異能コレクターは気がつかない   作:永戸陽介

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第8話「天童達志は気がつかない」

この日記を見て彼女は「私と同じ」と、そう言った。誰がどう見ても、中二病丸出しのこのノートに。

 

中学の一件以降、生きる希望を失い、かと言って死ぬ勇気もない俺は、夢日記に目をつけた。

 

夢日記をつけ続けると、夢と現実の区別がつかなくなって発狂死するらしい。既に区別がついていなかった自分であれば、比較的穏やかな死を迎えるのではないか。そんなきっかけで始めた。

 

様々な夢を見た。知らない田舎を知らない女の子と2人で歩いていたり、古くて狭いエレベーターに乗っていて途中で止まってパニックになったり、車に乗ったら勝手に動き出して止められなくなったり、誰もいない迷宮のような病院から抜け出そうと走り回ったり。

 

沢山の夢を見て、記録した。全く発狂などしなかった。寧ろ現実と幻想の間を、心の底から楽しんでいた。気づくといつしか、新しい生き甲斐になっていた。

 

そして、その時は突然訪れた。

中世ヨーロッパ風の街並みが広がっている世界で、自分は冒険者になっていた。女騎士と女魔法使い、男剣士と共に、城壁から少し離れた場所でモンスターを一緒に何体か倒した。

 

その夜、依頼の報酬と自分が持っていた全財産を使って、仲間に豪華な料理をご馳走した。

女騎士は珍しい事もあるものだと目を丸くし、女魔法使いは本当に良いの!?と嬉しそうにはしゃぎ、男剣士は今度は俺が奢ってやるからな、と肩に手をかけてきた。

 

それから皆と何か話して、笑って、笑って、笑いすぎて涙が出てきて、冷めない内に食べようと料理に手を伸ばして、そこで目が覚めた。

 

忘れないようにすぐに日記に書き留める。名前は聞かなかったのか、忘れてしまったのか。

1日過ごしたような気がしたのに、細かいことは何も思い出せなかった。自分がどんな事をしたのかも不鮮明だった。

 

それでも、本当に異世界に行ったような実感があった。食べようとした料理が何だったのかすら思い出せないのに、何を話したのかすら覚えていないのに。

 

また会いたい。会って、話して、一緒に冒険したい。顔も声もおぼえていない、自分が作り出した、ただの幻想。しかしそれこそが、自分が追い求めていた理想だった。

 

 

「天童くん、天童くん?大丈夫?あの、私もこんな事はじめてで、その、何から話せば良いのか…」

 

同じ?同じだろうか。委員長は成績も優秀だ。俺とは違ってちゃんと生きているように見える。

 

「私だけだと思ってた。本当に。誰にもこんな事、言えなくて、こんなこと。親にも相談できないし、頭がおかしいんじゃないかって言われるのが、怖くて」

 

委員長が誰かと何か喋っている様子を、俺は見た事がなかった。今まで隠し通して生きていたのだろうか。

 

「あの、ドラゴンをどうやって倒したの?私にはできなかった。何度も何度もやったんだけど、私の力じゃどうしようもなくて…」

 

捲し立てる委員長を、ぼんやりと見つめる。以前の自分なら、ここで喜び、湧き立ち、同好の友を見つけた事に歓喜し、ドラゴンバスターキャノンについて10分くらいは解説していただろう。

 

「天童くん、あの、良かったら私たちに協力して…」

 

「ごめん委員長。俺はもう、そういうのやめたんだ」

 

委員長の言葉を遮り、きっぱりと言い切る。

ダメだ。ダメなんだ。委員長とここで仲良くなっても、またあの教室の再来になるだけだ。

 

俺は別に良い。また暴力沙汰を起こして走って逃げたら、今度こそ親に見捨てられるだろうけど。俺だけなら耐えられる。

 

でもダメだ。委員長はまだ誰にも話していないんだろう。委員長が俺みたいなの絡んでいるのを見られて、必死に歩んできた人生がめちゃくちゃになるのは、ダメだ。

 

