3-2
夜の体育館は、熱気に包まれていた。
Girls Dead Monster
岩沢雅美の歌声に合わせ、Alchemyのギターが体育館全体を震わせる。
歓声。
照明。
音圧。
その全てが混ざり合い、まるで世界そのものを塗り替えていくみたいだった。
観客達は拳を振り上げ、ステージへ熱狂を向けている。
その熱は体育館だけに留まらない。
校舎全体へ広がり、この死後の世界に、ほんの少しだけ“生きている空気”を作っていた。
だがその裏で、別の作戦が静かに進行している。
天使の部屋
薄暗い室内には、ノートPCの光だけが浮かび上がっていた。
キーボードを叩く音だけが、静かに響く。
竹山の指は止まらない。
「侵入継続中……あと少しでメインログへ到達します」
一拍置いて、いつものように付け加える。
「僕のことはクライストと呼んでください」
「お願い竹山くん」
ゆりは即答した。
「……はい」
竹山は不満そうに眉を寄せながらも、再び画面へ向き直る。
日向は別のモニターに映る監視カメラ映像を睨んでいた。
「ゆりっぺ、天使見つけたぞ。体育館方向だ」
「見せなさい」
ゆりはすぐに画面を覗き込み、小さく頷く。
立花奏。
白い髪の少女は、いつも通り静かな足取りで体育館へ向かっている。
「作戦成功よ。竹山くん、急いで。ライブが続いてるうちに終わらせなさい」
「焦らせないでください! 簡単じゃないんです。それと僕のことはクライ――」
「分かったわ。でも急ぎなさい」
「……はい」
竹山は再びキーボードへ向き直った。
その時だった。
監視カメラの映像に、もう一つの影が映り込む。
「……ん?」
日向が目を細める。
「新入り?」
画面の中。
天使の進路を塞ぐように、一人の男が立っていた。乾巧。
ゆりも思わず眉をひそめる。
「……乾くん?」
まるで最初からそこで待っていたみたいに、巧は静かに立っていた。
立花奏は歩みを止める。
無機質な瞳が、巧を映す。
「そこをどいて」
巧は一度だけ視線を上げた。
「嫌だね。」
短く答える。
「俺も用があってな、お前に邪魔されるわけにはいかない」
そう言いながらも、頭の奥には、まだ引っかかる感覚が残っていた。
(……やっと歌えるようになった、か)
岩沢の言葉。
意味は分かる。
なのに、妙に胸に残る。
巧は小さく息を吐き、銀色のケースを開いた。
中から現れる。
銀色のベルト。
そして、ガラケー型のデバイス。
奏はわずかに首を傾げた。
「……それは何?」
「さあな」
巧はファイズフォンを開く。
「見てりゃ分かる」
その瞬間。
空気が変わった。
危険を感じたのか奏の右腕へ光が集まる。
形成される刃。
ハンドソニック。
モニター越しに見ていた日向が思わず声を上げる。
「おい、アイツ何する気だ!?」
「アレを使うのね」
ゆりは画面を見たまま呟く。
「あんなに勿体ぶってたんだから、少しは期待させてもらうわ」
巧は素早くベルトを腰へ巻く。
そして、迷いなく数字を入力した。
5・5・5。ENTER
続いて響く機械音。
『Stand by』
低く重い電子音が、空気そのものを震わせる。
奏は攻撃しない。
ただ静かに、その様子を見つめていた。
巧はファイズフォンを構える。
そして、短く告げた。
「変身」
ファイズフォンをベルトへ差し込む。
瞬間。
激しい光が巧の身体を包み込んだ。
光の中で、装甲が形成されていく。
黒いスーツ。
銀色のアーマー。
胸部を走る赤いフォトンブラッド。
黄色い複眼。
全てが組み上がった瞬間――
『Complete』
閃光が弾けた。
ノートPC越しでも分かるほどの光量に、日向達は思わず目を細める。
「うおっ!?なんだ今の!?」
ゆりの目も、わずかに見開かれていた。
「……っ」
だが、すぐに表情を戻す。
「……何なのよ、アレ」
竹山がぽつりと漏らす。
「僕だってちゃんと見たいのに……」
そう言いながらも、手だけは止まらない。
解析作業を続けながら、視線だけを横へ流している。
「……何が起きたんですか?」
「後で映像見せてあげるから、今は集中しなさい」
「……はい」
渋々頷き、再び画面へ戻る。
一方、日向は完全に興奮していた。
「スゲぇ……!」
画面へ身を乗り出す。
「大山いたら絶対騒いでたぞコレ!」
だが、ゆりだけは違った。
驚いている。
それは間違いない。
けれど、まだ評価は決めない。
派手な変身をしたから強いとは限らない。
戦力なのか。
ただの変人なのか。
それすら、まだ分からない。
だからこそ彼女は、画面を見つめたまま小さく呟く。
「……完全に想定外ね」
その視線の先。
仮面の戦士と天使が、静かに向かい合っていた。
次の瞬間には、激突が始まる。
そんな空気だけが、夜の廊下に満ちていた。