乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

21 / 22
EP5-4

 

 

EP5-4

 

 

 

ライブの準備が一通り終わり、体育館には本番を待つ空気が漂っていた。

 

機材の最終確認を終えた岩沢たちは、ステージ脇で一息ついていた。

 

その近くでは、巧が壁にもたれている。

 

少し離れたところにいた結花を見つけると、ひさ子が声をかけた。

 

「なあ、長田」

 

「はい?」

 

「ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「私にですか?」

 

「ああ。お前、乾のことを生前から知ってるんだよな?」

 

「はい。菊池クリーニングってところで働いていた頃の乾さんを知っています」

 

ひさ子は隣にいる巧をちらりと見た。

 

「じゃあ、生前のこいつってどんな奴だったんだ?」

 

「……おい」

 

巧が眉をひそめる。

 

「俺が聞くのは分かるけど、なんでお前らが聞くんだよ」

 

「そりゃ気になるだろ。今の乾しか知らないんだからさ」

 

「知らなくていいだろ、別に」

 

岩沢が苦笑しながら口を挟んだ。

 

「まあまあ、恋愛とか変なことは聞かないからさ」

 

「当たり前だ」

 

「えー、恋愛も聞きたいー」

 

関根が不満そうに声を上げた。

 

「おい!」

 

「だって気になるじゃないですか!」

 

「何がだよ!」

 

「乾さんって、生前はどんな人と付き合ってたんですか?」

 

「知らねぇよ。俺は記憶喪失なんだぞ」

 

「長田さんに聞いてるんです! 知ってるかもしれないじゃないですか」

 

「お前な……」

 

巧が呆れたように息を吐く。

 

結花は少し困ったように笑ってから、口を開いた。

 

「そうですね……口は悪かったですが、困っている人をほっとけない人でした」

 

「へぇ。意外と面倒見はよかったんだな」

 

ひさ子が感心したように頷く。

 

「……別に困ってるから手伝ってんじゃねぇぞ」

 

巧がすぐさま口を挟んだ。

 

「コイツらが何かと理由付けて手伝わせてくんだよ」

 

「その割には逃げないで頑張ってるじゃねぇか! 頑張れよ!」

 

「うるせぇ」

 

「褒めてんだぞ?」

 

「褒めてるように聞こえねぇんだよ」

 

岩沢が小さく笑った。

 

「昨日、クーラーガンガンの音楽室で休ませてやったろ」

 

「寒かったら温度上げていいって言ったろ」

 

「そういう話じゃないんだけどな」

 

「じゃあどういう話だよ」

 

「さあな」

 

「お前までそれかよ」

 

ひさ子が吹き出した。

 

「お前ら、何だかんだ息合ってんじゃねぇか」

 

「どこがだよ」

 

巧が即座に返す。

 

「いや、今のやり取りとか」

 

「ただの会話だろうが」

 

「はいはい」

 

ひさ子は面白そうに笑っていた。

 

結花も、そんな一同を見て小さく笑う。

 

「ふふっ。記憶喪失でも、あまり変わってないんですね」

 

「……何がだよ」

 

「乾さんの、そういうところです」

 

「だから、俺は別に……」

 

巧は言いかけて、面倒になったのか口を閉じた。

 

関根がにやにやしながら結花に尋ねる。

 

「ほかにも何かあるんですか? 乾さんの生前の話」

 

「ありますよ」

 

結花は頷いた。

 

「それと、真理さんっていう女性とも、よく口喧嘩してましたね」

 

「口喧嘩?」

 

岩沢が反応する。

 

「はい。ちょっとしたことですぐ言い合いになって……でも、なんだかんだ一緒にいることが多かったんです」

 

「なんだよ。生前からそんな感じだったのかよ!」

 

ひさ子が笑う。

 

「どういう意味だ」

 

「いや、今のお前を見てると納得だなって」

 

「納得すんな」

 

関根が興味津々といった様子で尋ねた。

 

「真理さんって、どんな人だったんですか?」

 

「気が強くて、はっきり物を言う人でした。乾さんにも遠慮なく言い返してましたよ」

 

「へぇ。乾に言い返せる人か」

 

岩沢が感心したように呟く。

 

「おい、どういう意味だ」

 

「別に?」

 

「嘘つけ」

 

ひさ子が吹き出した。

 

「ははっ! 生前も今も、口喧嘩する相手には困らねぇんだな!」

 

「誰のせいだと思ってんだよ!」

 

「ほら、始まった!」

 

「お前が始めたんだろうが!」

 

結花は楽しそうに笑っていた。

 

「ふふっ。こんな感じでしたよ、昔から」

 

「……長田、お前も楽しんでんじゃねぇか」

 

