第6話・続き「反省室からの脱出」
どれくらいの時間が経ったのだろう。
音無は、壁にもたれたまま、ゆっくりと目を開けた。
「……ん……」
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「……あれ?」
周囲を見回す。
かなでは相変わらず部屋の隅で眠っており、巧とひさ子も壁にもたれたままだった。
「……おい、お前ら」
音無は二人に声をかけた。
「起きろって」
「……んだよ……」
巧が面倒くさそうに目を開けた。
「……俺は夢の中で世界救ってたんだから、起こそうとすんな」
「夢は救わんでいいから早く起きろ」
「……うるせぇな」
巧はそう言うと、再び目を閉じようとした。
「いや、寝るな!!」
音無が慌てて声を上げる。
「……ったく。人が世界の平和を守ってる最中に……」
「夢の中の話だろうが!」
「夢でも忙しいんだよ、こっちは」
「知らねぇよ!!」
隣で聞いていたひさ子が、呆れたようにため息をついた。
「……アタシ、こいつと一緒に閉じ込められてるのか……」
「今さら気づいたのかよ」
「お前が言うな!!」
ひさ子のツッコミが、静かな反省室に響いた。
音無は深く息を吐くと、改めて周囲を見回した。
「……で、結局、誰も来なかったのか?」
「ああ。少なくとも、俺が起きてからはな」
ひさ子が答える。
「そっか……」
音無は立ち上がり、改めて扉へと近づいた。
取っ手を掴み、引いてみる。
……開かない。
押してみる。
やはり、開かない。
「……駄目だな」
「そりゃ、閉じ込めるための部屋なんだからな」
巧が呆れたように言った。
「分かってるよ!」
「なら、いちいち確認するなよ」
「お前は黙ってろ!」
音無が振り返って怒鳴る。
その声に反応したのか、部屋の隅から声がした。
「……何をしているの?」
「お、起きたのか、立華」
音無が振り返る。
かなではゆっくりと立ち上がり、三人の方へ歩いてきた。
「扉が開かないんだよ。どうにかして出られないかと思ってな」
「……そう」
かなでは扉を見つめた。
それから、右手を軽く持ち上げる。
次の瞬間、手の先に刃が現れた。
「……おいおい」
巧が眉をひそめる
かなでは扉へ近づき、刃を向けた。
金属同士がぶつかるような音が響く。
しかし、扉はびくともしなかった。
「……駄目ね」
「いや、試したんじゃねぇか!」
巧が思わず突っ込む。
「だから言っただろ。無理だって」
「お前、絶対に試す前から諦めてただろ!」
「結果は同じよ」
「そういう問題じゃねぇ!」
ひさ子は二人のやり取りを聞きながら、苦笑した。
「……お前ら、よくこんな状況で元気だな」
「誰のせいだと思ってんだ!」
音無が声を上げる。
「いや、アタシは尾行に付き合っただけだろ!」
「付き合った時点で同罪だろうが!」
「ぐっ……!」
ひさ子が言葉に詰まった、そのとき。
「……少し、試してみるわ」
かなでが再び右手を持ち上げた。
今度は先ほどとは違う形状の刃が現れる。
「……形が変わった?」
音無が目を丸くした。
「ええ」
かなでは淡々と答えた。
そのまま、いくつかの形状を試していく。
刃の長さや形が変わるたび、巧は興味深そうにそれを眺めていた。
「……へぇ。そんなこともできんのか」
「……何だよ。興味あんのか?」
ひさ子が横から尋ねる。
「別に。武器の仕組みが気になっただけだ」
「ふーん?」
「何だよ、その顔」
「いや、乾にもそういうところあるんだなって」
「どういう意味だ、コラ」
二人が小声で言い合っている間にも、かなでは扉を調べ続けていた。
しかし、どの形状でも扉を開けることはできない。
