自分用   作:raian sinra

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1話

## 【BLEACH × 宝鐘マリン】前日譚:凪の海の底で

### 第一章:騒がしい朝と、海賊の居候

「おはよう一護ォオオオオオ!!!」

ドスッ、という鈍い衝撃音が空座町にあるしがない町医者、黒崎医院の二階に響き渡る。

続いて聞こえてくるのは、木材がへし折れる音と、高校生男子の盛大な舌打ちだった。

「朝からうるっせえんだよ親父ィ!!」

ドタバタと激しい乱闘の音が階下まで響く中、ダイニングテーブルでトーストを齧っていた赤髪の少女——宝鐘マリンは、呆れたように小さく息を吐いた。彼女の大きなオッドアイが、ドスドスと階段を転げ落ちてくる二人の男たちを捉える。

「Ahoy〜。一護、おじさん、朝から元気すぎじゃない? マリンの可憐な鼓膜が破れちゃうワゾ」

「おっ、マリン! おはよう! 今日も我が家の居候は麗しいな! だがしかし、真の男たるもの朝の挨拶は全身全霊を込めてだな……!」

「るっせえ! 毎朝毎朝ベッドに奇襲かけてくんな! あとマリン、お前も呑気にパン食ってねぇで止めろ!」

頭を抱える黒崎一護の横で、父親の黒崎一心は親指を立てて笑っている。マリンはマグカップに注がれたコーヒー牛乳を優雅に啜りながら、ふふん、と胸を張った。

「船長は高みの見物と相場が決まっているんです〜。それに、おじさんの愛情表現なんだからしっかり受け止めてあげなさいな、一護」

「愛情でベッドが壊れてたまるか!」

騒がしい男たちのやり取りをよそに、エプロン姿の一護の妹・遊子が「もう、お父さんもお兄ちゃんもご飯冷めちゃうよ!」と声をかけ、もう一人の妹・夏梨が「バカねぇ」と呆れ顔で味噌汁をすする。

これが、宝鐘マリンにとっての「日常」だった。

マリンが黒崎家に引き取られたのは、彼女がまだ幼い頃。両親は「不慮の事故」で他界し、身寄りがいなくなった彼女を、一心がいち早く保護したのだ。表向きは両親の古くからの知人という名目だったが、幼いマリンには当時の記憶がほとんどない。

ただ、冷たい雨の降る夜、泣き叫ぶ自分の手を強く、温かく握ってくれた一心の大きな手のひらだけは、今でも鮮明に覚えている。

血の繋がりはない。それでも、一護も、遊子も、夏梨も、そして一心も、マリンを本当の家族のように愛し、育ててくれた。

だからこそ、マリンはこの騒がしくも温かい場所を、自分の「母港」のように深く愛していた。

### 第二章:視える者たちの通学路

「ごちそうさまでしたー! 出航するワゾ!」

「おい待てマリン、俺も行く」

制服のブレザーを羽織り、カバンを肩に引っ掛けたマリンが玄関を飛び出すと、急いで靴を履いた一護がその後を追う。空座第一高校への通学路は、二人にとって昔からの見慣れた景色だ。

しかし、彼らが見ている景色は、普通の人間が見ているそれとは少しだけ異なっていた。

「……あ、一護。あそこの電柱の影」

「あぁ、分かってる」

マリンが顎でしゃくった先には、車に轢かれてぺしゃんこになった空き缶と、その横でしゃがみ込んでいる半透明の少年がいた。普通の通行人は彼を通り抜け、誰もその存在に気づかない。

霊。この世界では「整(プラス)」と呼ばれる存在だ。

一護は眉間に皺を寄せながらも、持っていたカバンから造花を取り出し、少年の近くにあった空き瓶に無造作に挿した。

「ほらよ。これで満足したら、さっさと成仏しろよな」

「……お兄ちゃん、ありがとう」

少年が嬉しそうに笑うのを見て、マリンも優しく微笑みかける。

「あんまり未練残しちゃダメだよ。キミの新しい船出なんだからね。ほら、前向いていこ!」

「うん、お姉ちゃんもありがとう!」

霊に話しかける二人の姿は、傍から見れば空に向かって独り言を呟く奇妙な高校生にしか見えない。一護は周囲の目を少し気にしているようだったが、マリンは全く気にする素振りも見せない。

