グレイシア使うために色々考えてたら遅くなりました。
あと本編の4〜6話が巧と合わせると結構ムズいです。
3-6
音楽室には、昨日のライブの余韻がまだ少し残っていた。
片付けきれていない機材。
アンプの熱が抜けきった独特の匂い。
窓から差し込む夕方前の薄い光。
地下オペレーションルームとは違う静けさだった。
ひさ子は壁へ寄りかかりながら、入口側へ顎をしゃくる。
「呼んだのアタシな」
巧は短く頷いた。
「……ああ」
上映会の後だからか、空気はそこまで重くない。
天使との戦闘については、もう共有済み。
ここで話したいのは別件――それを全員が理解していた。
関根と入江は、空気を固くしすぎないように自然と間へ立っている。
「まぁ昨日の補足って感じですよ」
「そんな警戒しなくても大丈夫ですって」
だが、ひさ子はすぐ本題へ入った。
「で、昨日のライブ」
一拍。
「途中で入ってきた件な」
巧は少しだけ視線を逸らす。
「……悪い」
短い謝罪。
言い訳はない。
ひさ子は軽く息を吐いた。
「まぁ、助かったのは事実だ。けど、アタシらも作戦の一部で動いてる」
入江が頷く。
「ライブで天使を引きつける役でしたからね」
関根も続ける。
「タイミング崩れると、裏で動いてる人達に影響出るんですよ」
昨日、地下でゆり達がやっていた事はもう聞いている。
だからこそ、これは単なる文句じゃなかった。
ひさ子は腕を組み直す。
「結果オーライで済んでるけどな、次からは、せめて一言くらい寄越せ」
巧は面倒臭そうに眉を寄せた。
「めんどくせぇな」
「そりゃそうだろ」
ひさ子は即答する。
「巻き込まれてんのはこっちなんだから」
関根が吹き出す。
「そこは否定しないんですね」
「しねぇよ」
少しだけ空気が緩む。
その流れの中で。
岩沢が、膝へ置いていたギターを軽く鳴らした。
乾いた音が、小さく部屋へ響く。
「でさ」
自然と視線が集まる。
岩沢は真正面から巧を見た。
「アンタ、なんであのタイミングで来た?」
ひさ子が「そこ聞くんかよ」と呆れた顔をする。
だが止めはしなかった。
巧は少しだけ黙る。
それから、小さく答えた。
「……嫌な予感がした。コイツが消える気がした」
一瞬だけ。
空気が静かになる。
それは“昨日の意味”を知っている人間だけが共有できる沈黙だった。
関根が先に空気を戻す。
「直感ってやつですねー」
入江も柔らかく笑う。
「でも結果的に当たってましたし」
岩沢は少しだけ目を細めた。
「予感、ねぇ……」
否定はしない。
ただ、その言葉を確かめるみたいに繰り返した。
昨日。
歌い終えた後の、自分の感覚を思い出す。
確かに、少し危なかった。
自分でも分かるくらいには。
ひさ子は肩をすくめる。
「まぁ助かってんだから、そこに関しては文句ねぇよ」
「それはそうだな」
岩沢も短く頷いた。
そして、ギターの弦を軽く押さえながら続ける。
「あとさ」
巧が視線を向ける。
「昨日、お前と音無に話した“やっと歌えるようになった”ってやつ」
関根と入江が「あー」と反応した。
昨日の上映会でも少し話題に出た部分だ。
岩沢は、どこか遠くを見るみたいに呟く。
「あれ、生前の話してて……ちょっと感情入っただけ」
静かな声だった。
「アタシ、一応この世界10年近くいるし」
その瞬間。
巧の動きが止まる。
「……は?……………10年?」
「まあ、この世界に来てやっと歌えるようになったけど、それから10年歌ってるって事」
岩沢は諭す様に優しく話す。
ひさ子が呆れたように横を見る。
「そこ引っかかんのかよ」
関根が笑う。
「昨日の言葉じゃなくてそっちなんですね」
入江も肩を揺らした。
「もっと別のとこ気にするかと思ってました」
ひさ子は鼻で笑う。
「十年くらい、この世界じゃ別に珍しくもねぇだろ」
