乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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EP3-4

3-4

 

体育館の外

 

砕け散ったディストーションの光が、夜の空気の中へ細かく消えていく。

ファイズは着地した姿勢のまま顔を上げた。

数メートル先。

奏は後方へ回避した位置で、静かに立っていた。

クリムゾンスマッシュの軌道から、紙一重で外れている。

少し間が空く。

それから、呆れたような声が漏れた。

「……アレ避けたのかよ」

肩を軽く回し、もう一度構えを取る。

「おい、まだやるか?」

 

奏はすぐには答えなかった。

ただ、じっとファイズを見ている。

戦闘中の鋭い視線とは少し違う。

何かを確かめるような、不思議な目だった。

校内放送から流れるギターの音だけが、その沈黙を埋めていく。

やがて奏が小さく口を開いた。

「……分からない」

 

「は?」

 

「アナタは何者なの?」

 

巧は少し眉をひそめる。

「知りたいのはこっちの方だ」

数秒、静かな時間が流れる。

 

奏はその言葉を考えるみたいに視線を落としていた。

そして小さく言う。

「……今日はもういいわ」

ハンドソニックの光が消える。

そのまま踵を返し、夜の校舎へ歩き出していった。

 

ファイズはしばらくその背中を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……何なんだアイツ」

 

 

一方その頃天使の部屋では、

張り詰めていた空気が少しずつ緩み始めていた。

ゆりは画面を見たまま腕を組む。

「竹山くん、天使が引いたわ」

 

竹山が画面へ顔を近付ける。

「……あ、本当ですね」

 

日向がモニターを指差した。

「ってことは勝ったのか!?」

 

「違うわ」

ゆりは短く言う。

「目的が終わっただけ」

 

そのまま数秒画面を見たあと、竹山が頷いた。

「追跡反応も離れてます」

 

「そう」

ゆりはあっさり踵を返した。

「もう大丈夫よね? 戻ってくる前に部屋を出るわよ」

 

一瞬、静かになる。

日向は首を傾げた。

「……ん?」

 

その隣で、音無の顔が少し変わった。

「待て、それって――」

 

数秒遅れて日向も固まる。

「……あ」

 

次の瞬間。

「天使の部屋だった!!?」

 

「今さらかよ!」

慌てて立ち上がる日向の声が、静かだった天使の部屋に響いた。

 

体育館

 

夜の空気は妙に軽かった。さっきまでの戦闘の余韻だけが、感覚としてまだ残っている。

巧は変身を解除し、乱れた呼吸を一度だけ整えると、体育館の方へ視線を向けた。中からは、静かで、どこか切ないバラードが響いている。

(……歌か)

 

昼間の会話が、妙に引っかかっていた。

--やっと歌えるようになった

あの時の言葉に、理由なんてなかった。ただ、止めなきゃいけない気がした。それだけだ。

巧は迷わず廊下を走り出す。

「……嫌な予感しかしねぇな」

 

近づくほど歌は少しずつ鮮明になっていく。終盤に近いことだけは分かった。

体育館内には教師が数人立っていた。

「待ちなさい!」「ライブは中止だ!」「入るな」

 

「どけ」

短く言って、巧はそのまま割って入る。

 

「君!止まれ!」

腕を伸ばしてくる教師の手を、鬱陶しそうに払う。

 

「邪魔すんな」

そのまま重い扉を押し開けた。

体育館に足を踏み入れた瞬間。

 

歌が、ちょうど終わった。

残響だけが空間に漂う。

そして、その残響の奥で――アコースティックギターのアウトロだけが静かに鳴っている。

(まだ終わるな)

 

ステージ中央。

「…満足したみたいな顔しやがって」

岩沢がいた。

光の粒子が、ゆっくりと彼女の足元から浮かび上がっている。

消えていく。

その意味を理解するより先に、巧は叫んでいた。

「おい!!」

声が体育館にぶつかる。

 

岩沢が振り向く。

「乾……?」

その声は、少しだけ弱かった。

 

巧は息を切らしたまま、ステージへ駆け上がる。

「やっと歌えるようになったんじゃねぇのかよ」

 

静まりかけた空気が、一瞬止まる。

岩沢の目が揺れる。

その言葉だけが、やけに重く響いた。

 

巧は止まらない。

一歩、さらに踏み込む。

「それで終わりでいいのかって聞いてんだよ」

 

(…終わり?)