「すみません。でも、懐かしくて」

 

ひさ子はまだ笑いをこらえている。

 

「いやぁ、いい話を聞いたな!」

 

「どこがだよ」

 

関根がふと思い出したように顔を上げる。

 

「……あれ? でも、真理さんとはよく口喧嘩してたんですよね?」

 

「はい」

 

「それって、もしかして仲がよかったからこそ、遠慮なく言い合えたとか?」

 

結花は少し考えてから頷いた。

 

「そういうところもあったと思います。少なくとも、私にはそう見えました」

 

「へぇー!」

 

関根が目を輝かせる。

 

「じゃあ、真理さんとは恋愛関係だったり……?」

 

「違うだろ」

 

巧が即座に否定した。

 

「なんでお前が答えるんだよ!」

 

ひさ子がすかさず突っ込む。

 

「いや、今の話でそういう方向に持っていく意味が分からねぇだろ」

 

「えー、だって気になるじゃないですか!」

 

関根は不満そうに頬を膨らませた。

 

結花は少し困ったように笑う。

 

「でも、乾さんには悪いんですけど……そういう話はなかったというか」

 

「……あ?」

 

「ずっと無愛想でしたし、この人って恋愛するのかな? ってぐらい、そういうイメージがなくて……」

 

「ぶっ!」

 

ひさ子が吹き出した。

 

「恋愛するイメージがないって!」

 

「えっ、そんなにですか!?」

 

関根が身を乗り出す。

 

結花は慌てて付け加えた。

 

「いえ、見ての通り顔はいいんですけど……恋愛に興味がなさそうっていうぐらい、イメージがなかったんです」

 

「いやまあ、確かに顔はいいけど文句が多いしな」

 

ひさ子があっさりと続けた。

 

「おい」

 

「口も悪いし、愛想もねぇし」

 

「二回言うな」

 

「ほら、そういうところだよ!」

 

「お前らがいちいち余計なこと言うからだろうが!」

 

関根がくすくす笑う。

 

「確かに、ちょっと何か言われるとすぐ言い返しますよね」

 

「お前もだろ!」

 

「えー、私はそんなことないですよ?」

 

「どの口が言ってんだ」

 

入江まで小さく笑った。

 

「恋愛以前に、会話するだけで大変そうですね……」

 

「お前まで何なんだよ!」

 

結花はそんなやり取りを見て、楽しそうに笑った。

 

「ふふっ。でも、あの頃と違って周りに女の子が多いですね」

 

巧が周囲を見回す。

 

「……そうか?」

 

「そうだぞ。見渡せば女ばっかりだ」

 

ひさ子が腕を組んだ。

 

「本来ならお前、今頃あっちにいたはずなのにな」

 

「あっち?」

 

結花が首を傾げる。

 

「ああ。今日の天使赤点大作戦だよ」

 

ひさ子が答えた。

 

「昨日の会議で、乾を参加させるかどうかって話になってな」

 

「……それで?」

 

「ゆりとしては、お前を参加させたら文句を言われて面倒くさそうだし、お前自身のやる気も下がりそうだってことで、乾は別にいいってなったんだろな」

 

岩沢が苦笑する。

 

「まあ、無理に参加させて不機嫌になられても困るしな」

 

「別に、参加したくもねぇよ」

 

巧がそっぽを向く。

 

「はいはい。そういうことにしといてやるよ」

 

ひさ子は呆れたように笑った。

 

「まあ、結果的には正解だったかもな」

 

「あ?」

 

「さっき誰かが教室で天井に突き刺さってるの見たろ?」

 

「……ああ」

 

巧は先ほどの光景を思い出し、顔をしかめた。

 

「お前、参加してたら一緒に突き刺さってたかもよ」

 

「なんで俺まで突き刺さんだよ!」

 

「いや、可能性の話だ」

 

「変な予想すんな!」

 

岩沢が小さく吹き出した。

 

「確かに、巻き込まれてた可能性はあるな」

 

「お前まで何なんだよ!」

 

ひさ子は楽しそうに笑った。

 

「よかったじゃねぇか。作戦に参加しなかったおかげで、今は女に囲まれてるんだからよ!」

 

「どういう理屈だよ!」

 

「ほら、また文句!」

 

「お前が言わせてんだろうが!」

 

結花は三人のやり取りを見て、口元を押さえた。

 

「ふふっ。乾さん、楽しそうですね」

 

「どこがだよ」

 

「そうか? 私には楽しそうに見えるけどな」

 

「お前は黙ってろ」

 

「はいはい」

 

ひさ子はまったく堪えた様子もなく笑っていた。

 

結花はそんな巧を見つめて、ふと表情を和らげた。

 