「一護ってば、顔はヤンキーみたいに怖いのに、相変わらず幽霊には優しいんだから。ギャップ萌えってやつ?」

「うるせぇ。見えちまうもんはしょうがねぇだろ。お前だって、いっつもあんな風に声かけてるじゃねぇか」

「だって、見えてるのに無視するのも可哀想じゃない。それに……」

マリンは少しだけ視線を落とし、自分の胸元をそっと押さえた。

「マリンたち、『同じ』だもんね」

生まれつき、霊が見える。触れられる。時には声も聞こえる。

一護とマリンは、幼なじみであり、同じ特異体質を共有する「共犯者」のような関係でもあった。だからこそ、二人は言葉にしなくても互いの孤独や葛藤を理解し合える、特別な絆で結ばれていた。

しかし、マリンは知らなかった。

自分の魂の奥底に、単なる「霊感」という言葉では片付けられない、恐ろしくも強大な力が眠っていることを。そして、それが何者かによって意図的に設計されたものであることを。

### 第三章:穏やかな学び舎と、隠された違和感

空座第一高校の教室は、朝から喧騒に包まれていた。

「おはよー! 一護、マリンちゃん!」

「あ、織姫ちゃん! Ahoy〜!」

「朝から元気だな、お前ら」

ふんわりとした笑顔で挨拶をしてくる井上織姫に、マリンは元気よく手を振り返す。その横では、有沢たつきが苦笑いしながら一護の背中をバンッと叩いていた。

「痛ぇな、たつき! 朝から手加減しろよ」

「アンタがいつも寝ぼけた顔してるから気合い入れてやってんでしょ! マリン、こいつ家でもこんなにボケーッとしてるの?」

「ん〜、一護は家だとおじさんと毎朝プロレスしてるから、むしろ学校の方が大人しいかも?」

「なんだそれ」

たつきが呆れ果てる中、茶渡泰虎(チャド)が「おはよう」と静かに教室に入ってくる。いつも通りの、平和で他愛のない高校生活。

マリンは席に座り、窓の外を眺めた。青い空に白い雲が浮かんでいる。海賊に憧れる彼女にとって、空の青さは見果てぬ海の広さを連想させた。

(……平和だなぁ)

だが、時折、ほんの時折だが、マリンは自身の内側に奇妙な「違和感」を覚えることがあった。

ふとした瞬間に、心臓の奥深くがひんやりと冷たくなるような感覚。まるで、真っ暗な海の底から、名も知らぬ化け物がこちらを見上げているような、そんな気味の悪い視線を感じることがあるのだ。

『……渇いて……いるか……?』

「え?」

不意に、耳元で低い声が響いた気がして、マリンはガバッと顔を上げた。

「どうした、マリン?」

「一護……いや、なんでもない。ちょっと寝不足かも?」

隣の席の一護が怪訝そうな顔をする。マリンは誤魔化すようにへらへらと笑い、自分の頬を軽く叩いた。

気のせいだ。ただの錯覚。いつもの霊障の類だろうと、マリンは自分に言い聞かせる。

だが、一心だけは知っていた。

彼女の魂が、純粋な人間のそれではないことを。死神と虚(ホロウ)――相反する二つの霊子が、未完成なまま奇跡的なバランスで混ざり合っている「試作品(プロトタイプ)」であることを。

一心が黒崎医院を開業し、死神としての力を失ってまで現世に留まった理由の一つは、最愛の妻である真咲を護るためであり、そしてもう一つは、この特異な魂を持つ少女がいつか暴走するその日まで、彼女の「父親」として側で監視し、護り抜くためでもあった。

### 第四章:夕暮れの兆候

放課後。一護とマリンは並んで帰路についていた。

夕日が空座町を赤く染め上げ、二人の影を長く伸ばしている。

「そういえばさ、一護」

「ん?」

「最近、なんか空気……重くない?」

マリンの言葉に、一護はピタリと足を止めた。彼の鋭いオレンジ色の瞳が、周囲の空間を警戒するように見回す。

「……お前も感じるか。ここ数日、変に霊気がざわついてるっていうか、質の悪いのがうろついてる気がする」

「うん。なんか、ゾクゾクするっていうか……胸の奥がギュッとなる感じがするんだよね」

マリンは再び、自分の胸元をきつく握りしめた。

それは単なる霊感による寒気ではなかった。彼女の魂の奥底に封じられた「虚の力」が、現世に漂う他の虚の匂いに無意識のうちに反応し、共鳴の兆しを見せていたのだ。

「……無理すんなよ。気分悪いなら、俺がおぶって帰ってやるから」

「ぶっ。一護におぶってもらうとか、どんな罰ゲーム? 重いとか言ったら一護のベッド窓から捨てるからね」

「誰が言うか! ていうかベッド捨てるな!」

軽口を叩き合いながら歩き出す二人。

その時だった。

—— グァアアアアアアアアッ!!!

