乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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EP3-5

 

3-5

 

翌日の昼。 地下オペレーションルームには、機械の駆動音だけが低く流れていた。

 

壁一面のモニター。青白い光。積み上げられたケーブルと工具。湿った地下特有の空気。 普段なら誰かしら騒いでいる場所なのに、今日は妙に静かだった。

 

理由は単純だった。

昨日の“アレ”を、まだ見ていない人間がいる。

ゆりは中央のモニター前に立ちながら、部屋全体を見渡していた。 戦線メンバーの何人かは既に映像を確認済みだ。だが全員ではない。 特にガルデモ側は、ライブ中で外の状況を知らない。

 

だからこそ、この場が必要だった。

日向は椅子を後ろ向きに跨り、背もたれへ腕を乗せている。 だが落ち着きはない。何度も視線が巧へ向いていた。

 

音無は壁際で腕を組み、静かに待っている。 竹山はノートPCを抱えたまま椅子に座っていたが、指先だけは無意識に動いていた。

 

松下五段は腕組み。 高松は眼鏡を押し上げながらモニターを観察している。

 

その時、オペレーションルームの扉が開く。

「うわ、地下って何回来ても慣れねー」

関根の声。 続いて入江、ひさ子、そして岩沢が入ってくる。

ガルデモ組はまだライブ後の空気を少し引きずっていた。 特に関根と入江は、巧を見るなり昨日の記憶へ直結したように反応する。

 

「……あ」

関根が指を差した。

「昨日ライブ終わった後、岩沢さんといた人だ」

 

「体育館のステージ来てましたよね?」

入江も思い出したように呟く。

 

巧は面倒臭そうに視線を逸らした。

「別に来たくて行ったわけじゃねぇよ」

 

「いや絶対来たかったじゃん」

 

「しおりん黙って」

関根と入江が小声で騒ぐ横で、ひさ子だけは最初から空気を読んでいた。

 

部屋の温度が違う。

戦線側の何人かは、もう知っている顔をしている。 それが分かるからこそ、ひさ子は軽口を叩かなかった。

空いていた椅子へ腰掛け、ギターケースを横へ置く。

「で、何見せられんだ?」

 

ゆりは短く答えた。

「昨日の戦闘映像よ」

その瞬間。 岩沢の視線がわずかに動いた。

「……戦闘?」

 

音無が頷く。

「乾と天使の戦いだ」

 

空気が少し変わる。

関根が目を丸くした。

「は!? 天使と!?え、ライブ中になんかやってたの!?」

 

だが、その騒がしさの中でも。 岩沢だけは、ほとんど喋らなかった。

昨日の夜を思い出していた。

体育館。 My Song。 歌い切った後の、あの妙な静けさ。

終わるはずだった感覚。

そして。

 

--やっと歌えるようになったんじゃねぇのかよ

 

巧の声。

無意識に、胸元を軽く握る。

まだ少しだけ、鼓動が早かった。

 

ゆりがリモコンを操作する。

「……とりあえず見れば分かるわ」

 

モニターが暗転した。

次の瞬間。 夜の校舎外の映像が映し出される。

体育館の外。 遠くからライブ音だけが聞こえている。

画面中央にいるのは――乾巧と、立花奏だった。

短い会話をしてるのが見える。

けれど、それだけで空気が変わる。

ひさ子の目が細くなる。

「あー……昨日の赤い光、コレか」

銀色のケースが開かれる。

 

関根が思わず前へ出た。

「え、なにそれ」

岩沢の視線も自然とケースへ向く。

地下ギルド。

槍。

床へ倒れた巧。

あの時、自分のすぐ近くにもあった銀色。

 

記憶が静かに繋がる。

映像の巧がファイズフォンを開く。

そして数字を入力して画面を閉じ持ってる手を掲げベルトに差し込み両手を少し開いた。

 

その瞬間。室内の空気が変わる。

誰も喋らない。

まだ何も起きていない。 なのに、“何かが始まる”ことだけは全員に分かった。

 

そして閃光。

関根が「うわっ!?」と顔を逸らす。 入江も肩を跳ねさせた。

だが、ひさ子は瞬きすらしなかった。

 

