乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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EP1-2

 

「とりあえずそのケースの事は一旦置いとくか。ほら、飯行くぞ」

岩沢はそれ以上深く追及せず、軽く顎で出口を示した。

 

短いやり取りだったが、不思議と居心地の悪さはない。

巧は立ち上がりながら、食堂の中を見渡す。

制服姿の生徒達。笑い声。騒がしいはずなのに、どこか現実感が薄い。

 

まるで“学校っぽい何か”を無理やり再現しているみたいだった。

(……ここ、本当に死後の世界なのかよ)

心の中だけで呟く。

 

岩沢はそんな巧の様子を横目で見ながら、食券をトレーに置いた。

「まあ最初はみんなそんな顔するよ」

 

ひさ子も肩をすくめる。

「そのうち慣れる」

「慣れるっていうか、諦めるっていうか」

「どっちだよ」

小さな笑いが混じる。

その空気に押されるように、巧も席へ座った。

トレーの上にはラーメン、カツ丼、鍋焼きうどん。

その中でも問題なのは――明らかに湯気の量がおかしい鍋焼きうどんだった。

グツグツいっている。

もはや料理というより煮沸。

「……なんでこれ選んだんだよ」

思わず本音が漏れる。

「アンタの」

岩沢が平然と言う。

「この学食で一番熱いメニューだけど人気なんだぜ、新人歓迎にはちょうどいいかなって」

 

「…そういうことか」

巧は顔をしかめながら箸を伸ばす。

だが、

「っ……!」

指先に伝わる熱で、反射的に手を引っ込めた。

そのまま真顔で、

「フー……フー……」

慎重に冷まし始める。

しかもやたら真剣だ。

数秒。

さらに数秒。

まだ食べない。

 

「……アンタ、まだやってんの?」

ひさ子が呆れた声を出す。

 

「熱いんだよ」

ややキレ気味に巧が返す。

 

「いや分かるけどさ、限度あるだろ」

岩沢は横で小さく笑っていた。

その間に、二人の食事はどんどん減っていく。

巧だけが、まだ鍋焼きうどんと対峙していた。

まるで敵を観察しているみたいに。

「そういやアンタ、こっちに来たばっかなんだろ?」

ひさ子が箸を止める。

「“天使”の事とか聞いたか?」

 

巧の動きが少し止まる。

「天使?」

その単語だけ、空気がわずかに変わった。

 

岩沢が淡々と説明する。

「この学校の生徒会長」

 

「昨日会ったやつか」

巧は昨日の長い白髪の少女を思い出す。

 

「会ったのかよ!?」

ひさ子が身を乗り出した。

 

「で?」

岩沢は落ち着いたまま続ける。

「どうだった?」

巧は少し考えてから、

 

「……いきなり刃物出してきた」

 

「あー、いつも通りだな」

ひさ子が納得したように頷く。

その軽さが逆に怖い。

巧は呆れたように息を吐いた。

「ここ、まともな奴いねぇのか」

 

「失礼だな、新入り」

 

「少なくともアタシらは普通だぞ」

 

「どこがだよ」

そんなやり取りをしていた時だった。

 

白い長髪の少女――立花奏が、こちらを見ていた。

一瞬だけ視線が交差する。

だがすぐに、何事もなかったように逸れていく。

そこに感情らしいものは見えない。

 

(……変なやつだな)

乾はそう思いながら、再び鍋焼きうどんへ視線を戻した。

まだ湯気が立っている。

むしろさっきより勢いが増している気さえする。

 

「なあ乾」

岩沢がふと声をかける。

「アンタさ、長生きできなさそうだよな」

「は?」

「その猫舌で今までよく生きてこれたなって話」

「余計なお世話だ」

ようやく一口すすった瞬間。

「っっっ!!」

乾の肩が跳ねる。

「だから言っただろ熱いって」

「いや今のは罠だろ……表面は冷めてたのに中がまだ熱い……」

 

「鍋焼きうどんに騙されてんじゃねぇよ」

ひさ子が吹き出す。

 

「岩沢さん、ひさ子さん」

空気が少しだけ変わる。

視線が集まる。

赤紫がかった長い髪の少女――ゆりが、こちらへ歩いてきていた。

その存在だけで、周囲の空気がわずかに締まる。

「この人が例の新人?」

乾を見る視線は、軽い確認と観察が混ざっていた。

「そう。例のかは知らんけど探してたのか?」

岩沢が淡々と答える。

「へぇ」

ゆりは乾の前に立つ。

 

乾はまだ鍋焼きうどんと格闘していた。

「……フー……」

 

「……」

ゆりの眉がわずかに動く。

「ちょっと」

反応なし。

「ねえ」

 

まだ冷ましている。

「アンタ、人の話聞いてる?」

 

乾はようやく顔を上げた。

「今ちょっと忙しい」

 

「何がよ?」

 

「コイツ、油断すると口の中焼きに来る」

鍋を睨みながら真顔で言う。

数秒の沈黙。

ひさ子が吹き出す。

岩沢も肩を震わせていた。

 

ゆりは小さく息を吐く。

「……まあいいわ」

呆れと諦めが混ざった声だった。

そして視線を乾の横――ケースへ落とす。

「食べ終わったら、その人オペレーションルームに連れてきて」

それだけ言うと、ゆりは踵を返す。

 

巧はその背中を見送りながら、小さく呟いた。

「……なんか怖ぇな、アイツ」

 

「慣れろ」

岩沢が笑う。

「多分これから、もっと振り回されるぞ」

 

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