EP5-5
夜の体育館には、Girls Dead Monsterの演奏が響き渡っていた。
ステージ上ではユイが全身を使って歌い、観客席のSSSメンバーたちも大いに盛り上がっている。
「みんなー! まだまだ行くよー!!
次は新曲、Thousand Enemies!」
ユイの声に、歓声が上がった。
ギターの音が鳴り響き、ドラムのリズムが体育館を揺らす。
ライブは、まさに最高潮だった。
その熱気から少し離れた体育館の外。
乾巧は壁に背を預け、周囲を警戒していた。
「……まだ来ねぇのか」
腰のファイズギアに手を添え、校舎の方へ視線を向ける。
少し前、ゆりから話を聞かされていた。
天使が生徒会長の座を失ったこと。
そのせいで機嫌を損ねて、何か仕掛けてくる可能性があること。
そして、今日の作戦について。
SSSの食券が残り少なくなってきたため、ライブで盛り上がっている隙に食券を巻き上げる。
それが、いつもの作戦――オペレーション・トルネードだった。
「……食券のために、よくやるもんだな」
巧は呆れたように呟いた。
もっとも、ここでは食券が食事を手に入れるための大事なものらしい。
本人たちにとっては、冗談でも何でもないのだろう。
体育館から、ひときわ大きな歓声が響く。
「うおおおおお!!」
「ユイー!!」
どうやら、さらに盛り上がっているらしい。
「……楽しそうだな」
巧はそちらを一瞥してから、再び校舎へ目を向けた。
ライブが盛り上がっているのはいい。
だが、もし天使が本当に攻めてくるなら、こちらも備えておく必要がある。
アクセルフォームは、まだまともに制御できない。
あれを使えば、敵と戦うどころか、自分がどこへ突っ込むかも分からない。
だから今回は、いつものファイズで戦うつもりだった。
その時。
「……来たか」
校舎の向こうから、一人の少女が歩いてくるのが見えた。
白い制服。
綺麗な白い髪に整った顔立ち。
見間違えるはずもない。
天使だった。
巧は壁から背を離し、ゆっくりと立ち上がった。
天使は、いつものように無表情だった。
ただ、どこか様子がおかしい。
肩が落ちている。
歩く足取りも、普段よりずっと重そうだった。
「…………」
巧は黙って、その姿を見つめた。
生徒会長の座を失ったからなのか。
それとも、これから起きることを察しているのか。
理由は分からない。
だが、少なくとも今の天使からは、戦いを仕掛けてくるような雰囲気は感じられなかった。
それでも、警戒を解くわけにはいかない。
巧はファイズギアを手に取った。
そこへ、ゆりがやってくる。
「乾くん」
「……なんだ」
「お願い」
短い言葉だった。
巧は一度だけ頷いた。
「……ああ」
ファイズフォンを取り出し555と入力すると電子音声が鳴る。
初見の戦線メンバー達も目を輝かせながら見ている。
『Standing by』
そのまま腰のベルトに差し込み。
「変身」
『Complete』
赤い光が走り、巧の身体がファイズへと変わる。
天使が足を止めた。
巧は身構える。いつでも動けるように、意識を集中させた。
しかし――天使は何もしなかった。
ハンドソニックを出すこともなく、戦闘態勢を取ることもない。
ただ、ファイズの横を通り過ぎようとする。
「……は?」
巧が思わず声を漏らす。
天使はそのままライブをしている体育館とは別の方向に歩いていく。
「おい」
呼び止めても、天使は振り返らなかった。
向かっている先は、食堂だった。
「…………」
巧はしばらく、その背中を見送った。
ゆりも予想外だったのか、少しだけ目を見開いている。
「……どういうことだ?」
「さあ……」
ゆりも困惑した様子だった。
体育館から、再び大きな歓声が響く。
その瞬間だった。
校舎の方から、食券が一斉に舞い上がった。
「よっしゃあああ!!」
「食券ゲットォォォ!!」
SSSのメンバーたちが歓声を上げる。
オペレーション・トルネードは成功したらしい。
大量の食券が風に乗って舞い、メンバーたちが次々と回収していく。
その中に、一枚だけ。
天使の手元から離れた食券も混じっていた。
食券は風に流され、天使のすぐ横を通り過ぎていく。
天使は立ち止まった。
ゆっくりと、飛んでいく食券を目で追う。
しかし、手を伸ばすことはなかった。
ただ、少しだけ肩を落とした。
そして、再び食堂へ向かって歩き始めた。
さっきよりも、さらに足取りが重く見えた。
「…………」
巧は何も言えなかった。
さっきまで、天使が攻めてくるかもしれないと身構えていた。