赤いライン。 黒い装甲。 黄色い複眼。

地下ギルドで見たベルトが、“戦闘用スーツ”として完成する。

 

その瞬間を、ひさ子は食い入るように見つめていた。

「……マジかよ」

小さな呟き。

「ただの変な荷物じゃなかったって事か」

 

その横で。 岩沢だけは、別の感覚に引っ張られていた。

あの時。 槍に貫かれながら倒れた巧。

目を覚ました時、ぼんやり呟いていた『555』。

昨日は意味が分からなかった。

でも今なら分かる。

――これだったんだ。

胸の奥が妙にざわつく。

 

映像の中で、ファイズと奏が同時に動いた。

速い。

だが単純な速度じゃない。 視線を置き去りにするような移動だった。

奏のハンドソニックが閃く。 白い軌跡。

それを、ファイズが紙一重で避ける。

 

「うわっ……!」

大山が思わず声を上げた。

「速っ……!」

 

日向も眉を上げる。

「やっぱ天使やべぇな……」

 

だが次の瞬間には、ファイズが踏み込み返していた。

拳。 蹴り。 装甲同士の激突。

鈍い衝撃音がオペレーションルームへ響く。

 

音無は無意識に腕を組み直していた。

「普通に戦えてるんだよな……」

 

「いや、“普通”じゃないわね」

ゆりが静かに訂正する。

その視線は鋭い。

戦闘を見ているというより、“分析”していた。

「天使への攻撃精度がズレてる」

 

「ズレてる?」

高松が反応する。

 

ゆりは画面を指差した。

「本来なら直撃してるタイミングがあるのよ。でも微妙に外れてる」

 

関根が首を傾げる。

「え? 運が良いとかじゃなくて?」

 

「違うわね」

ゆりは即答した。

「あれは戦闘の流れ自体が変わってる」

 

その時。 映像の中で、ファイズの拳が空中で止まる。

見えない壁。

ディストーション。

「うわっ!」

入江が肩を震わせた。

「なんですか今の!?」

 

「天使の防御よ」

 

日向が答える。

「銃弾も弾くし、マジで厄介なんだよアレ」

 

だが。

映像の中で、ファイズの拳が再び叩き込まれる。

二度。

三度。

そして。

透明だった壁に、小さな亀裂が走った。

空気が変わる。

「……は?」

高松の声が漏れる。

 

ゆりの目も細くなった。

「ヒビが入ったのよね」

 

竹山がノートPC越しに口を開く。

「昨日も言いましたけど、あの時ちょうど保護層へ侵入成功したタイミングなんです」

 

「つまり?」

音無が聞く。

 

竹山はモニターを見つめたまま答えた。

「天使の防御プログラムにノイズが走ってたんですよ。そこへ、あの赤い人の攻撃が噛み合った」

 

「赤い人って言うな」

巧が面倒臭そうに返す。

 

だが竹山は止まらない。

「でも普通なら崩れません。あれは明らかに異常です」

その声には、恐怖より興奮が混じっていた。

 

未知の現象。

理解不能な技術。

竹山にとって、それは“恐れるもの”より“解析したいもの”だった。

映像の中。 ファイズが腰へ手を伸ばす。

赤い装置。

右足へ装着。

 

その瞬間。 オペレーションルームの空気が、また変わった。

ひさ子が僅かに姿勢を直す。

「……まだあんのかよ」

 

関根も入江も、もう騒いでいなかった。

ただ見入っている。

ファイズの全身へ赤い光が走る。

ライン状の光が脈動し、エネルギーが右脚へ集中していく。

日向が小さく呟く。

「来るぞ……」

 

ファイズが跳ぶ。

高く。

さらに高く。

「うわっ!?」

大山が思わず立ち上がりかけた。

「なんつうジャンプ力だよ…」

開いた口が塞がらないひさ子

 

空中で回転。

赤い円錐状の光が形成される。

その中心へ、エネルギーが収束していく。

そしてその光に向かって巧の蹴りが放たれる。

奏が即座にディストーションを展開。

一枚。

さらに一枚。

防壁が幾重にも重なる。

「まだ増やせんのかよ……!」

日向が引き気味に漏らす。

だが。

ファイズは止まらない。

赤い光を纏ったまま急降下する。

激突。

一枚、砕ける。

また一枚。

さらに砕ける。

そのたびに、空間そのものが軋んでいた。

関根が息を呑む。

 