やがて、かなでは手を下ろした。
「……駄目ね」
「結局、駄目なのかよ……」
音無は額に手を当てた。
「……何か、他に方法はないのか?」
誰にともなく呟く。
巧は腕を組み、扉を見つめた。
「……ぶっ壊せばいいんじゃねぇの?」
「だから、それができないから困ってんだろ!」
「俺はできるかもしれねぇって言っただけだ」
「じゃあ、やってみろよ!」
「……面倒くせぇ」
「お前なぁ!!」
音無の声が部屋に響いた。
ひさ子はとうとう吹き出した。
「あははっ! お前ら、ほんと息ぴったりだな!」
「どこがだよ!」
音無と巧の声が重なる。
「……ほらな?」
「何がほらな、だ!」
ひさ子は腹を抱えて笑った。
その様子を見ていたかなでは、少しだけ首を傾げた。
「……仲がいいのね」
「「よくねぇ!!」」
またしても声が重なった。
「……そう」
かなでは特に気にした様子もなく、扉へ視線を戻した。
音無は深く息を吐いた。
「……駄目だ。これじゃ、いつまで経っても出られない」
改めて扉を見つめる。
普通の鍵なら、こじ開けることもできるかもしれない。
だが、この扉はそう簡単にはいかないらしい。
力ずくで壊すのも難しい。
ならば――。
「……待てよ」
音無は、かなでの右手に目を向けた。
先ほどまで、彼女はいくつもの形状の刃を作り出していた。
それぞれ違う形。
違う長さ。
違う用途。
「……なあ、立華」
「何?」
「そのハンドソニックって、形を変えられるんだよな?」
「ええ」
「……だったらさ」
音無は扉を見つめたまま、考えを巡らせた。
「二つの形を、同時に使うことはできないのか?」
かなでは少しだけ考えた。
「……試したことはないわ」
「なら、試してみよう」
音無は扉を指さした。
「今までの形を組み合わせれば、何かできるかもしれない」
「……なるほど」
かなでは小さく頷いた。
巧は二人のやり取りを聞きながら、口元を歪めた。
「……へぇ。ようやくまともな案が出たじゃねぇか」
「お前は何も考えてなかっただろ!」
「俺は扉を壊せるかもしれねぇって言っただろうが」
「だから、それは案じゃなくて力任せだろ!」
「壊せりゃ同じだろ」
「同じじゃねぇ!」
ひさ子は再び笑い出した。
「……もういいから、お前ら。とっとと脱出してくれよ」
かなでは二人を一瞥してから、再び扉へ向き直った。
右手を持ち上げる。
そして、音無の提案を試すため、集中し始めた。
音無は固唾を呑んで見守る。
巧とひさ子も、今度ばかりは口を閉じた。
果たして、この部屋から脱出することはできるのか。
四人の視線が、かなでの右手へと集まった。
かなでは静かに目を閉じ、右手に意識を集中させた。
「……ハンドソニック・バージョン2」
右手の刃が細く鋭い形状へと変化する。
かなでは扉の隙間に刃先を差し込んだ。
「……これで、どうするんだ?」
巧が腕を組みながら尋ねる。
「……広げるのよ」
「ハンドソニック・バージョン3」
刃の形状が変わり、扉の隙間を押し広げていく。
ギギギギ……!
金属が擦れる嫌な音が反省室に響いた。
扉がわずかに歪み、隙間が広がっていく。
「おお、いけるんじゃねぇか?」
巧が身を乗り出す。
「……まだよ」
かなでは右手を構え直した。
「ハンドソニック・バージョン4」
刃が大きな花のような形状へと変化する。
かなでは扉へ向き直り、刃を押し当てた。
メリメリメリ……!
バキバキッ!!
「うおっ!?」
音無が思わず身を引く。
かなではさらに力を込めた。
メリメリ……バキッ!
ボコンッ!!
ついに扉が大きく歪み、蝶番が外れた。
重い扉が床へ倒れ込む。
ドォンッ!!
