乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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前の話は書き直しました。
主に3-5です。


EP4-1

4-1

 

数日前に行われたライブの余韻も薄れ始めた頃だった。

 

地下オペレーションルームでは、戦線メンバー達がいつものように思い思いの時間を過ごしている。日向は誰かを捕まえては野球大会の話をし、藤巻は面倒臭そうに聞き流し、音無はその様子を眺めていた。

 

部屋の奥では岩沢とひさ子、それに関根と入江が集まっている。

 

そんな時だった。

 

バンッ!

 

勢いよく扉が開く。

 

「失礼しまぁぁぁぁぁす!!」

 

全員の視線が入口へ向いた。

 

立っていたのは、小柄なピンクツインテールの少女だった。

 

少女は部屋へ入るなり周囲を見回す。

 

そして。

 

「あっ……」

 

視線が止まった。

 

岩沢だった。

 

数秒。

 

少女は固まる。

 

岩沢が不思議そうに首を傾げた。

 

「どうした?」

 

次の瞬間。

 

「岩沢さんだぁぁぁぁぁ!!」

 

地下室に大声が響いた。

 

少女は一直線に駆け出す。

 

「本物ですよね!?本物ですよね!?」

 

「たぶんな」

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

感極まったように頭を抱える。

 

「私、ずっとファンだったんです!」

 

「そうか」

 

「ライブも見てました!」

 

「ありがとう」

 

「ほんとに格好良かったです!」

 

興奮しっぱなしだった。

 

ひさ子が苦笑する。

 

「元気だな」

 

「だって岩沢さんですよ!?」

 

「見れば分かる」

 

関根のツッコミに部屋から笑いが漏れる。

 

だが少女は気にしない。

 

夢中になって岩沢達を見ていた。

 

その時だった。

 

ふと視線が横へ流れる。

 

部屋の隅。

 

椅子に腰掛けている巧が目に入った。

 

少女の動きが止まる。

 

「あ」

 

巧は嫌な予感しかしなかった。

 

数秒後。

 

「あーーーーーーっ!!」

 

再び地下室に絶叫が響いた。

 

今度は巧が指差されていた。

 

「あの時の人だー!!」

 

「誰だよ」

 

「ライブに乱入した人!!」

 

「あー」

 

巧は納得したように頷く。

 

少女は今にも詰め寄りそうな勢いだった。

 

だが、その前に岩沢がピンクツインテールの少女の肩を優しく触れて口を開いた。

 

「待て!」

 

「ひゃい!」

 

「その話はもう終わったんだ」

 

一言だった。

 

ユイは目をぱちくりさせる。

 

「え?」

 

「本人同士で片付いてる」

 

ひさ子も続ける。

 

「もう解決済みだ」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「そういうこと」

 

岩沢は穏やかに答えた。

 

ユイは巧と岩沢を見比べる。

 

巧は特に気にした様子もなく椅子に座っている。

 

岩沢も怒っていない。

 

どうやら本当に終わった話らしい。

 

「じゃ、じゃあ……」

 

少しだけ肩を落とす。

 

怒る理由が無くなってしまった。

 

「分かったか?」

 

「分かりました……」

 

「よし」

 

話はそこで終わった。

 

本当に終わった。

 

誰も蒸し返さない。

 

ユイだけが少し不満そうだったが、それ以上は何も言わなかった。

 

ゆりが席を立つ。

 

「じゃあ改めて紹介するわ」

 

全員の視線が集まった。

 

「この子がユイちゃん」

 

「よろしくお願いします!」

 

勢いよく頭を下げる。

 

「ガルデモに入りたくて来ました!」

 

その言葉に関根がニヤリと笑う。

 

「おっ、後輩候補だ」

 

「よろしくねー」

 

入江も手を振る。

 

ユイは何度も頭を下げながら喜んでいた。

 

だが、ゆりはそこで話を終わらせなかった。

 

「もちろん、入れるかどうかは別だけど」

 

ユイの動きが止まる。

 

「……へ?」

 

ゆりは淡々と続ける。

 

「一応、実力は見させてもらうわ」

 

「そ、そりゃそうですよね!」

 

緊張したように背筋を伸ばす。

 

岩沢は椅子にもたれたまま様子を見ていた。

 

ひさ子も腕を組んでいる。

 

ゆりが顎を上げた。

 

「じゃあ歌ってみなさい」

 

地下オペレーションルームが静かになる。

 

ユイは一度だけ深呼吸した。

 

そして顔を上げる。

 

「……はい!」

 

少しの沈黙。

 

やがてユイは歌い始めた。

 

選んだのは――『My Soul, Your Beats!』。

 

