## 【BLEACH × 宝鐘マリン】間章:四番隊病室の海賊と、ミイラ男の憂鬱
### 第一章:退屈な白い天井と、ミイラたちの朝
瀞霊廷を揺るがした藍染惣右介の反逆から、数日が経過した。
四番隊隊舎の奥にある総合救護所。その特別室は、外の騒がしさが嘘のように、しんと静まり返っていた。ほのかに漂うのは、現世の病院のような無機質な消毒液の匂いではなく、どこか土と葉の香りが混ざった、尸魂界(ソウル・ソサエティ)特有の薬草の匂いだ。
「……あー、暇。超絶暇。暇すぎて船長の美貌が枯れ果てちゃう」
ベッドの上で大の字になりながら、宝鐘マリンは深いため息を吐いた。
彼女の体は、市丸ギンにつけられた肩の傷や、虚の力の暴走による全身の筋肉の断裂、さらには藍染の一撃による骨折の治療のため、首から下まで見事なまでに包帯でぐるぐる巻きにされている。
動かせるのは首と口、それに辛うじて両手の指先くらいのものだ。
「るっせぇな……。文句言う元気があるなら寝てろ」
隣のベッドから、くぐもった不機嫌な声が返ってくる。
同じく、いやマリン以上に全身を真っ白な包帯で巻かれ、もはや目と口しか見えていない見事なミイラ男――黒崎一護だ。
「だって一護ォ、もう丸二日もこのベッドに縛り付けられてるんだよ? 海賊が陸(おか)に上がりっぱなしなんて、アイデンティティの喪失じゃん。それにこの包帯、ちょっとキツくてマリンのダイナマイトボディが押し潰されそうなんだけど」
「ダイナマイトだろうが何だろうが、今は大人しくミイラになっとけ! ていうかお前、その状態でも喋り倒せるってどういう肺活量してんだよ……」
一護が呆れたように包帯越しの頭を掻こうとするが、腕がうまく上がらずに「痛っ」と小さく呻く。
「ふふん、伊達に毎日大声で海賊の号令かけてないからね。……あーあ、一護、代わりにみかん剥いてくれない? 船長、ビタミンCが足りなくてお肌がカサカサになりそう」
「剥けるか! 俺の手を見ろ、ドラえもんみたいになってんだろうが!」
一護が掲げた両手は、分厚いガーゼと包帯で丸い球体のようになっていた。白哉との死闘で全身を切り刻まれた彼のダメージは、マリンの比ではない。
「ちぇー、使えない幼なじみ。あーあ、誰か優しくて可愛い女の子が『船長、あーん』ってしてくれないかなぁ」
「……お前、相変わらずだな」
一護はベッドに沈み込みながら、小さく息を吐いた。
死の淵を彷徨うような戦いと、衝撃的な真実の暴露。普通なら心が折れて塞ぎ込んでいてもおかしくない状況だが、マリンはこうしていつもの調子で軽口を叩いている。一護にとっては、それが少しだけ救いでもあった。
### 第二章:怯える治療担当と、恐怖の笑顔
ガラッ、と病室の襖が控えめに開いた。
「あ、あの……お加減はいかがですか、黒崎さん、宝鐘さん……」
おどおどとした態度で入ってきたのは、お盆を持った四番隊第七席・山田花太郎だった。彼の手には、湯気を立てるお椀が二つ乗っている。
「あっ、花太郎くん! 待ってたよ!」
マリンの目が輝いた。
「ねぇねぇ、今日のご飯なに? さすがに三日連続で味のしないお粥は船長も泣いちゃうよ。お肉! お肉とか、せめてお魚の塩焼きとか!」
「ひっ……えっと、その、卯ノ花隊長から、お二人はまだ内臓のダメージが完全に回復していないから、消化に良いものをと……」
花太郎が申し訳なさそうにお盆を下ろす。そこに乗っていたのは、やはり真っ白な重湯(おもゆ)と、申し訳程度の梅干しだった。
「……嘘でしょ。私、そろそろ霞(かすみ)を食べて生きる仙人になれそう」
マリンが絶望したように天井を仰ぐ。一護も「……またこれか」とげんなりした顔をした。
「ご、ごめんなさい! でも、僕の一存ではどうにも……!」
「えー、花太郎くんのケチ。あ、じゃあさ、せめて船長の体を拭いてくれない? 包帯の下が汗かいちゃって気持ち悪くてさ〜。花太郎くんなら特別に許可してあげるよ? 魅惑の海賊ボディ、見たいでしょ?」
マリンがニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべて誘惑する。
「ひえええっ!? そ、そんな、僕にはもったいないというか、恐れ多いというか……!!」