「昔は菊池クリーニングで、啓太郎さんと一緒にいることが多かったですから……なんだか不思議な感じです」

 

「啓太郎?」

 

岩沢が反応する。

 

「はい。菊池クリーニングで一緒に働いていた方です。乾さんとも仲が良かったんですよ」

 

「へぇ。そんな知り合いがいたんだな」

 

「ああ。俺も昨日聞いた」

 

巧は短く答えた。

 

「啓太郎さんは明るくて、少しお節介な人でした。乾さんの愛想が悪いと、よく注意していましたね」

 

結花は当時を思い出すように笑う。

 

「私が乾さんに接客されてた時に、『たっくん、もっと愛想良くしてよっ!』って」

 

「たっくん?」

 

関根が巧を見る。

 

「その呼び方、何なんですか?」

 

「知らねぇよ。俺が決めたわけじゃねぇだろ

ってかさっきもその話したろ」

 

「でもガルデモの皆さんに話すのは初めてなので」

 

「生前の知り合いにそう呼ばれてたんだな」

 

岩沢が言う。

 

「らしいな」

 

巧はどこか他人事のように答えた。

 

「それで、乾さんは何て返してたんですか?」

 

入江が尋ねる。

 

「『別にいいだろ、知り合いなんだから』って」

 

「うわぁ……」

 

関根が顔をしかめる。

 

「それは啓太郎さんが注意したくなるのも分かりますね」

 

「なんでだよ」

 

「愛想って大事じゃないですか」

関根が呆れながら言う

 

「知り合い相手ならいいだろ」

 

「お客さん相手の話ですよ!」

入江も呆れていた。

 

「……」

 

巧は一瞬黙った。

 

「……まあ、そういう仕事だったんなら仕方ねぇだろ」

 

「納得したんですか?」

 

「今の俺には関係ねぇ話だからな」

 

ひさ子が笑った。

 

「都合のいいときだけ記憶喪失を使うなよ!」

 

「うるせぇ」

 

岩沢も肩を揺らしている。

 

結花は一同を見渡し、穏やかに微笑んだ。

 

「でも、二人は本当に仲が良かったんですよ」

 

「へぇ……」

 

岩沢が少しだけ声を落とす。

 

「そういう知り合いがいたんだな、巧」

 

「……ああ」

 

巧は短く答えた。

 

自分の記憶にはない相手。

 

それでも、結花の話からは、その人物が自分にとって大切な存在だったことが伝わってくる。

 

ひさ子が腕を組んだ。

 

「なんつーか、今のお前とあんまり変わんねぇんだな」

 

「何がだよ」

 

「口は悪いし、愛想はねぇし、何かと理由つけて手伝いを否定するし」

 

「最後のは事実だろうが」

 

「否定できてねぇじゃねぇか!」

 

関根が笑い、入江も小さく吹き出す。

 

結花はそんな巧を見つめていた。

 

「ふふっ。本当に、変わってないんですね」

 

「……だから、何回言うんだよ」

 

「すみません。でも、嬉しくて」

 

結花は少しだけ目を細めた。

 

「私が知っている乾さんと、今の乾さんが同じ人なんだって、改めて思えたので」

 

巧は返事をしなかった。

 

ただ、気まずそうに視線を逸らす。

 

岩沢はその様子を見て、そっと笑った。

 

「……まあ、変わってないならいいんじゃないか?」

 

「何がだよ」

 

「別に」

 

「お前までそれか」

 

岩沢は答えず、ギターを手に取った。

 

やがて、体育館のステージからスタッフの声が響く。

 

「皆さん、そろそろ本番のチェックをお願いします!」

 

「ああ、今行く!」

 

岩沢が立ち上がる。

 

ひさ子たちも、それぞれ準備に戻ろうとした。

 

「じゃあ、長田。またあとで話聞かせてくれよ」

 

「はい。私でよければ」

 

ひさ子にそう答えてから、結花は巧を見た。

 

「乾さんも、ライブを楽しんでいってくださいね」

 

「……気が向いたらな」

 

「ふふっ。そう言うと思いました」

 

結花は小さく頭を下げ、持ち場へ戻っていった。

 

その後ろ姿を見送ってから、岩沢が巧に声をかける。

 

「お前、ちゃんと聴いていけよ」

 

「分かってる」

 

「ほんとか?」

 

「しつけぇな」

 

岩沢は笑い、ステージへ向かった。

 

巧はその背中を見送り、壁から身体を起こす。

 

生前の自分を知る人間から聞く、知らない自分の話。

 

妙な気分ではあった。

 

けれど――。

 

「……まあ、悪くねぇか」

 

誰にも聞こえないくらいの声で呟き、巧もまた、ステージの方へ視線を向けた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。