地下室に真っ直ぐな歌声が響く。

 

技術はある。

 

音程も外さない。

 

だがそれ以上に、憧れの場所へ立ちたいという気持ちが前へ出ていた。

 

戦線メンバー達も自然と耳を傾ける。

 

やがて曲が終わった。

 

静寂。

 

ユイは緊張した顔で周囲を見回した。

 

「ど、どうでしたか……?」

 

最初に口を開いたのは日向だった。

 

「上手いな」

 

ユイの顔がぱっと明るくなる。

 

「ですよね!?」

 

「普通に上手い」

 

「やった!」

 

思わず拳を握る。

 

しかし日向は腕を組んだまま首を傾げた。

 

「でもなぁ……」

 

ユイの笑顔が止まる。

 

「何か違うんだよな」

 

「え?」

 

「上手いんだけど」

 

少し考え込み、

 

「魂に来ねぇ」

 

と言った。

 

数秒。

 

ユイは固まった。

 

「……は?なんだゴラァァァ!後輩いじめんなァァァァ」

 

日向も困った顔をしている。

 

「うるさっ…」

 

「何だとゴラァァァ?」

 

即座にツッコミが飛ぶ。

 

ひさ子が口を開く。

 

「私も似たような感想だな」

 

「エエェ…ひさ子さんまで!?」

 

「声は出てる」

 

「はい!」

 

「音も悪くない」

 

「はい!」

 

「だが響かない」

 

「だから何なんですかそれぇ!!」

 

地下室に絶叫が響いた。

 

関根と入江も顔を見合わせる。

 

「何となく分かるかも」

 

「うん」

 

「分かるんですか!?」

 

ユイは頭を抱えた。

 

「何なんですかその曖昧な評価!」

 

「説明できねぇ」

 

日向が答える。

 

「できないんかーい!!」

 

机を叩く。

 

「絶対後輩イジメですよね!?」

 

「違う」

 

「新人潰しですよね!?」

 

「違う」

 

「芸能界怖ぇぇぇぇぇ!!」

 

「芸能界じゃねぇ」

 

日向のツッコミが飛ぶ。

 

地下室に笑いが広がった。

 

ユイだけが納得していない。

 

「だいたい魂って何なんですか!」

 

「知らん」

 

「知らないなら言わないでくださいよ!!」

 

その時だった。

 

今まで黙っていた岩沢が小さく口を開く。

 

「ユイ」

 

ユイが振り向く。

 

岩沢は静かに言った。

 

「伸びると思う」

 

地下室が静かになる。

 

ユイも固まった。

 

「……え?」

 

「歌いたいって気持ちは伝わった」

 

それだけだった。

 

だが、その一言には不思議な重みがあった。

 

ユイはしばらく何も言えない。

 

やがて顔を真っ赤にしながら叫ぶ。

 

「が、頑張ります!!」

 

「声でけぇ」

 

日向が呟く。

 

「うるさいです!!」

 

即座に返事が飛んだ。

 

笑い声が広がる。

 

その空気を見て、ゆりは小さく頷いた。

 

「じゃあ仮加入ね」

 

一瞬の沈黙。

 

次の瞬間、

 

「やったぁぁぁぁぁぁ!!」

 

地下オペレーションルームにユイの歓声が響き渡る。

 

飛び跳ねるように喜んでいたユイだったが、ふと岩沢の方を見ると、何かを思いついたように目を輝かせた。

 

「……あっ!」

 

嫌な予感がした。

 

関根が小さく呟く。

 

「来た」

 

「来たね」

 

入江も頷く。

 

ユイは勢いよく岩沢へ向き直った。

 

「じゃあ私と岩沢さんでツインボーカルとかどうですか!?」

 

地下室が一瞬静まり返る。

 

「は?」

 

日向が思わず声を漏らした。

 

だがユイは止まらない。

 

「絶対最強じゃないですか!?」

 

「夢の共演ですよ!?」

 

「伝説ですよ!?」

 

「武道館ですよ!?」

 

「話飛びすぎだろ」

 

巧が呆れたように呟く。

 

ユイはそんな事お構いなしだった。

 

「岩沢さん!どうですか!?」

 

岩沢は数秒だけ考えた。

 

そして口を開くより先に、

 

「はいはい」

 

ひさ子が割って入る。

 

「それはお前が一人前になってからな」

 

「うっ」

 

綺麗に止められた。

 

ユイが固まる。

 

「まだ仮加入だろ」

 

「ぐぬぬ……」

 

反論できない。

 

岩沢も小さく笑った。

 

「まずはそこからだな」

 

