4-3
昼の食堂はいつも通り騒がしかったが、その中の一角だけは妙に静かだった。
机の上に置かれたファイズギアを前に、ゆりは小さく息を吐く。メモ帳を閉じる音だけが、やけに乾いて響いた。
「全滅ね」
その一言で、この場の結果は整理された。
藤巻も大山も日向も、高松も松下もTKも野田も、例外なく吹き飛んでいる。成功者は一人もいない。想定内ではあるが、それでも「誰も使えない」という事実だけが静かに積み上がっていく。
「だから言っただろ」
巧は頬杖をついたまま窓の外を見ていた。最初から結論を持っている人間の声だった。
「誰も使えねぇんだよ」
「まだそうとは限らない」
ゆりは即答する。そこに迷いはないというより、止まるという概念が最初からない。
そのやり取りを聞きながら、岩沢は小さく息を吐く。
「……おい」
「何よ」
「次、考えてる顔してる」
「次の検証に行くわ」
その瞬間だった。
岩沢は立ち上がる。
「帰る」
「待ちなさい」
「嫌だ。アタシは検証される側じゃない」
「でもまだ試してないわ」
「その結果がそこに転がってるだろ」
机の下で沈んでいる藤巻と大山。
それだけで十分だった。
それでもゆりは止まらない。
「一回だけでいいの」
「その“一回”で吹っ飛ぶんだろ」
「可能性はあるわね」
「正直すぎるだろ……」
岩沢は額を押さえ、深く息を吐いた。
その横で、巧がゆっくりと立ち上がる。
空気が変わるほどではない。ただ、決めた動きだった。
「もういい」
ファイズギアのケースに手を伸ばす。
「返しなさい」
「嫌だ」
即答。
伸びた手より先に、巧がケースを引き寄せる。
「もうこれ以上怪我させたくねぇ」
「ここ、死後の世界だけど」
「そういう問題じゃねぇ」
一瞬、空気が止まる。
それを崩したのは、岩沢の小さな笑いだった。
「確かにな」
巧はため息混じりにケースを抱え直す。
「帰るぞ」
そのまま自然に、岩沢の手首を取る。
「え」
一歩、引かれる。
「ちょ、ちょっと待てって」
背中にゆりの声が追ってくるが、巧は振り返らない。
「十分だろ」
それだけで終わらせた。
昼の音楽室は、外の喧騒から切り離されたように静かだった。
窓の外ではグラウンドがまだ騒がしい。歓声と打球音だけが遠く揺れている。
「はー、結構盛り上がってんな」
「日向がいるからな」
岩沢は淡々と答える。
グラウンドでは日向が走り回っていた。さっきまで吹っ飛ばされていたのが嘘みたいに、自然に中心にいる。
その打球がセカンド後方へ上がる。
カキィン、と乾いた音。
普通なら迷う落下点。
だが日向は最初からそこに落ちると知っているみたいに動いていた。
その瞬間だった。
「あいつ……」
巧が小さく眉をひそめた。
「ん?」
岩沢もグラウンドへ視線を向ける。
日向は白球だけを見ていた。
だが、何かがおかしい。
走っている。
ただそれだけのはずなのに。
周囲の歓声が少し遠く聞こえる。
時間の流れが、そこだけ僅かにずれたような感覚。
言葉にできない違和感だった。
「……なんだ?」
巧も理由は分からない。
けれど数日前、岩沢が消えかけた時に感じた空気と少しだけ似ていた。
岩沢も同じだった。
無意識に椅子から身体を起こす。
「おい……」
小さく呟いたその時。
グラウンドの向こうで音無の表情が変わった。
何かに気付いたように。
そして――
音無が違和感を感じたのか駆け出した。
「日向ぁぁぁっ!!」
叫びながら駆け出そうとした、その瞬間。
「日向さぁぁぁん!!」
ユイが横から飛び込んだ。
「いっけぇぇぇ!! 日向さん!!」
「うおっ!? なんだお前はぁぁぁ!!」
ユイのタックルで日向が派手に転がる。
白球は地に落ちた。
グラウンドから一斉にブーイングが飛ぶ。
「何やってんだお前ぇぇぇ!!」
日向が飛び起きる。
「ナイスファイトです!!」
「全然ナイスじゃねぇ!!」
そのままユイを捕まえる。
「ちょ、日向さん!?」
「お前ぇぇぇ!!」
次の瞬間、サソリ固め。
「ぎゃあああああ!!」
「俺の邪魔しやがって!!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!」
ユイの悲鳴がグラウンド中へ響く。
音無は数秒固まった後、
「……あ」
とだけ呟いた。
さっきまで感じていた違和感が消えている。
まるで最初から無かったみたいに。
遠くの音楽室からその様子を見ていた岩沢が小さく息を吐く。
「……何だったんだ今の」
巧も答えなかった。
ただ、確かに何かがあった。
そんな気がしていた。
プレーは崩れ、騒がしさが一気に戻る。
だが、その直前。
ほんの一瞬だけ。
日向の周囲に、説明のつかない“揺れ”が走った。
光でも影でもない。空気がズレたような違和感。
すぐに消える。
それでも残るものだけがあった。
「なあ」
岩沢の声は小さい。
巧は視線を外さずに答える。
「なんだよ」
少しの間。
岩沢は続ける。
「アタシさ、もしあのまま消えてたらどうなってたと思う?」
風が入る。カーテンが揺れる。
巧はすぐには答えない。問いそのものの重さを測るような間だった。
そして短く言う。
「さあな」
一度だけ言葉を切る。
「俺が止めたのが正しかったのかどうかも分からない」
その言葉に、岩沢は少しだけ目を細める。
「そんなこと考えてたんだ」
小さく笑う。
「まあ、やり方は無理やりだったし、ひさ子は怒ってたけどさ」
一拍置いて。
「間違えてはないよ」
視線はグラウンドに戻ったまま。
日向はまだ騒いでいる。
騒がしいのに、どこかだけ現実味が薄い。
岩沢は静かに続けた。
「……ありがとな」
そこで止めて、もう一度。
「それだけは確か」
巧はようやく横目で岩沢を見る。
何も言わない。ただ見ている。
岩沢もそれ以上は言わない。
会話はそこで終わる。
巧はピアノの前に座り、鍵盤に指を置く。
ポロン、と一音。
少し間を置いて、もう一度。
「弾けんのか?」
「いや触ってるだけだ」
「なんだそれ」
岩沢は小さく笑う。
窓の外ではまだ試合が続いている。
声と笑いは遠く、音楽室だけが少し遅い時間にいるみたいだった。
続き書こうと思ったら同じ文が重複したり
変更したはずの文が書かれてなかったりグチャグチャ…