乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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すいません、最近ポケモンチャンピオンズにハマって
グレイシア使うために色々考えてたら遅くなりました。
あと本編の4〜6話が巧と合わせると結構ムズいです。


EP3-6

 

3-6

 

 

 

音楽室には、昨日のライブの余韻がまだ少し残っていた。

 

片付けきれていない機材。

アンプの熱が抜けきった独特の匂い。

窓から差し込む夕方前の薄い光。

 

地下オペレーションルームとは違う静けさだった。

 

ひさ子は壁へ寄りかかりながら、入口側へ顎をしゃくる。

 

「呼んだのアタシな」

 

 

 

巧は短く頷いた。

 

「……ああ」

 

 

 

上映会の後だからか、空気はそこまで重くない。

天使との戦闘については、もう共有済み。

ここで話したいのは別件――それを全員が理解していた。

 

関根と入江は、空気を固くしすぎないように自然と間へ立っている。

 

「まぁ昨日の補足って感じですよ」

 

 

 

「そんな警戒しなくても大丈夫ですって」

 

 

 

だが、ひさ子はすぐ本題へ入った。

 

「で、昨日のライブ」

 

一拍。

 

「途中で入ってきた件な」

 

 

 

巧は少しだけ視線を逸らす。

 

「……悪い」

 

 

 

短い謝罪。

言い訳はない。

 

ひさ子は軽く息を吐いた。

 

「まぁ、助かったのは事実だ。けど、アタシらも作戦の一部で動いてる」

 

入江が頷く。

 

「ライブで天使を引きつける役でしたからね」

 

 

 

関根も続ける。

 

「タイミング崩れると、裏で動いてる人達に影響出るんですよ」

 

 

 

昨日、地下でゆり達がやっていた事はもう聞いている。

だからこそ、これは単なる文句じゃなかった。

 

ひさ子は腕を組み直す。

 

「結果オーライで済んでるけどな、次からは、せめて一言くらい寄越せ」

 

 

 

巧は面倒臭そうに眉を寄せた。

 

「めんどくせぇな」

 

 

 

「そりゃそうだろ」

 

ひさ子は即答する。

 

「巻き込まれてんのはこっちなんだから」

 

 

 

関根が吹き出す。

 

「そこは否定しないんですね」

 

 

 

「しねぇよ」

 

少しだけ空気が緩む。

 

 

 

その流れの中で。

 

岩沢が、膝へ置いていたギターを軽く鳴らした。

 

乾いた音が、小さく部屋へ響く。

 

「でさ」

 

自然と視線が集まる。

 

岩沢は真正面から巧を見た。

 

「アンタ、なんであのタイミングで来た?」

 

 

 

ひさ子が「そこ聞くんかよ」と呆れた顔をする。

だが止めはしなかった。

 

巧は少しだけ黙る。

 

それから、小さく答えた。

 

「……嫌な予感がした。コイツが消える気がした」

 

 

 

一瞬だけ。

 

空気が静かになる。

 

それは“昨日の意味”を知っている人間だけが共有できる沈黙だった。

 

 

 

関根が先に空気を戻す。

 

「直感ってやつですねー」

 

 

 

入江も柔らかく笑う。

 

「でも結果的に当たってましたし」

 

 

 

岩沢は少しだけ目を細めた。

 

「予感、ねぇ……」

 

 

 

否定はしない。

 

ただ、その言葉を確かめるみたいに繰り返した。

 

昨日。

歌い終えた後の、自分の感覚を思い出す。

 

確かに、少し危なかった。

 

自分でも分かるくらいには。

 

 

 

ひさ子は肩をすくめる。

 

「まぁ助かってんだから、そこに関しては文句ねぇよ」

 

 

 

「それはそうだな」

 

岩沢も短く頷いた。

 

そして、ギターの弦を軽く押さえながら続ける。

 

「あとさ」

 

巧が視線を向ける。

 

「昨日、お前と音無に話した“やっと歌えるようになった”ってやつ」

 

 

 

関根と入江が「あー」と反応した。

 

昨日の上映会でも少し話題に出た部分だ。

 

岩沢は、どこか遠くを見るみたいに呟く。

 

「あれ、生前の話してて……ちょっと感情入っただけ」

 

静かな声だった。

 

「アタシ、一応この世界10年近くいるし」

 

 

 

その瞬間。

 

巧の動きが止まる。

 

「……は?……………10年?」

 

 

 

「まあ、この世界に来てやっと歌えるようになったけど、それから10年歌ってるって事」

 

岩沢は諭す様に優しく話す。

 

 

 

ひさ子が呆れたように横を見る。

 

「そこ引っかかんのかよ」

 

 

 

関根が笑う。

 

「昨日の言葉じゃなくてそっちなんですね」

 

 

 

入江も肩を揺らした。

 

「もっと別のとこ気にするかと思ってました」

 

 

 

ひさ子は鼻で笑う。

 

「十年くらい、この世界じゃ別に珍しくもねぇだろ」

 

 

 

岩沢は淡々と頷いた。

 

「まぁな」

 

 

 

関根が指を折る。

 