その瞬間。

岩沢の中で、何かが“引っかかった”。

 

地下での記憶。

槍。

そして――鍋焼きうどんを前に、必死に息を吹きかけていた不器用な男。

(ああ、こいつ……)

 

なんでそんな顔で止めに来るんだよ。

そこにあるのは、怒りでも焦りでもない。

ましてや正義感なんて綺麗なものでもない。

その顔は、綺麗でも整ってもいない。 怒ってるわけでもない。 余裕なんて一切ない。

ただ、必死だった。

息を切らして、間に合ったかどうかも分からないまま飛び込んできた顔。

 

全部分かってるわけじゃない。

でも、全部“勝手に止めに来てる”。

その必死さだけが、妙に腹立たしくて、同時に嬉しかった。

光の粒子が揺れる。

そして――一度だけ息を吐く。

 

「……乾」

その声と同時に、消えかけていた光がふっと消える。

ステージの床を、しっかりと踏みしめる足。

戻ってくる“重さ”。

 

教師たちが動き出そうとした、その瞬間。

巧が一歩前に出る。

「どけ」

短い一言。

それだけで空気が止まる。

教師たちの動きが一瞬だけ鈍る。

理由なんて誰も説明できない。

ただ、さっきまで戦っていた“何か”が、まだそこに残っている気がしたからだ。

巧は視線を逸らさず、もう一度言う。

「どけって言ってんだろ」

低い声。

 

そして――

その横で。

繋いだ手が、軽く動いた。

階段を降りようとした、その時だった。

ざわついていた体育館の奥から、怒鳴り声が飛ぶ。

「おい待てよ!!」

何人かの生徒が前へ出てきていた。

ライブの熱がまだ残っている顔だった。

 

「何だよお前!」

「教師でもないやつが岩沢さんの歌止めてんじゃねぇ!!」

「そうだよ!!」「せっかく終わったとこだったのに!」

 

空気が一瞬張る。

周囲も止めるでもなく、ただ様子を見ていた。

誰も状況をちゃんと理解していない。

見えているのはただ一つ。

突然現れた知らない男が、ステージへ乱入して、岩沢を連れ出そうとしている――それだけだった。

 

巧は足を止める。

少しだけ振り返って。

「……は?」

眉をひそめた。

完全に「何言ってんだコイツら」って顔だった。

 

「……どいて」

岩沢だった。

静かで、でもはっきりした声。

一歩前に出る。

「アタシ……まだ歌いたいんだ」

空気が変わる。

「今度は、誰かのためとかじゃなくて、アタシが歌いたいから」

静寂。

巧は横目で見る。

少しだけ、ため息。

「……ったく」

 

「どうした?」

 

「なんでもない」

ほんの一瞬だけ、いつもの空気が戻る。

そして巧は、岩沢の手を強く引いた。

「行くぞ」

 

「え?」

言い切って、そのまま歩き出す。

手は離さない。

岩沢は一瞬だけ驚いた顔をして――

「ちょ、ちょっと待てって」

そのまま引きずられるように歩き出す。

階段を降りる。

体育館の出口へ向かう。

 

ざわめきが背中で広がる。

「おい止めろ!」

「何やってんだ!」

教師の声。

生徒の怒声。

全部、後ろに流れていく。

 

でも巧は止まらない。

「どこ行くんだよ」

岩沢が聞く。

巧は前を見たまま答える。

「考えてない」

「……ほんと適当」

「うるせぇ」

扉が開く。

夜の風が流れ込む。

その瞬間だけ、世界が少し静かになった。

二人はそのまま外へ出る。

 

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