 

その瞬間、岩沢の中で“何か”が引っかかる。

岩沢だけは、別の記憶の形でそれを見ていた。

体育館の窓越しに見えた、赤い光。

最初はただの照明の反射だと思った。

けれど一瞬だけ、夜の校舎の外で“何かが変わった”のが分かった。

乾巧の身体が、赤い閃光と共に別の形へ変わった瞬間。

そしてもう一つ。

空へ跳び上がった時に見えた、赤い軌跡。

その先で起きた、爆発みたいな光。

――それが、何なのかは分からない。

ただ、目を離せなかった。

怖いとか、綺麗とか、そういう単純なものじゃなくて。

“止めに行くための光”みたいに見えた。

 

「な、なにコレ……」

入江も目を離せない。

「戦ってるっていうか……」

言葉が出ない。

表現できない。

それはもう、喧嘩でも銃撃でもなかった。

“世界のルール”同士がぶつかっているみたいだった。

そして。

最後の防壁へ亀裂が走る。

次の瞬間。

ディストーションが完全に砕け散った。

白い破片のような光が夜へ舞う。

 

「……っ」

岩沢の呼吸が止まりかける。

理由は分からない。

でも、あの瞬間だけは妙に鮮明だった。

誰かを止めるために。 誰かを守るために。

巧が一直線に飛び込んでいく姿だけが、やけに胸へ残った。

 

映像の中。

奏はファイズを見つめたまま、ゆっくり口を開く。

音声は拾えていない。

だが、最後に一度だけファイズへ視線を残し、そのまま校舎側へ歩き去っていった。

戦闘終了。

映像が止まる。

 

静寂。

機械音だけが地下へ戻ってくる。

誰もすぐには感想を言わなかった。

それぞれが、今見たものを頭の中で整理していた。

最初に息を吐いたのは日向だった。

「……いや」

乾いた笑いが漏れる。

「改めて見ると意味分かんねぇな、コレ」

 

「だろ?」

巧は椅子へ深く座りながら答える。

「俺も分かってない」

 

「お前は分かっとけよ……」

日向が呆れ混じりに返す。

少しだけ空気が緩む。

 

だが、岩沢だけは笑っていなかった。

視線は、止まった映像へ向いたまま。

ファイズ。

赤い装甲。

誰かを止めるみたいに、一直線に飛び込んでいく姿。

そして、その後。

自分へ向けられた言葉。

『やっと歌えるようになったんじゃねぇのかよ』

胸の奥がまたざわつく。

昨日、自分は確かに“終わる側”へ行きかけていた。

歌い切って。満たされて。

消える事を、どこか受け入れていた。

なのに…アイツは、そこへ割り込んできた。

勝手に…無理矢理。

 

 

――行くぞ。

 

 

思い出した瞬間、岩沢はすこしだけ胸が熱くなる。

なんだよそれ。

 

「……岩沢さん?」

入江が小声で覗き込む。

 

岩沢はハッとして顔を上げた。

「あ、いや……なんでもない」

誤魔化すように笑う。

 

だが、その横顔を。

ひさ子だけは静かに見ていた。

気付いている。

岩沢の空気が、昨日から少し変わった事に。

そして、その原因が、今モニターに映っていた赤い男だという事にも。

一方で、ゆりはまだ画面を見つめていた。

停止した映像。

赤い装甲。

砕けたディストーション。

何度見ても理解しきれない。

天使の能力は、この世界のルールそのものに近い。

だからこそ戦線は、真正面から勝つ事を最初から諦めていた。

攪乱。

陽動。

罠。

そういう方法でしか対抗できなかった。

なのに。

乾巧は、真正面から突破した。

しかも。

本人は“理解して使っている”ようには見えない。

そこが一番不気味だった。

「……ねぇ乾くん」

ゆりが静かに口を開く。

 

巧は面倒臭そうに視線だけ向けた。

「なんだよ」

 

「アナタ、本当に覚えてないの?」

 

「だから何をだよ」

 