花太郎の顔が一瞬で茹でダコのように真っ赤になり、お盆を持ったまま後ずさる。
「おいマリン! お前、真面目に仕事してる花太郎をからかって遊ぶな! セクハラだぞ!」
「えー、いいじゃん一護の堅物! コミュニケーションの一環だよ。ほら花太郎くん、遠慮しないでこっちに来て……」
「――随分と、お元気そうですね」
ふわりと。
病室の空気が、文字通り「凍りついた」。
マリンと一護がギギギ……と錆びた機械のように首を向けると、開いた襖の前に、四番隊隊長・卯ノ花烈が静かに立っていた。
顔には穏やかで優しげな笑みを浮かべている。だが、その背後には黒々とした絶対的な圧が渦巻いており、花太郎は既に部屋の隅で「ひっ」と縮み上がっていた。
「卯、卯ノ花、隊長……」
一護の包帯の下から冷や汗が吹き出す。
「宝鐘サン。あなたの怪我は、まだ安静が必要な状態です。あまり山田を困らせるようでしたら……少し『特別なお薬』を処方しなければいけませんね」
にっこりと微笑む卯ノ花。その目は全く笑っていない。
「……っ! い、いえ! 船長、今日のお粥すっごく楽しみにしてました! 大人しく食べて、すぐ寝ます! はい!」
マリンはかつてないほどの素早さで姿勢を正し(寝たままではあるが)、ビシッと敬礼した。
「ええ、それが良いでしょう。黒崎サンも、あまり大声を出して傷を開かないように」
「う、す……」
卯ノ花が静かに襖を閉めて去っていくと、病室には嵐が過ぎ去った後のような沈黙が降りた。
「……ねぇ一護」
「なんだよ」
「あの人、絶対藍染より怖いよね」
「……口に出すな。聞こえたら俺たち、確実に霊子に還元されるぞ」
二人はコソコソとささやき合いながら、大人しく重湯をすする花太郎の介助を受けるのだった。
### 第三章:夕暮れの病室、隠していた本音
その日の夕方。
窓の外から差し込む西日が、白い病室を鮮やかなオレンジ色に染め上げていた。
花太郎も他の仕事に戻り、部屋には再び一護とマリンの二人だけになった。遠くから、四番隊の隊士たちが慌ただしく立ち働く足音だけが微かに聞こえてくる。
「……なあ、マリン」
ずっと天井を見つめていた一護が、ふいに口を開いた。
「んー?」
「……痛むか」
「ん? 傷? まあ、市丸ギンにえぐられたとこはちょっとジンジンするけど、一護の傷に比べたら……」
「ちげーよ」
一護はゆっくりと首だけを動かし、マリンの方を見た。
オレンジ色の光に照らされた彼の瞳は、真剣そのものだった。
「藍染に言われたことだ」
その名前が出た瞬間、マリンの病室に満ちていた緩い空気が、ふっと消え去った。
マリンは無意識のうちに、シーツの上の拳をぎゅっと握りしめていた。
『君の存在には、大いに感謝しているよ』
『いずれ自壊するだけの出来損ないだ』
両親が、ただの実験材料として殺されたこと。
自分の魂の中に、その実験によって植え付けられた醜い化け物がいること。
一護という「成功例」のための、ただの踏み台だったこと。
「……痛くないって言ったら、嘘になるかな」
マリンは力なく笑い、窓の外の夕空を見つめた。
「私さ、お父さんとお母さんの顔、あんまり覚えてないんだ。物心ついた時から、黒崎家(おじさんたち)が私の家族だったから。……でも、やっぱり、自分のルーツが誰かの『実験』だったなんて言われると、さすがの船長もちょっとヘコむっていうか」
マリンの声が、微かに震えていた。
いつも明るく振る舞っている彼女が、一護の前でだけ見せる、隠しきれない弱音。
「ねぇ、一護。私の中にはさ、バケモノがいるんだよ。一護とおんなじで、でも一護みたいに完全じゃない、ひどく不安定で醜いバケモノ。……いつかまた暴走して、一護や、遊子ちゃんや夏梨ちゃんを傷つけちゃうかもしれない」
マリンは、右目の上にそっと左手を乗せた。
暴走した時、ここに白い仮面が張り付いた。あの時の、理性を失い全てを破壊したくなる衝動の恐ろしさは、今でも生々しく体に残っている。
「私が黒崎家を『家族』だって思ってるこの気持ちすら、もしかしたら……誰かに組み込まれたプログラムみたいなものだったりしてね。あはは、なんて……」
「バカなこと言ってんじゃねぇよ」