遠くの空から、獣の咆哮のような、耳障りで不吉な叫び声が響き渡った。

人間の声ではない。だが、ただの動物でもない。空気を震わせ、魂そのものを削り取るような、悍ましい音。

「っ……! 今の、聞こえたか!?」

「う、うん……! なにこれ、すごい嫌な感じ……!」

一護が反射的に声のした方角へ駆け出そうとする。彼の中にある、誰かを護らなければならないという強い本能が、彼を動かしていた。

マリンもまた、それに続く。彼女の中の「海賊」としての矜持、そして何より、大事な幼なじみを一人で危険な目に遭わせるわけにはいかないという想いが、彼女の背中を押した。

「一護、待って! 私も行く!」

二人が息を切らして駆けつけた先、薄暗い路地裏には、すでに何もいなかった。

ただ、アスファルトの表面に、巨大な爪で引っ掻いたような深い傷跡が残されており、周囲にはツンと鼻を突くような異常な霊圧の残滓が漂っていた。

「……逃げたか、それとも……」

一護が周囲を警戒する中、マリンはその場にへたり込みそうになるのを必死で堪えていた。

傷跡から漂う霊圧。それは、ひどく禍々しいはずなのに、なぜかマリンにとって「酷く懐かしく、甘美な」ものに感じられたからだ。

(なに……これ……私、どうしちゃったの……?)

呼吸が荒くなる。心臓の鼓動が耳元でうるさいほどに鳴り響く。

その異変に気づいた一護が、慌ててマリンの肩を掴んだ。

「マリン!? おい、顔真っ青だぞ! 大丈夫か!?」

「あ……ごめ、一護。ちょっと、貧血かも……」

「バカ、だから無理すんなって言っただろ! ほら、つかまれ!」

一護は強引にマリンを背負うと、そのまま黒崎医院に向かって早足で歩き出した。

一護の背中は広くて、とても温かかった。その温もりに包まれると、先ほどまで荒れ狂っていた胸の奥の冷たい衝動が、嘘のようにスーッと引いていくのを感じた。

「……ごめんね、一護」

「謝んな。お前は俺の……家族みたいなもんだからな。具合悪い時は頼れ」

「……うん。ありがとう」

マリンは一護の背中に顔を埋めながら、目を閉じた。

この暖かくて、優しくて、少し騒がしい日常。

自分の過去がどうであれ、この居場所だけは何があっても護りたい。マリンは心の中で強くそう誓った。

### 第五章:静かなる夜、忍び寄る運命

黒崎医院に帰り着くと、一心は一護に背負われているマリンを見るなり、血相を変えて飛んできた。

「マリン!? どうしたんだ一護、怪我か!?」

「ちげーよ、ただの貧血だ。途中で気分悪くなったみたいでよ」

一護がマリンをソファに下ろすと、一心は医者としての顔つきになり、素早くマリンの脈を測り、顔色を確認した。

しかし、一心が本当に診ていたのは彼女の肉体ではなく、魂の安定律だった。

(……少しだけ、封印が揺らいでいる。やはり最近の現世における虚の活動活発化が、彼女の中の『アレ』を刺激しているのか……?)

一心は内心の焦りを微塵も顔に出さず、「なんだ、ただの疲れだ! 今日は美味しいもん食って早く寝ろ!」といつもの調子で豪快に笑った。

「もう、お父さんうるさい。マリンお姉ちゃん、大丈夫? 今夜はハンバーグだよ」

「おっ、遊子ちゃんのハンバーグ! それ聞いたら元気出てきたかも!」

マリンが無理に笑顔を作って立ち上がると、夏梨が「無理すんなよ」と無愛想ながらも心配そうにタオルを渡してくれた。

温かい家族の食卓。笑い声。一護と一心のいつもの喧嘩。

夕食後、マリンは自室のベッドに寝転がりながら、天井を見つめていた。

窓の外からは、微かに夜風の音が聞こえる。

今日は少し変だった。あの恐ろしい咆哮を聞いた時、自分の中で何かが目覚めそうになった感覚。

だが、今はもう何ともない。一護や家族のそばにいれば、自分は自分でいられる。

「……おやすみ、世界。明日も、いい航海になりますように」

マリンはそっと目を閉じ、深い眠りへと落ちていった。

彼女はまだ知らない。

この平穏な日常が、もう長くは続かないことを。

数日後、空座町に一人の死神の少女――朽木ルキアが舞い降りることで、黒崎一護の運命の歯車が大きく動き出す。

そしてそれは同時に、宝鐘マリンという少女の隠された真実を暴き出し、過酷な戦いの海へと彼女を引きずり込む、激動の物語の幕開けでもあった。

だが、それはまた別の話。

今はただ、迫り来る嵐の前の静けさの中、凪の海の底で、少女は温かい夢を見ていた。

 

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