「その力の事よ」

一拍。

巧は止まった映像を見る。

赤い戦士。

自分なのに、自分じゃないみたいな感覚。

少しだけ眉を寄せる。

「……ああ、まだよく分かんねぇ」

けれど今までより、わずかに迷いが混じっていた。

 

竹山がモニターを見ながら呟く。

「でも存在してるんですよね……」

 

誰に向けた訳でもない声だった。

「この世界にも、僕らの生前の日本にも存在しなかった技術が」

その目は恐怖より、完全に好奇心だった。

「理論が分からない……。なのに成立してる……」

 

「お前ちょっと嬉しそうだな」

日向が半笑いで言う。

 

竹山は真顔のまま頷いた。

「当然です」

そして一拍置いて。

「リアルタイムで全部見たかったので」

 

「まだ言ってんのかよ」

地下オペレーションルームに、小さな笑いが漏れる。

けれど。

その空気の奥で。

誰もが薄々理解し始めていた。

乾巧の存在は、ただの新入りじゃない。

戦線にも。

天使にも。

そして、この世界そのものにも。

少しずつ“ズレ”を生み始めている。

 

「……つーかさ」

ひさ子が、止まった映像を見たままぼそっと呟いた。

「ちょっと前まで、重度の猫舌で口悪いだけの小物みてぇな奴だったのによ…急に何なんだよ、コレ」

 

「小物言うな」

巧が即座に睨む。

 

だが、ひさ子は気にせず鼻で笑った。

「鍋焼きうどん相手に苦戦してた奴が、次の日には天使と真正面から殴り合いだからな。落差がおかしいだろ」

 

関根が吹き出す。

「あー! それ聞いた!岩沢さんが言ってたやつだ!」

 

入江も笑いを堪えながら頷いた。

「フーフーしても全然食べられなかったって……」

 

「言うなっつってんだろ!」

地下に小さく笑いが広がる。

張っていた空気が、少しだけ緩む。

 

けれど、ひさ子だけは途中で笑うのをやめ、もう一度モニターへ視線を戻した。

赤い装甲。

真正面からディストーションを砕きにいく姿。

「あんな戦い方する奴には見えなかったんだけどな」

低い声。

軽口じゃない。

本気の感想だった。

 

その言葉に、岩沢の視線も自然と画面へ戻る。

確かにそうだ。

普段の乾巧は、どちらかと言えば投げやりで。

面倒臭そうで。口も悪い。

なのに、誰かが消えそうになる瞬間だけ、躊躇わず飛び込んでいく。

地下ギルドでも。

昨日の体育館でも。

そこだけは、一度も迷っていなかった。

巧は居心地悪そうに眉を寄せる。

「……だから何なんだよ」

 

「別に」

ひさ子は短く返した。

「ちょっと見直したってだけだ」

 

その一言に。

関根と入江が「おー」と面白そうに反応する。

「ひさ子さんが褒めてる」

 

「珍しい」

 

「うるせぇ」

だが、その空気の奥で。

ゆりだけは静かに巧を観察し続けていた。

皆みたいに“ギャップ”として笑ってはいない。

もっと別のものを見ている。

普段はやる気も薄そうで、隙だらけなのに。

戦闘になると、急に別人みたいに変わる。

しかも本人は、それを説明できていない。

理解して使っているというより、“身体が先に動いている”。

それが妙に引っ掛かる。

――どんな人生を送れば、ああなるのか。

ゆりは小さく目を細めた。一方で。

 

巧本人だけは、本気で疲れた顔をしていた。

「……もう帰っていいか?」

 

「ダメよ」

ゆりが即答する。

「まだ聞きたい事が山ほどあるんだから」

 

「めんどくせぇ……」

その瞬間。

岩沢が小さく笑った。

昨日までより、ずっと自然に。

 

ゆりはモニター横の机へ軽く腰を預け、腕を組んだ。

「……ただ、一つだけハッキリさせとくわ」

さっきまで少し緩んでいた空気が、また静かに引き締まる。

 

巧は露骨に嫌そうな顔をした。

「なんだよ」

 

「褒めて終わる気はないって話よ」

ゆりの声は落ち着いていた。

感情的に怒っている訳じゃない。

戦線のリーダーとして、整理している声だった。

「今回、アナタのおかげで天使を止められたのは事実」

「でも、昨日の作戦はアナタ一人で成立してた訳じゃない」

 