マリンの自嘲を、一護の低く、強い声が真っ向から叩き斬った。
「え……」
マリンが驚いて隣を見ると、一護は無理やり体を起こし、痛みに顔をしかめながらも、マリンを真っ直ぐに睨みつけていた。
「いいか、マリン。てめぇの魂が誰にどう作られたとか、中にどんなバケモノが飼われてるとか、そんな理屈はどうだっていい。……お前が遊子のご飯食べて美味いって笑ったのも、夏梨のサッカーの試合見て一緒に喜んだのも、俺が親父に蹴り飛ばされてるの見て腹抱えて笑ってたのも……全部、お前自身の心だろうが」
一護の言葉は荒っぽかったが、そこには一切の嘘も、気休めもなかった。
「誰かのプログラムで、あんな本気で泣いたり笑ったりできるかよ。……お前は宝鐘マリンだ。うちの騒がしい居候で、俺の家族だ。それ以外に何があるってんだよ」
「一護……」
「バケモノが暴れそうになったら、俺が何度でも止めてやる。だから、てめぇがてめぇ自身を『出来損ない』なんて言うな。俺の家族を、そんな風に言うな」
一護の真っ直ぐすぎる眼差しに、マリンの目からポロリと涙がこぼれ落ちた。
そうだ。藍染が何を言おうと、自分が過ごしてきた黒崎家での温かい時間は、絶対に本物だ。この感情は、誰かに作られたものなんかじゃない。
「……一護のくせに、生意気」
マリンは涙を乱暴にシーツで拭い、ふっといつもの悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「船長に向かって説教するなんて、百年早いよ。暴走した時は、私が自力で押さえ込んで、一護なんか水浸しにしてやるんだから」
「へっ、上等だ。俺の斬月でその水ごと真っ二つにしてやるよ」
夕暮れの光の中で、二人はどちらからともなく小さく吹き出した。
「いててっ、笑うと傷が……」
「お前が笑わせるからだろ……っつーか、横腹痛ぇ……」
傷だらけのミイラ男と、包帯まみれの海賊船長。
傍から見れば痛々しいだけの光景だが、二人の間に流れる空気は、尸魂界に来てから一番、穏やかで温かいものだった。
### 第四章:星空と、次なる航海への誓い
やがて日が完全に落ち、病室は静寂な夜に包まれた。
窓からは、現世と同じように美しい星空が見える。
「……ねぇ、一護」
「ん、起きてたのか」
「現世に帰ったらさ、おじさんに思いっきり文句言わなきゃね」
マリンの言葉に、一護は小さく息を吐いた。
黒崎一心。
彼はおそらく、マリンのルーツも、一護の内に眠る力についても、最初から全てを知っていたはずだ。一護が死神になったことも、彼らが尸魂界へ旅立つことも、黙って見送ったあの父親。
「ああ。親父の野郎、俺たちをこんな目に遭わせやがって。帰ったら絶対顔面にドロップキックぶち込んでやる」
「あははっ、賛成。船長も、紅海月の峰打ちでお尻ペンペンしてあげる」
マリンは、目を閉じて自分の内側に意識を向けた。
深い瑠璃色の海の底。そこには、静かに沈む海賊船と、美しいオッドアイを持ったもう一人の自分――『紅海月』が、静かに波の音に耳を澄ませている。
そして、その海のさらにずっと深い、暗い底の底には、依然として忌まわしいバケモノが眠っているのも分かる。
だが、もう恐れはない。
この海を統べるのは、自分だ。
「……一護。私、強くなるよ」
マリンは、星空に向かってぽつりと誓うように言った。
「もう二度と、あんな男に指一本で負けない。誰にも、私の船(かぞく)を傷つけさせない」
「ああ」
一護の返事もまた、短いながらも絶対的な決意に満ちていた。
「俺もだ。俺が護る」
「ふふっ、そこは『船長についていきます!』でしょ?」
「誰が言うか。俺が前を歩くんだよ」
他愛のない軽口を叩き合いながら、二人はやがて深い眠りへと落ちていった。
どれだけ傷ついても、どれだけ過酷な真実を突きつけられても、彼らの絆は決して揺らがない。
数日後、彼らは穿界門をくぐり、懐かしい空座町へと帰還することになる。
待ち受ける『破面(アランカル)』という新たなる強大な敵。そして、己の内の虚との本格的な対話という、さらに過酷な戦いの海へ。
しかし、この四番隊の静かな病室で分かち合った誓いがある限り、宝鐘マリンという海賊船長は、決してその操舵輪から手を離すことはないだろう。