乾巧は死後の世界で目を覚ます。   作:小虎555

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EP2-2

2-2

 

 

野田を失った一行は、そのまま通路の奥へ進んでいた。

誰も、さっきの事には触れない。

どうせ後で復活する。

それは全員分かっている。だが、目の前で巨大な鉄塊に潰される瞬間を見せられた直後では、軽口を叩く気にもなれなかった。

湿ったコンクリートの匂いが鼻につく。

靴音だけがやけに大きく反響し、その音が逆に周囲の静けさを強調していた。

通路の先は暗い。

どこまで進んでも同じ景色が続いている。

 

(武器庫ってより処刑場だろ、ここ……)

巧は前を見たまま、小さく眉をひそめた。

先頭を歩くゆりも普段より口数が少ない。後ろの日向や音無も無駄話をせず、ガルデモのメンバー達も周囲を警戒しながら進んでいた。

誰もが、次の罠を意識している。

それほどまでに、このギルドという場所は悪意に満ちていた。

そんな中、どこからか低い音が聞こえ始める。

 

ゴロ……

 

最初は誰も気に留めなかった。

地下施設なら機械音くらい鳴るだろう。

だが音は消えない。

むしろ少しずつ大きくなり、足元へ微かな振動まで伝わってくる。

 

ゴロゴロゴロ……

その瞬間、ゆりが足を止めた。

表情が変わる。

 

「後ろ!!」

鋭い声が通路へ響いた。

全員が反射的に振り返る。

暗闇の向こう。

そこから現れたのは、巨大な大岩だった。

人の背丈を遥かに超える岩石が、通路を埋め尽くす勢いで転がってくる。壁を削り、床を震わせながら迫る姿は、もはや罠というより災害だった。

 

「走れ!!」

日向の叫びと同時に、全員が前へ飛び出す。

誰も振り返らない。

立ち止まれば死ぬ。

それだけは全員理解していた。

轟音が背後から迫る。

空気そのものが震えていた。

巧も走りながら周囲を見ていた。

逃げ道を探しているわけじゃない。

この通路じゃ逃げ切れない。

必要なのは別の生き残り方だった。

その時だった。

視界の端で、岩沢の動きが止まる。

床の僅かな段差。

足を取られ、体勢が崩れる。

ほんの一瞬。

だが致命的だった。

大岩はもう近い。

岩沢の顔から血の気が引く。

巧は考えるより先に動いていた。

壁際を見る。

大岩と壁の間に、僅かな隙間。

立ったままじゃ無理だ。

だが伏せれば、可能性はある。

 

巧は岩沢の腕を掴んだ。

「っ!?」

そのまま強引に引き寄せる。

二人まとめて床へ倒れ込んだ。

直後。

巨大な大岩が真横を通過する。

轟音。

耳が潰れそうになる。

岩とコンクリートが擦れる音。風圧だけで髪が激しく揺れる。

ほんの数センチ上を、死が通り過ぎていった。

やがて轟音が遠ざかり、通路へ静寂が戻る。

岩沢はしばらく動けなかった。

呼吸が浅い。

耳鳴りがする。

 

「……おいっ!」

低い声。

顔を上げると、巧が立っていた。

「生きてるか?」

 

「……っ、あぁ」

巧はそれだけ確認すると、何事もなかったみたいに前を向く。

その背中を見ながら、岩沢はようやく自分が助かった事を理解した。

視線を動かす。

そして違和感に気付く。

人数が減っていた。

さっきまで後ろにいたガルデモのメンバーがいない。

入江も関根も見当たらない。

他にも、何人か消えている。

大岩に巻き込まれたのだろう。

岩沢は無意識に拳を握った。

自分も、本来ならあっち側だった。

「……ありがと」

 

ようやく出た声に、巧は振り返りもしない。

「たまたまだ」

その言葉を、岩沢は信じなかった。

巨大な大岩の罠を抜けた後も、一行の足取りは重かった。

復活する。

それは知っている。

だが、だからといって何も感じなくなるわけじゃない。

ついさっきまで隣を走っていた仲間が消え、自分達だけが先へ進んでいる。

その事実は、地下通路の湿った空気より重く、一行へ圧し掛かっていた。

通路には靴音だけが響いている。

普段なら騒がしい戦線メンバーも、今は誰も無駄口を叩かなかった。

そんな中、岩沢は黙ったまま歩いていた。

頭の中では、さっきの光景が何度も繰り返されている。

迫ってくる大岩。消えていく仲間。

自分もあと少し遅れていれば、確実に死んでいたという事実。

気付けば呼吸が少し浅い。

ふと視線を落とす。

指先が小さく震えていた。

無意識だった。

慌てて拳を握り締める。

だが、一度気付いてしまえば誤魔化せない。

怖かった。

何度見ても。

何度死を見ても。

怖いものは怖い。

 

「おい、岩沢」

不意に隣から声が飛ぶ。

 

顔を上げると、巧がこちらを見ていた。

「ん?」

 

「大丈夫か?」

短い言葉。

 

岩沢は一瞬だけ首を傾げる。

だが、巧の視線が自分の手元へ向いている事に気付き、慌てて拳を握り直した。

「……別に」

反射的にそう返す。

 