「でも長いですよ普通に」

 

 

 

「ベテランですよね」

 

入江も頷く。

 

ひさ子がぼそっと付け足した。

 

「お前らも割と長ぇけどな」

 

 

 

「あ、確かに」

 

 

 

「時間感覚バグりますよねここ」

 

軽いやり取りが続く。

 

だが。

 

巧だけはまだ少し考え込んでいた。

 

(十年)

 

昨日の言葉が頭に残る。

 

――やっと歌えるようになった。

 

その“やっと”と、“十年”。

 

どっちも本気っぽいのが妙に引っかかった。

 

矛盾してる訳じゃない。

 

でも、簡単に飲み込める話でもない。

 

 

 

巧は小さく息を吐く。

 

「……ややこしい世界だな」

 

 

 

岩沢が少しだけ笑う。

 

「でも、お前が勘違いしたから今がある」

 

ぽつりと落ちた言葉に、関根と入江が笑った。

 

 

 

ひさ子も肩をすくめる。

 

「言葉なんてそんなもんだろ。聞くタイミングとか、状況で意味変わるしな」

 

 

 

「深いですねー」

 

 

 

「たまにはな」

 

軽口が重なる。

 

その空気を切り替えるように、ひさ子が手を叩いた。

 

「はい、この話終わり!飯行くぞ」

 

 

 

あまりにも雑な締め方に、関根が吹き出す。

 

「急だなぁ」

 

「ひさ子さんらしいですけど」

 

 

 

巧が顔を上げる。

 

「……飯?」

 

 

 

「学食」

 

即答だった。

 

 

 

岩沢はギターを肩へ掛け直しながら、自然に言う。

 

「行くぞ」

 

それだけで流れが決まる。

 

誰も反論しない。

 

誰も変に引きずらない。

 

そういう空気が、もう出来上がっていた。

 

 

 

前を歩いていたひさ子が、食堂の扉を開ける。

 

学食へ入ると、奥の方から見慣れた声が飛んできた。

 

「おーい!こっちこっち!」

 

手を振っていたのは日向だった。

 

 

 

「ほら、混む前に入るぞ」

 

熱気と匂いが一気に流れ込んできた。

 

皿の音。笑い声。誰かの叫び声。

 

騒がしい。

 

でも、嫌な感じじゃない。

 

関根が中を見回しながら言う。

 

その中で、ひさ子と日向が先に席を確保している。

 

「こっち空いてるぞ」

 

日向が片手を上げる。

 

 

 

ひさ子は椅子に腰を下ろしながら、机に肘をついた。

 

「遅い」

 

 

 

「いや別に待ってねぇだろ」

 

そんなやり取りをしながら、後から関根たちが合流する。

 

巧たちも続いて席に荷物を置いた。

 

 

 

「今日も人多いですねぇ」

 

関根が周囲を見回しながら言う。

 

 

 

「ここ静かな日の方が珍しいだろ」

 

ひさ子が適当に返す。

 

そのまま、各自に食券が配られる。

 

オペレーションで一括配布された、いつものやつだ。

 

一瞬だけ、全員が紙を見る沈黙が落ちる。

 

「カレーだ」

 

関根がようやく口を開く。

 

 

 

その横で、巧の動きだけが止まっていた。

 

「……またかよ」

 

小さく舌打ちする。

 

視線の先には鍋焼きうどん。

 

あの時と同じ、やたら熱いだけのやつ。

 

 

 

関根がすぐに顔を上げる。

 

「また鍋焼きうどんじゃないですか?」

 

 

 

「言うなっつってんだろ」

 

即答。

 

「てか違ぇよ」

 

 

 

「騒いでたのはお前らだ、俺は冷ましてただけだ」

 

一瞬、空気が止まる。

 

ひさ子が肩を揺らした。

 

「いやフーフーで戦ってんの初めて聞いたわ」

 

 

 

関根も吹き出す。

 

「ただのフーフーですよねそれ」

 

 

 

「だから冷ましてんだよ!」

 

 

 

「同じだろそれ!」

 

入江も笑いを堪えきれない。

 

 

 

「乾さん、そこだけやたら真剣ですよね」

 

巧は舌打ちする。

 

「熱いもんは熱いんだよ。火傷したら全部終わるだろうが」

 

 

 

日向が横から割り込む。

 

「あーそれさ、お前それ紹介の時にゆりっぺがキレてたやつだろ」

 

 

 

「なんか乾が鍋焼きうどん食うの遅くて、ずっとフーフーしてたとか言ってたやつ」

 

 

 

巧の動きが一瞬止まる。

 

「……は?お前それ初対面の時のやつだろ?知ってんのかよ」

 

 

 

日向は肩をすくめる。

 

「俺あの時いたろ」

 

 

 

関根が笑う。

 

「現場証言ですね」

 

 

 

入江も頷く。

 

「リアルですねそれ」

 

 

 

巧は深く息を吐く。

 

「だから違ぇって何回言わせんだよ……」

 

 

 

その横で大山が、少しだけ視線を泳がせていた。

 

「あの……僕も座っていいかな?」

 

