乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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EP5-3

 

EP5-3

 

 

音楽室には、エアコンの低い稼働音だけが響いていた。

 

その床に、乾巧は大の字になって寝転がっていた。

 

先ほどまで森で試していたアクセルフォーム。

圧倒的な速度を得られるのはいいが、思うように制御できず。

最後には地面を滑る羽目になった。

 

変身を解除した今も、身体には疲労が残っている。

 

「……もう二度と使わねぇ」

 

巧がぼやく。

 

近くでは、岩沢が椅子に座り、ギターを膝に乗せていた。

 

「アレ、そんなに疲れるのか?」

 

「疲れるどころじゃねぇよ。身体は勝手に動くし、止まろうと思っても止まれねぇし……」

 

「へぇ。便利そうに見えたけどな」

 

「使う側の身にもなってみろ」

 

巧は顔だけ岩沢の方へ向けた。

 

「あくまで可能性の話だけど……生前のお前は使いこなしてたんじゃないか?」

 

「さあな……二度と使わねぇ、こんなもんってキレてたかもしれんぞ」

 

「まあ、そっちもありえるか……」

 

岩沢が笑う。

 

巧は再び天井へ視線を戻した。

 

「……ったくとりあえず寝るわ。」

 

「分かった。エアコン寒くないか?」

 

「ああ、寒くなったら温度上げていいぞ」

 

「了解」

 

岩沢はギターの弦を軽く弾いた。

 

短い音が、静かな音楽室に響く。

 

巧は目を閉じた。

 

身体を休めるつもりだったのだが、

思っていた以上に疲れていたらしい。

 

会話が途切れてしばらくすると、

呼吸がゆっくりと落ち着いていった。

 

岩沢がちらりと目を向ける。

 

「……寝たのか?」

 

返事はない。

どうやら、本当に眠ってしまったようだ。

 

岩沢は小さく息を吐くと、起こさないようにギターを静かに弾き始めた。

 

やがて、廊下から複数の足音が近づいてくる。

 

「ただいまー」

 

扉が開き、ひさ子、関根、入江の三人が戻ってきた。

 

岩沢が顔を上げる。

 

「おかえり」

 

「おう。……って、なんだこいつ」

 

ひさ子は床で寝ている巧を見て、足を止めた。

 

「なんで床で寝てんだ?」

 

「さっきチャーに直させたやつを使ったら、

かなり疲れたらしい」

 

「ああ、例のベルト関係のやつか」

 

ひさ子が思い出したように頷く。

「そんなにヤバかったのか?」

 

「制御が難しかったみたいだな。最後は派手に転んでたし」

 

「なるほどなぁ……」

 

関根が眠っている巧を眺める。

 

「変身するのも楽じゃないんですね」

 

「まあな」

 

入江が少し心配そうに尋ねた。

 

「大丈夫なんですか? 起こさなくても」

 

「疲れてるだけだろ。しばらく寝かせとけばいいさ」

 

岩沢はそう答え、再びギターに視線を落とした。

 

ひさ子はそんな岩沢を見て、口元を緩める。

 

「……で、お前ら本当に最近ずっと一緒にいるよな」

 

「またその話か?」

 

「いや、だってさぁ」

 

ひさ子は床の巧を指差す。

 

「こいつが寝てる間も、お前はここにいるわけだろ?」

 

「音楽室にいたら、たまたま寝始めただけだ」

 

「へぇー?」

 

「なんだよ、その顔」

 

「別にぃ?」

 

ひさ子はわざとらしく視線を逸らした。

 

関根も隣でニヤニヤしている。

 

「まあ、不良カップルですからね」

 

「誰がカップルだ」

 

その声に、三人が振り向いた。

 

巧が目を開け、肘をついて身体を起こしていた。

 

「起きてたんですか?」

 

「お前らがうるせぇからな」

 

「すみません。つい盛り上がっちゃって」

 

「何で盛り上がる必要があんだよ……」

 

巧は片手で顔をこすり、ゆっくりと上半身を起こした。

 

まだ疲れは残っているようだが、

さっきよりは幾分ましになったらしい。

 

ひさ子が腕を組む。

 

「そういやお前ら、バイクで学校の中を走ってたんだって?」

 

「ああ?」

 

「二人ともノーヘルだったって聞いたぞ」

 

入江が頷く。

 

「私も見ました。岩沢さんを後ろに乗せて走ってましたよね?」

 

「お前、女の子乗せるならヘルメットぐらいさせろよな」

 

ひさ子が呆れたように言った。

 

「うるせぇな。ちゃんとスピードは落としたっつうの」

 

「そこじゃなくて」

 

入江が即座に突っ込む。

 

岩沢は苦笑しながら、二人の間に入った。

 

「まあまあ。怪我とかないんだし、ちゃんと丁寧に走ってたぞ」

 

「丁寧ならいいってもんじゃないんですよ、不良カップル」

 

関根が再び茶化す。

 

「……お前、さっきからそればっかだな」

 