岩沢は淡々と頷いた。
「まぁな」
関根が指を折る。
「でも長いですよ普通に」
「ベテランですよね」
入江も頷く。
ひさ子がぼそっと付け足した。
「お前らも割と長ぇけどな」
「あ、確かに」
「時間感覚バグりますよねここ」
軽いやり取りが続く。
だが。
巧だけはまだ少し考え込んでいた。
(十年)
昨日の言葉が頭に残る。
――やっと歌えるようになった。
その“やっと”と、“十年”。
どっちも本気っぽいのが妙に引っかかった。
矛盾してる訳じゃない。
でも、簡単に飲み込める話でもない。
巧は小さく息を吐く。
「……ややこしい世界だな」
岩沢が少しだけ笑う。
「でも、お前が勘違いしたから今がある」
ぽつりと落ちた言葉に、関根と入江が笑った。
ひさ子も肩をすくめる。
「言葉なんてそんなもんだろ。聞くタイミングとか、状況で意味変わるしな」
「深いですねー」
「たまにはな」
軽口が重なる。
その空気を切り替えるように、ひさ子が手を叩いた。
「はい、この話終わり!飯行くぞ」
あまりにも雑な締め方に、関根が吹き出す。
「急だなぁ」
「ひさ子さんらしいですけど」
巧が顔を上げる。
「……飯?」
「学食」
即答だった。
岩沢はギターを肩へ掛け直しながら、自然に言う。
「行くぞ」
それだけで流れが決まる。
誰も反論しない。
誰も変に引きずらない。
そういう空気が、もう出来上がっていた。
前を歩いていたひさ子が、食堂の扉を開ける。
学食へ入ると、奥の方から見慣れた声が飛んできた。
「おーい!こっちこっち!」
手を振っていたのは日向だった。
「ほら、混む前に入るぞ」
熱気と匂いが一気に流れ込んできた。
皿の音。笑い声。誰かの叫び声。
騒がしい。
でも、嫌な感じじゃない。
関根が中を見回しながら言う。
その中で、ひさ子と日向が先に席を確保している。
「こっち空いてるぞ」
日向が片手を上げる。
ひさ子は椅子に腰を下ろしながら、机に肘をついた。
「遅い」
「いや別に待ってねぇだろ」
そんなやり取りをしながら、後から関根たちが合流する。
巧たちも続いて席に荷物を置いた。
「今日も人多いですねぇ」
関根が周囲を見回しながら言う。
「ここ静かな日の方が珍しいだろ」
ひさ子が適当に返す。
そのまま、各自に食券が配られる。
オペレーションで一括配布された、いつものやつだ。
一瞬だけ、全員が紙を見る沈黙が落ちる。
「カレーだ」
関根がようやく口を開く。
その横で、巧の動きだけが止まっていた。
「……またかよ」
小さく舌打ちする。
視線の先には鍋焼きうどん。
あの時と同じ、やたら熱いだけのやつ。
関根がすぐに顔を上げる。
「また鍋焼きうどんじゃないですか?」
「言うなっつってんだろ」
即答。
「てか違ぇよ」
「騒いでたのはお前らだ、俺は冷ましてただけだ」
一瞬、空気が止まる。
ひさ子が肩を揺らした。
「いやフーフーで戦ってんの初めて聞いたわ」
関根も吹き出す。
「ただのフーフーですよねそれ」
「だから冷ましてんだよ!」
「同じだろそれ!」
入江も笑いを堪えきれない。
「乾さん、そこだけやたら真剣ですよね」
巧は舌打ちする。
「熱いもんは熱いんだよ。火傷したら全部終わるだろうが」
日向が横から割り込む。
「あーそれさ、お前それ紹介の時にゆりっぺがキレてたやつだろ」
「なんか乾が鍋焼きうどん食うの遅くて、ずっとフーフーしてたとか言ってたやつ」
巧の動きが一瞬止まる。
「……は?お前それ初対面の時のやつだろ?知ってんのかよ」
日向は肩をすくめる。
「俺あの時いたろ」
関根が笑う。
「現場証言ですね」
入江も頷く。
「リアルですねそれ」
巧は深く息を吐く。
「だから違ぇって何回言わせんだよ……」
その横で大山が、少しだけ視線を泳がせていた。
「あの……僕も座っていいかな?」
関根がすぐに頷く。
