方が皆の迷惑になってんじゃねぇか。でも、あれだなー。俺は昨日、音攻撃耐性が最大になる無音結界を習得したから、平気で…」

 

胸に衝撃が走り、後方へ突き飛ばされる。机にぶつかりながら尻餅をついた俺は、胸ぐらを掴まれて再び立ち上がらされる。

 

「やめろって言ったよな。聞こえないのか?お前。どうすんだよ。部活もせずに、勉強もせずに、毎日毎日、ガキみたいなことして。何やってんだよ。そんな奴じゃなかっただろお前は!」

 

「……何言って…」

 

「もう終わったんだよ、そういう時期は。終わったんだ。いつになったら気がつくんだよ」

 

「…何を…」

 

「楽しかったよな。俺も楽しかったよ。あの時は。でも物事には終わりがあるんだよ。終わった事は思い出になって、それを活かして、また次に進むんだよ」

 

「…なん…」

 

「いつまでそんな物を大切に抱えて生きてくつもりなんだよ。それは抱え込むもんじゃなくて、あの時あんな事があったなって思い出して、未来を生きる為の燃料なんだよ」

 

「……」

 

「それは『楽しかった』以外の意味はねぇんだよ。抱え込んでても、他愛のない、くだらない、何の役にも立たない、ゴミみたいな、無価値な、無意味な、捨てて当然のものでしか無いんだ。もう気づいてんだろ、お前も」

 

「…」

 

「なぁ、なんとか言ってくれよ」

 

あー、そうだったのか。そういうことか。

 

いや気がついてはいた。とっくに。

友達だった奴らが、何やらこそこそ話しているのも。

なんなら、さっきまで一緒に異世界談話してた奴らだって、俺が能力について喋るたびに若干顔が引き攣ってたのも。

 

こいつは良い奴だな。そしてバカだ。俺の事なんか放って、アイツらみたいに、こそこそ陰口叩いてれば良かったのに。

 

いや違うか。だったらこんな人前で殴りつけたりしない。ただ俺は、こいつの人気取りの踏み台にされたんだ。

 

恐らく好きな奴でもいるのだろう。嫌われ者を成敗した実績を作るのに、丁度よく利用されたんだ。

 

「胸ぐら、やめてくれ。返事しにくい」

 

「あぁ。で?何か言いたい事はあるか?」

 

「1個だけ、1個だけ心の底から、お前に言いたい事がある」

 

呼吸を整える。

 

もはや観衆と化したその他大勢は、こいつの勝ちを確信したように、安心した面持ちで眺めている。

 

こいつはと言うと、やり遂げたような顔をして、俺の次の言葉を待ち受けている。

 

深く息を吸う。

 

廊下を通りがかった教師は、こちらを一瞥した後に、大した事態ではないと通り過ぎる。

ひそひそとした話し声が聞こえる。その中に俺を労わるものなど、ありはしなかった。

 

深く。深く息を吐いて、その勢いで声も吐き捨てる。

 

 

「俺の事も、思い出として、燃料にする気かよ」

 

 

ポエミーなご講釈を垂れやがった「敵」のご尊顔に右拳をぶちかます。

 

倒れた「敵」の姿を見届ける事もなく、硬直する群衆をかきわけ、上靴のまま校舎を飛び出す。そのまま校門を抜けて走る。ひたすら、ただひたすらに。

 

ふざけんな。ふざけやがって。どいつもこいつも。

 

家へ走る。ただひたすら。

 

分かっていた。分かってた。誰も味方してくれないことなど。

 

脇目もふらず走り続ける。道中で犬の散歩をしているおばさんとすれ違う。犬種は、視界がぼやけて分からなかった。

 

勝手だ。勝手な奴ら。ただ自分と合わないものを排除して満足するだけの、傲慢なやつら。

 

転倒して膝を擦り剥く。血が滲んでも、回復魔法は使えない。励ましてくれる仲間すらいない。

 

「俺が、俺が!!お前らを否定した事があったか!!お前ら!お前らのことを!!お前らの好きな物を!!一度だってやめちまえなんて!!言ったことなんかねぇのに!!!!」

 

立ち上がる。意味のない言い訳をぶちまけながら、走り出す。体力は切れかけだ。ロクに運動していないから。

 

「別に良かった。俺はキモくたって良かったんだよ!いつか、いつかまた、いつかきっと、話せる日が来るって、毎日毎日、あの頃を夢見て。またみんなで、盛り上がれたら、それだけだ、それまで俺が、忘れないように、それだけだったのに」

 

俺が大切に抱えていたものは、既に何の価値も持たない、燃料にするしか使い道のないモノになっていたらしい。

 

歩道橋を駆け上がって、息が切れて立ち止まる。手すりに掴まり、下を見る。

 

既に誰も、俺が大切に抱えていたものを捨てて、拾い直す事もないらしい。もう2度と、あの頃には戻れないらしい。

 

「もう…もういっそのこと…」

 

飛び降りて異世界に転生する。もうそれしかない。俺はもうこの世界で生きていても、何も良いことなど。

 

「……いや、なにやってんだ」

 

存外、地面との距離があった事で突如として冷静になる。

よく考えたら、死んで異世界に行ける保証などどこにもない。フルダイブ型VRゲームの方がまだ開発される可能性がある。

 

思えば人生で初の喧嘩、というか公開処刑みたいなイジメ?に遭わされ、初めてその場の全員に見捨てられ、初めて人を殴り、初めて学校を抜け出して、初めて上靴のまま長距離を走った。

 

キャパオーバーだった。苦しみから逃れるために死が選択肢に入るというのはよく分からない感覚だと思っていたが、今がまさにそれだ。

 

「あー、なんか空が広いわ。雲1つもねぇじゃん。明日から学校行きたくねー。荷物だけ家に送ってくんないかな。てか殴ったし退学になるか?なんか、どうでもいいや。なんかもう。好きにしてくれ」

 

歩道橋で大の字で寝転がったのも初めてだ。まるで小学生から止まっていた時間が、急激に動き出したように。

 

その後の流れは、よく覚えていない。

多分そのまま帰宅した。驚く親を無視して2階の寝室に閉じこもった。後から家に教師が来ていたような気もする。

 

「敵」が先に手を出したと、誰かが証言してくれたおかげで、俺は退学どころか停学にすらならなかった。

 

事の顛末を聞いた親からは精神病を疑われ、病院を何軒か回された。今考えれば、「敵」の家族や教師などの圧力があったのかもしれない。特に異常はないが、意味深に経過観察とだけ診断され、薬を処方されたが全部捨てた。カウンセリングも何度も受けさせられたか。

 

停学にはならなかったが、登校する気にはなれなかった。

毎日授業分の勉強をしたノートを書いて、週末に学校に持って行ったのと、定期テストだけは保健室で受けていたおかげで、何とか卒業はできた。

 

卒業式の日も、卒業証書だけ職員室で受け取って帰宅した。その時に今まで提出したノートは全て返却された。ロクにチェックされていなかった。

 

高校は知り合いが1人もいないところに進学した。おかげで「まともな」学校生活をやり直し、特段問題なく生活できていた。今日の、この瞬間まで。

 

 

「私も、私もなんです。私も、同じなんです」

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