巧が眉をひそめる。

 

「だって、お似合いじゃないですか」

 

「どこがだよ」

 

「えー? 二人でバイクに乗って、音楽室でも一緒にいて」

 

「それだけでカップルになるのかよ」

 

「少なくとも、私たちからはそう見えますね」

 

入江まで便乗した。

 

「お前らな……」

 

巧は呆れたように息を吐く。

 

ひさ子と関根は顔を見合わせ、楽しそうに笑っていた。

 

「……お前ら二人、顔がうるせぇ。ニチャニチャすんな」

 

「ニチャニチャってなんだよ!」

 

ひさ子が吹き出す。

 

「いやぁ、乾さんって意外と面白いですね」

 

「うるせぇ」

 

巧はそれ以上相手にせず、エナメルバッグを引き寄せた。

 

そこへ、廊下から明るい声が響く。

 

「失礼しまーす。岩沢さん居ます……あー! 不良カップルの彼氏の方!」

 

ユイだった。

 

入ってくるなり巧を見つけ、嬉しそうに指差している。

 

「お前、名前ぐらい覚えろよ」

 

ひさ子が呆れたように言った。

 

「えー? だって、不良カップルの彼氏の方で

分かるじゃないですか」

 

「分かんねぇよ!」

 

巧が即座に返す。

 

「ユイ、何しに来たんだ?」

 

岩沢が尋ねる。

 

「今度のライブのことで相談があって!

岩沢さん、ちょっといいですか?」

 

「ああ、いいぞ」

 

岩沢が立ち上がろうとすると、ユイが巧を見た。

 

「えー、もう行くんですか? 不良カップルのお二人は、もうちょっと一緒にいたいんじゃないんですか?」

 

「お前らがいるから二人きりじゃねぇだろ、別に」

 

「あっ、確かに!」

 

「いや、否定しろよ! もうちょっとカップル方向に頑張れよ!」

 

ひさ子が叫ぶ。

 

「最初から否定してんだろうが。カップル言うな」

 

「お前に言ってねぇよ、ユイに言ってんだよ!」

 

「なんでだよ、俺も否定するぞ」

 

巧は面倒くさそうに言い返した。

 

関根がすかさず口を挟む。

 

「でも、岩沢さんと一緒にいるのは否定しないんですね?」

 

「……お前ら、飯食いに行くんじゃねぇのか」

 

「話を逸らしましたね」

 

 入江が指摘する。

 

「うるせぇな」

 

 岩沢が小さく吹き出した。

 

「……ふっ」

 

「……何笑ってんだ」

 

「いや、別に」

 

「……ったく」

 

巧は立ち上がり、エナメルバッグを肩に掛けた。

 

まだ少し身体は重いが、これ以上ここで相手をする気はなかった。

 

ひさ子が満足そうに手を叩く。

 

「はいはい、じゃあ行くぞ。不良カップルのお二人さん」

 

「しつけぇなお前ら」

 

巧は呆れたように吐き捨て、先に音楽室を出ていった。

 

「おーい、待てよ!」

 

ひさ子たちが笑いながら追いかける。

 

岩沢はその後ろ姿を眺め、口元を緩めた。

 

「……ほんと、面倒くさい奴」

 

そう呟いてから、ギターを手に取り、彼らの後を追った。

 

 

 

 

翌日

 

ライブ当日の準備で、校内は朝から慌ただしかった。

 

 体育館では機材の搬入が進み、ガールズ・デッド・モンスターのメンバーも演奏の準備を進めている。

 

「長田、そっちの箱頼めるか?」

 

「はい。これ、どこに運べばいいですか?」

 

「ステージの横だ。楽器の邪魔にならないところに置いといてくれ」

 

「分かりました」

 

結花は運んできた機材を指定された場所へ置くと、近くでケーブルをまとめていた巧に目を向けた。

 

「乾さんも手伝ってるんですね」

 

「他にやることもねぇからな」

 

「ふふ、そうですか」

 

結花は少し懐かしそうに笑った。

 

「……そういえば、乾さん」

 

「なんだ?」

 

「生前の俺はどんな奴で、お前は何してたんだ?」

 

結花は少し意外そうに目を瞬かせた。

 

「私のことも、ですか?」

 

「ああ。お前は俺のことを知ってるんだろ? だったら、俺がどんな奴だったか教えてくれよ」

 

「そうですね……」

 

結花は少し考え込んだ。

 

「生前の私が階段から落ちたあと、 義家族にひどく怒られたことがあったんです」

 

巧の手が止まる。

 

「階段から落ちた?」

 

「はい。大怪我をしたのに、

見舞いに来た義家族からすごく怒られて……」

 

結花は当時を思い出すように、少し視線を落とした。

 

「それを見かねて、木場さんっていう

男の人が怒ってくれたんです」

 

「木場?」

 

「はい。木場さんは私にバイト先を紹介してくれて、

アパートで暮らしたらいいって言ってくれました」

 

「……へぇ」

 

