乾巧は死後の世界に迷い込む   作:小虎555

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EP1-2

「とりあえずそのケースの事は一旦置いとくか、行くぞ」

短いやり取りだったが、不思議と妙な距離感はなかった。

巧はふと周囲を見渡す。

整っているのに、どこか現実感の薄い空間。

長机が並ぶ食堂は、誰もが勝手に時間を使っているのに妙に秩序がある。

 

(……ここ、ほんとに死後の世界なのかよ)

思わず、声にならないほどの小さな呟きが漏れる。

 

岩沢はそれを気にした様子もなく、食券をトレーに置いていく。

「まぁ、最初はみんなそんな感じだよ」

「すぐ慣れる」

ひさ子は横で軽く笑う。

 

「慣れるっていうか、諦めるっていうか」

「どっちだよ」

そんな軽口のやり取りを聞きながら、巧も席につく。

 

トレーの上に並んだ三つの料理――ラーメン、カツ丼、そして鍋焼きうどん。

その中でもひときわ存在感を放っているのが、湯気を激しく立てるそれだった。

「……なんでこれなんだ」

見た瞬間、思わず呟く。

熱いというより“攻撃的”な湯気だった。

 

「それアンタの」

岩沢が何でもないように言う。

 

「この学校で一番熱い料理だから気を付けな」

「分かってるよ」

そう言いながら手を伸ばした瞬間、反射的に引っ込める。

 

「フーフー……フーフー……」

両手まで使って冷ますという謎の真剣さに入る巧。

その様子を見て、ひさ子が呆れたように息を吐く。

「アンタ、まだそれやってんの?」

「熱いんだよ」

「だからって長すぎだろ!」

軽いツッコミが飛ぶが、岩沢は少しだけ口元を緩めていた。

そのやり取りの間に、二人の皿はすでに半分を切っていた。

 

巧だけが、まだ手付かずの鍋焼きうどんと格闘していた。

「そういえばアンタ、新人って事は天使の事とかまだ知らないんだろ?」

 

ひさ子がふと思い出したように声をかける。

フーフーしながら答える巧の動きが、わずかに止まる。

「天使?」

 

その単語にだけ、空気の温度がほんの少しだけ変わる。

岩沢が淡々と説明する。

 

「この学校には“天使”って呼ばれてる生徒会長がいるんだ」

「昨日会ったやつか?」

「会ったのかよ!?」

ひさ子が思わず身を乗り出す。

岩沢は特に驚いた様子もなく、淡々と続ける。

「で、どうだった?」

「無言で刃物出してきた」

「いつも通りだな」

その軽さが、この世界の異常さを逆に強調していた。

巧は小さく息を吐く。

「ここ、ほんとにまともじゃねぇな」

そのときだった。

少し離れた席から、視線がひとつだけ差し込まれる。

白い髪の少女――立花奏。

一瞬だけこちらを見て、すぐに視線を外す。

何事もなかったように食事へ戻っていく。

(……昨日のやつか)

巧はその一瞬だけ意識を向けるが、すぐに鍋へと戻す。

「なぁ新入り」

岩沢が声をかける。

「アンタ、名前なんて言ったっけ」

「乾巧」

「乾か」

短く頷く。

「長い付き合いになるかもな」

 

その言葉の意味を深く考える前に――

「岩沢さん、ひさ子さん」

割り込む声。

視線を向けると、一人の少女が立っていた。

長い薄紫色の髪。

頭には赤いリボン付きのカチューシャ。鋭さを感じさせる瞳と合わせて、どこか人を引っ張るような強い空気をまとっていた。

「この人が例の……天使の攻撃を防いだ新人?」

岩沢が軽く肩をすくめる。

「ゆりっぺ。コイツそんなスゲーやつなのか?」

だが巧は、会話には一切入っていない。

「フーフーフーフー……」

ひたすら鍋焼きうどんと戦っている。

その異様な集中力に、ゆりっぺと呼ばれていた少女、ゆりは眉をひそめる。

「ちょっと、いつまで冷ましてんのよ。人の話聞きなさいよ!そのケースの事とか聞きたいことあるんだから!」

 

気づけば、岩沢とひさ子はすでに食べ終わっていた。

「アタシら同時に食べ始めたはずなのにな」

「ってことは、コイツずっとこれやってんの?」

ゆりは一度だけ息を吐き、巧を見た。

そして、少しだけ目を細める。

「……まあいいわ」

「食事が終わったら、その人をオペレーションルームに連れてきて」

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