2-3
レーザー地帯を抜けた後、一行は再び細い通路を進んでいた。
誰も先ほどのことには触れない。
松下五段も、どうせ後で復活する。 そんなことは全員分かっている。だが、ほんの数秒前まで隣にいた人間が、一瞬で消える光景に慣れられるほど、このギルドは優しくなかった。
湿った空気が肺に張りつく。 靴音だけが細長い通路に反響し、沈黙を余計に重くしていた。
不意に、足元から微かな振動が伝わってくる。
最初は気のせいみたいな小さな揺れだった。 だが次第に床全体が低く唸り始め、通路の奥から重い駆動音が響く。
ゆりが即座に顔を上げた。
「――来るわよ!」
その直後。
ゴゴゴゴゴ――ッ!!
天井そのものが、ゆっくりと下降を始めた。
「走れ!!」
日向の叫びと同時に、一行が一斉に駆け出す。
巨大な天井は、まるで通路ごと人間を圧殺するためだけに作られたみたいだった。 背後から迫る圧倒的な質量。空気そのものが押し潰されていく。
誰も振り返らない。
振り返ったところで止まるわけじゃない。 止まれば、そのまま終わりだ。
だが通路は長かった。
出口は見えているのに、距離が縮まらない。
「っ、間に合わねぇ……!」
誰かが吐き捨てた、その瞬間だった。
「HEY!!」
突然、TKが立ち止まる。
「は!?」
日向が振り返る。
だが説明する暇なんてなかった。
TKはそのまま振り返り、落下してくる天井へ両腕を突き出す。
轟音。
普通なら意味のない行動だった。 人間一人で止められる重量じゃない。
それでもTKは、真正面から受け止めた。
「ぐっ――!!」
当然、止まらない。
だが。
ほんの僅かだけ、落下速度が鈍る。
その“一瞬”で十分だった。
「Go!! Go!! Go!!」
TKが叫ぶ。
「バカ!! 何やってんだお前!!」
日向の声が響く。
だがTKは笑っていた。
いつも通りだった。
何考えてるのか分からなくて、空気読まなくて、ふざけてるみたいで。 それでも今だけは、全員が理解していた。
――先へ行け。
――自分が時間を稼ぐ。
巨大な天井が、少しずつTKを押し潰していく。
それでもTKは最後まで腕を下ろさなかった。
「See You!!」
その声を最後に、一行は出口へ飛び込む。
直後。
ドゴォンッ!!!
背後で凄まじい轟音が響いた。
通路全体が揺れる。
振り返らなくても分かる。
TKは、もういない。
重苦しい沈黙が落ちる。
その中で、日向だけが歯を食いしばり、閉じた通路へ向かって叫んだ。
「TKーーーーーーっ!!」
声だけが、湿った地下通路に長く反響していく。
その後もしばらく、一行は無言のまま歩き続けていた。
野田。 松下五段。 そしてTK。
復活すると分かっていても、短時間でこれだけ仲間が消えれば気分のいいものじゃない。
特に岩沢は、精神的な疲労を隠せなくなっていた。
鉄球に潰されかけた感覚が、まだ身体に残っている。
自分だけ助かって、ひさ子達が消えていった光景も頭から離れない。
歩いているはずなのに、心だけがずっと後ろに取り残されているようだった。
その時。カチッ――
小さな音。
だが、このギルドではそれだけで十分危険だった。
巧の視線が鋭く動く。ゆりも振り返る。
けれど、一瞬遅い。次の瞬間。
ガガガガガッ!!
壁が開き、無数の槍が一斉に突き出された。
「あ――」
岩沢の身体が止まる。
避けなければ死ぬ。
頭では分かっている。
なのに動けない。
極限の緊張が続きすぎて、身体が反応しなかった。
迫る槍の穂先だけが、やけに鮮明に見える。
その瞬間。
横から強い衝撃が身体を突き飛ばした。
「っ!?」
床を転がる。
視界が揺れる。
遅れて、鈍い音が耳に届いた。
岩沢は息を呑む。
そこに立っていたのは――巧だった。
自分を突き飛ばした反動のまま、壁際に残った巧の身体へ、何本もの槍が深々と突き刺さっている。
時間が止まったみたいだった。
頭では理解している。
――庇われた。
でも、理解したくなかった。
巧の身体がゆっくり傾く。
何か言おうとしたのかもしれない。
けれど声になる前に力が抜け、そのまま床へ崩れ落ちた。
「乾――!!」
気付けば岩沢は駆け出していた。
膝をつき、肩を掴む。
「おい……!」
返事はない。
さっきまで普通に歩いていたはずだった。
数分前には、自分の震えを見て「怖くねぇ方が変だ」なんて言っていた男が、今は目の前で動かない。
胸の奥が強く締め付けられる。復活する。
そんな理屈は分かっている。でも割り切れなかった。
自分を庇ったからだ。
自分が動けなかったからだ。
岩沢の声が震える。
「おい……乾……」
その呼びかけだけが、静まり返った地下通路に小さく落ちた。