「…………」
四人は、しばらく倒れた扉を見つめていた。
「……最初からそれやれよ」
巧が呟く。
「最初からできるとは限らないでしょう」
かなでは淡々と答えた。
「……まあ、そりゃそうだけどよ」
「何だよ、ちょっと残念そうだな」
音無が呆れたように言う。
「別に。ただ、もっと早く出られたんじゃねぇかと思っただけだ」
「それを言うな!!」
ひさ子は苦笑しながら、壊れた扉を見下ろした。
「……これ、あとで怒られるんじゃねぇの?」
「怒ってんのは閉じ込められたコッチだ」
かなでは何事もなかったかのように、壊れた扉をまたいだ。
音無も続いて部屋を出る。
巧とひさ子も、その後に続いた。
四人は廊下を進み、階段を下りていった。
授業中ということもあり、校舎内は静かだった。
「……そういえば、俺たちが閉じ込められてから、どれくらい経ったんだ?」
音無が尋ねる。
「知らねぇよ」
巧が即答した。
「お前に聞いてねぇ!」
「なら、聞こえるように言うな」
「会話ってそういうもんだろうが!」
「……うるせぇな」
「お前が言うな!!」
ひさ子は二人の後ろで、呆れたように肩をすくめた。
「……せっかく脱出したのに、また始まったよ」
「いつものことよ」
かなでが淡々と答える。
「天使も納得すんなよ……」
ひさ子がため息をついた、そのときだった。
校舎の外から、騒がしい声が聞こえてきた。
「……ん?」
音無が足を止める。
怒鳴り声や人のざわめきが、遠くから響いている。
「……何だ、今の?」
巧の表情が変わった。
かなでも声のした方へ視線を向ける。
「……グラウンドの方ね」
「行ってみよう」
音無はすぐに歩き出した。
外は曇りで覆われ暗くなり雨が降っていた。
四人は校舎の出口から外へ出ると、建物の脇を抜け、声のする方へ向かった。
やがて、グラウンドが見えてきた。
そこで四人が目にしたのは、地面に倒れたSSSのメンバーたちだった。
「……っ!」
音無が息を呑む。
日向も、野田も、松下も。
ほかのメンバーたちも、次々と地面に倒れている。
「……おい、何があったんだよ……」
ひさ子が駆け寄り、仲間たちの様子を確かめる。
そのときだった。
巧の視線が、一人の少女の姿を捉えた。
「…………岩沢?」
地面に倒れている岩沢。
いつもなら、何かあれば真っ先に声を上げそうな彼女が、今は目を閉じたまま動かない。
「……おい」
巧は駆け寄り、岩沢のそばに膝をついた。
「岩沢。おい、岩沢!」
肩に手を添えて呼びかける。
返事はない。
「……何があったんだよ」
巧の声が低くなる。
岩沢の様子を確かめた巧は、ゆっくりと顔を上げた。
少し離れた場所に、直井が立っていた。
その周囲には、彼の指示に従う生徒たちの姿もある。
「……テメェか」
巧は立ち上がった。
怒りを押し殺すように拳を握る。
「……乾?」
音無が声をかけたが、巧は答えなかった。
腰に手を伸ばし、ファイズフォンを取り出す。
「……変身」
ファイズフォンを操作し、腰のファイズドライバーへ装着する。
『Complete』
電子音とともに、赤い光が走った。
装甲が巧の身体を覆い、仮面ライダーファイズがその場に立つ。
「……なっ!?」
音無が驚きの声を漏らす。
ひさ子も、一瞬言葉を失った。
だが、ファイズは二人を振り返らなかった。
その視線は、ただ一人――直井へと向けられていた。
ファイズは地面を蹴り、一気に直井へと迫る。
「なっ……!?」
直井が反応するよりも早く、ファイズの手がその胸ぐらをつかんだ。
「テメェ、何してやがった!?」
低く響く声。
ファイズの黄色い複眼が、直井を真正面から捉えていた。
「こいつらに何をした! 答えろ!!」
直井は胸ぐらをつかまれたまま、ファイズを見上げた。
驚きはあった。
