レーザートラップを抜けた後、一行は再び細い通路を進んでいた。誰も先ほどのことには触れない。松下五段も後で復活する。
それは分かっている。だが、あまりにも一瞬だった。ほんの数秒前まで隣にいた人間が消える光景というのは、何度見ても慣れるものではない。
湿った空気の中を歩き続けていると、不意に足元から微かな振動が伝わってきた。
最初は気のせいかと思うほど小さなものだったが、その振動は徐々に大きくなり、やがて通路全体が低く唸るような音を立て始める。
嫌な予感にゆりが足を止めた直後、天井の奥から重々しい駆動音が響き渡った。
「走りなさい!」
その声と同時に全員が前へ飛び出す。
次の瞬間、巨大な天井がゆっくりと下降を始めた。
それは人を押し潰すためだけに作られたような悪意の塊だった。背後から迫る圧倒的な質量に、一行は出口だけを目指して走り続ける。
しかし通路は長い。このままでは追いつかれる。誰もがそう思った時だった。
「HEY!」
突然、TKが立ち止まった。
何をするつもりなのか理解するより早く、TKは落下してくる天井へ全力で踏ん張り両腕を突き出した。普通なら意味のない行動だ。
人間一人の力で止められるような重量ではない。それでもTKは真正面から受け止める。
轟音が響いた。当然止まらない。
だが、ほんの僅かだけ落下速度が鈍る。
その一瞬で十分だった。
「Go!Go!Go!」
TKの叫びが通路に響く。日向が振り返る。
「バカ!何やってんだ!」
だがTKは笑っていた。いつも通りだった。
意味不明で、自由で、何を考えているのか分からない。それでも今だけは何を伝えたいのか全員に分かった。
先へ行け。自分が時間を稼ぐ。そう言っている。
巨大な天井は少しずつTKを押し潰していく。それでも彼は最後まで腕を下ろさなかった。
「See You!」
その声を最後に、一行は出口へ飛び込む。
直後、背後で凄まじい轟音が響いた。
通路全体が揺れる。
振り返らなくても分かる。
TKはもういない。
重苦しい沈黙が落ちる中、日向だけが悔しそうに歯を食いしばり、誰もいない通路へ向かって叫んだ。
「TKーーーーーーっ!!」
その声だけが、湿った地下通路に長く反響していた。
日向の叫びが通路の奥へ消えていった後も、一行はしばらく無言のまま歩き続けていた。
野田、松下五段、そしてTK。後で復活すると分かっていても、短時間でこれだけ仲間が消えていけば気分の良いものではない。
特に岩沢は精神的な疲労が隠せなくなっていた。鉄球に潰されかけた感覚がまだ身体に残っている。
自分だけが助かり、ひさ子や入江、関根が消えていった光景も頭から離れない。
足は前へ進んでいるのに、心だけがさっきの場所に取り残されたままのようだった。
そんな中、不意に壁のどこかから乾いた音が鳴った。
カチッ――
小さな音だった。しかしこのギルドの中では、それだけで十分すぎるほど危険だった。
巧の視線が鋭く動く。ゆりも何かを察したように振り返った。だが反応は一瞬遅かった。
次の瞬間、通路の壁が音を立てて開き、その奥から無数の槍が一斉に突き出される。
あまりにも突然だった。
岩沢は反応できない。
避けなければ死ぬ。
そう理解しているのに身体が動かなかった。鉄球の時から張り詰め続けていた緊張が限界を超えていたのかもしれない。視界いっぱいに迫る槍の穂先を見つめながら、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
その瞬間、横から強い衝撃が身体を突き飛ばした。
何が起きたのか理解するより早く床へ転がる。視界が大きく揺れ、遅れて鈍い音が耳に届いた。
顔を上げる。
そして息を呑んだ。
そこに立っていたのは巧だった。
自分を突き飛ばした反動のまま壁際に残った巧の身体には、何本もの槍が深々と突き刺さっている。時間が止まったようだった。頭では理解している。自分を庇ったのだと。だが理解したくなかった。
巧の身体がゆっくりと傾く。
何か言おうとしたのかもしれない。
しかし声になる前に力が抜け、そのまま床へ崩れ落ちた。
「乾――!」
気付けば岩沢は駆け出していた。
膝をつき、肩を掴み、何度も名前を呼ぶ。だが返事はない。さっきまで普通に歩いていたはずだった。つい数分前には自分の震えに気付いて「怖くねぇ方が変だ」と言っていた男が、今は目の前で動かない。
胸の奥が強く締め付けられる。
どうせ復活する。
そんな理屈は浮かぶ。
それでも割り切れなかった。
自分を庇ったからだ。
自分が動けなかったからだ。
だからこそ、岩沢はただ震える声で名前を呼び続けることしかできなかった。
「おい……乾……」