魔獣とは、旧時代の生体兵器だ。
旧軍がバイオテクノロジーと戦争工学を合わせた機械とクローン生物の合わせ技。
言ってしまえば、大量生産の工業製品。
つまりーー恐ろしく数が多いのだ。
「うわぁ……。ワラワラいるわ」
『狼の巣』
禿山となった場所に、狼型の魔獣を自動生成するプラントが存在する超危険ポイント。
旧世界は、こんなん作るほど追い詰められていたのか、はたまた御せるとたかを括っていたのか。
どちらにせよ、暴走して見境なく人を襲う魔獣の母体になってしまった現在は、ただ傍迷惑なだけだな。
「やっぱり、数がヤバいっすね」
目の前の地獄絵図を見ながら物思いに耽っていたところに声がかかる。
声の主は、全身黒づくめのてるてる坊主みたいな……。
「だれ?」
「誰って、私っすよ」
謎の黒づくめがガバリとフードとマスクを取る。
「……なんだユズハか」
「他に人なんていないじゃないっすか」
「一応、取引相手って可能性もあるじゃんか」
「まあ、それもそうっすね」
パタパタと胸元を仰ぎながら、ふぅと息を吹く。
マットブラックの雨合羽みたいな服装は、見るからに暑そうなことがわかる。
「で、なんでそんな恰好してんの?」
「この服装だとあの狼型に気づかれなくなるんすよ」
「えっ!? マジッ!?」
「マジっす」
初耳なんだけど!?
「魔獣は、もとは兵器っすからね。生態は結構、画一的なんすよ……あのタイプは、生産効率重視なんで数は多いんすけど感覚が鈍いんで、機械部分の電波で周りを認識してるんす」
「はぁ……。物知りだな」
「昔取った杵柄ってヤツっすね」
少し赤く染まった頬をポリポリとかきながら、こちらへ黒い雨合羽のようなものを渡してくる。
「これ、電波をある程度吸収する塗料で表面を覆ってます。気休めっすけど、無いよりマシなんで着てください」
「はいよ」
手に取ってみると、ビニールというか安い合皮みたいな手触りだ。
装備の上からバッと音を立てて羽織る。
「……暑い。あと臭い」
「暑いのは我慢してください。……あと、私のニオイじゃないですからね」
それは分かる。
前世の枕を濃縮還元って感じのニオイだ。
つまり、オジサンって感じのニオイ。
「……それなら、なんでこんなに臭いんだ」
「コレ、カンさんが持ってけって」
「おえぇ! カンちゃんのニオイかよ!」
あのむくつけき筋骨隆々のオジサンなら納得のニオイだわ!
というか、あのケチが持ってきたってことは相当使い古してんだろコレ!
「あの、ユズハちゃん。新品とかない?」
「無いっす。贅沢言うな。……ほらさっさと行きますよ。こっから車使えないんだから」
「……へぇーい」
だだ下がりしたテンションのままに、森の中へと歩いていく。
目指すのは、荒野のような禿山にそびえ立つ塔のような建物。
――狼の巣中心部。魔獣の生産プラントだ。
暗闇の中、コツコツという足音が響く。
俺たちは、黒い外套の効果もあってか、派手な戦闘もトラブルもなく、生産プラントへとたどり着いていた。
「中は意外と綺麗だね」
「そっすね」
旧時代の遺物として残っている魔獣の生産プラント。
もっと、朽ちてるのかと思っていた。
外の世界にある旧時代の建物は軒並み倒壊・崩壊していて碌に住める代物じゃないが、生産プラントの中は雨漏り一つ見当たらず、綺麗なものだった。
外の世界が崩壊したきっかけであるプラントが綺麗なままってのは、強烈な皮肉だな。
「中は静かっすね」
ユズハの言う通り、魔獣だらけの外と比べて風の音すら聞こえてきそうな静寂だ。
「フラグ」
とはいえ、そういう時にそういうことを言うと大概ろくなことにならないのだ。
――グルル……。
「ほらぁ」
「……私のせいじゃないっすよ」
目の前の通路。
深い闇の中に複数の赤い眼光が光る。
ぬるりと電気ランタンの光が狼型魔獣の飢えた顔を照らし出す。
「…………」
どちらともなく、俺は杖を、ユズハは拳銃を抜く。
――バンッ!
マズルフラッシュと鋭い銃声。
ユズハが発砲して、魔獣のうちの一体を撃ち抜く。
この程度で倒れはしないが、少なくとも通路を通れなくする程度に群れの動きを牽制することはできた。
「よっと!」
その隙に魔獣へと駆け出し、マットブラックの杖を突き出す。
ーーバチバチッ!!