「それで、学校も辞めたんです」

 

「学校辞めた?なんで?」

 

「学費もあるけど、もう義家族に頼りたくなかったのと

学校もいい思い出は無かったので」

 

巧は少し考えてから、感心したように呟いた。

 

「そうだったのか。てかその木場って奴、なんかスゲェな」

 

「そうなんです。別に親戚でもないのに、そこまでしてくれて……」

 

「普通、そこまでしねぇだろ」

 

「ですよね」

 

結花は小さく笑った。

 

巧は再びケーブルをまとめ始める。

 

「……いい奴だったんだな」

 

「はい。私にとっては、大切な恩人です」

 

巧は結花の話を聞き、ただ感心していた。

 

「……木場か」

 

「はい?」

 

「いや……そいつ、随分と面倒見がよかったんだな」

 

結花は少し不思議そうに首を傾げたが、やがて穏やかに笑った。

 

「はい」

 

そのとき、ステージの方からひさ子の声が飛んできた。

 

「おーい! そこの二人、話してないでこっちの機材も運んでくれ!」

 

「話してねぇよ!」

 

「今まさに話してただろ!」

 

「うるせぇな!」

 

巧が顔をしかめると、結花がくすくすと笑った。

 

「乾さん、昔からそんな感じだったんですね」

 

「……らしいな」

 

 巧はそう答え、機材を持ち上げた。

 

 結花もその隣で、次の箱を抱える。

 

 ライブの準備は、まだ始まったばかりだった。

 

 機材を運ぶ合間、巧が校舎の方へ目を向けた。

 

「……ん?」

 

 教室の窓の向こうに、見覚えのある足が見えた。

 

「……何やってんだ、あいつら」

 

誰かが、教室の天井に頭から突き刺さっていた。

 

窓越しに見えるのは、教室内でばたばたと動く両足だけだ。

 

結花も巧の視線を追い、窓の向こうを見た。

 

「……日向さん?」

 

「知り合いか?」

 

「はい。……助けなくていいんですか?」

 

「自分で何とかするだろ」

 

「まあ、そうですね。いつもの事でした」

 

日向の足が、ばたばたと動く。

 

「……まあ、生きてるみてぇだしな」

 

「判断基準、そこなんですか!?」

 

「他に何があんだよ」

 

「まあ、確かに……」

 

結花は困ったように笑った。

 

窓の向こうでは、日向がまだ抜け出せずにいる。

 

「……本当に大丈夫なんでしょうか」

 

「今、ライブの準備中だぞ。アイツならどうせまた復活するさ」

 

「復活って……」

 

「いつものことなんだろ?」

 

「そうですけど……」

 

結花がもう一度窓を見る。

 

日向の足は、まだ元気に動いていた。

 

「……ほら、生きてる」

 

「足の動きで判断しないでください!」

 

「じゃあ、どう判断しろってんだよ」

 

「それは……」

 

結花は言葉に詰まった。

 

「……まあ、いいか」

 

巧はそう言って、持っていた機材を運び始めた。

 

「ほら、戻るぞ」

 

「あ、はい」

 

二人は作業へ戻った。

 

機材をすべて運び終え、ライブの準備もひと段落した頃。

 

巧は壁際で休み、結花は近くに置かれた空き箱を片づけていた。

 

「それで、乾さんは、そのアパートの近くの菊池クリーニングってクリーニング屋で働いてました」

 

「ほーん。で、どういう奴だったんだ?」

 

結花は少し考えてから、懐かしそうに笑った。

 

「口は悪かったですね。

でも、困っている人を放っておけない人でしたよ」

 

「……俺ってそういう奴だったのか」

 

「はい。それと、接客のときも愛想が悪くて」

 

「おい」

 

「ふふっ、すみません」

 

結花は楽しそうに笑った。

 

「啓太郎さんって人がいて、私の彼氏になる人がいたんですけど、その人に『たっくん、もっと愛想良くしてよっ!』って怒られてましたね」

 

「……たっくん?」

 

「乾さんのことです」

 

「へぇ。そんな呼び方する奴がいたのか」

 

巧は特に気にした様子もなく頷いた。

 

「それで、俺はなんて返したんだ?」

 

「『別にいいだろ、知り合いなんだから』って」

 

「……で?」

 

「啓太郎さんに『良くないよ!』って呆れられてましたね」

 

「……ほーん」

巧は腕を組んだ。

 

「知り合いをどう呼ぼうが、勝手だろ」

 

「啓太郎さんは、そうは思わなかったみたいです」

 

「変な奴だな」

 

「でも、二人は仲が良かったですよ」

 

「そうか」

 

巧は短く答えた。

 

「……まあ、俺がそういう奴だったんなら、仕方ねぇか」

 

結花は小さく笑った。

 

少し離れたところでは、岩沢とひさ子が次の準備について話していた。

 

結花はまた別の思い出を話そうと、少し考え込む。

 

巧はそれを待ちながら、ぼんやりと体育館のステージを眺めていた。

 

 

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