だが、それ以上に彼の中にあったのは、目の前の存在に対する警戒だった。
「……なるほど。あなたが、あの仮面の戦士ですか」
直井は、ファイズの腕を見た。
人間離れした力。
そして、目の前に立つ異様な姿。
ただの生徒ではないことは明らかだった。
「……だが」
直井は顔を上げ、ファイズの複眼を見据えた。
「私にそのような態度を取るとは、随分と身の程知らずな方ですね」
「……あ?」
「あなたは、少々厄介な存在のようです」
直井の声が、わずかに低くなる。
「ならば、あなたにも思い出していただきましょう。忘れたい記憶を――」
「……何を言ってやがる?」
ファイズが問い返した、その瞬間。
直井とファイズの視線が交差した。
巧の意識が、ぐらりと揺らぐ。
「……っ、テメェ……!」
直井の催眠が、巧の意識へと入り込んでいく。
胸ぐらをつかんでいた手から、少しずつ力が抜けた。
「……乾!?」
音無が叫ぶ。
ファイズは何とか踏みとどまろうとした。
だが、身体の自由が徐々に失われていく。
「……くそ……っ!」
最後まで直井を睨みつけていたファイズの膝が、がくりと崩れた。
そして、巧はその場に倒れた。
「乾!!」
音無の叫びが、グラウンドに響いた。
――暗闇。
何も見えない。
何も聞こえない。
それなのに、意識の奥底で何かが引っかかっていた。
やがて、暗闇の中にぼんやりと光景が浮かび上がる。
夜。
街灯の明かりが届かない道沿いに、一軒の洋館が建っていた。
窓からは明かりが漏れている。
建物の中では、何人もの人間が集まっていた。
久しぶりに顔を合わせた者たちが、穏やかな時間を過ごしている。
とある日の出来事だった。
しかし、その光景は唐突に途切れた。
次の瞬間、視界に映ったのは、荒れた洋館の一室だった。
床に倒れている人々。
散乱した家具。
倒れた椅子。
そして、動かない身体。
(……何だよ、これ……)
視界の端に、灰色の異形が映った。
鋭い爪を備えた手。
それは、人間の手ではなかった。
白い異形の手だった。
そして、その手は――血に染まっていた。
(…………)
異形の手が、床に倒れている人間へと伸びる。
その人物が生きているのかどうかも分からない。
ただ、目の前に広がる光景だけが、妙にはっきりと見えていた。
(……俺が、殺したのか……?)
答えはない。
何が起きたのかも分からない。
それでも、血に染まった手と倒れた人々の姿が、頭から離れなかった。
やがて、目の前の光景がゆっくりと崩れていく。
暗闇が広がり、意識が沈んでいく。
そして――。
「……んっ」
巧はゆっくりと目を開けた。
見慣れない天井。
鼻をつく消毒液の匂い。
「……保健室か」
小さく呟き、身体を起こす。
「……ようやく起きたか」
聞き覚えのある声に顔を向けると、ベッドのそばに岩沢が座っていた。
「……岩沢?」
「おう。気分はどうだ?」
「別に、何ともねぇよ。……ったく、あの野郎」
巧は頭を軽く振り、苛立たしげに呟いた。
「人をいきなり眠らせやがって。次に会ったら、ただじゃおかねぇ」
「ははっ、元気そうで何よりだな」
「うるせぇ」
いつも通りのやり取り。
岩沢も、そんな巧を見て少し安心したように笑った。
「……でも、ありがとな」
「……あ?」
「聞いたぞ。あたしが倒れてるのを見て、すげぇ怒ってたんだって?」
「……別に。目の前であんなことされたら、誰だって怒るだろ」
「へえ? 誰だって、ねぇ?」
「何だよ、その顔は」
「いや、別に?」
岩沢が楽しそうに笑う。
巧も何か言い返そうと口を開いた。
「……だから、俺は――」
その瞬間。
脳裏に、先ほど見た光景がよみがえった。
床に倒れた人々。
血に染まった自分の化け物化した手。
……俺が、殺したのか……?