変身までして、いつでも戦えるように準備していた。
だが、目の前にいる天使は、戦うどころか、食券を失って落ち込んでいるようにしか見えなかった。
「……おい」
巧が小さく声をかける。
天使は振り返らない。
白い制服の背中が、少しずつ遠ざかっていく。
その姿は、妙に寂しげだった。
「…………」
巧は、しばらくその背中を見つめていた。
敵だと思っていた相手だ。
実際、これまで何度もSSSと対立してきた。
だからこそ、警戒していた。
だが今は――。
「……なんだ、アイツ」
思わず、そんな言葉が漏れた。
呆れたような声だった。
けれど、その目はまだ天使の背中を追っていた。
ゆりが、そっと巧の横に並ぶ。
「……どうする?」
「どうするも何も……」
巧は変身したまま、ため息をついた。
「戦う気がねぇなら、こっちだって戦いようがねぇだろ」
そう言ってから、天使が消えていった食堂の方をもう一度見る。
「……食券まで取られて、あんな顔してよ」
小さく呟く。
「……ちょっと、可哀想だろ」
ゆりは何も答えなかった。
体育館からは、まだユイの歌声と歓声が響いている。
SSSにとっては、作戦成功の夜。
けれど、その喧騒から離れた場所で、天使は一人、食堂へ向かっていた。
巧はしばらくその背中を思い返していたが、やがて変身を解除した。
「……ったく。何しに来たんだ、俺は」
誰に言うでもなく呟き、ファイズギアを腰へ戻す。
天使が何を考えているのか。
今の巧には、まだ分からない。
ただ一つ分かったのは――。
あの背中は、戦いを挑んでくる敵のものには見えなかった。
ライブが終わった後も、食堂は賑わっていた。
オペレーション・トルネードで食券を手に入れたSSSのメンバーたちが、思い思いに食事を楽しんでいる。
巧も岩沢と一緒に食堂へやってきていた。
「……結局、天使はどうなったんだ?」
体育館で外の様子を遠目に見ていた岩沢が、先ほどの天使の様子を思い返すように呟く。
「知るかよ。俺が聞きてぇくらいだ」
「まあ、そりゃそうか」
岩沢は苦笑した。
その時、音無が拾った食券を見ていた。
「コレ天使のだよな?」
券面を確認すると、音無は食堂のカウンターへ向かう。
「麻婆豆腐か……コレが好きだったのか?」
受け取った料理を持って席へ戻ると、音無はさっそく一口食べた。
「……っ!?」
次の瞬間、音無の動きが止まる。
「……辛っ!!」
口の中に広がる強烈な辛さに、音無は慌てて水を探した。
その様子を、近くの席に座った巧が横目で見る。
音無の前に置かれた麻婆豆腐は、料理というより赤い何かに見えた。
「……なんか、麻婆豆腐というにはだいぶ赤いな……」
巧がぼそりと呟く。
隣に座ろうとしていた岩沢も、料理を見て足を止めた。
「辛いのが嫌いってわけじゃないけど……なんか喉に悪そうな匂いするから、ちょっと離れとくわ」
「匂いで判断すんのかよ」
「いや、これは判断するだろ……」
岩沢は音無の方を見た。
音無はまだ水を飲んでいる。
「……大丈夫か、あいつ」
「さあな……」
巧は呆れたように答えた。
ようやく落ち着いた音無は、改めて麻婆豆腐に目を向ける。
「……いや、でも」
もう一口、ご飯と一緒に食べてみる。
辛さは相変わらず強烈だったが、ご飯と一緒に食べると少し和らぎ、不思議と箸が進んだ。
「……これ、米と一緒に食うと癖になるな」
音無は少し驚いたように呟いた。
「辛いけど、うまい……」
その言葉を聞いた巧が、思わず音無を見る。
「……お前、よくそんな赤いもん食えるな」
「いや、辛いんだけどさ。ご飯と一緒だと結構いけるぞ」
「俺は遠慮しとく」
巧は即答した。
「私も」
岩沢もすかさず同意する。
「お前ら、食わず嫌いじゃないのか?」
「見ろよ、その色」
巧が麻婆豆腐を指差す。
「……食い物の色じゃねぇだろ。まるで地獄じゃねぇか」
「いや、麻婆豆腐だって!」
音無はそう言いながら、再びご飯と一緒に口へ運んだ。
その様子を見て、岩沢が小さく笑う。
「……気に入ったみたいだな」
「らしいな」
巧は、音無の前に置かれた赤い麻婆豆腐をもう一度見た。
「……俺は絶対食わねぇぞ、こんなもん」
岩沢が頷く。
「同感」
二人は顔を見合わせ、そろって視線を逸らした。
「お前ら、こんな時まで仲良いな」
音無が呆れたように言った。
「うるせぇ」
巧は即座に返す。
「ふふ」
岩沢は楽しそうに笑った。
その一方で、音無は辛さに顔をしかめながらも、匙を止めることなく麻婆豆腐を食べ続けていた。