竹山が小さく頷く。

「ガルデモのライブで天使を体育館へ引きつけて、その間に僕が部屋へ侵入していました」

 

「ええ」

ゆりは続ける。

「本来、昨日の主軸はそっちよ」

「ガルデモがライブで注意を引いて、竹山くんがハッキングを通す」

「アナタの戦闘は、その“外側”で発生したイレギュラーだった」

 

関根と入江が顔を見合わせる。

ライブ自体も、ちゃんと作戦の一部だったのだと理解した顔だった。

ゆりはモニターへ映った停止画面を見る。

砕けたディストーション。

赤い装甲。

「もしアナタが、あそこで予定より早く天使を倒していたら、あるいは、想定以上に早く戦闘が終わっていたら」

一拍。

「天使が予定より早く部屋へ戻っていた可能性がある」

 

音無が小さく「ああ……」と漏らす。

ゆりは頷いた。

「そうなれば、竹山くんの侵入は途中で露見してたかもしれない」

「ガルデモが時間を作って、竹山くんが侵入して、その上でアナタが止めてた」

「昨日は全部が噛み合ったから成立したの」

 

巧は面倒臭そうに頭を掻く。

「……そんな細けぇ事まで考えてねぇよ」

 

「でしょうね」

ゆりは即答した。

「だから今言ってるの」

 

日向が小さく笑う。

「ゆりっぺ、完全に先生じゃん」

 

「うるさい」

軽く返してから、ゆりは再び巧を見る。

「アナタ、多分“自分が動けば何とかなる”って戦い方してるでしょ」

 

「悪いかよ」

 

「悪くはないわ」

ゆりは否定しなかった。

「実際、それで助かった事もある。でも戦線は、一人で完結する組織じゃない」

 

その言葉に、ひさ子が静かに頷く。

昨日のライブ。

ガルデモが作った熱。

あの時間があったから、天使の意識は体育館へ向いていた。

誰か一人だけの働きじゃない。

ゆりは静かに続ける。

「誰かが前で戦ってる時、別の誰かが裏で動いてる」

「だから勝手に動かれると、全体が崩れる事もある」

「今回は結果的に上手くいった。でも毎回そうとは限らない」

 

巧は少しだけ黙ったあと、小さく舌打ちした。

「……チーム戦とか向いてねぇんだよ」

 

「知ってるわ」

ゆりが即答する。

「見てれば分かるもの」

 

日向が吹き出しそうになる。

関根と入江も笑いを堪えていた。

だが。

 

ゆりはそこで少しだけ声を緩めた。

「でも」

「昨日、アナタが動かなかったら」

視線が、岩沢へ向く。

「岩沢さんは、多分ここにいなかったかもしれない」

空気が止まる。

 

岩沢の肩がわずかに揺れた。

昨日の最後。

終わりかけていた感覚。

自分でも、完全には否定できない。

巧が眉を寄せる。

「だから大袈裟だっつーの」

 

「大袈裟じゃないわよ」

ゆりは静かに返した。

「少なくとも、“戻した”のは事実」

地下オペレーションルームが静かになる。

 

「だから、そこは感謝してる」

真正面からそう言われて。

 

巧は露骨に嫌そうな顔をした。

「……やりづれぇ」

 

その反応に、日向がとうとう吹き出す。

「ははっ、なんだよそれ」

 

関根と入江も笑い始める。

けれど。

岩沢だけは、少し違う顔で巧を見ていた。

戦う時は、迷わず飛び込むくせに。

こういう時だけ、妙に居心地悪そうにする。

その不器用さが。

昨日よりずっと、胸に残っていた。

 

笑い声が少しずつ地下に広がっていく。

重かった空気が、ようやく人の体温へ戻り始めていた。

巧は露骨に嫌そうな顔のまま椅子へ深く座り直す。

「……もう終わりでいいだろ」

 

「まだよ」

ゆりが即答した。

 

「まだあんのかよ……」

「確認事項が残ってるもの」

 

「会議かよ?」

 

「会議よ」

 

日向が肩を揺らして笑う。

「乾、お前マジで組織向いてねーな」

 