 

 

関根がすぐに頷く。

 

「え、全然いいですよ?」

 

 

 

入江も笑う。

 

「むしろ今さら確認するタイプなんですね」

 

 

 

大山は小さく頷く。

 

「ありがとう……」

 

その瞬間だった。

 

日向が自然に大山の隣に移動し、肩を組む。

 

「お前さ、女に対してだけウブすぎんだろ」

 

 

 

「な、なってないって!」

 

大山が慌てて否定する。

 

 

 

反対側から、ひさ子も肩を組む。

 

そのまま大山の頭を雑にぐりぐりと撫で回す。

 

「ほんとそれな、毎回毎回ウブな反応すんのやめろって」

 

 

 

「ちょ、ちょっと!」

 

大山は両側から肩を固定されてぐらつく。

 

 

 

その様子を見て、関根が吹き出す。

 

「先輩、胸当たってる!大山先輩顔真っ赤になってる!」

 

 

 

入江もすぐ追撃する。

 

「…大山さん死んじゃいますよ〜」

 

 

 

日向は肩を組んだまま笑う。

 

「戦線で一番リアクション素直なのそこだろ」

 

 

 

ひさ子はぐりぐりを続けながら鼻で笑う。

 

「何年もいるのに慣れないコイツが悪い」

 

 

 

大山はその場でぐったりしながら息を吐いた。

 

「……無理」

 

小さくそう漏らす。

 

 

 

日向が肩をすくめる。

 

「ほんと手ぇかかるなコイツ」

 

 

 

巧はそれを横目で見て、ため息をつく。

 

「お前の消耗ポイントそこじゃねぇだろ」

 

 

 

ちょうどその時だった。

 

トレーを持った誰かが机の横で止まる。

 

「……あなた達、楽しそうね」

 

視線を上げると、ゆりが立っていた。

 

 

 

そして、すぐに巧へ視線を固定する。

 

巧の手元にある食券――鍋焼きうどんに気づくと、わずかに口元を歪めた。

 

「それでまたフーフーするのかしら?」

 

 

 

巧は即座に眉をひそめる。

 

「別にいいだろ、うるせぇな!今回は後になんもないだろが」

 

 

 

日向が吹き出す。

 

「いきなり核心突くなよ」

 

 

 

関根も笑う。

 

「観察力すごいですね」

 

 

 

入江も肩を揺らす。

 

「完全に見てましたね」

 

 

 

その空気の中で、岩沢が自然に手を伸ばした。

 

「乾、交換するか?」

 

差し出されたのはカレーの食券。

 

 

 

巧は一瞬だけ止まり、受け取る。

 

「……いいのか?」

 

岩沢は短く頷く。

 

「別にアタシうどん好きだし」

 

 

 

「助かる」

 

交換はそれだけで終わる。

 

 

 

ゆりはそのやり取りを見て、小さく息を吐く。

 

「ほんと、いつもブツクサ言ってるのにこういう時は素直なのね」

 

 

 

巧は舌打ちする。

 

「うるせぇっての」

 

 

 

その横で岩沢が、交換されたカレーの食券を軽く指で弾く。

 

「まあ、熱いの苦戦してるの見るのは少し面白かったかもな」

 

 

 

巧が顔をしかめる。

 

「……お前まで言うのかよ」

 

岩沢は少しだけ笑った。

 

 

 

巧は露骨に嫌そうな顔をしながらカレーの食券を指で弄んでいる。

 

さっきまで天使と戦っていた男には見えない。

 

むしろ、鍋焼きうどんの方が大問題みたいな顔をしている。

 

「……なんなんだよ」

 

誰にも聞こえないくらい小さく呟く。

 

地下ギルドでは、自分を庇って槍を受けた。

 

昨日は、勝手にライブへ乱入してきた。

 

しかも理由が。

 

『嫌な予感がした』

 

だ。

 

意味が分からない。

 

普通なら、そんな理由で動かない。

 

少なくともアタシは動かない。

 

なのにアイツは動いた。

 

迷いもなく。

 

躊躇もなく。

 

そして今は、カレーの皿を前に面倒臭そうな顔をしている。

 

地下ギルドで見た姿とも。

 

昨日の体育館で見た姿とも。

 

どうにも結び付かなかった。

 

「岩沢さん?」

 

入江の声で我に返る。

 

「ん?」

 

「またボーッとしてます」

 

「してねぇよ」

 

即答すると、関根がすぐ吹き出した。

 

「絶対してましたよ」

 

「してない」

 

「怪しいなー」

 

「うるせぇ」

 

笑い声が広がる。

 

岩沢は呆れたように息を吐いた。

 

その横で、巧が日向に何か言われてまた顔をしかめている。

 

本当に忙しい奴だ。

 

見ていて飽きない。

 

そう思った瞬間。

 

自分で少しだけ驚いた。

 

昨日までは、ただの新入りだったはずなのに。

 

いつの間にか、少しだけ目で追っている。

 

理由は分からない。

 

ただ――。

 

乾巧という人間のことが、少しだけ気になっていた。

 

 

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