乾巧は死後の世界に迷い込む   作:小虎555

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EP1-1

 

「ハッ、ココはどこだ」

 

ウルフカットの青年が満点の星空を見上げながら、大の字で目を覚ました。

黒いジャケットに擦れたジーンズ。

制服姿の生徒達がいる学校には似つかわしくない、どこか夜の街の空気を引きずったような格好だった。

見覚えのない校舎。階段の近くの地面。だが確かに“学校”のような場所だった。

そして右手には、見覚えのない金属製のケースがあった。

いつから持っていたのかは分からない。ただ、それが当然のように手に収まっている。大事なものだったような気がしていた。

 

「……また新しく来たのね」

無機質だが綺麗な少女の声。

振り向くと、白い髪の少女が立っていた。中学生ほどの小柄な体。だがその存在感は妙に“無”に近い。

「誰だ?お前いつからそこにいた? ここはどこなんだ?」

 

「立花奏。この学校の生徒会長」

少女は淡々と答える。

「ここは死後の世界」

 

「死後の……世界だと?」

青年は眉をひそめる。

(死んだ記憶はない。それに、このケースはなんだ……)

 

「信じられないみたいな顔ね」

少女は感情のない瞳で見つめてくる。

 

「当たり前だろ。証明できんのかよ」

 

その瞬間だった。

「ハンドソニック」

少女の腕に刃が形成される。

 

次の瞬間、青年は反射的に手の中のケースで防御した。

刃が当たり、青年は後ろに尻餅を着いて転ぶ。

ケースは少し傷が付いた程度だった。

 

少女はそれに少し驚くも、

 

「……っぶねぇな。何すんだ」

不機嫌さを露わにした青年の質問に答える。

 

「証明してほしいと言ったから」

 

「はぁ? つまり殺そうとした訳か?」

青年は距離を取りながら息を整える。

 

「とりあえず分かった。ここが普通じゃないのはな」

立ち上がり衣服の地面に着いた部分をパンパンと叩きながら

 

「少し一人にさせてくれ」

 

「そう。分かったわ」

 

少女は何事もなかったように背を向け、その場を去っていった。

 

そのやり取りを、双眼鏡で遠くから見ている影があった。

(……天使の攻撃を咄嗟に防いだ?それにあの攻撃を受けて壊れないケースは何?)

 

立花奏はわずかに目を細める。

今までの新入りとは明らかに違う反応だった。

(ただの新入りじゃない……それにあの箱は何?)

 

青年はその後、校舎の中と外を歩き回った。

だが外には森しかなく、変なケースは持ってるのに食料も財布もない。

「……マジかよ…」

視界が揺れる。空腹と混乱で足が止まる。

 

そのまま意識が途切れた。

 

 

 

『オイ、岩沢。人が倒れてるぞ。NPCじゃなさそうだ』

 

『保健室は遠い、音楽室に運ぼう』

 

 

 

翌日。

 

 

 

『……まだ目が覚めないのかコイツ』

 

ぼんやりと声が聞こえる。意識がゆっくりと浮上していく。

 

青年は半分だけ目を開けたまま周囲を見る。

 

『顔はいいな』『ヒモになりそう』『髪綺麗』

 

頭を撫でられる感覚に反射的に目を開ける。

 

バッと起き上がった。

「誰だ?」

 

「うおっ、ビックリした!」

ポニーテールの少女が驚く。

 

「よっ、新入り」

赤髪ショートの少女が軽く手を上げた。

 

「ココはどこだ?」

 

「音楽室だよ。外で倒れてたアンタを運んだんだ」

 

「とりあえず新入り、腹減ってんだろ?アタシが奢る」

赤髪の少女は新入りに気を使いそう言った。

 

「いや、いい」と言おうとして財布がないのを思い出す。

するとポニーテールの少女も自分達が来た時の事を思い出して

 

「財布が無いんだろ?アタシらの時もそうだった。大人しく奢られな」

 

その瞬間、腹が鳴る。

 

「……正直だな」

 

「アタシも作曲に夢中になってさ、良く餓死するんだよ」

 

と赤髪の少女は当たり前のように言う。

 

「自慢気に言うな!心配するアタシの身にもなれよ」

 

「分かったって…ところでアンタ名前は?

 

アタシは岩沢。こっちのポニーテールはひさ子」

 

「乾巧」

 

「了解。じゃあ学食行こうか」

 

歩き出したところで、ひさ子がふと巧の格好を見た。

 

「てかアンタ、その格好で暑くねぇの?」

 

「……別に」

 

黒いジャケットに擦れたジーンズ。

制服姿ばかりの校内では、どうしても浮いて見える。

 

「学生ってより、夜の街歩いてそうな格好だよな」

ひさ子が半分冗談みたいに言う。

 

「……さぁな」

巧は少しだけ視線を落とした。

「名前以外、あんま覚えてねぇ」

 

一瞬だけ空気が静かになる。

だが岩沢は特に深く聞こうとはせず、小さく肩をすくめた。

 

「まぁ、この世界じゃ珍しくもないか」

食堂は思った以上に広かった。

長机が並び、生徒たちはそれぞれの時間を過ごしている。

その中で、巧は制服姿の生徒達の中に一人だけ混ざり切れていなかった。

黒いジャケット姿のまま、金属製のケースを横に置いている。

まるで別の世界から、そのまま迷い込んできたみたいだった。

だが誰もそれを特別扱いしない。

 

「それ、アンタの?」

ひさ子が軽く顎で示す。

 

「記憶は殆ど無いが、それが俺のもんってのは覚えてる。」

 

「ふーん、とりあえず後でゆりに報告だな」

 

それ以上は触れない。

 

この世界では、深く踏み込まないことが暗黙のルールのようになっている。

 

岩沢も一度だけ視線を落とすが、何も言わない。

 

そんな空気のまま、会話は流れていく。

 

ひさ子がふと口を開いた。

 

「てかさお前、新入りなのに、なんでそんな荷物持ってんだ?」

 

軽い疑問だったが、この世界では珍しいものへの純粋な違和感でもあった。

 

巧は一瞬だけケースを見る。

「……気づいたら持ってた」

 

「ふーん、荷物持った状態でココに来るのはかなり珍しいぞ。なぁ?岩沢」

 

「確かに、前例ないかもな」

岩沢が少しだけ興味を示す。

 

「ちょっと見てもいいか?」

 

「……あぁ」

 

巧はケースを机に置いた。

カチ、と小さな金属音。蓋が開く。

中には、ベルト状の機構が収められていた。

一見すれば機械。だが、どこか不自然だ。

整っているのに歪んでいるような、説明しづらい異物感がある。

 

ひさ子が眉をひそめる。

「なんだコレ……携帯電話みたいなのは分かるが他のは何に使うんだ?」

 

軽く指で触れる。

その瞬間、わずかな違和感が走った。

機械のはずなのに、妙に“生物的な構造”を想起させる質感がある。

「玩具って感じじゃないな」

談のようでいて、少しだけ声が真面目になる。

岩沢も黙ってそれを見ている。

(これは……ただの機械じゃない)

 

巧はそのベルトを見ながら、どこか遠い記憶の欠片が引っかかる感覚を覚えていた。

 

 

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