熱々の鍋焼きうどんと格闘して、ようやく食事を終えた巧は、岩沢とひさ子に先導される形で廊下を歩いていた。
「ったく、1回の食事に時間かけすぎだ」
ひさ子は呆れたように前を歩く。
「仕方ないだろ、流石に熱すぎだ」
巧が不満げに返す。
視界の先には、青髪の青年と、岩沢とひさ子も見覚えのない青年が歩いている。
「もう一人の方は見ない顔だな……もしかしてアイツも新入りか?」
窓の外には森だけが広がっている。校舎のはずなのに、どこか現実感が薄い。
巧は周囲を見回しながら小さく呟く。
「……学校って感じはするのに、中身が妙だな」
「まあ、死後の世界だからな」
岩沢が慣れたように言う。
少し歩いたところで、巧が前を行く二人に視線を向けた。
「で、どこに連れてく気だ?」
ひさ子が振り返らずに答える。
「説明は後。まずは話す場所だ」
先を歩いていた二人が、ある部屋の前で立ち止まり、そのまま中へ入っていく。
岩沢が淡々と続ける。
「やっぱアイツらも拠点に向かってたんだな」
巧は眉をひそめる。
「拠点?」
「校長室だよ」
ひさ子が答える。
その単語に、巧の足が一瞬だけ止まった。
「校長室?」
ひさ子が肩越しに笑う。
「正確には“だった場所”だな」
岩沢は短く続ける。
「今はオペレーションルーム」
巧は視線を上げる。
「なんでそんなとこ使ってんだよ」
ひさ子が軽く肩をすくめた。
「元は生徒会の管理下だった部屋を、必要だからってゆりっぺが我儘言うからそのまま奪ったんだよ」
岩沢は淡々と補足する。
「使えるから使う。それだけ」
巧は少し黙る。
(奪った、か)
理屈ではなく、意思で塗り替えられた空間という感じがした。
岩沢が前を指す。
「ほら、ここだ」
ひさ子が扉の前で止まり、軽く振り返る。
「入るぞ」
扉が開く。中にはすでに数人いた。
校長の机の前には、食堂で見かけた少女――ゆりが立っている。
その後ろには、本来校長が座るはずだった椅子が置かれていた。
その少し横には、先程見えたもう一人の青年が静かに立っている。まだ状況を完全には飲み込めていないようだった。
壁際には、さっき自分達の前に部屋へ入っていった二人組の片方――青髪の青年が、壁にもたれて腕を組んでいる。
さらに部屋の奥には、改良されたくノ一のような制服姿の静かに立つ少女。
整った姿だが、どこかくノ一のような張り詰めた空気をまとっていた。
(……本当に乗っ取ってんだな)
ひさ子は慣れた様子で部屋のソファへ腰を下ろす。
「ふぅ、やっと着いた」
岩沢も近くの椅子へ座り、壁に立てかけてあったギターを何気なく手に取った。
軽く弦を鳴らす音が、静かな部屋に小さく響く。
(……自由な連中だな)
巧がそんなことを考えていると、ゆりは机から離れ、そのまま二人の前まで歩いてくる。
「来たわね」
ひさ子が軽く顎をしゃくる。
「連れてきたぞ、新入り」
壁際の青髪の青年が軽く手を上げる。
「コッチも、新入り連れてきた」
ゆりが二人へ視線を向ける。
「名前は?」
「乾巧」
巧は短く答える。
少し遅れて、もう一人の青年も口を開く。
「……音無」
青髪の青年が続ける。
「日向だ」
ゆりは一度だけ頷き、それから淡々と説明へ移った。
ゆりは一瞬巧を睨む。
「アナタ、鍋焼きうどん一つに時間かけすぎよ!」
巧はバツが悪そうに顔を逸らした。
「うるせぇなあ、どいつもこいつも」
「まあ、いいわ……ここは死後の世界」
その言葉に、音無がわずかに目を細める。巧は眉をひそめたままだ。
「生徒会長――天使がルールを管理している」
その瞬間、部屋の奥に立っていた少女がわずかに目を細める。
「……浅はかなり」
それだけ言って沈黙する。
「私たちはそれに抗う組織」
ゆりは軽く手で室内を示す。
「このメンバーが戦線よ」
「さっき乾くんを連れてきたのが岩沢さん。バンドのボーカル」
岩沢はギターを軽く鳴らしながら、音無へ視線を向ける。
「よろしくな」
「こっちがひさ子さん。ギター」
ひさ子もソファに座ったまま小さく手を上げた。
「まぁ適当によろしく」
「音無くんを案内してたのが日向くん」
日向は軽く親指を立てる。
「よろしくな、新入り達」
「で、奥で浅はかなり……って言ってたのが椎名さん」
部屋の奥に立っていた少女が、わずかに目を細める。
「……浅はかなり」
音無が思わず眉をひそめた。
「それしか言わないのか?」
「……浅はかなり」
返ってきた言葉は同じだった。
巧はそのやり取りを見ながら、わずかにイラついたような表情になる。
一通り紹介が終わったところで、ゆりは視線を巧へ向ける。
「それと乾くん」
巧が反応する。
「……なんだよ」
ゆりは淡々と続けた。
「天使の攻撃を“変なケースで防いだ”件は報告を受けてるわ」
部屋の空気が一瞬だけ動く。
ひさ子が小さく吹き出す。
「変なケースって言い方雑すぎだろ」
巧が即座に返す。
「変な言うな」
ゆりは気にせず続ける。
「戦線に入るかどうかは自由。だけどアナタは出来れば入って欲しいわね」
巧は眉をひそめる。
「……なんでだよ」
「少なくとも、天使の攻撃を防げる時点で普通じゃないもの」
ゆりの視線が、巧の持つケースへ向く。
「まあ、二人とも来たばっかで混乱してるだろうから今は保留にするわ。詳しい話は後で聞く」
巧は短く答える。
「……ああ」
ゆりは締めるように言う。
「今日はここまで。後は自由に動いて」
ひさ子が軽く笑う。
「じゃあ新入り二人セットって扱いでいいな」
巧が即座に返す。
「雑すぎだろ」
日向が音無に笑いかける。
「まぁ、よろしくな」
音無は小さく頷いた。
ゆりは短く締める。
「解散」
扉が開き、外へ空気が流れる。
巧と音無は廊下へ出る。
同じ場所から出たはずなのに、一歩外へ出るだけで世界が少し軽くなった気がした。
しばらく無言のまま歩いていたが、やがて音無がぽつりと口を開く。
「なぁ」
巧が横目だけ向ける。
「なんだよ」
音無は少し言いづらそうに視線を逸らした。
「お前も新入りって事は……死ぬ前の記憶とか、あるんだよな?」
廊下を歩く音だけが静かに響く。
巧はすぐには答えなかった。
それから小さく息を吐く。
「……ない」
音無がわずかに目を見開いた。
「お前もか」
巧は前を向いたまま続ける。
「気づいたら、ここにいた」
音無はどこか安心したように、小さく肩の力を抜く。
「俺だけじゃなかったんだな……」
廊下の先、自販機の光が静かに点いていた。