ユイは悔しそうに唇を尖らせる。

 

だが次の瞬間には拳を握り締めていた。

 

「じゃあ一人前になります!!」

 

「単純だな」

 

日向が呟く。

 

「うるさいです!!」

 

 

即座に返事が飛び、地下室に再び笑い声が広がった。

 

 

 

そして空気が少し落ち着いた頃だった。

ゆりが立ち上がる。

「次」

机にチラシをバンと机に叩きつける。

「球技大会。これを使う」

視線が集まる。

「全員、チーム分けして参加」

「目的は天使の攪乱と場の分散」

 

日向が即座に立ち上がる。

「了解。俺、野球行くわ」

 

「は?」

関根が目を丸くする。

 

日向は親指で扉を指す。

「メンバー集める。音無も連れてく」

 

ゆりは一瞬だけ黙る。

「好きにしなさい」

日向はニッと笑って、そのまま後ろを振り返る。

「じゃ、行ってくるわ」

音無も軽く頷き、日向についていく。

 

ひさ子はその背中を見送りながら鼻で笑う。

「アイツ、こういうのだけ行動早ぇんだよな」

「助かるけど」

 

扉が閉まり、足音が遠ざかる。

残された部屋には空気が少し変わる。

ユイもひさ子に連れられ、準備へ向かう。

「ちょっと!まだ話終わってないですって!」

「後でな」

 

残ったのは――ゆり、岩沢、巧。

さっきまで騒がしかった地下オペレーションルームが、嘘のように静かになる。

 

日向や音無、ユイ達の声はもう聞こえない。

 

残されたのは、ゆり、岩沢、そして乾巧だけだった。

 

モニターの青白い光が、薄暗い部屋を照らしている。

 

巧は壁にもたれながら、静かになった空間を見回した。

 

「……随分静かになったな」

 

「いつものことよ」

 

ゆりはそう答えた。

 

だが、その声にはいつもの作戦指揮をしている時と違う響きがあった。

 

少しの沈黙。

 

やがて、ゆりが口を開く。

 

「乾くん」

 

巧が視線を向ける。

 

「なんだよ」

 

ゆりは少しだけ間を置いた。

 

「前に変なブラックジョーク言ったこと謝るわ。ごめんなさい。でもね…アタシが悪かったけど天使側に着くって言われた時、怖かったの」

 

 

巧は察して「ああ…」と頷いた。

 

 

「でね、だからこそ聞いて欲しいことがあるの。音無くんには、ギルドで話したわ」

 

巧の眉がわずかに動く。

 

「何をだ」

 

 

「アタシが、戦っている理由」

 

ゆりは机の上に置かれたファイズギアを見る。

 

 

「本来なら、アナタにも話す予定だった」

 

「神に抗うリーダーとして話さなくちゃいけない」

 

少しだけ息を吸う。

 

「だから話させて頂戴」

 

 

巧は何も言わなかった。

 

ただ、続きを聞くために黙っている。

 

 

ゆりは静かに話し始めた。

 

「アタシには、弟と妹がいた」

 

「両親が留守だった日のことよ」

 

ゆりの声は淡々としていた。

 

「昼間だった」

 

「突然、強盗が家に入ってきた」

 

岩沢は何も言わず、ゆりを見る。

 

「そいつはアタシに言ったの」

 

「長女だよねって」

 

「一番高そうな物を探してきてくれないかなって」

 

巧の表情が少しだけ変わる。

 

「アタシは言われた通りにした」

 

「でも……」

 

ゆりの声が僅かに揺れる。

 

「戻った時には、弟も妹も……」

 

そこで一度、言葉を止めた。

 

「アタシだけが生き残った」

 

静寂。

 

 

 

機械音だけが部屋に響く。

 

「……お前、怖くなかったのか?」

 

ゆりは悔しそうに唇を噛み締めながら

 

「怖かったわよ…だから戦うの」

 

「何でアタシだけだったのか何度も考えた」

 

「何も悪いことをしていないのに…

 

どうして、こんな目に遭わなきゃいけなかったのかって」

 

ゆりは拳を握る。

 

「だから決めたの」

 

「この世界には、理不尽に奪われた人間がいる」

 

「それを、仕方ないで終わらせない」

 

「神がいるなら」

 

ゆりはまっすぐ前を見る。

 

「アタシは抗う」

 

 

しばらく、誰も口を開かなかった。

 

 

巧は視線を落とす。

 

記憶はない。

 

自分が何者なのかも分からない。

 

それでも、その言葉がただの復讐心だけではないことは分かった。

 

「……そうか」

 

 

ゆりが少しだけ顔を上げる。

 