杖が魔獣にめり込むと同時に、弾けるような音が響く。
特殊戦闘用スタンロッド。
簡単に言えば、杖の形状をしたスタンガンというのが俺の武器の正体だった。
ギャンッ! という悲鳴をあげる。
魔獣も悲鳴を上げるんだな……。一応、兵器みたいなものなんだけど、妙なところで動物的だ。
閑話休題。
ともかく、魔獣は生物であると同時に、機械を埋め込まれた兵器でもある。
そのため多くの魔獣は機械がショートするような強力な電気が弱点だ。
例に漏れず、電気を浴びせてやった魔獣は赤く光っていた眼の光を失い、活動を停止する。
「次、左側お願いします!」
「あいよ」
バンバンと銃声を絶え間なく響かせながら、指示を飛ばすユズハ。
それに応えて、左側の魔獣にスタンロッドを振るう。
同じように銃弾を受けた魔獣に高圧電流をお見舞いすると、活動を停止する。
あとは、この繰り返しだ。
三分後には、魔獣数匹の群れは全滅していた。
「魔獣のドロップどうする?」
「荷物になるじゃないっすか。捨てといてください」
「もったいねー」
「仕方ないっすよ」
しゃがみ込んで、倒れた魔獣をツンツンと突きながら聞いてみる。
魔獣の機械部分はそれ単体が小型発電機兼、バッテリーみたいなものだ。
そして、生活圏が狭くなったいま、大型発電所などあるはずもなく。
結局、生活用電力の幾らかは、魔獣から取れるドロップこと機械部分から賄っている。
魔獣のせいで満足に電気も作れないのに、魔獣がいないと電気が賄えない。
これもまた皮肉なものだ。
とまあ、そんな事情があるので金になるんだが、仕事優先で捨て置くことになった。
勿体無いが、ユズハの言う通りなので、仕方ない。
受け取る荷物が小さいことを望むばかりである。
「うわぁ……」
「これは……」
荷物はあった。
依頼人もいた。
ただし、問題はその依頼人が全員死体になっていることだ。
ぶっちゃけ、嫌な予感はあったんだよね。
集合場所に近づくにつれて魔獣の数と遭遇頻度が上がってたから。
おそらく、道中倒してきた魔獣は依頼人たちを殺した魔獣だったのだろう。
偶然にも、かたき討ちをしていたってワケだ。
「これ、生きてるって可能性ない?」
「首が吹き飛んで生きてるヤツは見たことないっすね」
「だよねぇ」
依頼が荷物の運搬である以上、依頼人が死んでようが死んでいまいが関係は無い。転がっている死体を依頼人と言ってはいるものの、正確な依頼人はこいつらが所属している組織なのだから。
とはいえ、面倒なことには変わりない。
「ユズハ、目的地わかる?」
「いや、ここで聞く予定だったんすよ」
「…………」
とまあ、こういうことである。
目的地がわからん。
それともう一つ問題がある。
「で、荷物ってコレ?」
「……でしょうね」
くだんの荷物と思われるモノをゴンゴンと叩く。
それは、全長180センチを超える巨大な円柱だ。
「センパイが荷物小さいのがいいーってフラグ立てたから……」
「冤罪では?」
「道中ずっと言っててコレっすよ? もうそうとしか思えんっすよ」
「う~ん」
そう言われると、なんだか否定できなくなってきたなコレ。
……いや、やっぱそんなことねえや。やっぱり俺のせいじゃないって。
「さてどうするか……」
最悪、バックレることも視野に入れないと。
何度も言うように、いまの世界は数少ない生活圏以外の場所は全て魔獣が住み着く危険地帯だ。
そんなところを、こんな大荷物を抱えながらフラフラ徘徊して回るわけにもいかない。
命がいくらあっても足らん。
依頼を受けた時は、カンちゃんの手前バックレないと明言したが、さすがにカンちゃんのメンツよりもユズハや俺の命のほうが大事だ。
「……センパイ、これ」
どうしようかと、頭の中で天秤を動かしていたらユズハから声がかかる。
「コレってなにさ」
「この端末っす」
ユズハの手には、無骨な端末が握られている。
そのモニターには地図と、二つのポイント。
「これが依頼人のものだとしたら」
「このポイントのどっちかが目的地の可能性が高いってわけね」
正直、希望的観測マシマシな考えであることは理解している。
とはいえ、ガラが悪いと噂の依頼元に睨まれるよりは幾分かマシな賭けに思える。
「……はぁ。とりあえず、荷物運びつつ、そのポイント目指そうか」
「そっすね」
さて、そうと決まれば、荷物を運ぼう。
……この二メートル近くある金属の塊を。
「ユズハちゃーん」
「頑張ってくださいセンパイ」
「一人では無理でしょコレ!」
「そうは言っても、警戒する人間一人は必要じゃないっすか」
「ぐぅ……」
正論……。
「というわけで、頑張ってくださーい」
「くっそ。どうすりゃ動くんだよコレ!」