朝。バンのトランクが開かれる音がする。
「朝ですよー。さっさと起きてくださいねー」
「……あと十分待って」
「ダメです。十分どころか、一時間くらい寝っぱなしになるでしょ」
ばさりっと毛布を剥ぎ取られる。
体中に寒風が襲い掛かってきたせいで、眠気が飛んでしまった。
しょうがない、という気持ちで瞼を開けて、バンのトランクから抜け出す。
「ん~」
立ち上がり伸びをすると、背中からパキパキという音が体中に響く。
車の荷台で寝ることに慣れはしたが、やっぱり体には良くないんだなぁと、朝が来るたびに思い知らされるね。
「センパイ、ここにコーヒー置いときますよ」
ライトバンと、ちょっとした家具しかない埃っぽいガレージ内に、ふわりとコーヒーの香りが漂う。
礼を言って、コーヒーをちびちびと飲む。
「…………」
「どしたんよ。渋い顔して」
「魔獣のパーツの相場が暴落してたんで、思ったより安かったんすよ。……弾代とか車のガソリン代とか考えるとプラマイゼロって感じっす」
「まあ、マイナスじゃないならいいんじゃない?このご時世だし、貯め込んでもしょうがないでしょ」
「このご時世だから、貰えるだけ貰っとかないとダメっすよ」
ぐぅ正論だわ。
このご時世……俺からすると転生した世界は、バイオ技術とか遺伝子工学とかが発達した後、なんやかんやで滅びかけたというポストアポカリプスの世界だ。
こんな世界だと、物資なんてなんぼあってもいいですからね。
「……やっぱり依頼を受けるしかないっすかね」
「イヤそう」
「いま来てる依頼、荒っぽい怪しいヤツばっかりなんすよ。できれば関わりたくない感じの」
「……あぁ」
それはイヤだわ。
どこも治安がいいわけじゃないから、この手の依頼は多いけど、推し並べて報酬は渋いクセして注文が多い。
その上、依頼元の態度も横柄と来たもんだ。
ぶっちゃけ、俺もイヤ。
「とはいえ、ウチは運び屋だし。そんな面倒の渦中にハマることはないと思うけど」
チラリと古びたライトバンに視線を向ける。
あのオンボロ車を転がして、あっちこっちに物を届けるのが俺らの仕事だ。
ただの運送業と思うこと勿れ。
郊外には魔獣って呼んでる生物兵器が徘徊してるから、みんな遠出しない。だから、意外と需要があるんだなコレが。
「……まあ、そっすね。背に腹は変えられないっすもんね。ブローカーに返事しときますわ」
「頼むわー」
俺はお呼びがかかるまで二度寝します。
* * *
「カンちゃんお疲れー」
「おうロク。思ったより早かったじゃねぇか」
できた後輩が二度寝を許してくれなくてな……。
ブローカーのカンちゃんご用達のクラブバーにやってきたわけだ。
ガッチリした筋肉質な体型に浅黒い肌、聳え立つような高身長。
そこにクラブに漂うタバコの匂いと怪しい光が合わさって、危ないやつに見えるが、カンちゃん自身は極めて良心的なブローカーだ。
もちろん、世界観の割には、って枕詞がつくけど。
「で、そのできた後輩は?」
「あそこ」
親指で後方を指差す。
そこには見覚えのある少女が、見覚えのないチンピラ三人組に絡まれているのが見える。
「あらら。助けてやれよ」
「やだよ。というか、要らんでしょ。あの子強いし」
「いや、ユズハにじゃなくて、あのチンピラどもを」
カンちゃんが喋っている最中にズガンッという、音がクラブ内に響き渡る。
見れば、チンピラ三人組はアッサリと地面に転がっている。
まあ、こうなるわな。
ウチのできた後輩……ユズハは原作ゲームのネームドキャラだ。
メインキャラってわけでもなかったが、それでもモブキャラと比べても頭二つは抜き出てる。
「あちゃあ」
「さすが」
「さすがじゃねぇよ。仕事の話すんのに、こんなに目立ってどうすんだよ……」
「どーせ、個室取ってるだろぉ?」
「いやまあ、そりゃそうなんだがよ」
黒ずんだ禿頭に手を当てながら、深いため息をつく。
カンちゃんは抜けるものが無いからストレスかけても罪悪感少なくて助かるぜ。
「どうもっすカンさん」
「ユズハの嬢ちゃん、もうちょい穏やかにできんかったか?」
「センパイが可愛い後輩を助けに来てくれたら丸く収まったかもしれないっすね」
「だってよセンパイ。今度からは頼むぜ」
ユズハが喧騒から合流し、カンちゃんに促されるまま、クラブカウンターの奥にある通路へと入っていく。
クラブの乱痴気騒ぎが、どんどん遠のくと同時に危なげな寒気が強くなっていく。
「ここだ」
カンちゃんが立ち止まったのは、鉄製の扉で遮られた一室。
一面レンガ作りの厳重な部屋だ。
「剣呑だな」
「それだけ依頼元が面倒なんだよ」
うへぇ。
聞いた瞬間、俺もユズハも顔を顰める。
「さてと、それじゃあ改めて依頼だ『運び屋ロク』」
「お伺いするぜ」
2話にして、主人公とヒロインの名前が出るってマジ?