「それもさ、だいぶ前に書いた記録っていうか、まぁ見た夢の内容を操れたら面白いんじゃないか?って、小さい頃に思った時のやつで、今日朝手当たり次第持ってきたから混ざっちゃったんだと思うわ、ははは」

 

「で、でも日付が…」

 

「えー?あぁ!本当だ!曜日まで一致してんじゃんスゲー!すごい偶然だな!」

 

「でも、私は…」

 

「てかやべー!もうこんな時間じゃん!早くしないと先生帰っちゃうかも!職員室行こうぜ!俺の課題が全部未提出になっちまう〜」

 

「わたし、わたし!私は…………未来が視えるんです!!!!」

 

ヘラヘラと受け流し歩き出した俺を、委員長が大声で引き止める。

 

「正確には、違うけど…嫌な事が起きた未来を、見て、戻ってくるみたいな、感じのことが、私にはできます!!」

 

本当に何を言ってるのか分からず、また動きがフリーズする。委員長はタイムリープものの主人公にでも影響されたのか?

 

「境界、つまり夢の世界では、5回までは普通に過去に戻れて、そこからは戻るたびに体調が悪くなります!でも戻ろうと思う前に死ぬと、5回分使った事になってしまいます!」

 

なに、なに?本当になに?急にどうしたんだ?

 

「現実だと、普通に1回戻るのが精一杯です!しかも代償を何かしら払わないと出来ません!」

 

マジか。俺はそんな、自分が現実で能力を使えるなんて、思った事もなかった。だってフィクションはフィクションだから。

 

委員長は、俺なんかよりずっと重症なのに、まともな人生を歩んできていたのか。凄いな。俺なんかとは比べ物にもならないほど、立派だ。

 

「境界で習得した能力は、現実に持ち込めるんです!精度は著しく下がるし、代償も凄く払わないといけないんだけど…」

 

俺は、異能にしか目を向けたことがなかった。魔法や超能力を使う事しか、考えたことがなかった。

 

委員長にとってそんなのは使えて当たり前で、更にその先の、異能が存在した場合の世界の設定まで作り込んでいるというのか。

 

「境界での出来事は、現実だとすぐに忘れてしまうんです。私は、朝起きた瞬間ははっきり覚えているんだけど、メモを取ろうと立ち上がった時には、殆ど内容は忘れてて、何かきっかけがあるたびに少し思い出すんです。実際、天童くんのノートを見るまで今日の事も忘れていました」

 

俺は、なんて小さかったんだろう。一度でも自分が、能力が存在する世界のことを、深く考えた事があっただろうか。

漠然としたイメージに乗っかって、世界観なんて二の次で、自分が異能を使う事しか考えていなかった。

 

「天童くん、あの世界は危険と隣り合わせなんです。あの世界は存在しちゃいけない。冥界から現実を守るために、その狭間に存在する防衛線なんです。それを理解していない人達によって、この世界にまで危機が及んでいるんです!」

 

勉強も運動もサボっている俺と違って、文武両道であろう委員長だから、現実の事も蔑ろにしていない委員長だから、きっと世界の設定まで深みを込めることが出来るんだ。

 

「私はドラゴンを倒すために、代償を払いました。体調不良が現実に及んでまで、最善の未来を掴もうとしました。意味がなかったと、諦めそうになった時に、あなたが助けてくれたんです」

 

自分の体調不良ですら、能力の代償というポジティブに変換できる。俺は、いつまで経っても立ち止まって、誰にも理解されないと、塞ぎ込んでいたのに。

 

「お願いです。私たちに力を貸してください」

 

「ごめん、ごめん委員長。本当にごめん。俺は、俺なんかじゃダメだ。俺は、相応しくない」

 

悔しかった。初めて、負けた、と思った。

 

何が異世界転生だ。現実を蔑ろにしているくせに、世界のことなんか何も知らないくせに、何が異世界に行きたいだ。

 