「それで、お前はずっと戦ってるのか」

 

 

「ええ」

 

巧は短く息を吐いた。

 

「……そりゃ、簡単には止まれねぇな」

 

慰める言葉ではなかった。

 

同情でもない。

 

 

ただ、ゆりの選んだ道を理解した言葉だった。

 

岩沢が静かに目を伏せる。

 

ゆりは少しだけ笑った。

 

「乾くんって、変わってるわね」

 

 

「何がだよ」

 

 

「もっと冷たい人かと思ってた」

 

 

「失礼だな」

 

 

岩沢が小さく笑う。

 

「最初は私もそう思った」

 

 

「お前まで言うかよ」

 

少しだけ、空気が柔らかくなる。

 

 

その時だった。

 

「これ、アタシも使えるか試してみてもいい?」

 

 

巧は少しだけ眉を動かしたがさっきの話を聞いて無下にする訳にもいかなかった。

 

だから止める様子はない。

 

「ああ」

 

短く答えると、そのまま身体を起こした。

 

ケースからファイズフォンを取り出し、慣れた手つきで開く。

 

ピッ、ピッ、ピッ。

 

5・5・5。

 

『Enter』

 

『Stand by』

 

待機音が静かな部屋へ響く。

 

巧はゆりへ携帯を渡しながら言った。

 

「携帯の向きだけ間違えんな」

 

 

「ありがとう」

 

ゆりは受け取ると、迷いなく同じ操作を繰り返す。

 

ピッ、ピッ、ピッ。

 

5・5・5。

 

『Enter』

 

『Stand by』

 

ほんの一瞬だけ。

 

空気が噛み合ったような感覚があった。

 

だが次の瞬間――

 

『Error』

 

「……っ!」

 

小さな衝撃。

 

ゆりの身体が軽く後ろへ弾かれパンツが丸見えになる。

 

 

巧が反射的に視線を向けかけた、その瞬間だった。

 

 

隣にいた岩沢が、無言で腕を伸ばす。

 

「見るな」

 

 

「……は?」

 

突然視界を塞がれ、巧が顔をしかめた。

 

「何なんだよお前」

 

 

「いいから」

 

数秒。

 

やがて岩沢は手を離した。

 

「もういい」

 

 

「意味分かんねぇ……」

 

巧が不機嫌そうに眉を寄せる。

 

 

その横で、ゆりはしかめっ面のまま立ち上がっていた。

 

スカートをパン、パンと軽く払う。

 

そして何事もなかったように位置を数歩横へ移動した。

 

「もう一回」

 

 

「おい、無茶すんな」

 

 

「条件があるなら調べるしかないでしょ」

 

即答だった。

 

岩沢が呆れたように息を吐く。

 

「……本気かよ」

 

 

巧も深くため息を吐いた。

 

「ったく……知らねぇぞ」

 

 

地下オペレーションルームには、何度目か分からない電子音が響いていた。

 

『Error』

 

「……っ」

 

『Error』

 

「……っ!」

 

『Error』

 

結果は全部同じ。

 

位置を変えても、持ち方を変えても、向きを変えても。

 

何も変わらない。

 

 

岩沢は途中には椅子へ座り、頬杖をついて眺めていた。

 

巧は壁にもたれたまま、完全に呆れ顔になっている。

 

「……もう十回はやっただろ」

 

 

「十一回よ」

 

 

「数えてんのかよ……」

 

ゆりはファイズフォンをじっと見下ろしていた。

 

諦める顔じゃない。

 

むしろ逆だった。

 

「おかしいわね」

 

 

「何がだよ」

 

 

「使える人間が一人だけなんて効率悪いじゃない」

 

 

「知らねぇよ」

 

即答だった。

 

 

少しの沈黙。

 

そして、ゆりはゆっくり顔を上げる。

 

「……分かったわ」

 

 

巧が眉を動かす。

 

「諦めるのか?」

 

 

「まさか」

 

即答。

 

嫌な予感しかしなかった。

 

ゆりは静かにファイズギアをケースへ戻し、蓋を閉める。

 

「検証人数が足りないだけよ」

 

 

「は?」

 

 

「他に探すわ!使える人間を」

 

数秒。

 

地下オペレーションルームが静まり返る。

 

 

巧はゆっくり顔を上げた。

 

「……おい待て」

 

 

岩沢は察した顔で小さく笑う。

 

「ご愁傷さま」

 

 

「……嫌な予感しかしねぇ」

 

だが、ゆりはもう聞いていなかった。

 

ファイズギアを抱えたまま、何かを考え込んでいる。

 

その目はもう完全に次の実験対象を探していた。

 

 

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