だが巧は即座に返した。

「別にじゃねぇだろ…手、震えてるぞ」

 

図星だった。

言葉が詰まる。

しばらく黙り込んだあと、岩沢は小さく息を吐いた。

「……情けないよな」

苦笑混じりだった。

「何回も見てるはずなんだけどさ」

そう言いながら、自分の手を見る。

震えはまだ止まり切っていない。

「やっぱ怖いもんは怖い」

静かな声が落ちる。

 

巧は少しだけ黙った。

だが、気の利いた慰めを言う男じゃない。

「普通だろ」

返ってきたのはそれだけだった。

 

岩沢が顔を上げる。

「え?」

 

「怖くねぇ方が変だ」

ぶっきらぼうな声。

 

でも馬鹿にしている感じはしない。

ただ、当たり前の事を言っているだけだった。

岩沢は思わず小さく笑った。

「なんだよそれ」

 

「事実だろ」

相変わらず愛想がない。

それでも、胸の奥に張り付いていた重さが少しだけ軽くなった気がした。

 

そんな二人の様子を見ていた日向が、前を歩きながら振り返る。

「お前らいつからそんな話す仲になったんだ?」

いつものニヤニヤした顔。

 

「うるせぇ」

巧が即答する。

 

「別にそんなんじゃない」

岩沢も同時に返した。

 

「ほら見ろ、息ぴったりじゃねぇか」

 

「日向、今はそういう空気じゃないだろ……」

高松が呆れたようにため息を吐く。

 

「だから重ぇんだって!」

そんなやり取りを交わしながら、一行はさらに奥へ進んでいく。

 

やがて、今までとは明らかに雰囲気の違う広い空間へ辿り着いた。

天井が高い。

横幅も広い。

向こう側には出口らしき扉まで見えている。

だが、ここまでギルドを進んできた誰も、その光景を素直に信用しなかった。

何もない。

だからこそ怪しい。

全員が自然と足を緩める。

そんな中、一人だけ堂々と部屋の中央へ歩いていく男がいた。

松下五段だった。

腕を組み、自信満々に周囲を見回す。

「ふむ――」

 

その瞬間、日向が頭を抱えた。

「嫌な予感しかしねぇ……」

 

高松も何かを察したように目を閉じる。

音無は苦笑し、ゆりは警戒を解いていない。

だが当の松下五段だけが、周囲の空気に気付いていなかった。

 

その時。

壁の一部が赤く光る。

ゆりの目が鋭く細まった。

「伏せなさい!!」

 

叫びと同時に、一筋の赤い光が部屋を横切る。

全員が反射的に床へ飛び込んだ。

頭上をレーザーが通過する。

反対側の壁へ到達すると、そのまま消えた。

静寂。

誰も被弾していない。

日向が恐る恐る顔を上げる。

「……あれ?」

 

次の瞬間。

再び壁が赤く光る。

今度は腰の高さ。

「跳べ!!」

 

ゆりの声。

全員が飛ぶ。

レーザーが足元を通り抜け、そのまま消える。

再び回避成功。

 

「なんだよ、避けられるじゃ――」

日向の言葉が止まる。

壁全体が赤く発光していた。

一本じゃない。

二本でもない。

無数の赤い線が、縦横無尽に部屋を走る。

格子。

巨大な檻。

誰も声を出せなかった。

避けられない。

その事実だけが、一瞬で理解できた。

松下五段の顔からも余裕が消える。

「……ふむ」

 

「だからその"ふむ"は何なんだよ!!」

日向の叫び。

 

そして次の瞬間。

格子状のレーザーが部屋を横断した。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

絶叫。

ほんの一瞬だった。

レーザーが消える。

静寂。

さっきまでそこにいたはずの松下五段の姿は、どこにもなかった。

誰もすぐには動けない。

 

岩沢も息を呑みながら、その方向へ視線を向けかける。

その瞬間。不意に、目の前が塞がれた。

 

「見るな」

低い声。

巧の手だった。

ぶっきらぼうで、強引な塞ぎ方。

でも、その手は最後までどかなかった。

岩沢は何も言えなかった。

見なくても分かる。

悲鳴だけで十分だった。

しばらくして、ゆりが慎重に部屋の安全を確認する。

壁の赤い光は消えていた。

 

「……もう大丈夫よ」

その言葉で、ようやく全員が動き出す。

巧の手が離れる。

岩沢はゆっくり前を向いた。

結局、最後まで松下五段のいた場所は見なかった。

ただ、背後から聞こえてきた日向の叫びだけは耳に残る。

「松下五段ーーーーーーーっ!!」

その声だけが広い部屋へ反響し、長く響き続けていた。

 

誰も返事をしない。

返ってくるはずもない。

そうして一行は再び歩き始める。

だが今度は、さっきまで以上に口数が少なかった。

大岩の時とは違う。

あまりにも近くで、あまりにも一瞬だった。

重い沈黙を引きずったまま部屋を抜ける。

再び細長い通路。

湿った空気。

響く足音。

そして、その沈黙を破るように――

前方で、微かな金属音が鳴った。

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