国語を頑張れば、異世界の言語体系について知れたかもしれない。

数学を学べば、異世界での距離や物の単位を考えられたかもしれない。

地理なら作物などの現地の食料事情について、歴史なら政治体制について、物理や理科だったらそれこそ魔法のシステムについて。

 

だから無理だったんだ。だから明晰夢で世界を操作できなかったんだ。何も知らないバカなガキだから、世界について無知だから、ギリギリ知ってる都市の風景しか想像できなかった。

 

勉強から逃げるために異世界の事を考えていた訳じゃなかったはずだ。

本気で好きだったから、楽しかったから。

 

でも実際はどうだ。勉強も運動もダメな自分は、結果として使えもしない魔法や異能の知識ばかり蓄え、勉強も運動も頑張っている委員長に、異世界の設定の作り込みで惨敗した。

 

これじゃ能力にかまけて、最後に身体能力や知識勝負で負けるかませキャラそのものだ。

 

「そんな、そんなことないよ。私は貴方に救われた。ドラゴンのことだけじゃない。私だけ終わらない悪夢を見てる訳じゃないんだって、知る事が出来た。だから」

 

「ごめん。俺は、ダメだ。ダメな奴だった。何にも知らなかった。知った気になって、憧れだの夢だの言ってたのに。俺じゃ委員長の役には立てない。何一つ釣り合ってない」

 

高校からは真面目に生きてるはずだった。それはいつしか真面目を言い訳にして、努力や向上心を封印しただけになっていた。クリアしたゲームだけが積み上がって、人生経験が放置されていた。

 

「俺は、俺はもっと頑張るよ。異能だけじゃなくて、もっとちゃんと、世界を知ろうと思う。いつか、委員長に追いつけるように。そしたらその時に、また話をさせてほしい」

 

「天童くん…」

 

いいかけた言葉を飲み込んで、委員長は頷く。

 

「じゃあ、課題提出の付き添い、よろしくお願いします。まだ先生残ってると良いんだが…」

 

職員室に目をやる。幸いまだ人はいそうだ。夢日記をカバンにしまい、その他のノートを拾い集める。

委員長は、その様子をぼーっと見ていたが、突然その場に座り込む。

 

「え、え?大丈夫?委員長」

 

差し出した手が振り払われ、委員長はこちらを睨みつける。目が充血し、顔面蒼白、口の端から少し血が流れている。

 

「天童くん、走って。早く帰って!!」

 

「え、でも委員長、また体調が…」

 

「早く!!!まだ間に合うから!!!!早くして!!!!」

 

「えと、課題がまだ…」

 

「私が出すって言ってるでしょ!!!早く行って!!!!」

 

異常な剣幕に押されて、訳もわからず俺は走り出す。何だ、何が起きたんだ。

 

階段を駆け下り、靴を履き替え、そのまま校舎を飛び出して駅まで走る。見ているはずもないのに、歩いたらさっきの表情の委員長に怒られそうで、怖くてなって走り続けた。

 

丁度電車がホームに到着しており、ぎりぎり間に合った。発車しても息切れがおさまらない自分を、周りの乗客は迷惑そうに横目で見る。

 

「何だ、何だった、んだ」

 

委員長の大声なんて初めて聞いた。いや、そもそも喋った事自体そんなになかったんだけど。

 

急に恥ずかしくなったとか?

それとも、折角カミングアウトしたのに断られたから、威圧しなければ明日クラスに広められると考えたとか?

 

「俺、そんなこと、しないけどなぁ」

 

いや、委員長にも何かしら事情があるんだ。

そもそも自分も夢日記をバラされると散々決めつけていた。お互い様だろう。

 

いつか俺がもっと、世界の設定まで作り込めるようになった時に、今度は自分から話しかけてみようか。いや、一応また明日、一言謝っておいたほうがいいか。課題、結局出して貰っちゃったし。

 

車窓から見える風景は既に薄暗くなっていた。家の最寄駅に着くまでの間、俺は初めて、世界各国の様々な要素がランキング化されたサイトを見て、少しでも世界の造形を知ろうと、小さな一歩を踏み出した。

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