「え、全然いいですよ?」
入江も笑う。
「むしろ今さら確認するタイプなんですね」
大山は小さく頷く。
「ありがとう……」
その瞬間だった。
日向が自然に大山の隣に移動し、肩を組む。
「お前さ、女に対してだけウブすぎんだろ」
「な、なってないって!」
大山が慌てて否定する。
反対側から、ひさ子も肩を組む。
そのまま大山の頭を雑にぐりぐりと撫で回す。
「ほんとそれな、毎回毎回ウブな反応すんのやめろって」
「ちょ、ちょっと!」
大山は両側から肩を固定されてぐらつく。
その様子を見て、関根が吹き出す。
「先輩、胸当たってる!大山先輩顔真っ赤になってる!」
入江もすぐ追撃する。
「…大山さん死んじゃいますよ〜」
日向は肩を組んだまま笑う。
「戦線で一番リアクション素直なのそこだろ」
ひさ子はぐりぐりを続けながら鼻で笑う。
「何年もいるのに慣れないコイツが悪い」
大山はその場でぐったりしながら息を吐いた。
「……無理」
小さくそう漏らす。
日向が肩をすくめる。
「ほんと手ぇかかるなコイツ」
巧はそれを横目で見て、ため息をつく。
「お前の消耗ポイントそこじゃねぇだろ」
ちょうどその時だった。
トレーを持った誰かが机の横で止まる。
「……あなた達、楽しそうね」
視線を上げると、ゆりが立っていた。
そして、すぐに巧へ視線を固定する。
巧の手元にある食券――鍋焼きうどんに気づくと、わずかに口元を歪めた。
「それでまたフーフーするのかしら?」
巧は即座に眉をひそめる。
「別にいいだろ、うるせぇな!今回は後になんもないだろが」
日向が吹き出す。
「いきなり核心突くなよ」
関根も笑う。
「観察力すごいですね」
入江も肩を揺らす。
「完全に見てましたね」
その空気の中で、岩沢が自然に手を伸ばした。
「乾、交換するか?」
差し出されたのはカレーの食券。
巧は一瞬だけ止まり、受け取る。
「……いいのか?」
岩沢は短く頷く。
「別にアタシうどん好きだし」
「助かる」
交換はそれだけで終わる。
ゆりはそのやり取りを見て、小さく息を吐く。
「ほんと、いつもブツクサ言ってるのにこういう時は素直なのね」
巧は舌打ちする。
「うるせぇっての」
その横で岩沢が、交換されたカレーの食券を軽く指で弾く。
「まあ、熱いの苦戦してるの見るのは少し面白かったかもな」
巧が顔をしかめる。
「……お前まで言うのかよ」
岩沢は少しだけ笑った。
巧は露骨に嫌そうな顔をしながらカレーの食券を指で弄んでいる。
さっきまで天使と戦っていた男には見えない。
むしろ、鍋焼きうどんの方が大問題みたいな顔をしている。
「……なんなんだよ」
誰にも聞こえないくらい小さく呟く。
地下ギルドでは、自分を庇って槍を受けた。
昨日は、勝手にライブへ乱入してきた。
しかも理由が。
『嫌な予感がした』
だ。
意味が分からない。
普通なら、そんな理由で動かない。
少なくともアタシは動かない。
なのにアイツは動いた。
迷いもなく。
躊躇もなく。
そして今は、カレーの皿を前に面倒臭そうな顔をしている。
地下ギルドで見た姿とも。
昨日の体育館で見た姿とも。
どうにも結び付かなかった。
「岩沢さん?」
入江の声で我に返る。
「ん?」
「またボーッとしてます」
「してねぇよ」
即答すると、関根がすぐ吹き出した。
「絶対してましたよ」
「してない」
「怪しいなー」
「うるせぇ」
笑い声が広がる。
岩沢は呆れたように息を吐いた。
その横で、巧が日向に何か言われてまた顔をしかめている。
本当に忙しい奴だ。
見ていて飽きない。
そう思った瞬間。
自分で少しだけ驚いた。
昨日までは、ただの新入りだったはずなのに。
いつの間にか、少しだけ目で追っている。
理由は分からない。
ただ――。
乾巧という人間のことが、少しだけ気になっていた。