「だから最初から言ってんだろ」

そのやり取りの横で、竹山はまだ映像を停止したまま見つめていた。

特に、ディストーションへヒビが入る瞬間。

 

音無は映像から視線を外さずに、ゆっくりと息を吐いた。

(……やっぱり)

さっきから引っかかっていたものが、ようやく形になっていく。

昨日の夜のこと。

岩沢の歌。

終わりかけていた空気。

そして――乾巧。

あの時の動きは、戦いというより“割り込み”に近かった。

何かを止めるために。

何かが終わる前に。

(こいつ……)

音無はファイズの姿を見つめながら、ひとつの考えに辿り着く。

(岩沢が、消えそうになってたの……気づいてたのか?)

もしそうなら。

この戦いは昨日から続いていることになる。

偶然じゃない。

成り行きでもない。

“最初からそこに向かっていた行動”だ。

音無は無意識に拳を握った。

(だとしたら……こいつ、どこまで見えてるんだ)

 

「……やっぱり変です」

ぽつり、と呟く。

高松が眼鏡を押し上げた。

 

「まだ何かあるのか?」

 

「ありますよ」

竹山の目は完全に研究者のそれだった。

「天使のディストーションって、本来は物理衝撃だけで壊れるものじゃないんです」

「少なくとも、今までの戦線の火力じゃ破れなかった」

 

「でも乾さんの攻撃は、“壊した”というより……」

言葉を探すように一瞬止まる。

「干渉した、に近い」

地下が静かになる。

 

「干渉?」

音無が聞き返すと竹山は頷いた。

「ディストーションって、簡単に言えば空間防壁なんです」

「でも、さっきの映像だとヒビが入る前に“揺らぎ”が起きてる」

モニターを指差す。

「ここです」

再生を少し戻す。

ファイズの拳が防壁へ触れる瞬間。

透明な壁面が、水面みたいに僅かに歪んでいた。

「普通なら弾かれるだけなんです。でもこれは内部構造が乱れてる」

 

日向が顔をしかめる。

「つまり?」

 

「つまり意味分かんないって事です」

 

「おい」

 

竹山は真顔のまま続ける。

「理論外なんですよ。だから面白いんですけど」

 

「お前ほんと楽しそうだな……」

音無が半分呆れながら言う。

一方で。

 

岩沢は、別の所を見ていた。

理論とか構造とか、そういう話じゃない。

映像の中の乾巧は。

まるで“消えそうなもの”を無理矢理掴みに行くみたいに戦っていた。

昨日、自分へ向けられた視線もそうだった。

あの時。

巧は、自分が消えかけてる事に気付いていたんだろうか。

いや。

多分、理屈じゃない。

気付いたから動いたんじゃない。

動いた後に、気付くタイプだ。

そこまで考えた所で。

 

「岩沢さん?」

また入江の声。

「今日なんかボーッとしてません?」

 

「え?」

 

関根も覗き込んでくる。

「分かる。さっきから顔赤くない?」

 

「赤くねーよ!」

思わず即答してしまう。

その反応の速さに、関根と入江が同時にニヤついた。

「あー怪しい」

 

「しおりんやめなって」

 

「いや絶対なんかあるって」

 

「ないって!」

珍しく少し強めに返してしまい、岩沢は自分で少し驚いた。

地下にまた笑いが漏れる。

巧はその騒ぎを見ながら、露骨に面倒臭そうな顔をしていた。

「……なんなんだよお前ら」

 

「いやー?」 関根がニヤニヤする。

 

「別にぃ?」

 

「絶対なんか変な事考えてんだろ」

 

「被害妄想じゃん」

 

「お前が言うと腹立つな……」

そのやり取りを眺めながら。

ひさ子だけは静かに煙草もない口元へ手を当てていた。

岩沢が“戻ってきた”。

その意味を、多分この場で一番理解している。

昨日のMy Song。

あの空気。

あれは、終わるライブだった。

岩沢自身、消える気だった訳じゃない。 でも、止まる理由も無くなっていた。

そこへ乾巧が割り込んだ。

しかも。

あんな滅茶苦茶な形で。

ひさ子は小さく息を吐く。

「……ホント、ワケ分かんねぇ奴」

誰へ向けた言葉か、自分でも曖昧だった。

 

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