乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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EP1-1

1-1

 

「……ハッ、ここどこだよ」

 

 

満天の星空を見上げながら、青年はゆっくり目を開けた。

冷たい地面。背中に刺さる砂利の感触。視界の端には校舎の影が見える。 黒いジャケットに擦れたジーンズ。制服姿の生徒ばかりの場所には、あまりにも場違いな格好だった。

青年――乾巧は、ゆっくり上体を起こす。

 

「学校……?」

見覚えはない。 だが確かに“学校”だった。

その時、右手の重みに気づく。

銀色の金属製ケース。

いつから持っていたのか分からない。だが、それだけは妙にしっくり手に馴染んでいた。 まるで、これだけは絶対に手放しちゃいけないと身体が覚えているみたいに。

巧は眉をひそめる。

「……なんなんだよ、これ」

 

「新しい人?」

不意に声がした。

振り向く。

白い髪の少女が、少し離れた場所に立っていた。

小柄な体。整いすぎた顔立ち。なのに不思議と人間っぽい温度が薄い。

 

「誰だ、お前」

 

「立花奏。この学校の生徒会長」

淡々とした声だった。

 

「ここは?」

 

「死後の世界」

 

あまりにも自然に返ってきた言葉に、巧は数秒止まる。

「……は?」

 

「死後の世界」

 

「いや聞こえてるわ。意味分かんねぇって言ってんだよ」

奏は瞬き一つせず巧を見る。

 

「あなたは死んだの」

 

「知らねぇよ。そんな記憶ねぇし」

巧は苛立ったように頭を掻く。

死んだ記憶なんてない。 そもそも、自分のこと自体ほとんど思い出せない。

なのに――。

ケースだけは、妙に気になる。

 

「証明できんのかよ」

その瞬間だった。

 

「ハンドソニック」

奏の腕から、刃が形成される。

 

「は?」

次の瞬間、奏が踏み込んだ。

速い。

だが巧の身体は、頭より先に動いていた。

反射的に地面を転がり、そのままケースを盾みたいに持ち上げる。

ガキン!!

鈍い衝撃。

火花。

刃はケースに弾かれ、巧はそのまま地面に滑り込んだ。

 

「っぶねぇな!!」

思わず声が出る。

奏はわずかに目を細めた。

普通の新入りなら反応できない。 まして、防御まで間に合うはずがない。

巧はケースを抱えたまま立ち上がる。

「お前さぁ、初対面で人刺す奴があるか?」

 

「証明してって言ったから」

 

「そういう問題じゃねぇだろ……」

巧は額を押さえながらため息を吐く。

だが一つだけ分かった。

ここは普通じゃない。

それだけは嫌でも理解できた。

「……少し一人にさせろ」

 

「そう」

奏はそれ以上何も言わず、その場を去っていく。

巧はその背中を見送りながら、小さく舌打ちした。

「なんなんだよ、マジで……」

 

そのやり取りを、遠くから双眼鏡で見ている影があった。

「……今の見た?」

地下オペレーションルーム。

双眼鏡を覗いていた赤紫の髪の少女が、小さく眉を寄せる。

「天使の攻撃、防いだぞアイツ」

青い髪の少年が半笑いで言う。

「しかもケースで?」

「普通なら死んでるわよ」

赤紫の少女の視線は鋭いままだった。

(あの反応速度……それに、あのケース)

ただの新入りじゃない。

そう直感していた。

一方その頃、巧は校内を歩き回っていた。

だが外に出ても森しかない。 コンビニもない。街もない。金もない。

腹が減る。

異常なくらい減る。

 

「……なんなんだよ、この世界」

ふらつく足。

「死後の世界でなんで腹減るんだよ」

視界が揺れる。

気づけば、そのまま地面に倒れ込んでいた。

意識が沈む。

遠くで声が聞こえた。

 

『おい岩沢、人倒れてるぞ』

『NPCじゃなさそうだな』

『保健室遠いし、音楽室でいいだろ』

 

 

――翌日。

 

 

「……まだ起きねぇのかコイツ」

ぼんやり声が聞こえる。

巧はゆっくり目を開けた。

知らない天井。

知らない部屋。

そして――。

「顔はいいよな」

「ヒモになりそう」

「髪サラサラだし」

 

「……は?」

頭を撫でられた感触に反射で飛び起きる。

 

「うおっ!?」

ポニーテールの少女が驚いて後ろに下がった。

 

「なんだよ急に!」

巧は警戒したまま周囲を見る。

楽器。アンプ。ギター。

「……音楽室?」

 

「正解」

赤髪ショートの少女が軽く手を上げた。

 

「外で倒れてたアンタを運んできた」

「アタシは岩沢。こっちは、ひさ子」

 

「……乾巧」

 

「了解。で、腹減ってるだろ?」

その瞬間。

ぐぅぅぅ……

盛大に腹が鳴った。

数秒の沈黙。

ひさ子が吹き出す。

「素直すぎんだろ」

 

巧は顔をしかめた。

「……うるせぇ」

 

「アタシもさ…よく曲作ってる時に夢中になって餓死するから分かるよ」

岩沢はクスッと笑って得意げに言う。そんな岩沢にひさ子は呆れながら

「心配するアタシの身にもなれよ」

 

岩沢も少しだけ笑う。

「分かったって。とりあえず学食行くか!今回はアタシが奢るからさ」

 

「いや、いい」と巧が言いかけて財布が無いのを思い出し頭をポリポリかく。

 

「だから財布が無いんだろ?アタシらの時もそうだったから分かるって。とりあえず奢られとけよ」

歩き出しながら、ひさ子が巧の格好を見る。

「てかアンタ、その格好暑くねぇの?」

 

「別に」

黒ジャケットにジーンズ。

どう見ても学生には見えない。

 

ひさ子がニヤッとする。

「学生っていうか、夜のゲーセンにいそう」

 

「……知らねぇよ」

巧は少し視線を逸らした。

「名前以外、ほとんど覚えてねぇし」

空気が少し静かになる。

 

だが岩沢は深く追及しなかった。

「まぁ、この世界じゃ珍しくもないか」

軽く肩をすくめる。

その距離感が、妙にありがたかった。

学食は広かった。

制服姿の生徒達が騒ぐ中、巧だけが妙に浮いている。

黒いジャケット。 横には銀色のケース。

まるで別の世界から、そのまま切り取られて落ちてきたみたいだった。

ひさ子がケースを見る。

「それ、アンタの?」

「……多分な」

「多分?」

「記憶ねぇから分かんねぇ。でも、これは俺のだって感じはする」

「ふーん」

ひさ子はそれ以上踏み込まない。

この世界では、“聞かない優しさ”みたいな空気があった。

だが数秒後、ひさ子がニヤッと笑う。

「ちょっと見せてみ?」

巧は少し迷ってから、ケースを机に置いた。

カチ。

金属音。

蓋が開く。

中には銀色のベルトと、ガラケー型の装置。

ひさ子が眉をひそめる。

「なんだコレ……?」

 

「携帯は分かるけど、他が分かんねぇな」

岩沢も静かに覗き込む。

その瞬間。

空気が少し変わった。

玩具っぽくない。

むしろ逆だった。

妙に現実感がある。 無骨で、重くて、危険な感じ。

岩沢が小さく呟く。

「……なんか、嫌な感じするな」

巧も無意識にベルトを見つめていた。

遠い記憶。

断片。

戦う感覚。

何かが引っかかる。

だが掴めない。

「……何に使うんだ、これ」

誰に言うでもなく、巧は小さく呟いた。

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