「……っ!」
巧は岩沢から距離を取った。
ベッドのそばにいた彼女から、逃れるように。
そして、自分の手を見つめた。
そこにあるのは、人間の手。
血など、どこにもついていない。
それでも、先ほどの光景が頭から離れなかった。
「おい、乾。どうしたんだよ?」
岩沢は、いつになく心配そうな顔で巧に問いかけた。
「……俺は、生前……」
巧は、絞り出すように声を発した。
「……化け物で……人を大勢、殺したかもしれない」
「……は?」
岩沢は思わず目を見開いた。
「化け物って、お前、何を……」
何を言っているのか分からない。
けれど、巧の顔は冗談を言っているようには見えなかった。
「……とりあえず、落ち着けって」
岩沢は巧を安心させようと、ゆっくりと近づこうとした。
「やめろ……近づくな!」
突然の怒声に、岩沢の肩がびくっと跳ねた。
足が止まる。
「…………」
巧は、はっとしたように岩沢を見た。
彼女の表情を目にした瞬間、申し訳なさそうに顔を伏せる。
……違う。
岩沢に怒鳴りたかったわけじゃない。
ただ、怖かった。
自分が何者なのか。
自分が、本当に取り返しのつかないことをしていたのか。
巧は視線をそらし、ベッドから降りた。
「……乾?」
岩沢が戸惑ったように呼びかける。
巧は答えず、荷物を手に取ると、保健室を出る準備を始めた。
「……すまん、俺は……」
保健室を出た巧は、あてもなく廊下を歩いていた。
「…………」
岩沢に、あんな声を出してしまった。
そのことが頭の片隅に引っかかっていたが、今はそれ以上に気になることがあった。
――自分は、本当に化け物なのか。
頭に浮かんだ光景。
倒れている人々と、血に染まった白い異形の手。
あれが何を意味しているのか、巧には分からなかった。
ただ、あの光景が自分の記憶だとしたら。
「……っ」
巧は足を止め、自分の手を見下ろした。
何の変哲もない人間の手。
それなのに、脳裏にはあの異形の手が焼きついている。
「……くそっ!」
巧は壁を殴った。
鈍い音が響き、拳に痛みが走る。
それでも、構わず拳を下ろした。
「……なんなんだよ、俺は」
呟いても、答えは返ってこない。
巧はしばらく壁を睨んでいたが、やがて力なく腕を下ろした。
そのまま校舎を出る。
外では、雨が降っていた。
傘を取りに戻る気にもなれず、巧は濡れるまま歩き続けた。
雨音が耳に入る。
それでも、頭の中からあの光景が消えることはなかった。
……俺が、やったのか?
確かめる術はない。
本当に自分が人を殺したのか、それとも何かの勘違いなのか。
今の巧には、判断できなかった。
それでも、もし本当だったら。
もし自分が、知らないうちに大勢の人間を殺していたのだとしたら。
「…………」
巧は校舎の外階段に腰を下ろした。
雨に濡れた手を、じっと見つめる。
何度見ても、そこに血はついていない。
それでも、あの光景が消えることはなかった。
「……っ、くそ……!」
巧は頭を抱えた。
何度考えても、答えは出ない。
自分が何者なのかも分からない。
何をすればいいのかも分からない。
ただ、じっとしていることすらできなかった。
やがて、巧は立ち上がった。
再び雨の中を歩き出す。
行くあてもなく、考えもまとまらないまま。
そうして歩いていた時だった。
少し先に、人影が見えた。
雨の中に立つ見覚えのある端正な顔立ちの少女。
腰には、短刀と小太刀が帯刀されていた。
「……椎名?」
呼びかけると、少女はこちらを振り向いた。
「……乾か」
椎名は静かに巧を見つめていた。
巧はしばらくその姿を眺めていた。